10 何でもできるは何もできない
食事を終え、ふもとの村を発とうとした時だった。
見覚えのある一団がやってきたのは。
「何だよ、料理人かよ」
俺の名前をかたくなに呼ぼうと、いや覚えようとしないあいつはDQNプレーヤー『ある意味勇者』オギワラだった。
「てめぇ、何ネコビトの料理人なんて使えねー職業やってんだコラ。ふざけんな!」
別にお前に使われるために職業選択している訳じゃない。
相変わらず全方位に喧嘩を売って歩いているようだな。
「遊びじゃねえんだぞ!」
こいつは「遊びじゃない」が決めゼリフだ。
現実にこの世界、エインセルに転生しているんだから当たり前の話なんだが。
言っている本人の方がよっぽどゲーム脳だというのが救えない。
「俺なんかエインセルのために高校辞めたんだぞ!」
「そ、そうか」
本当にゲームのために学校辞めたのか。
オギワラはこちらを見下すように、こう断言する。
「命がけで、学校辞めるくらいミジメにやれってことだよ! クズが」
は?
「っ!」
自分の言い間違いに気付いたのかオギワラが瞬時に顔を赤らめる。
奇妙な緊迫が場を支配するが、
「それを言うならマジメでしょ」
ぷぷっと吹き出しながら、考え無しな発言をするのはやっぱりターニャだった。
しかもドヤ顔。
地雷と分かりきっているところにためらいもなく踏み込むんだから、こいつは……
「ほっ、本物のアホにバカにされたっ! クッソ、腹立つ!」
ほら、ぶちぎれた。
まぁ、アホにバカにされるほど腹が立つものは無いからな。
気持ちはよーく分かる。
オギワラはひとしきり罵詈雑言を並べ立てると、ようやく落ち着く。
「ま、まぁ、俺の完璧パーティより先にこの村に着くなんて、だいぶ無理してるな。エインセル舐めてねーか?」
先に着くも何も、もうダンジョンをクリアしてるんだがな。
「まったく、同郷のよしみでパーティに誘ってやろうと思っていたのに、ネコビト料理人なんて受け狙いに走りやがって。パーティメンバーも獣人の戦士職? 外れじゃねーか」
カヤをじろじろと見て吐き捨てる。
「それでもお前、ゲーマーか」
外れ職ねぇ。
「ところでオギワラ、今のヒットポイントは?」
「フッ、聞いて驚くな。45だ」
「ほう、もうそこまで上がったか。さすがは『完全無欠』」
『完全無欠』の称号持ちは、すべての能力値に高い成長補正を持つ。
完璧を自称するゲーマー、オギワラがこれを選んだのは必然ともいえるだろう。
だがな、
「参考までに、お前が外れ職扱いしているカヤのヒットポイントを教えてやろう」
俺は俺のファミリアに対してのみ持つ権限で、カヤの能力値の内、体力、ヒットポイントだけを開示した。
「彼女のヒットポイントは90だ」
「なっ、嘘だ!」
驚愕の声を上げるオギワラ。
確かにお前はVRMMOエインセルではトッププレーヤーだったかも知れない。
だが、だからこそ逆に外れ職だと切り捨てられた戦士系クラスのことを知らないんだ。
スマホゲーであるリバース・ワールドで俺と共に転生を繰り返しながら、戦士系から分岐したレア職、シールダーを極めていったカヤと、その成長を見守っていた俺とはそこが、積み上げた物が違う。
「確かに万能型は時間さえかければ強くなるが、そうなるまではエッジの効かない、特徴の無い凡庸な人材でしかない」
短所を無くすことに力を傾けるより、長所を伸ばすことを考えるべきだ。
最後に、この言葉を贈ろう。
「何でもできるは何もできない」
そういうことだった。
俺たちはトレーニングダンジョン未踏破領域へとモンスターを退けながら進む。
「ライトヒーリングが使えるようになったわ! これでヒーリング・ポーションも不要よ!」
途中、ターニャのレベルが上がった。
初級の回復呪文が使えるようになった。
「ふむ、範囲ダメージ発生装置に救急箱の機能が追加されたか」
「何よそれ!」
反発するターニャだったが、思い直したのか表情を変えた。
