第六録
「ご存知の通り、河童は日本古来よりその存在が信じられ、全国的にもいちにを争うほど有名な妖怪です。一般的と云ってもいい。そしてその形態は江戸時代には、既に完成されていたと云われています。この河童は水生の妖怪視された幻獣で、中国の水虎や水唐、水蘆といった水中の妖怪が日本に移入して、亀や獺などの誤認による幻覚がサブリミナル的に習合して完成されたものだと考えられています。ではその形態とは一体どういったものだったのでしょうか――」
「それはやはり頭に皿を乗せ甲羅を背負ったあの緑色の姿では?」
「そうです。しかし正確には、河童の頭部には周囲に毛があり、それこそ〝お河童頭〟で頭部の上には窪みがあって水を並々と湛えています。軀は小児の如き体躯で背中に甲羅を背負い全身に毛を生やしています。その色は青黄色で粘膜に包まれ、手足には水掻きがあり鼻は突き出て狗または猿に似ています。口は嘴のような形をして、臀部には三つの肛門があり、短い尻尾を持っている――これが河童と呼ばれる妖怪の主な形態です」
童遊麒助は一呼吸置いた。そして、
「では簑辺さん、この河童の形態話を聞いて、なぜ河童が〝河〟の〝童〟なのかお解りになりますか?」
「……それは河童の頭が〝お河童頭〟で軀もまた子どものようであるから、としか……」
「そうですね。一般的な認識において河童は、子どものような為りをした河に棲む妖怪だから〝河童〟なのだと思われています――」
「違うのですか?」
「大いに違います。いいですか、簑辺さん。河童はですね、〝河〟に棲む〝卑しい〟ものだから〝河童〟なのですよ」
「い、意味が解りません……」
どういう意味だ? 〝河〟に棲む〝卑しい〟ものだから〝河童〟とは――。
「簑辺さん、良くお考えください。あなたは先程小生に河童のことを問われ何と答えましたか?」
「それは、その胡瓜が好物で人の尻子玉を抜き――」
「そこですよ。河童が〝河童〟たる由縁は」
「し……尻子玉を抜き――というところがですか?」
「ええ、正しく。河童の名の由来はその形態にあるのではなく、その生態にあるのです」
「生態?」
「河童の生態――否、所業と云い変えてもいいでしょう――は、主に悪行に尽きます」
「悪行、尻子玉を抜くような?」
「そうです。河童が人間の肛門から抜き出す尻子玉とは、生き肝のことをいいます。生き肝とは、つまり内臓のこと――これを抜き取られたら人は容易に死んでしまう」
「それは――」
――そうだろう。内臓を抜き取られたら死んでしまう。しかし肛門に水掻きのついた手を突っ込まれた時点で絶命してもおかしくないはずだ――などと熾郎は、ひとり慄然とした。
「その他の河童の悪行には、人の飼う牛や馬などを水中に引き摺り込んで殺してしまったり、それこそ人間の子どもなども引き摺り込んで溺死させたりと、人に害を及ぼす水難的行為が目立ちます」
「飛んでもない奴ですね」
「飛んでもない奴です」
童遊麒助は、翁の面を揺らし熾郎の言葉に安然と同意した。
「このように、人の目から見ても――いえ、人の目で見ずとも河童が人に及ぼす行為は、正しく〝卑しい〟姿に映ります。つまり河童とは【川や水辺に棲む卑しい奴】という意味なのです」
「なるほど。しかしその河童と先生の雅号とは何か関係があるのですか?」
「ありますよ」
と童遊麒助は云った。
「――では次に〝酒呑童子〟を例にとってみましょうか」
「何です? また藪から棒に」
「まあ、お聞きください。小生の雅号が持つ意味をお知りになりたいのでしょう?」
「はい、勿論」
「酒呑童子――これは云わずと知れた大江山を根城にした鬼たちの首魁たる大鬼の名です」
「鬼たち――とは、他にも鬼がいたのですか、大江山には」
「ええ、酒呑童子にはその配下となる鬼がいました。その名も茨木童子、星熊童子、熊童子、虎熊童子などの鬼が――です」
「待ってください。皆〝童子〟と名の付くのはなぜです? 〝鬼〟――なのですよね?」
「そうですよ。鬼です。しかもただの鬼ではありません。盗賊鬼です」
「盗賊鬼?」
「盗賊鬼とは、小生が編み出した造語のようなものです。まあ、指し示す意味はそのまま、人を襲って金品強奪を働く鬼のことです」
「そのままですね」
「ええ、そのままですよ」
呆気らかんとした返答である。
「それでその金品強奪を働く盗賊鬼たちの名に〝童子〟という言葉が入っているのはなぜなのです? 〝童子〟とは、子どもを指して云う言葉ではないのですか?」
