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1 勇者召喚に巻き込まれたのでチートもらった

「私の世界を助けて」


 ネットワークを介した仮想現実、バーチャルゲームが実現した現代。

 異世界『エインセル』を管理する超古代文明の『遺跡』の意識体、管理用に人格を持たせられた人工知性体が、次元を越えて地球のネットに干渉。

 自らの世界を再現した仮想現実大規模多人数オンラインゲーム、VRMMOエインセルを構築し助けを求めてきた。


 そうして異世界へと召喚されたのはオンラインプレイの達人。


「死ね、クズ。こっちは本気でプレイやってんだ。遊びじゃねえんだよ。遊びなら別ゲーでやれ!」


 しかし、呼び出されたのはオンラインゲームをやり込んでいるだけのDQNだった。

 ネット上に罵詈雑言をまき散らすネットヤンキー、ネトヤンとも言う。


 それを反省して今度は本人の能力値を最優先して召還するも、


「あれ? こんなところに穴が開いてる」

「アホかっ! そんな怪しい物に警戒もせずに近づくなターニャっ!」

「アホじゃないわよっ! コジローと違って、これでもテストは学年トップなんだからっ!」

「アホだから危険にホイホイ近づいて行くんだろっ! ほれ見ろ。もう飲まれかかってる!」


 残念ながらVRMMOエインセルには知力値インテリジェンスはあっても知恵ウィズダムを表すパラメーターが無かった。

 そう、こいつは学校の勉強はできるのに知恵が足りない典型的なアホだった。


「えっ、きゃーっ! こっ、こうなったらコジローも道連れにっ!」

「うわやめろアホ!」


 と、いうわけで俺は二人目の役立たずを召還する際に巻き込まれたんだが。

 目の前には土下座する遺跡の意識体、人々を守護する救済の女神と呼ばれる存在が。

 しかし、その姿は俺がはまっているスマホのソシャゲ、リバース・ワールドでお馴染みの猫耳女神バステトそのまんまなんだが。


「済みません、済みません」

「まぁ、いいけど……」


 あのアホに巻き込まれるのはこれが初めてじゃない。


 財閥令嬢でロシア系クオーターの美少女。

 学校のテストは常にトップで運動神経抜群な学園のアイドルという勝ち組。リア充中のリア充。

 別世界の人間だが、これが隣に住んでいてことある毎に比較される身としてはたまったもんじゃない。


 分かるか? 知恵の足りない本物のアホが巻き起こす迷惑を毎回被りながら、向こうは外面がいいもんだから悪いのは常にこっち。

 家族まで敵に回りやがる。


 アホにバカにされることほど腹の立つことは無いっていうのに、このアホ、無駄にスペックが高くて学校の勉強だけはできるもんだからいつもドヤ顔で自分の方が頭がいいんだと主張しやがるのが最高にムカつく。


 勝ち組のリア充には凡人が何をしようとも勝てないのか、と悟った俺は早々に見切りをつけ引きこもりニートへと転落した。

 これはやつの肩を持つ家族への復讐でもある。


 そんな俺の唯一の楽しみはスマホのソシャゲだった。

 プレイした時間と課金した金額は絶対に俺を裏切らない。

 現実は才能のある者しか勝てないクソゲーだ。

 流行のVRMMOだってプレーヤースキルの高い上手い人間、つまりは結局才能のある者だけが勝つクソゲー。


「私が構築したVRMMOエインセルを介して接触できたプレーヤーから勇者の素質を持った方を選んだのですが」


 猫耳女神バステトが説明する。

 あのアホ、VRMMOまで手を出していたのか。

 プレイに必要な装置、結構な値段のするVRギアに手を出せない俺には無縁な話だが。


「おわびに、あなたがプレイしていたスマートフォン対応のソーシャルゲーム、リバース・ワールドのキャラクターの力を付けて転生させて頂きます」

「なに?」

「ご存知のとおり、リバース・ワールドはVRMMOエインセルと同じ世界を共有しています」


 そうだったな。


 VRMMOだったエインセル、それをスマホ対応のソーシャルゲーム化するにあたって取り入れられたのが、題名にもなっている転生リ・バースシステムだ。

 究極まで鍛え上げられた魂のままにレベル1まで時が巻き戻されることにより、成長上限レベル・キャップが上昇し、上位の職業クラス技能スキル、レア種族への扉を開く時間神クロノスの奇跡。

