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「お前を愛している」と壁ドンされたけど、壁に穴が空いて私の秘密がバレました

作者: 天地サユウ
掲載日:2025/12/18

新作です。

「……捕まえたぞ、リリアナ」


 私、リリアナ・ベルンシュタインの目の前には、この国の第一王子であり、乙女ゲーム『薔薇と剣のラプソディ』のメイン攻略対象、フェリクス・ヴァン・オルディンがいる。


 燃えるような赤髪に、切れ長の金色の瞳。

 彼は私、リリアナ・ベルンシュタインを部屋の隅に追い詰め、逃げ場を塞ぐように壁に手をつく。

 いわゆる、壁ドンだ。

 乙女ゲームなら、ここでプレイヤーはときめいて胸を焦がす場面だろう。

 だが、現実は違った。


 ドゴォォォォォン!!

 鈍い音ではなく、何かが破壊される轟音が響き渡った。

 フェリクス殿下の右手が、あまりの気迫と、彼が隠し持っているチート級の身体能力により、頑丈な壁を貫通たのだ。


 パラパラと白い粉が舞う。

 そして空いた穴の向こう側――隣の小部屋の壁に貼ってあった『あるもの』が、剥き出しになってしまった。

 そこには模造紙十枚分にも及ぶ巨大なチャート図が貼られている。

 中央には、フェリクス殿下の似顔絵。

 そこから無数の矢印が伸び、赤ペンでびっしりと書き込みがされている。


 ・フェリクスの出没時間:14:00~16:00(中庭に接近禁止!)

 ・視線が合ったら3秒で逸らすこと(魅了回避)

 ・微笑まれたら即座に胃痛のフリをして撤退せよ。

 ・左耳を触る癖は嘘のサイン。騙されるな!


 それは、私が前世の記憶とゲーム知識を総動員して作り上げた、血と汗と涙の結晶。

 名付けて、『対フェリクス王子用・徹底回避マニュアル(絶対絶命版)』。


 沈黙が落ちる。

 フェリクス殿下は壁から腕を引き抜き、その奥にあるマニュアルを凝視した。

 そして、ゆっくりと私に向き直る。その金色の瞳が、かつてないほど妖しく、熱っぽく輝いていた。


「……リリアナ」

「は、はいっ!」

「まさか、これほどまでに……俺のことを見ていてくれたとはな」

「え……?」

「俺の行動パターン、癖、視線の意味まで……すべてを分析し、記録しているとは。愛が重いな、お前は」

「ち、違います! 誤解です、殿下! それは愛じゃなくて、生存本能的な……!」

「いいや、言葉はいらない」


 殿下は破壊された壁の破片を踏み越え、私を抱きしめた。


「俺もお前を愛している。……もう二度と逃がさないからな」


 どこで間違えたのだろうか。私はただ、処刑エンドを回避したかっただけなのに。

 物理的に穴の空いた壁の向こうで、私の平和な老後計画もまた、粉々に砕け散ってしまった。


 ◇


 時間を少し巻き戻そう。

 私は十歳の時に前世の記憶を取り戻した。ここは乙女ゲームの世界。私はヒロインを虐めて断罪され、最終的にフェリクス王子の手によって処刑される悪役令嬢だ。


(処刑エンドなんて冗談じゃないわ! 私はしわくちゃのお婆ちゃんになるまで生きて、縁側でお茶を啜りながら老衰で死ぬの!)


