序
序
「フレシュテさん、あなたに決闘を申し込みますわ!!」
何時もの日常、少し様子が変わったのは、目の前に立つ金髪の少女のそんな一言からだった。
「――何故?」
思わず首を傾げる。何せ此方にしてみれば、見聞きも知らない赤の他人に突然決闘を吹っかけられたのだ。夜の歓楽街で酔っ払いにけんかを売られたようなものだ。
「決まっていますわ!! ロイ様の周りに纏わりつくあなたが、いい加減目障りですのよ!!」
苛烈に、声高らかに歌い上げる様に言い放つ金髪の少女。まるで自分の行いこそが絶対の正義であると妄信する狂信者のようなその様。
思わず逃げ腰になりながらも、何とかその位置に踏みとどまる。
「ロイって……またあいつか」
「あなた風情がロイ様を呼び捨てにするなんてっ!! ――まぁ、いいですわ。私からの要求は一つ。私が勝利した場合、今後あなたはロイ様に近付かない事を誓いなさい」
「……」
余りにも一方的な宣言に、口を挟む事もできずに、結局如何した物かと口をつぐむ。
いや、別にロイ――ロイ・F・レビンこと我が幼馴染と距離を置く、という行為自体、此方にしてみればなんらデメリットも無いので、特に拒絶する理由もない。
と言うかそもそも、少し前にあったあの事件さえなければ、幼馴染に顔を合わせることもなく、残りの学生生活を静かに過していただろうに。
「では、くれぐれもお逃げになりませんように!!」
そう言ってツカツカと音を立てて歩き去っていく金髪ロール。いや、決闘するにしても詳しい日程とかルールとか、というか此方の意見は欠片も聞かないのか。
なんだあの騒がしいのはと、思わず小さく溜息を零す。「大変だね」なんて少し同情してくれるクラスメイトの言葉が、これほど温かいものだというのは極最近知ったことだったり。
私、アイン・フレシュテは、王立ヴァルセラ学園、基礎選択コースに所属する2年生だ。
このヴァルセール王国に存在する最大の学園であり、同時にヴァルセラ王国最大の存在意義とも言われるヴァルセール学園。
この中~大国の群立する南ウルガリ地方の中、その中央に位置するこの小国ヴァルセール王国がいまだに現存するその理由。
要するにこの国は、“知”を司り、最低限以上の武力を持たず、また全てに等しく共用を授ける事で周辺国家に対して不可侵の存在と自らを位置づけたのだ。
このなんとも危うい均衡の上に成り立つこの学園王国。何時崩壊してもおかしくないのだが、然しこの国、案外巧く立ち回る。まぁ、私がここに居る間に潰れられても困るのだが。
とはいえ、ヴァルセラ学園の出であるという事は、出身生に一種のブランド価値を与える。国ぐるみで学業に力を入れているのだから、他国のそれをある程度以上上回っている。
そのブランド価値というのが、今現在も有効であるという事実こそ、ヴァルセラ学園の優秀性を示す物か。
さて、事の起こりはつい半月ほど前まで遡る。
その日、新学期が始まると、クラス編成が変わり新たなクラスに所属する事となる春。自らの所属する事になるクラスを知る為に、学年別の掲示板まで足を運んだ時のことだ。
ガヤガヤと自らのクラスを語り合う同級生達。その中に、一際目立つ一段を見つけたのは。
「何アレ」
思わず、そんな言葉が洩れた。
遠目に見える掲示板の前。其処に、赤青黄色、ピンクに緑と色取り取りの頭が目立つ集団。
いや、まぁカラフルな頭髪なんていうものは、様々な国からの留学生が溢れるこの学園では――まぁ、無くは無い。
目立っているのは、その集団の9割が美少女で、残る1割が長身の美男子だ、という点。
「ん? フレシュテさんアレ知らない?」
と、不意に横から掛かった声に首を向ける。確か、一学年時に同じクラスだった少女だ。
彼女の問いに首を縦に振ると、彼女は少し物珍しそうに此方を見た。――どうせ私は時事ネタに疎いよ。
「アレね、通称ロイハーレムって呼ばれる、私たちと同学年の名物ハーレムなの」
「――名物ハーレム」
また凄まじい。
「何処かの貴族?」
だとすれば、まぁ、納得できなくも無い。この学園の入学資格は、現在進行形で罪人ではない、という一点。
故に、大抵誰でも入学できるのだ。それこそ、王様から解放奴隷まで。
自分の世話役のメイド一団を連れ込む貴族も居るのだ。まぁ、ハーレムを連れ込む人間がいたとしても――いや、学び舎にハーレムて。
「レキュア王国の貴族らしいよ。でも、あのハーレムの面子はもっとすごいんだよ」