 これによりエインセルとリバース・ワールドは同一世界を背景に持ちながら、ゲームシステム、そしてゲームバランスはまったく違ったものになっていた。


「なるほど、俺にはリバース・ワールドのルールが適用される訳か」

「はい、あなたとあなたの二人のファミリアだけに」


 そうか、リバース・ワールドに行くってことはスマホ越しに一緒に冒険してきた彼女たちにも会えるってことか。

 ワクワクしてきたぞ。


「それで何とか私の世界を救ってもらいたいのです」


 猫耳女神バステトはそう言って深く頭を下げる。

 だが、俺はそう簡単に絆されたりはしない。


「世界の平和はその世界の人間の手でつかみとることに価値があるんじゃないのか?」

「正論過ぎるっ!」


 俺の冷静な指摘にのけ反る猫耳女神バステト

 しかし、ぐぬぬとうなるものの彼女はあきらめなかった。


「そっ、そんなこと言わずに助けて下さい。もう、あなただけが頼りなんです」

「あなただけか……」


 苦笑が漏れた。

 誰にも省みられずニートな毎日を過ごす俺には魅力的な言葉かもしれないな。

 すがるように俺を見る猫耳な女神が、以前拾った捨てネコのネコジローを思い出させた。

 他者に本当に必要とされたのはあの時以来じゃないだろうか?


「ふぅ、仕方ない。手助けだけだぞ」

「あっ、ありがとうございます!」


 瞳にぶわっと涙を貯めて猫耳女神バステトは礼を言う。

 だが、俺は情には流されない。

 なし崩しに勇者をやらされないよう予防線を張ることにした。


「リバース・ワールドの元になった世界というなら、サポート種族のネコビトが居るな。そいつに転生させてくれ」


 ネコに世界を救ってくれと言うやつは居ないだろう。

 また、サポートキャラとしての立ち位置というのも責任が無く気楽で良さそうだった。

 女神はうんうんと唸ると、こう言った。


「レベル上限に到達した者のみが行える転生の秘術をリバース・ワールドのプレーヤー中最多の九回行ったコジローさんですから、守護女神である私のギフトとして特別にネコビトの選択を可能としましょう」


