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片想い

作者: のしぶくろ

 どうしてこうなったのだろうか?

 いや、わかっている。私の臆病な心が原因だということは……。

 ずっと好きだった彼は、今日、いなくなった。

 もっと早くに想いを伝えていれば、今みたいにはならなかったのだろうか?

 ……出来なかったから、私はこの場所に立っているんだ。

 主のいなくなった、彼の部屋に……。




 私の好きな彼は、隣に住む幼馴染だった。

 同じ年に生まれて、保育園から今までの22年間、幼馴染として過ごしてきた。

 彼と初めて会ったのは、生まれて間もない頃だったらしい。

 親同士の仲も良く、何かあるたびに一緒に行動していた気がする。

 初めて彼を好きだと思ったのは、一番古い記憶で4歳の頃だったと思う。

 特に大きな出来事があったわけではなかった。

 ただ、ずっと一緒にいたい、と思った。

 それから18年の間、私は彼に片想いを続けていた。

 小学生のころに、彼が長い髪が好きだと気付いてからはずっと伸ばし続けた。

 今では腰近くまで届こうかという長さになっている。

 小説などで見かける幼馴染のような、甘いイベントは無かったが、出かける時間が重なれば一緒に登校していたし、たまに一緒に帰ることもあった。

 そんな私達を、同級生の男の子に冷やかされたこともあった。

 そのせいで一時疎遠になったこともあり、あの時はつらかった。

 しかし、その時に私は考えた。そんな冷やかしなど関係ないような、私が近くにいるメリットがあれば彼は私から離れないのではないかと。

 私にできること……。

 それからの私は、彼の近くにいられるように、彼の傍にいても恥ずかしくないようにと頑張った。

 勉強、料理、掃除、裁縫……。もちろん外見も。

 幸い、私は出来は悪くなかったようで、一通りの事はソツなくこなせるようになっていった。勉強も常に学年で3位以内に入っているし、料理も彼に食べてもらえるように頑張った。

 それに、私は容姿にも恵まれていたようで、中学生になってからは告白もされるようになった。……彼に振り向いてもらえなければ、意味はないのだが。

 そうやって、保育園からずっと彼と同じ学校に通い、時には彼に頼まれて勉強を教えたり、彼のご両親が留守の時に食事を作ったりもした(彼のご両親は共働きだ)。


 中学生以降、私達をからかうクラスメイトもいたが、彼は「ただの幼馴染だ」と笑って流していた。私の作戦は功を奏したようだ。

 たまに彼から、好きになった女の子について相談されたりもした。

 彼から見れば私は子供のころから知っている信頼のできる幼馴染で、気を使うことのない異性だったのだろう。実際、私もそう認識されるように振舞っていた。

 そんな相談にも、私は笑顔でアドバイスをしてやり、時には上手くいくように手伝うことさえあった。

 親友には「どんだけ馬鹿なのよ?一生あいつに尽くす気なの?」と呆れられたが、自分でもその通りだと思う。

 私の気持ちを知っているのは、親友と彼のお兄さんの二人だけだ。

 親友には私が告白を全て断っているのを不審がられ、問い詰められて白状した。

 彼のお兄さんには……私のミスである。偶々、だった。彼のお兄さんは私達より5つ年上で、その時は大学生で一人暮らしをしていた。

 あの日、ご両親が遅くなるということで、彼の食事を作りにお邪魔していた。彼は部活(サッカー部)で疲れていたようで、夕飯を食べるとソファで転寝をしていた。私はその寝顔を、多分幸せそうに見ていたのだと思う。そこに彼のお兄さんが帰ってきた、という訳だ。しかもご丁寧に、驚かせようとして物音も立てず、気配を殺して。そして……見られてしまった。私は誰にも知られない様に、彼のお兄さんに懇願した。もちろん彼に知られるわけにもいかない。彼のお兄さんは何とも言えない表情をしていたが、最終的には誰にも言わないと約束してくれた。

