祈る人々
夕立はすぐ上がり、再び熱を持った太陽が真横から差し込む。だけど、一雨降っただけあって少しは気温も下がっていた。
ほとんど役に立っていなかったとはいえ、ビニール傘を持っていた俺は足元のサンダルが濡れただけだったが、雨の中突っ立っていた鶴見はびしょ濡れだった。風邪ひかないのか、と思っていると案の定、くしゃみをして腕をさすっていた。
「ごめん、一旦、帰っても良い?着替えてくるよ。さすがこの格好でお墓参りには行けないし。」
「そうだな、祭りの人たちにびっくりされそう。」
それを聞いた関がこちらを向く。
「墓参りってタカハシヒロキの?」
俺の墓参りとも聞こえて一瞬もやっとするが、違う違うと言い聞かせて返事をする。関が重々しくもか弱い小さな声を出した。
「俺も、行っていいか?」
涼しげな風が鶴見と関の間を通り抜けていった。いつかの夜もこうやって二人を眺めていたな、と思う。鶴見と関は対極にありながらも互いに近似している人間同士だった。
遠くに黒い雲が残っている以外は綺麗な夕焼けが広がっている。目一杯泣いた空はすっきりとした秋晴れの空だった。
「もちろん。」
鶴見もまたすっきりとした顔で笑って答えた。
寺の境内では祭りの準備がされていて、人が集まっていた。薄暗くなってきた境内では、提灯が点々と参道沿いに続き、灯籠にも火が入れられていた。
道の両側には色鮮やかな幕に独特の丸い文字が浮かぶ屋台が並ぶ。屋台からは威勢の良い呼び声とともに、美味しそうな匂いが漂ってきた。夜遊びに浮かれる中学生や、いつかの自分を思い起こさせる高校生のカップルが楽しげに歩く。初めて浴衣を来たらしい小さな女の子が興味津々という顔で父親に抱かれ、きょろきょろとあたりを見回していた。
明るい街灯とは全く違う、黄色味がかった薄暗い灯りは、人々の姿を浮かび上がらせるが顔の細部は暗いまま。祭囃子の練習なのか太鼓と笛の音が聞こえ、一層浮足立った空気が強くなった。
―祭り好きの幽霊ならこっそり紛れ込んでいるかもな―
日常とは全く違う空気がそこには満ちていた。
ふと、人並みの中に見覚えのある姿があった。この浮ついた空気に似つかわしくなく、さすがに上着は脱いで腕にかけていたが、真夏にも関わらず黒いスーツ。
「あれ?船木。」
こんな所でまた会うとは。
「よお。もしかして祭りに来たのか?」
にやにやして鶴見に視線を向けながら尋ねてくる。これは、勘違いされているなとは思ったが、藪蛇になるのも嫌でごまかす。
「まあ、そんな所。お前は?スーツなんて着て。」
「あー、ちょっと、高校時代の同級生の墓参りにな。今日が三回忌だったってのもあって。」
「高校時代の?」
驚いて思わず聞き返す。
「あー、あれだ。自殺してさ。」
タカハシヒロキのことがあって、俺も下手な事を言うとまずいと学んでいたので、それ以上突っ込んだ話を出来ず、中学の友人集めて飲もうとかそんな話をして別れた。
「関は行かなくていいのか?お前も同級生だったんだろ?」
歩きながら後ろに声をかける。
「ああ、良いんだ。俺は。」
関はどこか懐かしそうな目をして船木の後ろ姿を見送っていた。
「それよりも、行こう。」
どこか浮足立つ人並みの中を二人は重々しくも決意を持って進んで行き、俺はその後ろを一定の距離を空けて歩く。
墓の場所が分かるのかと心配したが、鶴見が友人に場所を教えてもらっていたらしく、その案内に従って墓の間を縫うように進む。途中、他の墓よりもたくさんの花が手向けられている墓が見えて、何となくあれかなと思ったが
「あ、あれだ。」
という鶴見の声に反対側に目を向ければ、一際多くの花が手向けられている別の墓があった。
「すごい花の量だな。」
「うん、今年、みんな二十歳になるから。クラスの人とか部活の人とかが集まったみたいで。」
そう言いながら鶴見は、他の花に埋もれさせるように自分の花も手向けた。線香も何も持ってきていなかったが、その辺りは鶴見が準備していたようでバックからろうそくを出すと、火を付ける。力を入れ過ぎたのか、マッチが二度折れた。ようやく点いたろうそくの火は風に頼りなく揺れる。鶴見が手にした線香がそれ以上に震えながら、ろうそくの火に近づいて行った。その姿を関はじっと見つめていた。
一体、二人はどんな思いでタカハシヒロキの墓の前に立っていたのか、とても、俺には想像が出来ない感情だったが、手を合わせて目を閉じるだけの動作が、ずっと抱いていた後悔の重さを十分すぎるほど伝えてきた。
ここまで付いてきてただ立っているのも変な話で、形だけとはいえ手を合わせる。目を閉じていると、なおさら何を思ってよいのか分からず、冥福を祈るとすぐに目を開けた。
謝罪だろうか、それとも懺悔だろうか。
二人はまだ、真剣に何かを祈っていた。
そっと墓から二三歩遠ざかり、夕焼けを背景に影絵のような木々を見ていた。あまりにも平坦な景色に、木の向こうはこの世ではないのかもしれない、なんて考えてしまう。
でも。もしそうだとしたら、あちら側にいるタカハシヒロキには、二人の姿が見えているのだろうか。盆だから近くにまで来ているのだろうか。
―本当、帰って来てるんなら二人に何か言ってやればいいのに―
風が出て来て、それまで夕焼けに張り付けられたように動かなかった木々が、遠くから順にゆらゆらと揺れる。ぼうっと眺めながら、会ったことも無いタカハシヒロキに毒づき、俺だったら何て言うかなと考える。
―大丈夫、とか気にしないで、とか?いや、違うな―
ざわざわと木々が揺れ、風が墓に手向けられた花がざわめく。
―そうだな、『幸せになって』か―
突然、二人が同時に顔を上げた。しばらくの間じっと墓を見つめ、やがて笑みを浮かべる。そして、ようやく重い重い何かから解放されたかのように涙を流したのだった。
―タカハシヒロキの姿が見えていたのかもしれない―
そんな気がした。