 こうして俺はエインセルの世界、俺にとっては逆転世界リバース・ワールドへと転生したのだった。


「そうそうコジローさん」


 別れ際、女神がふと思い出したように言う。


「女の子にネコジローは無いと思いますよ、ご主人様」


 悪戯っぽく笑う女神の姿が、悪戯っ子だったネコジローと重なり…… 俺は意識を失った。




 そして現在。


 俺は二足歩行をする黒と白のネコ、サポートキャラのネコビトの姿をとっていた。

 肉球と出し入れ自由なネコ爪の付いた手足に、ぴんと立ったネコミミ、すらりと伸びたしっぽ。

 簡素な服だって着ているぞ。


 そのネコの姿で喫茶店のオープンテラスの席に座り、くしくしと前脚で顔をこすりながら聞こえてくる騒動に嘆息する。


「お止め下さい、勇者様!」


 勇者学園……

 何やら長い正式名称はあったが誰もそうは呼ばない勇者養成所のある辺境、ノビスの街に女性の悲痛な叫びがこだました。

 乱暴に部屋の中を荒らす音が表通りにまで響いている。


「あるじゃねぇか。コインとポーションがよぉっ!」

「もう、お止め下さい」


 あ、衛兵が来た。

 勇者といっても駆け出しの段階では屈強なトロール鬼の衛兵たちにかなうはずもなく、DQN勇者オギワラは捕縛された。


「どうしてだぁ! ふざけんじゃねーぞ、クズが! 俺は勇者だぞぉ!」


 現実はゲームじゃないんだ。

 民家に押し入ってものを物色したら捕まるに決まってるだろう。

 やはりゲーム脳のDQN、息をするように犯罪に走る。


「まぁ、豚箱に入ったらロハで暮らせる。金の心配なんぞしなくて済むから、ゆっくり頭を冷やすんだな」


 俺は連行されるオギワラのやつを見送りながら、鼻で笑ってそうつぶやく。


「コ、コジロー。勇者って、あんな真似をしなくちゃいけないの?」


 おお、相席していたうちの勇者が子ウサギのようにふるえている。

 ふわふわの金の髪は艶やかで小動物的な光を宿す碧の瞳には怯えの色がある。

 さすがお嬢様育ちは純粋、そして言ってることは間抜けだった。


 んなわけねーじゃん。

 勇者学園の座学の成績もトップだっていうのに生まれ変わっても常識はねーな。


 ターニャは前世と同じく金持ちの勝ち組、貴族令嬢として転生を果たしていたが、オギワラや俺と違って前世の記憶は失っていた。

 猫耳女神バステトはこいつの頭をリセットしてまともに育て直そうとしたみたいだが、魂にまで刻まれたアホは変わらず…… 徒労に終わっていた。


 こんな嫌過ぎる未来が確定していたからこそ、女神は俺に助けを求めたのかもしれないが。


 ともかく。

 俺は吊り上がりそうになる口角を意識して抑え込みながら答えてやる。


「と言ってもなぁ、勇者なんてこんなもんだぞ。ターニャもこれぐらいの試練には耐えないと」


 真面目な顔をして嘘八百を並べ立てる。


「試練なのっ!?」


 俺の口車に簡単に乗ってしまうターニャ。

 だからお前はアホなんだ。

 ただし、こいつはアホ過ぎて大抵斜め上の行動に走るからまったく油断はできない訳だが。

『活動的なアホより恐ろしいものはない』って、昔の偉い人も言ってるしな。


「何だ、勇者が試練から逃げるっていうのか?」


 俺の指摘に、しかしターニャはアホ面を晒しながら、しれっとした口調でこう言う。


「だって試練なんて言うから、あんたをフォローしながらだときついかなーって」


 イラッ!


 貴様をフォローをしているのはこっちの方だっ!

 猫耳女神バステトに土下座して頼まれたから仕方なく貴様についてやっているんだからな!


 俺は怒りを抑えながらこう言ってやる。


「まぁ、ああやって周りの冷たい視線に耐えることができるからこそ勇者って言われるんだしな」

「それって『ある意味勇者』っていう蔑称じゃないの?」

「勇者には変わりあるまい」

「そんな勇者、嫌すぎるわ!」


 ターニャはおののくが、そんな彼女を俺は鼻で笑った。


「無駄に勇者学園で才能を示して勇者になんぞなるからだ」

「ううっ、自分の才能が憎い」


 俺はというと、リバース・ワールドのマイキャラ、コジローと同じく戦う料理人、バトル・コックになっていた。

 最強のコック、セ○ールにあやかって作った俺独自のユニーク職だ。


 この世界での俺はソーシャルゲーム、リバース・ワールドで転生リ・バースを繰り返して得た力を持っている。

 日本で生活していた頃と違って成長限界レベル・キャップは超人とされる冒険者の更に上。

 努力すればするだけ報われるのだから力も入るというものだった。


 俺は懐から木札を取り出してターニャに見せた。


 肉球なのに器用に動く手。

 パンダは手のひらに六本目、七本目の指を持ち、これにより笹を持って食べることができるというが、同等かそれ以上の機能を備えている様子だった。

 ゲーム同様、これでアイテムを掴んで使用できる。


「俺はコックだから、所属している商業ギルドに申請して古物商許可証をもらっている。既にこのノビスの街は回って不用品の回収は終わっている」


 見つかったのは素人には価値の分からないドーピングアイテムがいくつかに、消費期限切れだが商人系の職業クラスが持つ鑑定スキルで見ればまだ使えることが分かる回復薬のヒーリング・ポーションと毒消しであるアンチドーテ。

 ゲーム上ではアイテムの性能などネットで調べれば分かるから死にスキルだった鑑定だが、こうして実際に異世界で生活することになると結構便利なものだった。

 そして、


「今の騒ぎに紛れて確保できました、コジロー様」


 シックなメイド服を着た女性がいつものように気配無く俺たちの席に近寄っていて、俺に報告する。


 濃紺のワンピースにフリル付きの白いエプロン。

 同じくフリルの付いた白のカチューシャに押さえられた流れるような銀糸の長い髪。

 そして知的な光を宿す眼鏡アイウェアが年上っぽい落ち着いた印象を作っている。

 すらりと尖った耳が特徴的な彼女はリバース・ワールドの俺のファミリアの内の一人。

 レア種族である光妖精ハイ・エルフのメイド、ユスティーナだった。


「ありがとう、ユスティーナ」

「いえ、主の役に立つのはメイドの務めです」


 俺の礼にも、いつものように奥ゆかしく答えてくれる。

 ゲーム上でもサポート種族とされていたネコビトの姿をした俺に、神世から存在する高貴な種族、光妖精ハイ・エルフの彼女がかしずく姿は何とも奇妙で。

 主と呼ぶのは止めろと言っているんだが、相変わらずだった。

 彼女は見かけによらず頑固だ。


「それを言うなら、一途と仰って下さい」

「人の思考を読むんじゃねぇよ!」


 恐いわ!


