美紀の夢
遥の親友、美紀の視点です。
「同じ夢……」
その男子生徒の夢は“あの夢”を繰り返していた。
遥を石段から突き落とす夢を……
◆
何か伝えそうだけれど、どう言っていいかわからないように、彼は口を二・三度開けては閉じてを繰り返した。
たった一度だけ、会っただけなのにわざわざ顔を出してくれた。
「たぶん、事故じゃないと思う。真相を知りたいなら、今夜は彼女に会いたいと強く願って眠りなさい」
私は目を見開いた。目の前の男は何を……
ただ、真相を知りたい。そう思って、サジの誘いに乗った。
そして……夢の中で遥が犯人を教えてくれた。
でも、犯人がわかっても、『夢の中で、友達が教えてくれた』などと警察に言っても逮捕してくれるわけではない。
◆
「人は、一晩で夢を5回くらい見るらしいが、すべて、この夢のようだな」
直接、傷つける勇気もなくて、それでもどうしても復讐したくて、入り込んだ犯人の夢では、犯人が何度も遥を突き落とす場面が繰り返されていた。
「夢に、細工をした。本当にこの夢を見ているなら、犯人は相当参っているだろうし、6回に一度くらいでいいだろう」
その言葉と同時に世界が暗転し--
◆
ファミリーレストランに一瞬で移動していた。
「飛び起きたようだな」
自分が?
目の前の人は黄色の髪のままだ。
夢の中にいるときはこの髪の色なんだと毛先をつまみながら、言っていた。
じゃあ、飛び起きたのは、犯人?
「夢にどんな細工をしたんです?」
「死体の目玉が動く」
ただ、それだけだ。
そう呟いたサジの声がやけに小さかった。
犯人が本当にそんな夢を見ているか、犯人に実際聞いて見なければわからないけれど、私自身は「たったそれだけ?」と思ってしまう。
もっとひどい夢を見せることができるんじゃないかと、もっとひどい罰を与えることができるんじゃないかと抗議しようとして、彼の顔を覗き込んでしまった。
彼の暗い表情に息を呑む。胸を締め付ける思いと共に気づいてしまった。
私は人を恨む……一番苦しいところを人に押し付けたのだと。
◆
三日迷って、自宅からも公園からも遠い公衆電話から、警察に電話をした。
『あの日、あの場所で女子高生と同じ学校の男子が言い争っているのを見た。○○君に似ていたような気がする』と。
数日後、夢の中で遥を突き落とした男子が捕まった。
元から警察が調べていたのか、それとも私の一言がきっかけで調べたのか……犯人が自首したのか。
◆
「ありがとうございます」
「俺は何も……」
数度会っただけなのに、彼と会うときは、夢なのか現実なのかほんの一瞬迷ってしまう。
今のサジは初めて会った時と同じで黒髪だ。
「……お金、いくらですか?」
たとえ、すべてが何かのトリックや詐欺でも、この占い師にならいくらお金を払ってもかまわないのだが、現実的な金額だとありがたい。そう思いながら、通学鞄から財布を取り出す。
「いつもは、ここのご飯分払ってもらうんだけれど、占い師は廃業することにしたから、いいよ」
「廃業?」
「もともと、自分の力を確認するためと簡単な小遣い稼ぎのつもりではじめた夢占いだし、一番はずしてはいけない占いもはずしてしまったし」
力を持ちながら遥に事前に危機を伝えられなかったことを悔いているのだろう。
でも、あれは仕方がない。彼が遥の夢に入った頃にはすでに遥は死んでいたのだし、例え一日早く私たちが占いに訪れても、あのビルから落ちる光景を見ただけで、遥が死ぬことを予測するのは不可能だろう。
それでも、もし占いの翌日に遥が殺されたら、この占い師に「何でわからなかったんだ」と詰め寄っていたかもしれない。
「力の確認?」
「小さい子供の頃なら不思議に思わないかもしれないが、君くらいの年でこんな変な力を手に入れたら、普通、自分の頭を疑うだろう?」
まあ、他人の夢をすぱすぱ当てられるなんて、最初の1、2回なら偶然もあるだろうが、端から端まで事細かに当ててしまったら、喜ぶより先に自分がどこかおかしいんじゃなかろうかと疑ってしまうだろう。
「自分の力を知れば、自分のことを気味悪く思わなくて済む。自分が何者か疑わなくて済むと思ってはじめたんだけれど……。
何もできなかった侘びに、これを――」
サジに渡されたのは、遥と見に行く約束をしていた映画のチケットだった。
「これは……受け取れません」
一人で見に行く気にはとてもなれない。
「遥さんに会いたい?」
「遥に、会いたい」
遥に「犯人を見つける」と言った後、夢の中でさえ、幽霊の遥に会えていない。
(犯人の夢の中の遥は幻影だそうだ)
「これを枕の下に敷いて寝たら、きっといいことあるよ」
そう言って、サジは優しい笑みを浮かべた。
ただの夢でも、幻でも幽霊でもいい。ただ、もう一度だけ……遥に会いたい。
そう願って、私は、彼の持っているチケットを手に取った。
優しくて苦しい夢を見た翌朝、チケットは半券になっていた。
遥に会わせてくれた礼を言いたくて、幾度かファミリーレストランに行ったが、その後、『サジ』に会うことはなかった。