「そうですね。現代語訳すれば〝童子〟とは子どもの意となるでしょう。しかし、酒呑童子を始めとする多くの鬼たちが、盗賊として猛勢を振るった平安時代においてはそうではありませんでした」
「別の意味があったと?」
「如何にも。本来〝童子〟とは、一般に寺に入って未だ剃髪得度をしていない少年を指していっていました――」
「少年、子どもじゃないですか」
「まあ、そう焦らずに。慥かに平安初期においては〝童子〟とは子どもの意でした。しかし刻が経つに連れその意味は、次第に年輩僧をも指して云うようになったのです。それが〝大童〟という呼称です。〝大童〟は、頭髪の髻が解けてばらばらになった長髪姿を云いますが、大人になっても元服せず、長髪のままで結髪もせず、烏帽子も被らない下層階級の人々の姿でもありました」
「つまり外見は大人に見えても容姿は子どもであった――と?」
「そうです。また〝大童〟の類縁として〝牛飼の童〟という職業もありました。これは貴人が乗る牛の世話や口取りなどを生業とした、やはり雑役の民たる大人に使われた呼称です」
「雑役の民ですか」
「〝牛飼の童〟もまた〝大童〟同様、老人になっても烏帽子を被らず、髪も後頭部で紐で結んで垂らし髪にし、まさに〝童子〟相応の姿をしていました。そして大江山の酒呑童子や茨木童子など〝童子〟と目される鬼たちもまた肩まで髪を垂らした〝大童〟の髪をしていたのです」
「それが童子……」
「〝童子〟とは得てして〝卑しい〟身分の者を指して使用されていた形跡があります。それこそ金品強奪を働く盗賊や無頼の徒などは、平安の時代において尤も〝卑しい〟存在として人々からとても疎まれていました……ここまで話せばもうお判りでしょう、簑辺さん。〝河童〟と〝酒呑童子〟が持つその共通項が――」
「ど、どちらも〝童〟の文字が名に付き……〝卑しい〟意味を持つ存在……」
「その通り」
熾郎がそう云うと童遊麒助は満足そうに首肯した。
「今でこそ〝童〟という文字は、子どもの意に捉えて使われていますが、古くは〝卑しい〟存在を非難して云う際の――謂わば、差別用語的な意味合いで使用されていました」
「さ、差別用語……」
「更に云うなれば〝童〟という文字の語源は、古代中国において【罪人】を意味していたのです」
「罪人……それは何とも」
――真逆ではないか。あどけない子どもの響きなどまるで感じられない。
「漢字の原産国である中国において〝童〟という文字は、酷く悪性の強い言葉として用いられてきました。その起源は古く、彼の有名な『説文解字』にも記載されているほどです。それによれば〝童〟という文字の原義は、【目の上に辛で入墨された者】の意――つまり眉上に針で罪人の烙印たる入墨を彫られた者こそ〝童〟なのである――と示唆されているのです」
「で、では〝童〟の本来の意味とは――」
「罪人は、卑賤な身分の象徴的な存在です。ならば答えは見えている」
「――〝卑しい〟である、と」
「正しくその通りです。そして『説文解字』にはこうもあります。【ヌヒはみな古の罪人なり】――つまりヌヒ――召使いなどの賤民もまた罪人と等しく〝童〟の文字を中てる」
「嗚呼、召使い――賤民――雑役の民――下層階級――ヌヒ――皆、連絡している」
「そう凡ては連絡しているのです。〝童〟とは皆〝卑しい〟身持ちの存在につけられた卑
陋の言葉なのです。真に〝童〟の文字を子どもに中てたいのであれば、人と交わりができるよう人偏に〝童〟と書くべきなのです。そうすれば意味だけは通ります――しかし、流れ行く刻の中で、本来の意味は都合良く変換され、その意義を失いました……」
童遊麒助はそこで何かを噛み締めるように言葉を切った――そして、
「小生はですね、簑辺さん。そういった失われた意義を取り戻したいのです」
「意義を、取り戻すですか……嗚呼、」
そこで漸く熾郎は童遊麒助の名に込められた意味に思い当たった。
〝童〟の文字とは〝卑しい〟意味である。ならば童遊とは、それを体現した雅号なのではないか。己のそれを以て、失われた意義を取り戻しているのではないか――ならば、
「せ、先生はご自分のことを卑しい身持ちと仰いました。仮に〝童〟の文字が賤民のような卑陋の言葉なら――あるいは罪人のような卑俗の言葉なら先生は……」
「さあ、それはどうでしょう。ただ云えることは、〝童遊〟とは〝卑しい〟意味たる〝童〟の文字に遊民たる〝遊〟の文字を連結させた、酷く手前勝手な和穆の言葉なのですよ――」
それだけを云うと童遊麒助は、幽々と簑辺熾郎を見詰めたのであった。