11 人を駄目にするメイド
「さぁ、ターニャ様」
「ううっ」
あの後、放心状態でしくしくと泣いていたターニャは、ユスティーナにふきふきまでされて完全に心を折られてしまった。
本気でこええよユスティーナ。
人を駄目にするメイドって呼ぶぞ。
うん?
「カヤ?」
「ん、おしっこ」
カヤも毒を食らったのでアンチドーテを飲んだらしい。
ターニャもこれぐらい開き直ったらいいだろうに。
「この無神経!」
ふむ、聞こえたか。
「ターニャ様?」
「ひいいいっ!」
俺に噛み付こうとするターニャだったが、ユスティーナの一言で悲鳴を上げる。
ユスティーナ、そこで調教の成果を見せるような満面の笑顔を俺に向けるな。
このダンジョンの奥では、途中で銀のナイフが拾える。
万が一途中で魔力切れを起こすようなことがあってもそれを俺が使えばいいので、俺の分の武器は用意しなかったのだ。
そうして俺たちは遺跡の最奥、ワープゲートへとたどり着く。
「乱れ打ちっ!」
半分やけくそになったターニャがムチを振るうが、
「って、堅ーい」
ワープゲート前を守るように陣取るのは一抱えもある大きなカミツキガメだった。
ムチによる乱打を浴びせるターニャだったが、すべてが堅い甲羅に阻まれ有効なダメージが与えられない。
こういった防御力の高いモンスターにはやはり攻撃力が低いムチは不利だった。
ほとんどの者が剣を選び、ムチをメインの武器に選ばないのはこのためだ。
しかし、
「アホ、ここはバインドだろ」
ダメージが与えられないならムチのもう一つの特徴、特殊効果の方を使えばいい。
「バインド・グラスプ!」
ターニャのムチがカミツキガメの首に巻き付き締め上げる。
しかし、
「わわっ!」
そもそも体重が根本的に違う上、カミツキガメは力が強い。
逆にターニャが引きずられる。
だが、足を突っ張っているお陰で意外と素早いカミツキガメの動きが止まっている。
今だ!
「行きますっ!」
ユスティーナは濃紺のメイド服の裾をはためかせながら跳躍。
伸ばされたカミツキガメの首目がけ、遠心力を利用した大降りでライトニング・マチェットを叩き込む。
インパクトの瞬間、刀身に走る雷光。
いいぞ、ダメージが通っている。
ナタを振るうメイドさんというのもなかなかに恐いものがあるがな。
そして、俺のターン!
「あいす・ねこぱんち!」
俺の前脚から撃ち出された猛回転する氷のねこぱんちがカミツキガメの開けた大口に直撃した。
よし、今だ!
「アーク・インパルス!」
カヤはスタン・バトンを使って放つことのできるシールダーの固有スキル、アーク・インパルスをカミツキガメの喉元に叩き込む。
深く肉にめり込む手ごたえ。
このスキルもまた俺と共にカヤがソシャゲ、リバース・ワールドで開発した、レア職シールダーを極めたカヤだけが使うことができる固有スキルだ。
そしてこのスタン・バトンにはユスティーナのマチェットと同様、雷撃の追加効果がある。
ぶち当たったバトンから紫電が走り、カミツキガメの身体が硬直した。
カミツキガメは水属性を持つモンスターなので雷属性の攻撃は良く効くのだ。
「よし、畳み込め!」
後はボコるだけだ。
こうして俺たちはレア武器、ライトニング・シリーズを使うことによってダンジョンボス、カミツキガメを倒すことができたのだった。
「王都よ! アタシは帰って来たー!」
「はいはい」
ボロボロになりながらもカミツキガメを倒した俺たちは、そいつを抱えて王都へのワープゲートを潜った。
たどり着いた王都はスマホのソシャゲ、リバース・ワールドで散々見ていたので、そこまで珍しくは思わないが。
速攻で捌いたカミツキガメを武具屋に売りに出す。
「これは見事ですね」
カミツキガメを受け取った武具店の親父は驚きに目を見張った。
それもそうだろう。
カミツキガメは防御力が高くVRMMOエインセル、そしてそのスマホ版ソーシャルゲームであるリバース・ワールドでも中盤以降になってようやく倒せるモンスターだったが、普通は強力な剣で甲羅を割るか、魔術による圧倒的な火力でしか倒すことができない。
そうするとドロップアイテムは『ひび割れた甲羅』になってしまうため、防具の素材として使えなくなってしまう訳だ。
