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虹の橋を渡った帰らぬ人と無言の再会  :約2000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/10/15

「でねー、あっ! ちょっとヤダ。友達だわ。ねえ、いい? おーい!」


「え、うん」


 ある日の昼下がり。二人の女が喋りながら道を歩いていた。すると、そのうちの一人――大崎がふと通りの先に知り合いを見つけたらしく、呼びかけながら駆け寄っていった。もう一人――佐野は戸惑いながらもそのあとに続いた。


「久しぶりー! 元気してた!?」


「あ、ああ……うん」


 声をかけられた女は、どこかぎこちない笑みを浮かべながらうなずいた。


「あ、こちらお友達なの。佐野さん」


「どうも、こんにちは」


「どうも……三浦です……」


 佐野が軽く会釈すると、相手の女――三浦はどこか沈んだ声で名乗り、小さく会釈を返した。


「元気そうでよかったあ」


「えっ」


「ん?」


「あ、ううん……」  


 佐野は軽く首を横に振った。いったいこの様子のどこを見て元気だと判断したのだろう――そう思いながら、佐野は改めて三浦を見やった。

 うつむき加減で、表情にまるで笑みがない。目の下には化粧で隠しきれないほどの濃い隈が浮かび、背筋は丸まり、肩は落ち、ひどく疲れているように見えた。


「旦那さんは元気?」


 大崎が訊ねた。

 すると三浦はわずかに肩を震わせ、「主人は……」と呟き、視線を落とした。


「帰らぬ人になったの……」


「え……」


 佐野は思わず声を漏らした。


「あらそう、お忙しいのねえ」


「えっ!?」


「ん? なあに?」


「いや、別に……」


 佐野はそう答えたものの、小首を傾げた。


「あ、三浦さんの旦那さんね、役者さんなの!」


「あ、そうなんですか」


「ええ、まあ……」


 三浦は小さくうなずいた。


「舞台やら撮影やらで、しょっちゅう各地を転々としているのよね。家を長く空けることも多いみたい」


「あ、そういうことか……」


 佐野はほっとしたように息をついた。


「ええ……主人は今、静かな旅路に就いたの……」


「えっ、それは、その……」


「あらそう、いいわねえ。もういいお歳ですものね。そんなに無理して働くこともないわよねえ」


「えっ」


「ん? もう佐野さん、さっきからどうしたの。変な顔して」


 大崎は眉を寄せ、佐野の顔を覗き込んだ。


「いや、その……そういう意味じゃないんじゃないかな、と……」


「そういう意味?」


「いや、その、三浦さんのご主人は……」


 佐野は慎重に言葉を選びながら、ちらりと三浦に目をやった。

 三浦は静かにうなずくと、少し間を置いてから口を開いた。


「主人は……星になったの」


「ほら、ね……」


 佐野は小さく呟き、気まずさから目を伏せた。


「そう……すごいじゃない!」


「は!?」


「スターになったんでしょ! ついに実を結んだのねえ。ずっと頑張ってきた甲斐があったじゃない!」


「いや、いやいや、そういう意味じゃないんですよね? ね?」


 佐野は頬を引きつらせながら三浦に訊ねた。三浦は相変わらず沈んだ表情のまま、静かに答えた。


「主人は……天の光に導かれていったの」


「そうよねえ、神様の思し召しだわ。この歳になると、いろいろ感じてくるものよね。そういうスピリチュアルな世界をね」


「いや、だから」


「主人は……虹の橋を渡ったの」


「ファンタジー作品で一発当てたわけねえ」


「だから、そうじゃなくて、ほら、お花を摘みに行くとか、そういうことかと……」


「お花? 欲しいの?」


「違うわよ。え、知らない? 本とか読まないの?」


「読むけど? ラノベ」


「主人は……幕を閉じたの」


「あら、そう……それは残念ね」


「ようやくか」


「役者を辞めたのね……」


「だから違うでしょ」


「主人は……無言の帰宅となったの」


「ほら、そういうことよ……」


「そう、それだけ役者というお仕事に誇りを持っていたのねえ。言葉が出なくても無理はないわ」


「だから違うってば」


「主人は……」


「あなたもあなただけどね」


「安らかな眠りについたの……」


「そうね。いっぱい休んで、また何か新しいことを始めたらいいわね。これまでの経験は絶対に無駄にならないもの。引退なさっても、素晴らしい役者さんであることには変わりないわ。二階級特進よ」


「お、おお? 本当はちゃんとわかってる……のかな?」


「主人は……静かに逝ったの……」


「ちょっとヤダ……下ネタ?」


「絶対違うでしょ」


「それで私、小さな客人を迎える準備に入ったの」


「……ん? え? まさか合ってるの!?」


「でも、実はそれって魔が差したの。心の針が少しだけずれてしまっていてね。別の灯りにほんの少しだけ惹かれちゃったの。ほんの少しだけよ? だってその頃、主人とは同じ地図を持っていなくて、同じ船に乗り続けることがどうしても難しくなってしまって……。それで主人は永遠の旅路へ出たの。だから私、すっごく元気!」


 三浦は顔を上げ、目を見開いてそう言った。その瞳は爛々と輝き、口角が大きく吊り上がっていた。


「……そう! それはよかったわあ! じゃあね、三浦さん。またね!」


「えっ」


「はーい! またー!」


 大崎は軽やかに手を振り、再び歩き出した。三浦も小さく手を振り返すと、その場を離れていった。佐野は慌てて大崎の背中を追い、戸惑いながら声をかけた。


「あ、あの、さっきの話って、結局どういう……」


 すると大崎は大きくため息をついた。


「私、あの人ちょっと微妙なのよね」

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