 私の気持ちを、彼に知られるわけにはいかない。

 もしも告白をして振られるなんてことになれば、今までのような「傍に置いておくメリット」よりも「気まずさというデメリット」が上回り、きっと傍にいられなくなる。

 仮に、本当に仮にだが、告白が成功したとしよう。それでもずっと一緒にいられるわけではない。一時付き合っても、別れるなんてことになればもっと気まずくなるだろう。

 彼の近くにいられなくなるなんて、そんなことは耐えられない。それならば、まだ「傍に置いておくメリット」のある幼馴染として、近くにいられる方がいい。

 これは、私の卑怯で臆病な考え。けれど、私にはそうすることしかできない。


 高校に入ると、彼はどんどんもて始めた。中学の頃も人気はあったが、高校に入ってからは目に見えてもてるようになったと思う。彼は勉強は苦手だったが、運動神経は抜群だった。中学から続けているサッカーでも、高校に入って1年生ながらレギュラー入りを果たし、また、そのルックスもあって人気はうなぎ登りだった。

 私はというと……それなりには告白もされた。もちろん、全て断ったが。

 周りの女の子は化粧を覚え、ファッションや芸能人の話しで持ち切りだったが、私は地味な女だったと思う。髪型だって長い髪を三つ編みにいているだけだったし(中学の頃、彼が似合っていると言ってくれたから)、化粧だって肌のお手入れ程度しかしていない。理由は、彼が派手な女性は好きじゃない、と言っていたからだ。

 そんな私が彼と一緒にいてもライバルとしてすら見られることもなく、私に彼を紹介してくれ、という子もいた。私は彼に相談をし、彼の興味がある子は紹介をすることになった。結果、何度かそういうことがあり、その内の何人かは付き合うことになった。

 ……親友からは、相変わらずの言葉を頂くことになったが。


 大学も彼と同じところを選んだ。

 教師はもっと上の大学に行かせたがっていたが、彼と同じ大学に行けないなら勉強する意味もない。その大学以外は行く気がないと言って、教師を諦めさせた。

 大学に行っても彼のもて振りは相変わらずだった。いや、むしろ酷くなったかもしれない。彼を見るたびに、違う女性が隣にいたからだ。その内の3割ほどは、私の紹介だった。

 私の役割は、高校から変わっていない。女性に彼を紹介してほしいと頼まれ、彼に確認をして対応する。彼が気に入った女性なら紹介をして、それを笑顔で見送る。

 彼は気付かない。その笑顔の裏で、私が涙を流していることを。当然だ。気付かれないようにしているのだから……。

 親友の言うように、私は馬鹿だ。気持ちが抑えられなくなってきている。

 彼の隣に女性の姿を見るたび、心が痛む。どうしてあそこにいるのが私ではないのか、と。

 しかしそれは自業自得だ。ずっと、続けてきたこと。私が臆病だったから。私が卑怯だったから。だから……私には彼を見つめることしかできない。


 そんな生活も終わりになった。いや、終わらされたと言うべきだろうか?

 彼がサッカーのプロリーグにスカウトされたのだ。

 周りはみんな喜んだ。彼も、彼のご両親も、友人達も、彼のチームメイトも……。

 ただ一人だけ、私は絶望の淵にいた。

 彼がプロリーグに行く。それは彼の夢でもあったし、目標だった。

 しかし……プロリーグに行くとなると、彼は家を出て行くことになる。簡単には会えなくなるのだ。私はただの「都合のいい幼馴染」。遠くに行った彼にわざわざ会いに行く理由もない。今まで彼の近くにいるために選んだ方法が、これからは近くにいけない理由となってしまった。どうしたらいいの……?

 もう近くにいられないのなら……告白をしてしまうか?

 駄目だ。そんなことをしたら、私の卑怯な部分まで知られてしまう。近くにいられないことも耐えられないが、嫌われることはそれ以上に耐えられない。

 臆病な私は、彼が引っ越すまでの間、これまで通りに振る舞うことしかできなかった。

 そして今日、彼が出て行った。

 私は親友に強引に合コンに誘われた。親友なりの気遣いだろう。

 私は久しぶりに髪を降ろして化粧をした。流行りの服装もしてみた。

 親友は可愛いと褒めてくれたが、その言葉を一番言ってほしい人は、いない。落ち込む私の腕を引っ張り、強引に会場へと連れて行った。初めての合コン。彼がいた時は参加など考えたこともなかった。「失恋から回復するには新しい恋が一番」と親友は言っていたが……私は、失恋したのだろうか?

