夢占い師
夜にそれは訪れる。
大地に染み入る血の香り。
深紅の海。
怖い、怖い。
夢、
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「……でその夢占い師なんだけど、学校の近くにファミレスあるでしょ。一番奥の席にいるの。だから、夢占い一緒に行かない?」
「う……ん」
友達の美紀が、よく当たる占い師のところに誘ってくれた。
夢の内容をぴたりと当ててくれるそうだ。
私のほうも変な夢を見たことがある。内容は覚えていないが、とてもいやな夢。
朝起きたら、不快感と疲労感だけ残っている。
何か思い出せたら『嫌な夢だったな』で終わるだろうけど、何も思い出せないせいで、もやっと何か胸に詰まったような感覚がずっと残る。
占いなんてはなっから信じていないけれど、一度くらい試してみてもいいかもしれない。
◆
連れて行かれたファミリーレストランの端に、その男はいた。
これといって、特徴のない顔立ちだし、特に占い師らしい服を着ているわけでもない。ただ、シャツの隙間から覗いたペンダントに提げられた指輪の輝きだけはやけに印象的だった。
「俺は『サジ』。よろしく」
本名かどうか、とにかくいきなり自己紹介されて「はぁ」とまぬけな相槌を打った。
最近どんな夢を見たか、気になっていること、占って欲しいことなどいくつか質問される。
「夢の内容言っちゃったら、当てるも何もないじゃない」
隣に座っている美紀に文句を言うが、
「夢の中の登場人物や夢の中でどこに行ったとか、どんな乗り物乗ったとかぴたりと当ててくれるからすごいのよ」
なんて小声で言い返された。
それって、もし本当なら夢の中を全部覗かれている感じで、気持ち悪くないか?
「差し支えなければ、名前教えてくれるかな。嫌ならいいけれど」
私たちの会話が聞こえているのか、聞こえていないのか。
いや、距離的に絶対聞こえているな。 男は、笑みを崩さず問いかけた。
「篠山 美紀です」
美紀が素直に答える。
「知らない人にフルネーム答えてどうするのよ。……菱川です」
一瞬、偽名を名乗ってやろうかと思ったが、小さな声で、姓だけ伝える。
「姓名判断とかなんかでしょ?」
「別にそういうわけじゃないんだけれどな。こっちは、鍵が欲しいだけだから、姓だけで十分だよ」
「鍵……」
鍵が欲しいって、やばいでしょ。
「夢の中に入る鍵。君たちの夢の中に行っていいかな?」
男はにっこり微笑んで、妙な質問をしてくる。『夢に行く』って。
「遥、試してみようよ」
不思議なことが大好きな美紀は、私の肩を揺らして……名前を言いやがったこいつ。
仕方がない。 私は男を睨みながら小さく頷いた。やれるものなら、やってもらおうじゃないの。
「今日は帰ってもらっていいよ。 天気が大荒れじゃない限り、しばらくはこの時間にここに来ているから、お代は、次に結果を聞きに来た時で……」
私に睨まれているのを気にした風もなく『サジ』はにこやかに告げた。
◆
「私の下の名前まで教えちゃって、どうするのよ」
「ご、ごめん。でも、本当に夢の中に入ってくるなんて、面白くない?」
「そんなことできっこないでしょ。気味悪いって、思わないの? 今も後ろから付いて来られていたらどうするの」
ちらりと後ろを振り返るが、まばらに通行人がいるだけで、先ほどの男は当然いなかった。
「で、トリフォ……なんとかは、土曜日か日曜日の晴れた日に見に行くのでいいのね」
なんでも、人を呪った王子が、改心して最後はみんなハッピーエンドになるご都合主義な感動作だそうだ。
「もう、ご都合主義じゃないわよ。罪を償った後に、小さな幸せを手に入れる話よ」
「聞こえていた?」
私は、ぺろりと舌を出した。 そんなに都合よく幸せになるものかなと思ってしまうのだ。
呪いをかけられた人は都合よく元に戻ったけれど、魔法や奇跡の一言でひょっこり呪いが解けたりするのはなんかしっくりこないのだ。現実では死んじゃったら取り返しがつかないのに。
「根本的にファンタジー向いていないね」
「ねえ、あんたの見たいものに付き合うんだからさ、次はホラーを見に行こう」
「この映画もちょっとは怖いシーンあるよ」
いつもの通り途中までおしゃべりしながら帰り道を歩き、いつも通りそれぞれの道に分かれた。
このときの私はまだ何も知らなかった。
『死』は何もないのだと。