「ふふん、そんなこと言ってていいの? 怪我しても治してやらないわよ」
「お前は何を言ってるんだ?」
本当に知恵が浅いなぁと思いつつ、俺は言ってやる。
「お前こそ、カヤの治療を受けられなくなったらどうすんだ?」
「そんなのどうってこと無いわよ」
レベルが上がったせいか態度がでかい。
しかし俺たちのレベルも上がっていることが分かっているのかね、こいつは。
成長の早いシールダーのカヤとメイドのユスティーナはターニャより2レベルも上だし、バトル・コックの俺だって1レベル上なのにな。
そして調子に乗ったターニャは、
「毒、毒が、死んじゃう! 毒消しを」
途中、ミスって毒ガエルの毒を受けてしまう。
ほれ見ろ言わんこっちゃない。
人の忠告は素直に聞くもんだぜ。
「死なねーよ。治療は戦闘後でいいだろ」
この辺のモンスターだと即死毒は使わないから問題ない。
「費用を切り詰めながらも万が一の備えは怠らない。アンチドーテを用意しておいた我が主に感謝して下さいね、ターニャ様」
戦闘終了後、ターニャはユスティーナのお説教を受けながら、カヤの治療を受ける。
しかしどんな毒にでも効く万能な毒消しってどんなよ、と思っていたんだが、この世界の毒消し、アンチドーテのポーションは俺たちの体内に在る遺跡に由来するナノマシンに特殊な栄養を与えて、肝臓が持つ生来の解毒機能を一時的に強化するものだった。
鉄の肝臓かよ。
副作用は一点だけ。
「ううっ」
「どうしたターニャ」
顔を真っ赤にしてもじもじするターニャに、首をひねる。
「そ、そのお花を摘みに……」
肝臓で毒素が分解されたら尿となって排出されるのだ。
だからトイレが近くなるのだった。
「分かった。ユスティーナ、付いて行ってやれ」
「ええっ、いいわよ!」
「お前、今ダンジョンの真っただ中だって分かってるか? 下着を下したところでモンスターに襲われても平然と戦って逃げられるって言うなら止めんが」
「ぐっ」
ターニャが言葉に詰まる一方、ユスティーナとカヤが俺の後ろで囁き合う。
「そんな姿で戦えるなんてやっぱり変態さんだったんですね」
「あぅ、変態」
いや、そんな汚物を見るような眼をしてやるなよユスティーナ。
美人なだけに迫力が有り過ぎる。
ターニャが変な性癖に目覚めたらどうしてくれる。
無垢なカヤの教育にも悪いしな。
ターニャも羞恥のせいか我慢が限界に来たのか顔を真っ赤にしてぷるぷる震えてるし。
「冗談が過ぎましたね。さぁターニャ様」
ユスティーナが天使の微笑みを浮かべて、股間をスカートの上から押さえていたターニャの手を取って物陰にいざなう。
「ちょ、ちょっと引っ張らないで、もう限界」
「駄目ですよ、ターニャ様。お小水の音を我が主に聞かせるつもりですか?」
「そっ、それは……」
「そんな恥ずかしいこと、できませんよね。さぁ、早く」
「だ、駄目だってば、あっ」
何だろう。
ユスティーナは本当に真摯な様子で対応しているのだが、あまりにも整い過ぎている光妖精特有の美貌のためか逆にその微笑みがサディスティックに見える。
そして、急がされたせいかターニャはつまづき、
「いやっ、うそうそ、止まってぇ!」
こらえきれなかったのか、その場で下着を下してしゃがみ込み始めてしまう。
洩らさなかっただけマシとも思えるが。
「あああっ! あああっ! あああああーっ!」
「あらあら、ターニャ様ったら」
ユスティーナは小さな女の子の粗相を見てしまったかのように口元をゆるめて微笑む。
まるで慈母のような表情だが、いい年をした人間には逆にきつくないか、それ。
計算の上でも天然でも、どちらにせよ平然とターニャの精神に止めを刺す様は恐ろしいぞ。
「いやああああっ!」
ターニャの悲鳴と床を打つ水音が遺跡内に響き渡った。
ようやく初感想が頂けました。
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