 男5人と女5人の飲み会。和やかなムードで始まり、徐々に盛り上がっていく。しかし私はそれに溶け込めず、参加した男性に話しかけられても上の空だ。周りが盛り上がれば盛り上がるほど、私の心に穴が空いていく。

 ここには、彼が、いない。

 私は途中で門限があるからと言って抜け出した。

 そんな私を見て、親友は辛そうに顔を歪めただけで何も言わずに見送ってくれた。

 男性に話しかけられるたびに、それが彼じゃないことに心が痛んだ。

 盛り上がるほどに、そこに彼がいないことを思い出させた。

 思わず涙がこぼれそうになる。


 気がつけば、私は彼の部屋にいた。

 彼のご両親は、彼が出て行ったので今日はデートだと言っていた。いつまでも仲のいいことだと思う。彼のお兄さんはすでに 結婚していて、この家にはいない。

 真っ暗な家に合鍵を使って入り、真っ暗な彼の部屋に立っている。

 住む人のいなくなった部屋。

 残っているのはベッドと本棚と机だけ。

 思えば私のこれまでの人生は、彼と共にあった。いや、彼の為にあった、と言うべきか。

 彼を好きになって18年、筋金入りの片想いの、今だ続く初恋の相手は……もういない。

 どうすればよかったの?

 告白すればよかったの?

 卑怯で、臆病な、私の心。

 それでいて、彼を想い続ける純粋な、私の心。

 忘れられるだろうか?いや、忘れないといけない。でも……忘れることなんて、できない。

 涙が、流れた。

 彼は、ここには、帰ってこない。

 私の傍には、もういない。

 空虚な部屋で、それを認識し、堪えていた感情があふれだした。

 好き。

 好きだった。

 彼がいれば何もいらないくらいに……好きだった。

 溢れる涙は止まらない。

 主のいなくなった部屋に蹲り、声を殺して泣き続けた。

 この涙が枯れた時、彼を忘れることができるだろうか?

 泣きながら、そんなことを思う。

 そんなことができるわけがないのに、と冷静な自分は笑う。

 今はただ、泣くことしかできない。

 いなくなった彼と、卑怯で臆病だった自分に……。


「あぁ~俺としたことが……」

 声がした。ここにいるはずのない、しかし聞き間違えようのない、彼の声が。

 どうして、どうしてここに彼がいるの?

 思わず振り向いて、彼を見た。

 彼も驚いて私を見ている。

「誰だ……?まさか……お前……?」

 誰?

 ああ、なるほど。私の今の格好は、髪を降ろして化粧もしている。それに普段はしない様な服装だ。誰だかわからなかったのだろう。

「なんでお前が俺の部屋にいるんだ?っていうかなんで泣いてんだ?」

 凄い、一目で私とわかったようだ。

 しかし、泣いている理由を聞かれると、困る。

 彼の登場で涙は止まった。けれど、泣いたせいで化粧は崩れているだろう。きっと酷い顔をしていると思う。

「そっちこそ、どうして……?」

 かすれながらも、なんとか疑問を声にした。

 今日からチームの宿舎に入るはずじゃ?

 私の疑問に、彼は横を向きながら頭をがしがしとかきむしった。

「あぁ~、1日間違えてたんだよ……。寮に入るの、明日からだった」

 拗ねた口調で理由を語る。彼が恥ずかしがった時の癖だ。

「んで、なんでお前が俺の部屋にいんの?」

 再び、私への問いかけ。

 私が答えられずにいると、彼は困ったような顔をした。

「珍しい恰好してるな。なんか髪下ろしたとこ久しぶりに見たかも。中学ん時以来だっけ?化粧もしてんのか?おかげで、最初誰だかわかんなかったぜ」

 明るい口調で、別の質問をしてきた。彼なりの気遣いだ。

「……そう、だね。合コンに誘われてさ。人数合わせだって。途中で帰ってきちゃったけどね」

 私も無理矢理明るい声で答える。本当は彼が髪の事を覚えていたことに、飛びあがりたいくらい嬉しかった。

「合コンかぁ。そういや、お前の浮いた話は聞いたことがなかったな。誰か好きな奴でもいんのか?」

 その質問には、答えられない。

 私が答えられないでいると、彼は「そっか」と言って後ろを向いた。

「俺はツレのとこにでも泊めてもらうわ。親に知られても恥ずかしいからな。じゃあな」

 まるで遊びに行く時のような口調で、言葉で、彼は言った。

 彼がいなくなる!