そういって少女の指の先と声を照らし合わせていく。
赤色がフレイムハウト王国伯爵次女
青色がエーテライト皇国公爵三女
黄色がルーンランド王国第八王女
桃色がニャンダルシア共和国リリム商会次女
緑色がティーチア王国子爵長女
なんともまぁ。この国の周囲を囲む大体の国の貴族成り有力者成りの娘が勢ぞろいとか。
「なんでもね、皆あのロイ様に助けられたり命を救われたりで懸想しちゃったらしくて、あの面々で誰が彼を落とせるか、って競争になってるみたい」
賭けにもなってるんだよー、と少女。
なんともまぁ。然し聞く限り、彼女達の話はそこそこに有名な物らしい。だとすれば、一年間同じ学年で学んでいた私が気付かなかったのって――。
「ソレは――ほら、ね?」
言いづらそうに苦笑する少女。ちくせう。どうせ私は流行知らず。
「それに、あの子達は基本的に武芸の授業を選択してたし、サバイバルとか上級魔法やってたフレシュテさんとは選択科目が違うから」
そういう少女。う、ん。慰めに感謝。
話を聞いているうちに、どうやらあのハーレム一団、私と同じクラスになるらしい。
「ご愁傷様」と苦笑する少女に、此方も小さく苦笑を返した。
「アインでいい」
「――!!」
フレシュテって名前、発音しにくいし、この国だと若干韻がおかしくなるからなぁ。
で、その後少女――マロンと名前を交換して、またその内にとその場を離れる事になった。
――そういえばの話、この学校に入って初めて名前を交換したなぁ。
自分ってもしかして、友達居ないのか? なんていうことに今さら愕然としつつ、ついでにさっき見た美形青年の顔を思い出す。
何か、何処か引っかかるのだ、あの青年。……もしかして、顔見知りかな?
気のせいか、などと考えて、結局思考を放棄する。それがフラグだったと知るまで、後数日。
この学園の基本的なシステムは、自分達のクラスで行われる一般教養に加え、其々の目的とする選択教科を自由に選択できる、というシステムが存在する。
この選択科目コースは、他の専門科目のコースに比べ、自由度が高いという点が利点とされている。
私としても、サバイバル系技術と魔術のスキルアップを目指しているのだが、一般的な学校で考えれば魔術師がサバイバル技術を伸ばす、なんていうのはありえない。
魔術師と言うのは普通学者肌。要するに運動音痴な連中が多いのだ。私みたいなアウトドア系の魔術師はかなりレアな分類に成る。
で、何が言いたいかと言うと、例えあのハーレムと同じクラスに属する事になったとしても、基本的に選択科目が違うのであれば、此方があのハーレムに関わる事はないだろうと。そう、考えていたのだが。
それが誤りだったと知ったのは、精霊魔術の授業。
精霊魔術は魔術の中でも最も簡単且つ危険な魔術とされている。何せ手順を略してしまえば、結局魔力を対価として精霊に現象を祈る、と言うだけのプロセスしかないのだ。
巨大な魔力持ちや何等かの属性の加護持ちだと、感情の高まりに精霊が呼応し、勝手に暴走状態に入る、というのは珍しい現象ではない。
この精霊魔術というのが、簡単で危険という性質上、教科を選択できるのが最低でも基礎の制御力を身につけた2回生以上からとなっているのだ。
一応精霊魔術も扱えるが、やはり正式に教授を受けておく必要もあると、何気なく取得した精霊魔術。そうして訪れた授業の中で、あのハーレムを見つけたのだ。
厭成程。確かあの面々は殆どが貴族なり有力者だった筈。となれば、精霊の加護持ちの血筋が混じっていてもなんら不思議は無い。
精霊の加護というのは、それだけで一つのブランドだからなぁ。
あまり騒動に関わりたくない此方としては、ハーレム一団から距離を置き、何時も通り授業を受けていた。
「ロイ様に気安くっ!!」
ことが起こったのは、精霊魔術の実習授業中。
声に釣られて視線を向ければ、件のハーレム男を中心に、二人の少女が言い争いのような状況になっていた。
ハーレムは如何したのかとその方向を見回すと、――あぁ、おろおろしてる。
「どうした?」
とりあえず手近にいた男子生徒を捕まえて、一体何があったのかと問いかける。
「あ、ああ。どうも、例のレビンが新しい女の子を引っ掛けたみたいなんだが……」
そういって指差す男子生徒。ハーレムの新規さんか? にしては、妙に刺々しい空気になっているが。
そう言うと、男子生徒は少し苦笑したような表情で首を振った。