 ゲームのシナリオ通りに進めば、私は十八歳の卒業パーティーで断罪される。

 回避方法はただ一つ。

 フェリクス王子と関わらないこと。これに尽きる。

 婚約破棄されれば万々歳。しかし、我がベルンシュタイン公爵家は、王家の守護を司る家柄。父は「王家との絆は絶対だ!」と、聞く耳を持たない。

 ならば、向こうから「お前など嫌いだ」と振ってもらうしかない。

 そのためには嫌われる必要がある。

 だが、ただ嫌がらせをするだけでは、「興味を引こうとしている」と勘違いされる恐れがある。なぜなら、王子の思考回路はポジティブすぎるからだ。


 だから私は決めた。

 『空気のように気配を消し、物理的に距離を取り、存在そのものを認識させない』

 これこそが最強の生存戦略である。


 私はその日から、フェリクス王子の行動パターンを徹底的に研究し始めた。

 彼がいつ、どこで、誰と会うのか。

 どの道を通って教室へ行くのか。

 好きな場所、嫌いな場所、機嫌が悪い時のサイン。

 それらを全てノートにまとめ、自室の隣にあるウォークインクローゼットの壁一面に貼り出した。

 それが、あの『徹底回避マニュアル』である。


 私の朝は、このマニュアルの更新から始まる。


「今日のフェリクス様の公務予定は午後からね。……ということは、午前中の図書室は危険地帯よね。裏庭の温室へ避難するのが吉だわ」

「食堂のメニューはAランチがステーキ。肉好きの殿下は必ずAを選ぶはず。私はパンのみを購入して教室で食べる!」

「移動教室の廊下ですれ違う確率は30%。もし遭遇したら直前の角を曲がって、女子トイレへ緊急退避!」


 完璧だった。入学から二年間、私はフェリクス王子とまともに会話することなく、影のように過ごしてきたのだ。クラスメイトからは、「リリアナ様って、たまに気配が消えますわよね」「忍者とお呼びした方が……」と囁かれていたが、命には代えられない。


 しかし、私の完璧な計画に綻びが生じ始めたのは、三年生の春だった。


 ◇


 ある日の放課後。

 私はマニュアルに従い、人気のない旧校舎の裏手で時間を潰していた。ここは殿下が絶対に立ち寄らない『安全地帯Sランク』の場所だ。


(ふふん、今日も平和ね。このまま下校時刻まで粘れば遭遇リスクはゼロよ)


 文庫本を読みながら優雅に過ごしていると、突然、頭上から声が降ってくる。


「……見つけた」


 心臓が止まるかと思った。見上げると、二階の窓枠にフェリクス殿下が座っていた。

 夕日を背に、赤髪が燃えるように輝いている。


「で、殿下!? なぜ、このような場所に!?」

「それはこちらの台詞だ、リリアナ。お前こそ、なぜ俺がここを通る時間にわざわざ待ち伏せしていた?」


(え? ここを通る時間?)


 私は頭の中でマニュアルを検索した。

 おかしい。データでは殿下は今頃、生徒会室でヒロインとお茶をしているはず。


「俺は最近、公務の疲れを癒やすために、人目を避けてこの旧校舎でサボることにしているんだ。……知っていたんだろう?」


 殿下がニヤリと笑い、窓から軽やかに飛び降りてきた。着地と同時に、私との距離がゼロになる。


「ひっ!」

「待て、逃げるな。……俺がここに来るようになってから三日。お前も三日前からここにいるな?」


(嘘でしょ!? 偶然よ! ただの偶然!)


「俺の行動を先読みし、俺が一人になりたいタイミングでさりげなく側にいる……。お前、なかなかやるな」

「誤解です! 私はただ、静かな場所が好きなだけで!」

「ああ、俺もだ。気が合うな」


 殿下は私の手を取った。

 その手は熱く、力強い。


「お前はいつもそうだ。俺が食堂へ行こうとすると、先回りしてパンを買って消える(※混雑回避のため)。俺が図書室へ行くと、入れ違いで出ていく(※遭遇回避のため)。……まるで、俺の思考を全て読んでいるようだ。最初は偶然かと思ったが、ここまでタイミングが合うと認めざるを得ない。……リリアナ、お前はずっと俺を見ていたんだな?」


(違うううっ! 確かに見てたけど! 監視してたけど! 意味が違うのよおおおっ!)


 私は青ざめながら必死に手を振りほどいた。


「し、失礼いたします! 用事を思い出しました!」


 私は脱兎のごとく逃げ出す。

 背後で殿下が楽しげに笑う声が聞こえた。

 その日から状況は悪化した。私が回避行動を取れば取るほど、殿下が『そこにいる』のだ。

 

 角を曲がってトイレに逃げ込もうとすれば、なぜか女子トイレの前で殿下が待ち構えていた(※男子トイレの配管工事の視察だったらしい)。

 温室の茂みに隠れれば、「珍しい花が咲いた」と殿下が入ってきて、私を見つけた。

 マニュアルを更新し、裏をかこうとすればするほど、なぜか殿下と鉢合わせる。

 まるで、磁石のように。


(なんで!? 私の回避アルゴリズムは完璧なはずなのに! バグなの!?)


