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その少年の鼻は伸びない ②

 その日の授業が終わると、山川は映画研究部の部室へと足を運んだ。沢渡は演劇部に所属しているため、授業が終わり教室から出るまでの少しの間しゃべった二人はそこで分かれて、各々の部室へと足を運ぶ。

「やっほー。来たかい山川君」山川と沢渡の教室がある校舎二階の端にある生物室。そこが映画研究部の部室であり、そこには先客――飯島光が椅子に座っていた。短く切りそろえられた黒髪をいじりながら、飯島は「今日は君が二番手だよ山川君。ささ、座って座って」と山川に向かって言い放った。

「……失礼します」

 言われて山川は飯島に指定された、飯島の隣の席に座る。活発な女の先輩の隣に座らせされ居心地が悪そうにしている山川を横目に、「にしししし」と言いながら眺める飯島。「なんだいなんだいつれない顔をしてー。そんなに私が嫌い?」

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあなんでそんな顔をしてる訳?」

「そんな顔って……僕は今、どんな顔をしていますか」

「飯島先輩の隣に座れてきゃっほーみたいな顔」

「……それは、ないですね」

「ま、そだねー。うむうむ、素直でよろしい」

 本当のところをいうと、山川はやはり非常に居心地が悪かった。そもそもこの時間にはまだ部室に誰もいないと勘ぐくっていた。授業終わりのチャイムが鳴り終わった後に普通に部室に向かえば、他部員の誰よりも近い場所にいる自分が一番乗りに部室に入ることができ、少しゆっくりできる時間を確保できるはずだった。それなのに、飯島光の存在である。三年生で、四月の始めにとっくに引退したはずの飯島光がいまだに部室で油を売っているという事実に衝撃を隠せない。「飯島先輩、受験勉強は大丈夫なんですか。三年生のこの時期に部室に来て後輩と絡む余裕なんてないと思うんですけど」

「受験勉強? ああ、もうダメ。全然ダメ。点数は真っ暗闇で、親の顔は真っ青よ。正直ここでこんな風にのんびりしてるってばれた途端に喚き倒される自身があるわね」

「そこまでなんですか……」

「んー? 何々、山川は私のことをもっとできる奴だと思ってたの?」

「…………」

 ここで。

 山川は。

 なんて言おうか、迷った。

 山川は飯島のことをそれほど頭の良い先輩とは思っていなかった。何しろ中間テストが終わるたびにテンションが極端に上がっていた先輩だった。自暴自棄になり、やけになり、同級生の部員に泣きわめいていた先輩だ。当然、成績のよろしくない典型的な先輩だということはわかる。

 ――しかし。

 山川は、なぜか「はい。僕は飯島先輩のことをそんなに酷い成績をとる人ではないと思っていましたよ」と返していた。

 なぜなのかはわからない。気付いたら、そう言っていたのだ。

 言われた飯島は少しだけ驚いた表情をした後、「そっかー。山川は私のことをそういう風にみてたんだー」と少しだけ嬉しそうに笑い。

 言った山川は、平然を取り繕って飯島と向かい合った。

 それから飯島が「えへへ。ありがとね。ちょっとだけ元気でた」とはにかみ、山川が「どういたしまして」と答えていると、「あれー? もしかしてもしかしなくても飯島先輩じゃないですか」生物室にぞろぞろと他の部員が集まり始めた。

「なにあんたたち、私がいたらダメだってのー?」

「いえいえ。ただそろそろ撮影が始まるんで、ここにいてもしょうがないと思いますよってな話です」

「あ、そっか。もうそんな時期か」飯島は成程納得という動きをし、部員が入ってきた生物室の入口へと足早に向かう。「ではでは皆の衆。残し少ない青春を謳歌したまえ。私は一足先に受験戦争へと舞い戻る!」

 そう叫ぶと、飯島は映画研究部の後輩の「どもでーす」という覇気のこもっていない声をろくに聞きもせず足早に退散した。

 飯島が生物室を出た後、映画研究部の部員は飯島の様子を心配しつつもすぐさま撮影へととりかかることにした。なにしろ予定していた撮影スケジュールを大幅に遅れている。かなり急がないと間に合わないというレベルではないが、それでも急がないと間に合わないレベルに撮影が遅れていた。故に部員たちは今日とるべきシーンを確認し、校舎の外に出る。

 学校の中で映画を作る。それがこの映画研究部の伝統であった。部員数は山川も含めて七人。多くも少なくもない人数で、映画研究部は今日も撮影に励む。

 山川は一応役者であった。主役ではないにしろ、そこそこ重要な脇役を演じている。なし崩し的に入部した山川だったが、なかなかの演技力を備えていたのが自分でも驚きだった。他の部員からは素直にほめられるけれども、山川自身にとってはただ単に演技が自分のつく嘘の延長上だと考えてしまったため、それほど嬉しくない事実である。何にしろ、他人の評価がどうあれ自分の評価がどうあれ、山川は映画研究部の活動に精を出した。

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