破
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それからというもの、ハーレム君は、よくよく此方に話しかけてくるようになった。
私としては、ハーレム君はその昔少し術を教えただけの知り合いなのだが、何でも彼にとって私はヒーローなのだそうだ。
精霊魔術の暴走で、両親以外の誰からも見放されていたところに、ふらりと現れて精霊魔術の制御を教え、その後ふらりと立ち去って。
話だけ聞くと、まるで講談の魔法使いのようだが、その事実はといえば、当時お気に入りの木陰の近くに、なにやら爆弾のような子供が居て、その被害を恐れただけ、と言うのが真実なのだけれども。まぁ、言わぬが花か。
嘗ての短い縁。それを切欠に此方に話しかけてくるようになったハーレム君。
まぁ私としても過去の知人に顔を合わせる、なんていうのは中々珍しい経験だ。
口下手な此方から話をする、と言うのは余り無かったのだが、向うは定期的に此方に顔を合わせにきては、最近の様子やら細々とした事を話して来るのだ。
――こういう細々とした会話を新鮮に感じるというのは。
内心で薄ら涙をにじませたりしつつ。ハーレム君、改めレビンと日常的に会話をする程度の関係になったのは。
そうして、ことは頭の部分に戻る。
どうもレビン、ハーレムの女の子達との時間を若干削ってまで、此方に会いにきていたらしい。
いや、駄目だろう。女の子は何に変えても優先するべきだ。
まぁ、そういった小言は言いつつも、金髪ちゃんの決闘宣言は既に既定事項になっているらしい。
というのも、この学園は騎士だとか冒険者を育てる学科を有するという関係で、コロシアムでの模擬戦闘が普通に行われていたりする。
その関係上、事務に書類として手続きを通してしまえば、誰でも決闘なり何なりを行えるのだ。
魔術の予習復習にこのシステムを利用している身では言えた事ではないのだが、何でこんなシステムがあるんだろうか。
試合の日取りは、二日後の放課後という事に成ったらしい。
金髪ちゃんヶ勝利した場合は、レビンから距離を置く事、私が勝利した場合は、金貨10枚を賞金として出す、のだそうだ。なんとも豪気な話である。
とりあえず揉め事の原因となってしまったことを誤りにきたレビンに出された条件を話した所、「手加減してやって欲しい」なんて頼まれた。
此方が敗北るという可能性は考えないのだろうか。
「師匠が? 敗北? ハハッ」
なんだそれは。
で、当日。コロシアムの中央に立つのは、此方と金髪ちゃんの二人。
金髪ちゃんの手には、銀色の法装済みの両刃のレイピアが一本。腿、腰、胸をライトアーマーで覆い、左肩には派手な刻印のなされた肩用の盾。
冒険者の装備と言うよりは、何処かの国の貴族の儀礼服のような……。いや、本当に儀礼服なのかもしれないが。
対する此方の装備はというと、黒い皮の軽鎧一式と、片手剣バックル付き。因みに黒い理由は闇に忍ぶ為だったり。暗殺者、と言うわけではなく、野外戦で不特定多数に認識されない為の措置だ。
決して私の趣味で真っ黒、と言うわけではない。
「あら、臆せずに来ましたのね。見上げた度胸ですわ」
「……」
金髪ちゃんの身体を視るに、身体能力は中の上と言ったところ。肩盾であるところを見ると、魔術を使う可能性もある。
其処まで警戒する必要は無いかもしれないが……。
「最終通告です。あなたがこの場で謝罪し、今後ロイ様に近付かないと約束してくださるのでしたら、この場は穏便に収めて差し上げても宜しくてよ?」
「……」
別に、その条件を飲んでもいいのだ。ただ、この金髪ちゃん、一つでも妥協してしまうと、其処を皮切りに徹底的に攻撃してくるだろうし。
例えば、偶然レビンに近付いたとして、ソレを理由に更なる条件を追加していく、みたいに。
というか、謝罪ってなにさ?
「――く、ダンマリですの。為らば、この私の剣で直々に成敗して差し上げますわ!!」
そういって腰からレイピアを抜き出す少女。
あわせるように、此方も片手剣を鞘から引き抜く。何か魔術で特別に加工したわけではないのだが、只単純に強靭であれと願い打った剣。
「――それでは、双方、互いに正々堂々、杭の内容に戦う事」
――はじめっ!!