 この世界のメイドは隠密技能を有するため、意外にも盗賊系の職業に分類される。


 盗賊といっても単なる泥棒では無い。

 間諜スパイ、後方攪乱、情報操作、破壊工作など正規の戦士にはできないような汚れ仕事を受け持つ専門家だ。

 無論、そこには優劣も善悪も無い。

 世の中、白黒わかりやすく分かれているわけではない。


 俺はDQNプレーヤー、『ある意味勇者』オギワラが騒ぎを起こしたのをチャンスと見て、彼女に一仕事頼んだのだ。


 突貫と抽出、警備の厳しい目標に潜入して情報や物品、あるいは人物を強奪してくるのは特に珍しい手法ではない。

 プロなら何の痕跡も残さずやって見せるし、高度な警備を敷いている者ほど、対外的な信用を守るため「賊の被害に遭った」とは公表したがらないので被害届を出さないケースが多いからだ。

 内部の人間を抱き込んで使うスパイ行為などより手っ取り早く、場合によっては確実だ。

 陽動を組み合わせるなら、なおさら。


 勝手に囮に使われたオギワラが知ったら卑怯だと言うだろうか?

 だが、俺は卑怯でも汚くてもチャンスはものにする主義だった。

 競合相手の働きが常にこちらの不利益になるとは限らない、とはよく言ったものだ。


「こちらが成果になります」


 ユスティーナが俺の目の前に練絹のように白くすべらかな両手をそっと差し出す。

 その手に乗せられていたのはカジノのメダルに銀貨が少々。


 しかし鼻先にものを突きつけられて反応しないネコは居ない。

 思わず鼻をひくつかせ匂いをかいでしまう。


「あら」


 ユスティーナが風になびく木々のささやきのように涼やかな声で笑うが、本能的なものなんだから仕方がない。

 次いで、舌でペロリと彼女の指先を味見。


 うまい!


