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KOU:2014 僕の妹

作者: あやちょこ

コウは小さなアパートに帰って来て、家の玄関に手を掛ける。

ほらまた、鍵がかかっていない。

コウは小さくため息をつきながら扉を引いて、「ただいま」と声を掛ける。



パタパタと家の中から犬のようにコウを迎えてくれるのは

僕の妹のリコ。

手には見慣れないおもちゃを握っている。



コウは顔をしかめて、子犬のようにコウを見上げるリコの頭に手を置く。

それをゆっくり揺らすように撫でてやると嬉しそうにリコは笑う。


もうずっと、母は男の元から帰って来ない。

こんな小さな妹のリコを置き去りにしたまま戻って来ない。

父もまた居所なんて解らなくて、僕らはこの小さなアパートに二人身を寄せ合って暮らしている。


僕とリコと。


リコが寂しいのは解っている。


母はなけなしの母性をかき集めてアパート代だけはなんとか支払う。

僕はそれ以外の生活費を稼ぐために出来る限りの仕事を掛け持ちする。

本当は大学に行かなくてはいけないのに、もうずっとそれもできていない。


ただひたすらに、リコと僕の生活を守るための日々を送っている。


「それ、どうしたの?」

リコの手に握られた新しい魔法少女の玩具をコウは身を屈めてまじまじと見る。

リコは上目使いでコウを見上げると、それをさっと自分の背中に隠した。


「内緒なの。」

リコは酷く真面目な顔でそれを言う。


コウは疲れてクマが出来た目をゆっくり押えて考え込んでから、

しゃがみ込んでリコと同じ目線まで顔を落として、二人は真っ直ぐ目を合わせる。



「リコ、お金持ってないでしょ?

誰かから貰ったならそう言って?

そうじゃないなら・・・どうやって手に入れたか教えて?」


コウはこの問いが少し怖い。

どんな返答が返って来るのか怖い。


リコは口を引き結んで、「だって内緒だよって、言われたもん。」と言う。

コウは「誰に?」と、顔は平静を装って恐る恐る問い返す。



リコはうーん、と首を傾げて内緒なんだよ。と、もう一度子供らしくそれを頑なに守ろうとする。



コウはなんて言えばリコから回答が得られるのか疲れてぼんやりする頭から引き出そうとする。


自分でもついついそんな時、眉間に縦の深いしわが寄るのを知っている。

それは伸ばしても伸ばしても、深く刻まれてもう伸ばすことのできない皺で、

コウが親に翻弄されればされるほど消し去ることが困難になって行く。


リコはただじっとそれを見つめて、そして口を開く。


「前にやっちゃダメって言われたけど・・・お店から持ってこようとしたの。

そうしたら、お母さん戻って来るでしょ?」


ああ。と、コウは泣きたくなるのを必死で耐えながらリコを見る。


万引きをして捕まったことのあるリコはその時母が来たことを覚えている。

その時だけ母が迎えに来てくれることを覚えていて、会いたくなるとそれをしようとする。

幾らダメだと言ってもなかなか聞いてくれない。


「それで・・見つからずに持ってきちゃったの?」


コウは小さく唾を飲み込んでそう聞くと、リコは首をふるふると振る。


「知らないお兄さんがね、買ってくれたの。

一緒に唐揚げ食べたよ。

美味しかった!」


コウはリコの無邪気さにますます泣きたくなる。


「いい?もうやっちゃダメだよ。

その人だって、きっと一所懸命お金を稼いで暮らしているのに簡単にお金を出して貰っちゃダメなんだよ?

コンビニの人だってとても一所懸命お金を稼いでいるんだ。

僕らだってお金がない辛さを味わってるのに、違う人にも同じことを味合わせるの?」


リコは真摯に頷くがどこまで解っているのか、コウには解らない。


「ごめんね、コウ。

泣かないで。」


リコはそう言ってコウの頭をなでなでしてくる。

自分がいつもやって貰うように頭を撫でて慰めようとしてくれる。


「うん、悲しくなっちゃうからやらないで。

僕がいつかもっと稼げるようになったらなんでも買って上げるし、

いつでも近くに居てあげるから・・・。」


コウは自分の言葉にまた泣けて来る。


もっと普通の家に生まれてきていればリコだってこんな寂しい思いをせずに済んだのに。

もっと自分が大人ならリコになんでも買ってあげられるくらいお金を稼げるのに。


「ごめんね、コウ。」


リコも悲しそうな顔をして、そしてつられるように目がだんだん潤んでくる。

コウは慌てて涙を拭いてリコを抱きしめる。


「明日、コンビニ行ってその人待ってみようか。

お礼言わなくちゃね。」


明日は仕事が休みだからずっとリコと居られる。


僕らはずっと一緒に居られる。


「うん。その人ね、チャーハン好きなんだよ!」

唐突にそんなことをリコが言うので少々面食らって、

しかし子供はそんなこと日常茶飯事なのでコウは小さく笑う。


「どうして知ってるの?」

口元を上げたままコウが問うと

「ずっとチャーハン買おうかな、どうしようかなってやってた。」

リコは体を揺らしながら思い返すときによくやる空を見上げるようなしぐさをする。


そか。と、コウは笑いながら立ち上がる。





僕らは一緒に身を寄せ合って生きていく。


時折、小さな優しさを貰って生きていく。


僕の手には小さなリコの手があって、それを握りしめて歩いて行く。


明日もきっとコンビニまで二人は手を繋いで歩いて行く。


僕はこの手をずっと離さないで歩いて行くんだ。


リコは僕の可愛い妹だからね。








終わり












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