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「千春っ!千春ってば!」
肩を揺さ振られた私は、我に返り心配そうに私の顔を覗き込む親友の美香ちゃんに視線をやる。
「あ、れ…?美香ちゃん、何?どうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ。ぼぉっとしてると思ったら、突然泣き出すんだもん」
「泣き…?あれ?ほんとだ…」
目を擦ると雫が手の甲に付き、自分自身驚く。そんな私を見て、美香ちゃんは腰に両手を当て呆れてる。
「もう。私達大学生になるんだから、しっかりしてよね?」
「はは。ごめんごめん」
…何か、悲しい夢を見ていた様な気がするけど…最近、すぐに忘れちゃうんだよね。
私は、風雅千春。この春から大学生になる。
今は美香ちゃんと、二人で通う大学の下見中…なんだけど。この場所に来てから、なんだかそわそわして落ち着かない。
「あ。信号、赤だね」
二人で立ち止まり、信号が変わるのを待つ。
…あれ?
ここ、見たことがあるような…?
『危ないっ!』
ズキッ!
あ、頭が痛い。何だろ?これ。
「あ。あれって、桜?すごーい。あそこだけ、満開じゃん」
「…え?」
それは、丘に立つ一本の桜の樹。
その樹を見た瞬間、今まで見ていた夢を全て思い出した。
夢の中で、私は『さくら』という名の雪女だったこと。一之瀬圭一と、共に過ごした数日間を…。
「…行かなきゃ」
「え?」
そう呟いた瞬間、信号は青に変わった。そして、私は走り出す。あの樹の元へ…。
「ちょっ…!千春?!」
「ごめん!美香ちゃん、先に行ってて!」
行かなきゃ…行かなきゃっ!行かなきゃッ!!
あの樹の元へ!あの人の所へ!
私は、全力で走った。