 また、いなくなるの!?

 ここでの再会は偶然だった。

 それでも、私の心は……。

 このまま、別れたくない。今を逃すと、次に会えるのはどれくらい先になるか……。

 それに、再開しても彼がフリーとは限らない。恋人がいるか、もしくはすでに結婚している可能性もある。

 そう思った瞬間、私の口からは彼を引きとめる言葉が飛び出していた。

「まって!」

 その言葉に、彼は足を止めて私の方を振り向いた。

 その顔には、「どうした?」という表情があった。

「貴方が、好き……。ずっと好きだったの。子供のころから……」

 やっと伝えられた、想い。臆病で卑怯な、私の本当の気持ち。

 涙があふれてくる。

 そんな私の言葉に、彼は酷く驚いている。

「……なんで?お前、今までそんなこと……」

「ごめん。驚いたよね……。ずっと隠してたけど、最後のチャンスだと思ったから……」

 そう、今を逃せば……多分チャンスは、ない。

「本気か?それに子供のころからって……全然気付かなかった」

 当然だ。気付かせないようにしてきたのだから。

「気付かれないようにしてたから……。どんな形でも、貴方の傍にいたかったの。恋人じゃなくてもいいと思ってた。でも、貴方は遠くへ行ってしまう。もう傍にはいられないと思ったから……」

 彼を見る。

 困った顔だ。

 ああ、やっぱり、と思う。

 私はただの幼馴染。彼にとって、都合のいい幼馴染だった。急に告白なんかされても迷惑だよね。

「ごめん、今の、忘れて……」

 嘘だ。本当は忘れてほしくなんてない。

 けれど、彼の困った顔を見ると……。

「……悪い、俺、今混乱してる。だから……時間がほしい。ちゃんと考えてみるから」

 え?

 私は驚いて彼の顔を見た。

 彼の表情は変わらないけれど、それでもしっかりと私を見ていた。

「本気なのはわかったから。俺も、真面目に考える。だから待ってて欲しい。そんな時間はかからないと思うから」

 その言葉だけで、涙が出てくる。

 この場で断られると思った。

 でも、真面目に考えてくれるって言ってくれた。

「だい、じょ、ぶ……。待つよ。18年も待ったんだから……」

 私の言葉に、彼がまた驚く。

「18年って……そんなガキの頃からかよ……」

 そうだよ……。わたしの初恋は貴方。片想い歴18年の、筋金入りなんだよ。

「なるべく待たせないうちに連絡する」

 そう言って、彼は部屋を出て行った。







 私の告白から3年。

 今、私の前には彼がいる。

「なあ、俺さ、今色々と忙しいんだよ」

 知っている。

 彼の所属しているチームは今、優勝争いをしていて、その中でも彼はレギュラーとして頑張っている。

「それにさ、この先も忙しくて会える時間も減ると思うんだ」

 そうかも知れない。これからはレギュラー争いも熾烈になると思われる。

 暢気にデートなんて出来なくなるかもしれない。

「だから……だから俺達……」

 待って、何を言おうとしてるの?

 この3年間、お互い忙しいなりに上手くやってきたと思う。

 彼はレギュラーをとり、私一旦は就職したが、その傍らで彼を支えるために栄養学を学んだ。

 少しでも時間があれば電話したり、会って話をした。

 彼の傍にいるために、我儘を言わないように気をつけた。


 これまで、私の初めては全て彼と共にあった。

 恋も、嫉妬も、告白も、デートも、キスも、体も……。

 彼がいたから幸せだった。彼がいたから頑張れた。


 それなのに、それなのに……。

 やめて、言わないで。




「俺達、一緒にならないか?」

 え?

 何を言ったの?

 考えていた言葉と、全く正反対の言葉に、思わず彼の顔を見てしまった。

 呆けたような顔の私を見て、目に浮かんだ涙を指で拭いながら、彼は困ったように微笑んだ。

「だからさ、中々時間が取れないだろ?だから……結婚すればいいんじゃないかって思ったんだ」

 その言葉を理解した瞬間、先ほどとは違う意味の涙があふれてきた。

「私で、いいの……?」

 そんな言葉に、彼は笑いながら言った。

「お前がいいと思うから、言ったんだ」


 初恋から21年、私の想いは成就する。


突発的に書いてみました。

批判はなしでお願いします……。

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