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響く足音

今回はホラーかも。

 冬はもうそこにある。

 黄色が世界を包む銀杏並木を歩きながら、ふとそんな事を思った。あともう少ししたら、この景色も寂しくなってしまうのだろう。

 何時もの時間はとっくに過ぎた。

毎年の十月三十日。

彼女はこの銀杏並木に現れる。毎年変わらない。美しい黒髪を風になびかせながら、大きな白のコートをはおり、ハイヒールの音を高らかにかもしながら歩く彼女を、私はベンチに腰を掛けて待つ。時間は絶えず流れているが、今この時この場所にだけは無限の瞬間が止まっている。この今だけ私は現実と切り離れる事が出来るのだ。

 カツン。ハイヒールの音が響く。彼女だ。私は瞬時にそう判断した。路上に大量に降り積もった銀杏の葉の上を、まるで真夜中の病棟を歩くナースのように音をたてて歩く事の出来る人物は彼女以外有り得ないのだ。

 カツン。再び響く彼女の足音。私は何処に彼女がいるのか気になってしまって、辺りをキョロキョロと見渡す。だが、視界に入るのは重なり合う銀杏の黄色のみ。肝心の彼女の姿は何処にもない。

 カツン。三度響く彼女の足音。一歩目より、二歩目。二歩目よりも三歩目。足音は徐々に近付いてくる。私は心踊った。と同時に、どうしようもない焦りとも不安ともとれるものに教われた。彼女は確に近付いている。しかし、その姿が見えないのだ。とうとう私も常人と同じ様に彼女を認識出来なくなってしまったのだろうか。そんなのは嫌だ。私は彼女に選ばれた存在なのだ。今日この日にだけ現れる、見えない彼女に。

 カツン。四度目の足音。かなり近くで聞こえた。彼女は何処だ。辺りを見回す。姿はない。くそっ、何処だ。何処だ何処だ何処だ!

 焦り、我を失った私はベンチから立ち上がってしまった。前後左右、全てを見渡す。視界に入るのは世界を埋める銀杏の黄色以外何もない。私は叫びたくなった。どうしようもない焦りと不安と、彼女を見付ける事の出来ない私にへの苛立ちが、混ざり合い空気の塊となって体外へと出ようとしたのだ。

 とその時、私に後ろから何かが抱きついてきた。軽く冷たく、しかし確な存在感を持つ何かが首にまとわりついた。私は首に巻き付きいたそれを見た。異常なまでに青白い腕。私は首を捻って後ろを見る。同時に笑顔がこぼれた。よかった。ようやく逢えた。

 あったのは面。

凹凸のない陶器のような青白い面が輪郭の形をしていた。

彼女がそこにいた。

今までにないくらい近くに彼女がいた。

彼女が平面の顔を私の顔に近付ける。

キスのつもりだろうか。私はそれに答える。同時に私はそこに飲み込まれ始めた。頭からズルズルと、顔に引きずり込まれていく。雷のような快感が私の意識を奪っていった。消えていく私の意識を満たしていたのは、狂喜にも似た歓喜。彼女と同化する事に私は震えたのだ。消えていく私。顔に靴が飲み込まれた。



 後に、銀杏並木にハイヒールの音が響く事はなくなったという。


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