その点、ライトニング・シリーズの武器で電撃による麻痺をさせながら首を落とすという倒し方をすれば無傷の素材として甲羅が入手できるのだった。
「今夜までに、盾に仕上げることができるか?」
カメの甲羅は地球でも琉球古武道でティンベーと呼ばれる盾として使われていた歴史がある。
同様にこの世界でも甲羅を素材として盾を造ることができるのだった。
「それは…… そうですね。丸ごと、肉についてもうちで引き取らせてもらえるならいいですよ」
「ふむ、カメの肉は珍味として高値で取引されているからな」
「そうなの?」
貴族のターニャでも食べたことが無いくらい、貴重なものらしい。
「コジロー……」
カヤがもじもじしながら俺を見る。
やはり『暴食』の称号持ち、未知の食べ物に惹かれてしまうのだろう。
仕方が無いな。
「肉は俺たちが食う分だけ頂くが、それ以外は渡そう」
そういうことで、話はついた。
「あとは、武器の強化を頼みたいんだが」
「こ、これはマジック・アイテムじゃないですか!」
ユスティーナのマチェットは、カヤが使っていたスタン・バトンを素材として追加し鍛え直すことでライトニング・マチェット+1にしてもらうことにする。
戦国○サラの武器合成みたいなもんかな。
「マジック・アイテムの加工を任せて頂けるなんて」
強化について相談した店専属の鍛冶は、感動に声を震わせていた。
まぁ、この世界でもマジック・アイテムは希少な存在だからな。
「これもなるべく早めにできるといいんだが」
「それなら今すぐにでもかからせて頂きます。明日の朝には仕上がりますよ」
そいつは助かるな。
「という訳で、俺たちは今、一見さんお断りの会員制な賭博場に来ている」
「どういう訳よ!」
俺に突っ込むのは、もちろんターニャだ。
「うん? いや、お前の実家にあったチケットを拝借したんだよ」
「拝借って、それってドロボ……」
俺は肉球を備えたネコハンドで素早くターニャの口を塞ぐ。
「人聞きが悪いな、お前の家宛に届いた招待状を、お前が使う。何も問題ないだろ」
「むーっ」
利用できるものは利用するのも、自分のことは自分でやるという内に入るというのが俺の考えだ。
ともかく、俺たちは周囲を物珍しそうにきょろきょろと見回すカヤを連れて、建物の中に入った。
「うう、戦いで疲れてるから休みたいのに……」
「そう言うなって。貴族や金持ち相手のカジノだけあって、食事もドリンクも高級品が出ている上、全部タダだぞ」
「タダ?」
やはり考え無しのターニャは目先の誘惑に弱い。
簡単に乗ってくれる。
俺は制服姿のウェイトレスからグラスを受け取ると、ターニャとカヤに渡してやる。
上品な色をした南方産の赤ワインだ。
この地方では、ワインの生産よりも原料となるブドウそのものの品質向上に力を入れていると聞く。
グラスの中に再現される品質を、元となるブドウの生産段階で高め、確定している訳だ。
柑橘の砂糖漬けを思わせるような香りの方も申し分なく、舌触りはビロードを思わせるようにエレガント。
フルーティな口当たりと長く続く後味が特徴的だった。
「うん、肉に良く合う」
カヤが言う通り、テーブルに出されている赤身の肉料理やヤギの乳で作る塩味の効いたシェーブルチーズなどとの相性はばっちりだ。
料理人である俺的には少し冷やして生ガキなどの海産物にも合わせてみたい。
良い酒は良い料理を一層引き立たせるものなのだ。
「賭博場っていうから、もっと暗い怪しげなところを想像してたけど、実際は違うのね」
華々しい店内に、ターニャは驚いた様子だった。
「それは、貴族も足を踏み入れる場所だからな」
そういった上流階級の人間も、違和感無く溶け込めるほど上品な社交場だった。
フォーマルな場なので、ターニャはドレスコードに沿った格好をしている。
俺は黒と白のタキシードキャットなので、この毛皮が正装だ。
カヤはターニャの屋敷にあった衣装の中から選んだ東方風の絹のドレス、要するにチャイナドレスだ。
立てエリに袖無し、タイトで身体の線が出る上、両サイドには深いスリットがあって下着が見えそう。
チャイナドレスというとグラマラスな美人が着るものというイメージがあるが、カヤのようなスレンダーな身体の持ち主にも良く似合う。
というか幼さの残るカヤに着せるとどこか背徳的な色香があってすこぶる魅惑的だった。




