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その少年の鼻は伸びない ③

「おっす。待ってたぜー」

「……え、何でこんな時間にここに居るの」

「お前を待ってたんだろうがよ」

「あ、うん……ありがとう……」

 下校時刻を過ぎた校門前。

 映画研究部の撮影が終わり、帰る方面が同じ友人がいないためにいつもは一人で校門を通る山川を待ち受けていたのは、同じ方面に家はあるがいつもは演劇部の友人と一緒に帰るはずの沢渡だった。まだ暗くはなりきっていない夕暮れの中、さも当然と言わんばかりに山川を待っていた沢渡。山川はその言動の意図がつかめなかった。「どうして僕を待っていたのさ。いつも一緒に帰ってる女の子はどうしたの」

「あいつは今日は休みだったんだよ。だから一人で帰るのも微妙かなと思ってよ、今日はお前と帰ろうとここで待ち伏せをしていたというわけだ」

「ああ、なるほど。要は、特に意味はないってことだね。ただ単に、あの女の子が休んだから、その代わりに僕と帰ろうってだけでそれ以上の意味はないと」

「なんだなんだ、なんか含みをもたせた言い方だな真実。なんかあったのか」

「……いや、別に」

 そういうと、山川は話を切り上げるために「じゃあ行こうか」と沢渡を歩くよう催促した。

 元々あまり気に留めていなかったのだろう。沢渡は「おっしゃ。行こうぜ行こうぜ」と山川の横について歩き始めた。――山川の気持ちは、あまり考えずに。

 この時。

 山川は、自分が今日学校でついた嘘はどんなものだったか思い出していた。沢渡についた、カウンセリングに行ったことをごまかすための嘘――飯島についた、飯島の成績に関することの嘘――。思い返してみるとそれほど嘘をついていないことに気づき山川自身驚きもしたのだが、しかし、それでも嘘をついた事実は変わらない。量より質という言葉をこんなところで使いたくはなかったけれど、それでも山川は、自分が嘘をついたということについて真摯に受け止め考えようとしていた。

 そんなに気にすることはないのかもしれない。実際、山川が嘘をついたことを沢渡と飯島は気付いておらず、今更自分が「本当は違うんだ。ごめんね、二人とも」と謝ったところで変な空気しかうまないだろう。つまりは山川が嘘をついたとしても、山川の周りの人間関係はそれほどかわらない。だから、気にすることはないのかもしれない。

 逆は、どうなのだろうか。

 山川がもし、嘘をついていなかったとしたら。

 まず沢渡の場合。――もし、「カウンセリングに行っていたんだ」と山川が素直に打ち明けていたら、どうなっていたのだろうか。

 沢渡のことだ。とにかく心配するだろう。なんでカウンセリングなんて行く必要があったんだ。俺を頼りにしてくれよまずは俺に話してくれよと山川に向けて大声で叫ぶかもしれない。それでもよかった――のかもしれないと、山川は思った。

 思ってしまった。

 嘘をつかず沢渡にこの悩みを解消してもらう。それでもよかったのかもしれない――と、思ってしまった。この場合、沢渡に無駄な負担をかけてしまうのがひっかかるところではあったが、それでも沢渡なら許容してくれる――かもしれない。この点に関しては沢渡がというよりも山川の方が申し訳ない気持ちになるけれども、そう思ったら最後、この件に関して何故嘘をついたのかがわからなくなってしまった。

 ならば、飯島の場合はどうだろうか。――もし、「いえいえ。そんなわけないでしょう。飯島先輩はあまり成績のよろしくない先輩だと思いますよ」と言っていたら、どうなっていたのだろうか。

 ――ほがらかな笑顔で「全くもう生意気なー」とか言いながらぺしぺし叩いてくるんじゃないのか。

 そう、山川は考えた。あの軽口をたたいていた状況であの嘘をついていなかったとしても、恐らくこういう軽い感じになるだろう。まさかあの場で飯島先輩が暗いテンションになるとは考えづらい。とりあえずこの件に関してはこれくらいでいいと山川は思った。元々あまり交流の薄い先輩との絡みだ。そりゃ一方的に飯島が絡んできたことはあったが、それにしたって他の部員との絡みの方が多かったし、なにより山川はあまりうまく飯島の絡みを対処することができなかった。飯島にしたって、山川のことをあまり面白くない後輩と考えていたに違いない。そんな先輩とのレアケース中のレアケースである嘘を考えても意味はないと、山川は一応のところ判断した。

