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その少年の鼻は伸びない ①

 山川真実はごく平凡な高校二年生である。

 普通に毎日学校に通い、普通に友達と談笑し、普通に勉強し、普通に生活している。一応映画研究部に所属しているが、入部の理由が他人の作った映像作品をただでみれるからというものであり、いざ入部し自分もつくる側におかれることになると知った時――山川は自分の入部の理由は全く話さずに、「僕も映画作りたかったです!」と目を輝かせて映画製作に関わった。

 昔から、山川はそうだった。

 他人が自分の意思とは違うことを提案したりしたときに、真っ先に嘘をつく。

他愛もない会話の中で、友人が「そういえば昨日の夜やってたテレビみた?」と聞いてきたとき、山川はそのテレビ番組を見ていないのにも関わらず、「うん、見た見た」と言ってしまう。その後の会話でかみ合わないことがあったりしたら、「ごめんそのテレビ番組見てなかった。僕の勘違いだった」と謝ることを、前提として。

 無意識に有意義な嘘をつくならまだ報われる。

 しかし山川は、無意識に無意義な嘘をつくことがほとんどである。

 なぜそうなってしまったのかわからない。周りの話に合わせるために――周りから浮かないために――こうなってしまったのかもしれない。けれどもそれにしたって、山川はそんな自分が許せなかった。

 許せないのに。

 嘘をつく自分が許せないのに。

 変わることが、出来ない。

 そんな自分が、果てしなく嫌いだった。

「ん? どうしたよ、真実。具合でも悪いのか?」

 相談室から出て、教室に戻り。

 カウンセラーから言われたとおりに自分のことについて考えていると、山川の席の一つ前に座る男子生徒――沢渡剛毅が話しかけてきた。屈託のない笑顔で、昼休みに突然いなくなった山川に視線を向けている。「元々辛気臭い顔がより一層辛気臭くなってんぞ、お前」

「酷い言い分だなあ、沢渡君」

「いやあ、いつもは一緒に昼飯食べてる友人がいなかったら誰だってこんな口調になるってもんよ。現にオレ、今日は一人で昼飯食ったしな」

「……沢渡君なら、僕以外の誰かから一緒に食べようって誘われたんじゃないの」

「おいおい。おいおいおいおいおい」首を横に振り、さもこいつはわかってねえなあ本当にわかってねえよと言わんばかりに大仰な態度をとる沢渡。「確かに誘われたよ。ああそうですよ誘われましたよ。でもな、それを受け入れて食ってる時にお前が教室に帰ってきたら、もうオレどうしていいかわからねえだろうが。お前の場合、俺がその集団の中から一緒に食べねえかって誘ったとしてもまず断るだろうよ。だからこそのあえての一人弁当ですよ。お前がいつ来てもいいようにすたんばってた訳ですよ。この気遣いがわからねえのか山川には」

 一気にまくしたてられ、山川はいたたまれなさから「……なんかごめん」としか返すことができなかった。その様子を見て、「まあいいさ」と軽く返す沢渡。それほど気にしてはいなかったようだ。そんな沢渡をみてほっとしたのもつかの間、山川は沢渡が発する次の言葉で戦慄を覚えてしまう。「で、何で昼休みいなかったんだ?」

「は?」

「は? じゃねえよ。なんで昼休みいなかったんだよ。結局お前、昼飯食ってねえんだろ? そんな状態になっちまう昼休みの用事ってなんなんだよ」

 ――その時。

 山川は、少しだけ躊躇した。

 自分が何を言おうとしているのか。

 自分が何を言おうとするのか。

 そのことを気にかけながら、それでも山川は「映研の先生に呼び出されちゃったんだ」と答えてしまった。

 悪気はなかった。

 何の気なしに、そう答えてしまった。

 嘘を、ついてしまう。

「あ、そうか。撮影近いんだったっけか」山川が本当のことを言っていないことなど全く気付かずに、成程成程と頷く沢渡。「そういうことならしょうがねえ。ただな、前もって言ってくれよなそういうことは。一人で昼飯食べる展開はもう勘弁だぜ?」

「わかった。ごめんね、沢渡君」

「おうよ」

 そこまで会話をしたところでちょうどチャイムがなり、チャイムと同時に教師が教室に入ってくる。数学を担当している教師。彼はチャイムと同時に教室に入ってくる教師として有名な教師であった。その姿を見て「やべえやべえ」と言いながらもそれほど慌てず黒板の方を向いて座る沢渡。その姿を見ながら、今さっき――自分が嘘をついたことを頭の端に置きながら、山川はバッグの中から筆記用具を出す。

 ――ああ、まただ。

 ――また、僕は無駄に嘘をついてしまった。

 有意義ではなく無意義な嘘。

 吐く必要もないその無価値な嘘を、カウンセリングの後も吐き続けてしまう自分に嫌気がさす。

 そんなことを思いながらも、目の前で展開される授業は着々と進んでいく。数学教師は黒板に余白を作り、「それじゃあ先週出した宿題だった問三の解答を書いてもらおう。今日は九月三十日だから……出席番号三十番。前に出て書いてくれ」と発言してきた。

 出席番号三十番は、自分だった。

 宿題は、してあった。

 席を立ち、黒板へと向かう。途中、「おいおい大丈夫かおいおい」という沢渡の冷やかしがあったが、少しだけ笑って応対してそのまま黒板へと向かう。チョークを持ち、ノートを持ち。ノートに書かれた解答をそのまま書き写した。

 書き写す時に。

 嘘は、書かなかった。

「いいぞ。戻ってよし」山川が回答を書き終わるのをしり目に、数学教師が言う。

「わかりました」数学教師に言われた通り席に戻り、そして考える。

 自分は今、何故嘘を書かなかったのか。

 こういう場面で嘘をつかないのはなぜなのか。

 沢渡に対しては嘘をついて、教室の生徒と数学教師に対しては嘘をつかなかった。

 その理由は、何なのか。

「…………」

 嘘をついてしまう自分を見つめなおせ。

 カウンセラーに言われたことを思い出す。

 一つ一つの嘘に対して。

 一つ一つの、嘘をつかなかった事例に対して。

 些細なことも気にかけて、自分を見つめなおすことを改めて決意する。

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