コロシアムの担当官のそんな掛け声と共に、金髪ちゃんはこちらに向かって飛び掛ってきたのだった。
金髪ちゃんの攻撃パターンは、ある意味とても単純明快。
突きと斬り。速度重視のソレは、然し所々フェイントも織り込まれ、見事なレイピア捌きといえる。
けれども、だ。
余りにも綺麗過ぎる。巨星曰く「正確な攻撃だ。然しそれ故に攻撃が何処に来るか予想しやすい」と言うやつ。
しかも攻撃が真正面からしか来ないのだから、そのパターンと言うのもある程度限定される。正直、「余裕」というやつだ。
真正面からの刺突三連。其々を真横からの点打で弾く。一つ一つを丁寧に弾く事で、其処から体勢を立て直す際の体力の消費を加速させる。
「~~っ!! ファイヤーアロー!!」
「サイコシューター――シュート」
剣での攻撃に埒が明かないと焦れたらしく、金髪ちゃんは一度距離をとると、そのままスタイルを魔術による中距離戦へと移行した。
とりあえず此方も無属性の誘導弾を声に出して発動させる。――然し、金髪ちゃんは駄目駄目だなぁ。あの距離じゃまだ此方の剣の間合いだ。あえて遊ぶ心算でなければ、簡単に倒せて仕舞う。
まぁ、今回はレビンに手加減を依頼されているから、即殺はしないようにするが。
金髪ちゃんの放つ炎の矢。攻撃力と速射性に優れる精霊魔術で、ある程度精霊が誘導もしてくれる上に魔力を籠めれば簡単に速射数を増す事が出来る。
攻撃力の高さから、精霊魔術師ならば絶対に覚えているとまで言われるこの汎用魔術。
ソレに対して此方が用いるのは、演算魔術の誘導弾だ。基本的にオドを用い、思考制御により魔を御する。
精霊魔術と違い、精霊のバックアップを受けることが出来ず、難易度は数倍跳ね上がる。速射性も攻撃力も精霊魔術に劣るといわれるそれを、然しあえて選択する。
「んなっ!?」
そう、それ。その顔を見たいからこそこの魔術を使うのだ。無属性の魔力の塊。突如として現れたソレが、次々と自らの放った炎の矢を撃ち落していくのだ。それも、自らの魔術ではありえないほどに自由な軌道を描いて。
果たして金髪ちゃんの内心は、どのようなものだったのか……。
サイコシューターは、分類的には心霊魔術。精霊を介さずに魔力を扱う為、実体を持たない、または実体が薄い霊体や魔族に対して、高い攻撃力を持つ。
ホラーハンターやデモンハンターくらいしか愛用しないこの攻撃。然し、この術にはもう一つ大きな利点がある。
それが、術の完全制御。
ある程度精霊との取り決めにより縛られている精霊魔術は、その性質を大きく変化させる事ができない。
例えばファイヤーアローなら、狙った相手にオートで炎の矢が飛んでいく、と言うだけだ。魔力でその総量を増やす事はできても、途中で突然炎の矢が爆発したりすることは無い。
然し完全制御が可能な心霊魔術は、例えば狙った相手の直前で攻撃をとめることも出来るし、魔力の込め具合でその術単体の強度を高める事も出来る。
精霊魔術に比べて、応用性が高いのだ。……まぁ、錬度が上がれば、の話だが。
「い、今のは心霊魔術!? 然しあれほどの誘導性は……」
「……」
まぁ、使って長いからねぇ。
魔術の錬度は、その運用時間に比例するとされる。何度も何度も使い続けることで、自らが徐々に魔術に適した形に育つのだ、と言う話らしい。
「っ!! 為らば撃ち落せないほどに、雨霰の如く喰らいなさいな!!」
その叫びと共に、浮かび上がるようにして現れる炎の矢。数は先ほどのソレに比べて、ざっと三倍。
最初のそれにしても常人の倍近くあったのだか、少なくとも現状、彼女の最大出力は、ざっと常人の六倍近いという事に成る。
うん、アレが優秀な師に師事すれば、良い魔導師になるだろう。
――あの性格が何とかなれば。
