山川真実 カウンセリング
「僕が話す内容は、たいていは嘘で構成されています。それでも僕は友人たちと仲良くしていて良いのでしょうか」
相談室。
高校校舎の一階の奥の方にある、ひっそりとした場所。用がない限りは基本的に生徒も教師もあまり近寄らない場所に、二人の人物が向き合いながらソファに座っていた。壁際に設置されている四、五個の本棚以外はあまり物がない場所で、二人の人物が座っている。
用がない限りは、誰も近寄らない場所。
そこはそういう場所だ。
この学校における相談室とはそういう場所だ。
そんな場所で、一人の男子――山川真実は、相談室における相談相手であるカウンセラーに疑問を投げかけた。山川は細く小柄な体格で、一目みる限りはおとなしい子なのだろうと判断するかもしれない。しかし、この生徒が今現在醸し出す雰囲気はおとなしいというものではなかった。
かなり冷たい雰囲気。
かなり疲れた雰囲気。
おとなしいというよりは達観したような、そんな雰囲気をまとっている。
対してカウンセラーはなぜだか白衣を着ている。男性にしては割と長い黒髪はパーマがかかっており、黒縁メガネも相成っていかにも実験に失敗した科学者のような風貌だったが、メガネから見える目つきは真剣さそのものだった。
カウンセラーにしてはふざけた格好をしているけれども。
男子生徒を見る視線は、本物。
「それはどういう意味なんだい、真実君」
「そのままの意味です、先生。僕は無意識で嘘を言ってしまいます」
「具体的に教えてくれるかな」
「具体的に、ですか」カウンセラーにそう催促されて一瞬だけ戸惑う山川だったが、少しだけ考え、話す内容を決める。「例えばですね、昨日までテスト週間でしたよね」
「そうだね。一週間続いたテストが昨日で終わった」
「誰しもあまり好んで言いたいことではないと思うのですが、僕はテストのために無茶苦茶勉強しました。それこそテストの二か月前から。言うならば夏休みも勉強してました。来たるべき定期テストに備えて、僕は僕なりにがむしゃらに勉強していました」
「良いことじゃないか。教師にとっては理想の生徒に違いない」
「でも、僕は昨日の朝。『やばいよ全然テスト勉強してきてないよ』と、クラスの友達に言ってしまいました」
「……それはあれだろう、勉強してきたとテスト直前に皆に言いふらしていざテスト結果が悪くなった時にいい訳がつかないからじゃないのかい」
「そうなのでしょうか。僕にはわかりません」
「他には何かあるかな」
「他にはですね、テストが終わった後、勉強の甲斐あってものすごくテストに自信があったのに周りのみんなは暗い顔でうつむいていて、もうだめだ終わったこのテスト終わっちまったとかいうもんですから、『僕も全然出来なかったー』と暗い顔になりながらうそをつきました。本当のことを言ったら周りの空気を悪くしてしまう。自分だけが例外になってしまう。周りから外れないために嘘をつく、ということなのかもしれません」
「それくらいの嘘なら、誰でもつくんじゃないかな」
「本当ですか?」
カウンセラーが言った言葉を信じられないと言いたげな表情の山川。その様子を見てゆっくりと、だが確実にうなずくカウンセラー。「テスト前に勉強してないしてないって言ったり、テスト終わった後に何の気なしに全然出来なかった―とか、俺も結構言ったもんだけど」
「……そういうものなんでしょうか」
「信じられない?」
「正直、あんまり信じられません」
「なぜ信じられないんだい?」
「ええと、ううむ、どういえばいいのかわからないんですが……なんといいますか」
「うん」
「……すいません、上手く言葉にできません」
その様子を見て。
ううむ、と唸るカウンセラー。
目の前で自分の悩みを話す生徒には、嘘を無意識で言ってしまうという行為がどのような原因で発生するのかわかっていないらしい。そのような状況でカウンセラーが何を言っても耳を通り抜けるだけだろう。
「それじゃあね、山川君」だから、カウンセラーは山川に向けてこう言った。「僕に悩みを打ち明けてくれたことは嬉しい。だけど、その悩みがどういう原理で発生するのかをわかるのは、悩みを抱えている本人にしかわからない。その原因に対する可能性はいくつかあげられるけど、その可能性を聞いてピンと来ないのならまたそれは別の問題になる」
「はい」
「だから、一旦今日は帰って、一晩じっくり自分と見つめ合って、それでもまだ悩みが晴れないようならまたここに来てほしい。それでいいかな」
「……はい」
納得はできない様子だったが。
山川はカウンセラーの意向に従って、相談室を出た。