 夢中になって舌を出し入れし、舐めてしまう。

 ネコが人の差し出した手を舐めるのは、汗に含まれた塩分を舐めているって説があるぞ。


 そうやってネコの本能がある程度満足したところで、我に返った俺はユスティーナから離れる。

 ひくひく動こうとするネコミミや、うねる尻尾の動きで未練を感じているのがバレバレのような気もするが、顔を前足でぬぐって素知らぬ顔で、


「よくやったぞ、ユスティーナ」


 俺は彼女の持つ見事な男のロマン、実にけしからん胸の隆起に向かって言ってやる。

 小柄なネコビトの俺に向かってかがみ込んでいるため余計に大きさが強調され、メイド服の縫い目が今にも弾け飛びそうに見えた。


「……どこに向かって仰っているんですか?」

「どこって、本体にだろ」


 いつものやりとり。

 ユスティーナは俺に対する距離感がおかしくて常に無防備に接近して来るので、時折こうしてセクハラをして牽制をしないといけないのだ。


「不潔……」


 ああ、ターニャがいじけている。


「そんなに胸が大きいのがいいのなら、メス牛とでも結婚すればいいのよ」


 無茶苦茶言うな。

 だいたいお前だってスタイルはいい方、普通程度にはあるんだからいいじゃねぇか。

 この勝ち組リア充が。


 一方、その向こうで幼い肢体、無い胸を確かめるようにぺたぺたと触っているのは黒髪の細くて小柄な少女、カヤだった。


「あぅ」


 何だかがっかりしている。

 その無垢な様子が逆に背徳的に感じられた。


「カヤもお疲れさん」


 カヤにはユスティーナのバックアップ、万が一の時のための護衛ガードを頼んだのだ。


 彼女は高い体力を誇る盾使い、シールダーだ。

 日本の警察の機動隊や、海外のライアットシールドを備えた暴徒鎮圧部隊員に近い性質を持つ職業クラスと言えば分かりやすいか。

 攻撃力は決して高くないものの乱闘に強く、相手を傷付けずに無力化する術に長けている。


「偉いぞカヤ」


 俺の様子を上目遣いにうかがっていた彼女の頭を撫でてやる。

 カヤは素直に嬉しそうに満面の笑みを見せてくれた。


 手触りの良い漆黒の髪の下からぴんと伸びた狼の耳が跳ねる。

 彼女は俺のもう一人のファミリアで、レア種族の人狼族ワーウルフなのだ。


「コジローは『暴食』の烙印を押されて、森を追い出されたカヤに料理を作って食べさせてくれた」


 人狼族ワーウルフを始めとする獣人たちは闇妖精ダーク・エルフたちと共に暗黒の森で閉鎖環境系を内包した完全環境都市アーコロジーを形成し閉じ籠っている。

 彼らは必要なものを森から採り必要でないものは採らない。

 それで万事過不足なく、それこそ原初はじめの時代から変わらず調和して暮らし続けている。


 そんな中で『暴食』の称号を持ち必要以上に貪っているように見える彼女は悪だったのだ。


 俺は腹を空かせて行き倒れていたカヤに飯を食わせてやっただけなのだが、彼女はそれに大きな恩義を感じているようだった。

 恍惚にも似た表情で俺を見つめつつ言う。


「あの日から、カヤはコジローのメス奴隷」

「おい!」


 そんな顔をしておかしなことを言うな。

 ターニャが椅子を倒しそうになるくらいの勢いで引いてるだろ。

 むっ、


「ユスティーナ、おかしなことを言うなよ」

「ご主人様も、私の心が分かるのですね」


 やっぱり張り合おうとしていたか。

 そして、考えを当てられて嬉しそうにするんじゃない。


 一方、自分が何か間違ったことを言ってしまったようだと察したカヤは無邪気に言い直した。


「違った。肉奴隷?」

「もっとまずいわ!」


 危な過ぎるだろ。


「ああ、愛の奴隷。共用語コモンは難しい」


 悪びれる様子も無く笑う彼女に脱力する。


「私も、ご主人様が望むなら何をされても、どんな酷いことでも……」


 そしてユスティーナ、対抗しようとすんな。


「ご主人様は身をゆだねる快楽を教えて下さる方ですから」


 頬を染めて言うんじゃない!


「まったく、ユスティーナもカヤも相変わらずなんだから」


 ターニャが顔をしかめて俺を見た。


「あんた、ネコのくせにハーレムでも作る気?」


 そんなつもりはまったく無いんだがな。

 そもそも、そうするならお前の存在が邪魔だ。

 このポンコツ勇者が。


「まぁ、そう言うなって。俺の分のコーヒーとクッキーをやるから」


 俺は口を付けていなかったそれらを肉球を備えたネコの手でターニャに押しやる。

 カヤがうらやましそうに見ているが、ここは我慢してくれ。


「へぇ? 大豆を炒って作る代用珈琲ソイカフェじゃないんだ」


 ターニャはコーヒーの香りに気付いた様子で感心したように言う。

 本物のコーヒーは南国から輸入するしかない高級品だからなぁ。


 この国では日本に相当する秀真国から伝わった大豆とその加工食品、大豆食品ソイフードが平民に対する肉、乳製品の代用品として浸透していた。

 豆腐トーフハンバーグに砕いた高野豆腐コーヤドーフで作るひき肉もどき、豆乳ソイミルクなどなど。

 味はまぁまぁだし肉より身体にいいくらいだと聞くが……

 俺だったらもっと簡素に青い内に収穫したものを茹でて塩を振っただけの枝豆エダマメの方が好きだった。


 大豆は絞って油を作ったり、絞りかすを家畜の飼料にしたりするため大々的に栽培されていて、安値で取引されている。

 そのため平民の懐には優しいが、俺たちは家畜じゃないと嫌う者も居る。


 そしてターニャはというと、


「ま、まぁそこまで言うなら食べてあげる」


 そう言って、クッキーに手を伸ばすとさっそくぱくつく。


 ふっ、ちょろいな。

 こいつは考え無しなので、食べ物の誘惑にも弱い。


「むぐっ、何か入ってる?」


 ターニャはクッキーを噛み砕きながら、中に入っていた紙を取り出して見る。


「大吉?」


 遺跡から脳に書き込まれたナノマシン、魔力素子が拡張した聴覚にゲームの時と同じくピロリンと効果音がして、視野にもターニャの幸運値が上がったというメッセージが表示される。