剣筋が馬鹿正直なのも、魔術が力押しなのも。外見に似合わず、かなり体育会系というか脳筋というか。
苦笑しつつ、新たに8つのシューターを作り出す。
言葉も無く、弾ける様に四方に飛び出した薄らと輝く球形のそれらは、然し何かに導かれるようにして、金髪ちゃんのフレイムアローを一つ残らず叩き落していく。
そのあまりの光景に、顔を真っ青にして一歩後退る金髪ちゃん。けれども、どうやら金髪ちゃんは本物のようだ。
一歩下がった自らの脚に気付くと、ギシリ拳を握り締め、地の底までも踏み抜かんとするような気迫をこめて二歩前へと踏み出した。
……ああ、いいなぁ。視野狭窄で脳筋だけど、この娘にはガッツがある。
途端停止する炎の矢の雨。あわせるように此方もシューターを手元に引き寄せる。
と、金髪ちゃんは何をする心算なのか、自分の周囲に炎の矢をコレでもかと言うほどに設置し始めた。遅行型発動、というやつだろう。
「行きますわっ!!」
そういって、再びレイピアを眼前に構える金髪ちゃん。
それで、彼女の目的に大体察しがついた。
「はああああああああああああああっ!!!!」
特攻、と言うやつですねわかります。
即座に彼女の周囲を覆うファイヤーアローをシューターで叩き落しながら、向い来る彼女に備えてバックルを構える。
半自動制御であるファイヤーアローならではの、遅行型発動と近接攻撃を組み合わせた魔導師の戦い。
魔術の研鑽者たる魔術師ではなく、魔術の担い手たる魔導師の戦い。
「いい工夫だ」
思わず口元が緩む。基本的な運用だが、最近の魔術師といえば、魔力至上主義が行き過ぎて、どいつもこいつも発動速度と術の規模ばかりに目を取られている。
本当に大事なのは“運用”だ。それ無くして、本当の意味では魔術は使えない。そうして使われない魔術はゴミにもなれないのだ。
ああ、金髪ちゃん。キミに魔導を仕込めば、一体どの程度まで伸びるのか。
内心で若干そんなことを妄想しながら、けれども手管は常に正確に。
一つ一つ丁寧に潰していく8つのシューターを操りながら、同時に突き込まれたレイピアを片手剣で受け流す。
「なっ!? そんな馬鹿な!!」
まぁ、普通はありえないだろう。何せ、今の俺は8本の腕で魔術を操りながら、同時に剣と盾を使っているような物だ。
魔導師系スキル並列思考。同時に複数の思考を処理するスキルだ。魔術の発動速度を速める直列思考が重視されすぎて、この並列思考スキルは現在では大分廃れてしまっているらしい。
昔書庫で見つけた文献から再現してみたのだが、これが中々使えて重宝する。まぁ、脳筋には向かないスキルだが。
「っはあああああ!!!」
それでも、諦めずに刺突を繰り返す金髪ちゃん。
その彼女に対して突き出す盾。視界を立てに覆われた金髪ちゃん。その刺客から襲い来る此方の片手剣。
奇襲術の一つなのだが、一対一の対人戦ではかなり厄介な剣術だったりする。
反射的に飛び退る金髪ちゃん。その選択は、この剣術に対する選択としては妥当。……然し戦術としては失策だ。
即座に飛び掛るシューター。ソレを恐れて距離を詰めていたというのに、自ら距離を離してしまった金髪ちゃん。
咄嗟に魔力の盾で身を守るも、こっそりと忍び寄っていたシューターの一つが、直下から金髪ちゃんの顎を叩いた。
ガクンと揺れる金髪ちゃんの身体。一呼吸おいて、金髪ちゃんはガクリと膝から崩れ落ちた。その崩れ落ちる金髪ちゃんの表情が、何処か清々しそうに笑って見えたのは、気のせいだろうか。
次の瞬間沸き上がる歓声。
まぁ、中々の手管だ。鍛えれば間違いなく一流に届くだろう。
此方としても、久々に楽しい戦いが出来たし、満足だ。
――然し、何か忘れているような?
崩れ落ちた金髪ちゃんを抱え上げ、医務室に向いながら、そんな違和感に首を傾げるのだった。