「どうも、後から来たあの金髪は性質が悪いタイプの貴族らしくてね。レビンを自分の男妾にしたいらしいよ」
ソレを聞いて、思わず呆れる。男妾て。
いや、貴族と言う人種は、自分達ならば大抵の事が出来ると妄信している節がある。まぁ、事実自らの納める領域の中でならば、自らを咎める物は殆ど無いだろう。
然し、此処はヴァルセール王国。他国の貴族の権力は、その一切が持ち込まれない。その事を理解しないのか、理解できないのか。
男子生徒に礼を述べて、再び自らの魔術の修練に戻る事にする。ああいうのは興味を持つと飛び火してくる。
風の精霊に呼びかけて、手の平の中に小さな風の玉を作るイメージで……。
「危ないっ!!――うわぁ!!」
そうして、悲鳴が響いた。
また騒ぎかと首を動かして、そうして見えた此方に飛んでくる男の背中。
咄嗟に手に作った風の玉を向けて、精霊にそれを受け止めるように命じた……のだが、どうも減速しきるには圧力が足りない。
咄嗟に脚を踏ん張り、襲い来るであろう衝撃に備えて――。
どんっ! という衝撃と共に襲いくる衝撃。ソレを何とか往なし堪えて、飛来した背中を地面に下ろす。
「うおっ!?」
どすん、と音を立てて着地――というか落下――するその、男子生徒。って、コイツハーレム君だ。
「「「「「「ロイ様っ!!」」」」」」
まるで狙ったかのように揃う少女たちの声。寧ろ若干怖いなと思いつつ、とりあえず地面に転がるハーレム君に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう」
こちらの手を引いて、一息に起き上がるハーレム君。うむ、美形だ。
「ロイ様!」「ご無事ですか!」「怪我はありませんかロイ様!」以下略。
なにやら雪崩のように押し寄せる美少女ハーレム一団。咄嗟に少年から身を離し、その少女の一団から距離を置く。
うーん、関わりたくないって考えてる傍から切欠が出来てしまった。
此処は一つ、レンジャー系スキルの一つ、隠形を使ってこっそりとこの場を離脱――
「ちょっと其処のあなたっ!! ロイ様を受け止めずに地面に落とすなど、何を考えておいでですのっ!!」
と、そんな折だ。ハーレムと揉めていた件の金髪の少女が此方に口撃を飛ばしてきたのは。
改めて少女の方に向き直る。金髪ロールに巨乳でタカビー。ハーレムの面々に劣らず、まるで狙ったように三拍子揃った美少女だ。
「っ!! 何とかお言いなさいなっ!!」
此方が観察していると、どうもソレを何となくで察したらしい。不快気に声を上げる金髪。
「ちょ、大丈夫、俺は大丈夫だから!!」
如何した物かと、一色触発といった空気の中で悩んでいると、不意にそんな声が上がった。
どうやら起き上がった少年が漸くハーレムの包囲網から抜け出したらしく、此方と金髪の間に割り込むと、そういって少女を宥め、次いでこちらに向き直った。
「キミも、有難う。あの風とあわせて受け止めてくれなかったら、俺も下手すれば怪我――を……?」
「……ロイ様?」
此方の顔をみて黙り込むハーレム君。けれども……うん。やはり、この顔何処かで見た覚えがあるような。
「もしかして……師匠?」
言われて、改めてハーレム君の顔を見る。
師匠、師匠……。師匠とは、何かを弟子に教え伝える人間を指す。
私は魔術師だが、未だに魔術の弟子を取った事はない。未だ学生の身なのだからソレも当然なのだが。
然し、ハーレム君の顔には見覚えがある。では、一体何処で……?
「師匠ですよね! ほら、レキュアの国境北の……!!」
「……あぁ、エシェフの」
そこで漸く思い出した。私の祖国ガレリア、その南に位置し、国境を隣接させる小国レキュア。
昔、国のゴタゴタに巻き込まれ、そのゴタゴタから逃げるために一時期レキュアに身を潜めていた時期があったのだ。
その時――そう、確か、精霊魔術を暴走させて、街の子からハブられて居た子供に、精霊魔術の基礎と、簡単なサバイバル術を教えたような。
「やっぱり先生だ!!」
そういってにぱっと微笑むハーレム君。さっきまでの凛々しい雰囲気の顔に比べて、如何視ても子供の笑顔にしか見えないそれ。
周囲からうわぁ、と言う声が聞こえる。コレが噂に聞くニコポか、と。何を言っているのか分らない。
とりあえず、此方に話しかけてこようとするハーレム君を、授業中だからという理由で押し返す。
――ハーレムに睨まれているのは何故だろうか。