 と、なると。

 重要なのは沢渡についた嘘ということになり、そしてそれはあまり意味のない嘘ということになってしまった。

 じゃあ。

 なぜ自分は、嘘なんてついたんだろう――。


「またつまんねえこと考えてんじゃねえだろうな、山川」


 押し問答も限界にきたところで。

 黙りきった山川を横目にずっと黙って歩いていた沢渡が、口を開いた。「俺と一緒に歩いてるってんのにだまりこくるとはどういう了見だよ、おい」

「いや、たいしたあれはないんだけど……そっか、ずっと黙ってたね僕。ごめん」

「ごめんで済んだら警察はいらねえだろとかいうフレーズが昔流行ったなあ、おい」

「今考えるとそんなに良い表現ではないよね」

「いや、俺は昔から思ってたぜこの表現って聞いててあんまり良くはねえなってな。あんまり日常生活に警察って単語を持ってくるべきじゃねえと思うんだよ。物騒なことが起きた場合に登場する、いわば非日常界のヒーローみたいな存在だろ、警察って。ダークを対処してくれる素晴らしいヒーロー達だ。そんな人らを一言で示す単語を、日常の中に取り込むのはよろしくねえよ、やっぱり」

「そっか……。じゃあ沢渡君は昔っからこの表現をあんまり使ってこなかったんだね。すごいや」

「いや、そうでもないんだなこれが」軽く腕組をして、渋い顔をする沢渡。「昔っからこう考えてはいたんだが、それでも周りの奴らに混じって使いまくってたぜ。誰かがごめんって言ったら、ごめんで済んだら警察は要らねえだろおらぁ! って叫んでた記憶が今でもありありと残ってやがる」

「叫んでたんだね」

「おう、叫んでた。その度に、うっせーよごうき! って叫び返されてたのも今となっちゃ良い思い出だ」

「相手の子もつられて叫んでたんだね」

「そんでもって近所のおばさんも、あんたらうっさいよー! って叫ぶわけだ」

「ご近所さんも叫んでたのね……」

「おうよ。いやー、楽しかったなー昔はほんと。今も楽しいけどよ」

 ご近所迷惑ではた迷惑な子供時代だなあと少し笑いながら、山川は沢渡の発言に対してひっかかるところがあった。

 自分では良い表現ではないと思いながらも、周りの子が使っていたから使う。

 ――これは、今の自分の状態と同じではないのか?

 山川は思い返していた。カウンセラーの言葉を。

 ――それくらいの嘘なら、誰でもつくんじゃないかな?

 他の人も、自分と同じように嘘をついている、かもしれない。

 もしかしたら、目の前にいる沢渡も自分と同じように嘘をついてしまう人間なのかもしれない。

 それならば、沢渡が嘘をつく理由が自分にも適用されるのではないか?

 沢渡は、なぜ嘘をつくのだろうか?

 話を聞く限り――周りの子に合わせて嘘をついている、としか思えない。

「さ、沢渡君」そんなことを山川は考えていた。唐突に思いついた、とっさの判断である。今まで散々悩まされてきた自分の嫌な部分の解決方法がみつかったのかもしれない。そのいちるの望みにかけて、山川は思い切ってこう会話を切り出した。「それって沢渡君が嘘をついていたってことだよね。沢渡君は、周りの子に合わせて、周りから浮かないように嘘をついていたの?」

「ああん? ハッハッハ、ちげえよちげえ。みくびんなよ、俺を」

 対して、沢渡は。

 突然の質問にポカンとしつつも、笑いながら山川にこう返した。

 わからなくなった。

 山川は、これでまたわからなくなってしまった。

 どうして嘘をつくのか。どうして嘘をつく必要があるのか。

 ――だから。

 尚も、山川は沢渡にくってかかった。「じゃあ、どうして嘘をついたんだい?」と。自分らしくないとは思った。こんなに必死になって何かを誰かにすがるように聞くなど、今の今までなかった。なのに山川は沢渡に聞き、沢渡はそんな山川をみて呆気にとられてしまっていた。

 呆気にとられてしまった。

 沢渡は今まで黙っていた山川がいきなりこんな微妙な話題に対して積極的に聞いてくることに対して、呆気にとられた。

 だが、沢渡は。

 コホン、と一つ咳払いをし。

「あー、こんなこと改めて言うのは恥ずかしいっていうか、そんな対して考えてねえけどとりあえずこういう考え持っちまったからそれを貫いちまったってだけだからそんなに深くはとらえてほしくねえんだけどよ。……というか、恥じいよこれ言うの。なんでこんなこと改めて言わなきゃいけねえんだ……って思うんだがな。山川。お前がなんか本気っぽいから言ってやるよ」

 と、前ふりをすると。

 沢渡は、山川の顔を見ずに、地面を見ながらこう言い放った。

「俺が自分の気持ちに嘘をつかずに『この表現は嫌いだから使いたくない』って言った相手がよう、自分は今まであまり良い表現を使ってなかったんだって思ってよう――嫌な思いをして欲しくなかったんだよ」

 ――だから俺は、自分の気持ちに嘘をついたんだ。

 沢渡はやはり恥ずかしげで。

 山川は、何も言えなかった。

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