 現実の視聴覚に追加の情報を挿入する、地球でAR、強化現実と呼ばれていた技術と同様のものだった。


「ドーピングアイテムその一。フォーチュンクッキーだ。中に入っているおみくじの内容に沿って幸運値が上昇する。大吉なら最大効果を引き出せたはず」


 ネコな口元をニヤリと歪めて告げる俺に、ターニャは警戒したように身を引く。


「な、何でそんなものを……」

「当ててみな。大陸横断旅行とやらに招待してやるぜ」


 無論、貴様にはこれから働いてもらうからだ。

 遺跡のバックアップにより事象に干渉し確率を操作するという能力値、幸運値はマヒや毒など状態異常の回避に役立つ。

 一番の攻撃主体ダメージソースである勇者にはせいぜい抵抗してもらわなくてはな。

 ターニャは、はっと気づく。


「ま、まさかこのコーヒーにも」

「ほう、珍しく鋭いな」


 俺は片方のまぶたを跳ね上げて見せる。


「いかにも。それは潜在能力を無理やり引き出し、筋力を強化するドーピングアイテムその二。マッスルコーヒー」


 胸を張って言い放つ。


「通称マスカフェだ!」

「言葉の意味はよく分からないけど、とにかくすっごい飲みたくない名前だ!」

「あぅ、何だかエッチだ」

「エッチですね」


 カヤやユスティーナまで何を言ってるんだ?


「飲みづらいならミルクも追加してやる」

「そんな白濁液をアタシに無理矢理飲ませる気!?」

「良く知っているな。安い喫茶店で出て来るミルクって、植物油を乳化して白濁させたものなんだよな」

「何その要らない豆知識!」


 普通の牛乳は日持ちがしないので開発されたものだ。


 まぁ、日持ちを考えるならマシュマロの方がお勧めだがな。

 熱いコーヒーに放り込むと、表面がじんわりととろけてよく似合うのだ。


「ええい、うるさい。ユスティーナ、カヤ、やれ!」


 俺の指示でカヤがターニャの両手を拘束し、ユスティーナが背後からターニャの首に手を回し顔を固定する。


「うわ、埋まる。頭の後ろがやたらと柔らかいものに埋まって動けないっ!」


 ターニャの言う通り、彼女の頭はユスティーナの二つの胸のふくらみの間に埋められていた。

 うらやましいやつ。

 俺はコーヒーカップを片手にターニャに迫る。


「アホの貴様を少しは役立つよう改造してやろうっていうんだ。光栄に思え」

「やめろぉ! コジローっ!」


 叫んだところでそつなくユスティーナが下あごをつかみ口を閉じられないようにする。

 そこに俺は容赦無くマスカフェを流し込んだ。

 カエルの肛門に爆竹を突っ込む悪ガキのように!


 細くて白い喉が上下しコーヒーが飲み干されていく。

 苦しいのかターニャの頬を一筋涙が伝った。


「どうだ」

「ううっ、汚された」


 もがいたせいで着衣を乱し、頬を上気させたターニャが涙目で乱暴に口元を拭う。


「誤解を招くような言動をするな」

「五階も六階もないでしょーっ!」


 そうして俺に文句を言おうとしたのか、ターニャがこちらに向き直った時にそれは起こった。


「あうっ、ひあああああっ!?」


 ターニャは手足を突っ張ってびくんびくんと身体を痙攣させる。


「ふむ、これは……」


 俺はターニャを観察しながら何が起こったのかを推測する。


 筋力トレーニングを行うと筋肉の一部が損傷し、次いで超回復という現象でトレーニング前を上回る筋力が付く。

 普通は超回復に二、三日かかるのだが、このコーヒーは筋肉の破壊から超回復を短期間に行う物らしかった。

 結果として筋肉痛を濃縮した激しい痛みが襲うということらしい。


「ひあっ! ああっ! あっひいいいっ!」


 奇声を発しながら地面に転がり身体を跳ねさせるターニャ。


「あぅ、何だかエッチだ」

「エッチですね」


 どうやら俺たちの戦いはまだ始められないようだった。

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