12 ニセウミガメのスープ
「あっ、ウミガメのスープですって」
白いリネンのテーブルクロスが掛けられたテーブルには高級料理が並んでいる。
冷めないようにランプで熱せられる仕掛けを持った洋銀の食器には澄んだ琥珀色のスープが入っていた。
「お、おいしーっ、これがウミガメの味なのね」
給仕にサーブしてもらい、白磁器に入れられたスープを口にするターニャだったが、
「けどそれ、カメは一切使われてないぞ」
「へっ?」
「代用食品。それ偽物だから」
カメの肉なんてめったに手に入らないから、他の食材で作られたウミガメ風のスープって訳だ。
『不思議の国のアリス』でも、この料理をもじった『代用ウミガメ』というキャラクターが登場してたっけ。
「……さすがにこれは、変な気分になってきたわ」
「まぁ、変なものは入っていないはずだから安心しろ」
確か、仔牛の頭を使うんだったか。
「何なら、帰ったらカミツキガメの肉で本物のカメのスープを作ってやるぞ」
そう言ってなだめる。
「まぁ、ともかく。まずは軍資金かな」
俺はカウンターに向かうと、手持ちの銀のナイフを鞘ごと取り出した。
他にも値打ち物の古書などをカウンターに並べ、カジノのコインとの交換を申し込む。
この手のカジノは大手の資本と繋がっていて、貴族は美術品や宝石などを抵当にかなり条件の良い融資を受けることができるのだった。
ケッ、ブルジョアめ。
「ナイフはともかく、そんな本まで持っていたの?」
ターニャが聞くが、これはユスティーナがターニャの実家の屋敷から適当に見繕って持ち出して来た品だったりする。
知らぬが仏っていうやつだな。
こうして用立てたコインに、今までノビスの街などで手に入れたカジノ用のコインなどを足すと、それなりに勝負ができる元手となった。
一方、カウンターには交換用の景品も置いてあるのだが、場所柄かいかがわしい品も多い。
「ふうん、なかなかしっかりした造りの防具ね」
そう呟いてターニャが手に取った物を見て、俺は驚きに背中の毛を逆立て飛び上がりそうになる。
今の俺はネコだからな。
「しょ、正気かターニャーッ!?」
「えっ? どうかしたの、コジロー?」
ターニャが手にしていたのは金属の鋲で縁取りされた、煽情的な黒革のブラだった。
ご丁寧にも、隣には革のムチが展示してある。
「そりゃあ、個人の趣味にとやかく言うつもりはないが……」
それを身に付けたターニャの姿を想像してしまい、俺はその退廃的な妖しさに顔をひきつらせた。
いや、ルックスだけは無駄にいいからな、このアホ女。
「んー、勇者学園の購買で扱ってる革鎧と、どっちが頑丈かしら?」
ターニャは服の上からブラを胸に当ててみている。
それでようやく俺は理解する。
「あ、ああ、そうか。服の上から身に着ければただの胸当てか」
「コジロー? もしかしてこれは服の下に着込むものなの? 普段は不要かも知れないけど、表向き武装できない場合には確かに有効ね」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は脱力して、がっくりと両手をつく。
ネコビトなので四足でも普通に見えるだろうが。
そんな俺たちをカヤが不思議そうに見ていた。
交換所の女性が、苦笑しながら声をかけてくれる。
「それでしたら、ルーレットゲームはいかがです? ここにはない武具などの景品も得られますよ」
「そうなの?」
こちらを伺うターニャに、俺はうなずいた。
「確かにルーレットゲームは戦いの技量を持つ者なら、儲けられるな」
スマホのソシャゲ、リバース・ワールドではゲーム性を持ったガチャ、つまり有料アイテム抽選装置の機能を持っていたものだ。
使用するカジノのコインはクエストで入手したりすることもできたから、完全課金制という訳でも無かったが。
俺も含めた廃人たちが「回すぜぇ~、超回すぜぇ~」と意気込むものだったな。
懐かしい。
その時、わっと場内が沸いた。
店内の客たちが一斉に中央に準備されている闘技場に押し寄せる。
「さぁ、張った張った、剣士殿と闘犬三匹の勝負だ!」
賭け札売りが声を張り上げ、闘技場には剣と盾を持った男が立っていた。
「コジロー?」
「ああ、これがルーレットゲームの一番の特徴だ。ルーレットの回転盤には、それぞれコインを得たり失ったり、景品を得たり、買えたりといった決め事があって、その通りにしなくてはならないんだ。あの男は、戦闘のマスに止まったんだな」
「そんな、腕に覚えがなくちゃ危険でしょ。一般人は遊べないの?」
「そういう場合は、決められた額のコインを支払えば戦闘を回避することができる。相手が人間ならそいつに。今のような闘犬だったら飼い主にそのコイン分の報償が払われるってわけだ」
「ふーん、で、この騒ぎは?」
「もちろん、どちらが勝つか賭けることができるのさ。ルーレットゲームはやってる本人だけでなく、見ている客にも人気のあるゲームなんだ」
観客に混じって闘技場に注目をする。
「で、あんたはどっちが勝つと思う?」
そう問うターニャにはこう答える。
「まぁ、闘犬たちの戦意次第だが、三匹なら犬の方が有利かな」
「そうね。モンスターとの戦いでも、剣で一度に相手にできるのは二匹が限界だったものね」
ほう、このアホでも少しは学習したらしい。
自分の身をもって体験したからなぁ。
「でも、あの剣士が上手いこと二対一の状況を作り出せるとしたら……」
「いや、無理だろ。そこまでの腕を持っているようには見えん」
そんな勝手なことを言い合いながら眺めていると、勝負が始まった。
速攻で一匹を潰そうと剣士が突っ込むが、これは素早い動きでかわされた。
反対に、残りの二匹が噛みついてくるのを危うく避ける。
「今のは、運だったわね」
「そうだな」
「あんたの言う通り、犬三匹を相手に勝てる腕の持ち主じゃ無さそうね」
後は俺たちの予想通り、男は徐々に追い詰められ最後には白旗を上げた。
「降参した場合の扱いは?」
「戦闘を避ける場合と同じ分だけ、コインを支払わないといけない。ああ、あの男はもうコインが無いようだな。これで終わりだ」
俺は笑った。
「さぁ、次はお前の番だ」
「はぁっ!?」
間の抜けたターニャの声が、その場に響き渡った。
「大丈夫ですよ、ターニャ様。このためにもご主人様はこれを用意した訳ですし」
いつも通り気配を感じさせずに現れたユスティーナが手にしていたのは、俺が注文した甲羅の盾だった。
これを受け取るために彼女は別行動を取っていたのだ。
「いきなり現れて勝手なこと言わないでよ、ユスティーナ! っていうか、やりたいなら自分たちでやればいーでしょーっ!」
「そうしたいのは山々ですが、私もご主人様もカヤさんも、武器がありませんから」
「計画的犯行だっ!」
人聞きが悪いな。
まぁ、狙っていたのは事実だが、そんなことは口にしない。
「はい、これ」
「うぷっ?」
カヤは愛用している木製のフリッツ・ヘルメットをターニャに被らせる。
「それでもって、これだ」
俺は持ってきていた革のムチをターニャに渡す。
「運命がカードを混ぜ、われわれが勝負するってな、ターニャ」
これで完全武装の出来上がりだった。
「うそーっ!」