 私は知らなかった。フェリクス殿下が、「俺から逃げ回る面白い女がいる」と興味を持ち、王家の諜報部を使い、私の行動を先読みし始めていたことを。


 つまり、これは高度な読み合いという名の鬼ごっこだった。


 ◇


 そして迎えた、卒業パーティー前日。

 私は寮の自室に引きこもり、最後の作戦会議を開いていた。

 明日のパーティーはゲームにおける『断罪イベント』の舞台だ。ここで殿下に捕まれば、大衆の面前で婚約破棄(これは歓迎)からの、処刑宣告(これは困る)が待っている。


 私はクローゼットの壁に、最終決戦用のチャートを書き加えた。


 ・フェリクス殿下の入場ルート:中央扉。

 ・私の待機位置:南西の柱の陰(死角)。

 ・殿下がヒロインに話しかけた瞬間(隙)に、北口から退場。

 ・万が一、目が合ったら即座に気絶したフリをして医務室へ搬送されること。


 壁は真っ赤な文字と付箋で埋め尽くされている。

 まるで狂気的なストーカーの部屋だが、これは私の生存戦略マップだ。


「よし、これで完璧ね。明日は開始十分で退場して、そのまま実家の領地へ馬車を飛ばすわ」


 私は赤ペンを置き、満足げに頷く。

 その時、コンコンとドアがノックされた。


「リリアナ、いるか?」


 聞き覚えのある低く甘い声、フェリクス殿下だ。


(は? ここ女子寮よ!?)


「へ、返事はしません! 私は寝ています!」

「……起きているじゃないか、入るぞ」


 ガチャリ。鍵をかけていたはずのドアが、いとも簡単に開いた。王族権限か、それとも魔法か。

 殿下が悠然と入ってくる。


「ひっ……!」


 私は反射的に後ずさり、クローゼットの前で仁王立ちになった。この後ろには見られてはいけない『回避マニュアル』がある。これを見られたら不敬罪か、ストーカー容疑で即牢屋行きだ。


「殿下、不法侵入です! 出て行ってください!」

「つれないな。明日のパーティーのパートナーだぞ? エスコートの打ち合わせに来たんだ」

「打ち合わせなど不要です! 私は欠席しますので!」

「ほう?」


 殿下が目を細め、一歩近づいてくる。

 威圧感がすごい。


「欠席だと? 俺という婚約者がいながらか? やはり、お前は逃げるつもりか?」

「逃げるも何も最初から参加するつもりはありません!」

「嘘をつけ。お前の瞳が泳いでいるぞ。……何を隠している?」


 殿下の視線が、私の背後のクローゼットに向けられる。

 勘が鋭すぎる。


「な、何も隠してません! 下着とか干してあるだけです!」

「公爵令嬢が下着を干すわけがないだろう。そこをどけ」

「嫌です! 絶対に嫌です!」


 私はとっさに殿下の前へ滑り込み、両手を広げて立ちはだかった。

 殿下は深いため息をつくと、私の手首を掴んで壁際に押しやった。

 ドンッ。

 背中が壁にぶつかる。

 逃げ場はない。

 殿下の顔が目前に迫る。


「……リリアナ、いい加減に認めろ」

「な、何をですか?」

「お前が俺を避けるのは照れ隠しだろう?」

「は?」


 殿下は真剣な眼差しで言った。

 あまりに的外れな推理に、私は口を開けたまま固まった。


「俺は気づいていた。お前が俺を見つめる視線の熱さを。俺が近づくと、顔を真っ赤にして逃げ出す愛らしさを」

「えっ、あの……それは……(※全力疾走による紅潮です)」

「明日のパーティーで、俺はお前との婚約を正式に発表し、結婚の日取りを決めるつもりだ」


(ええええええっ!? 待って、断罪は!? ヒロインはどうしたの!?)


「ちょ、ちょっと待ってください! ヒロイン……いえ、男爵令嬢のことはどうするんですか!?」

「彼女か? 彼女は俺の弟といい仲だ。応援してやっているぞ」


 シナリオが崩壊していた。

 私が逃げ回っている間に、弟王子ルートに入っていたらしい。



「だから観念しろ。……俺は、お前が欲しい」


 殿下の顔が近づいてくる。

 キスされる、そう思った瞬間、私の生存本能が暴走した。


「い、嫌あぁぁぁっ!」


 私は反射的に殿下の胸を突き飛ばそうとした。

 しかし相手は屈強な男性。びくともしない。

 代わりに勢い余った殿下の右手が、私の耳元の壁に突き刺さった。

 ――ドゴォォォォォン!!

 そして、今に至るのだ。

 漆喰(しっくい)の粉が舞う中、殿下は壁の向こうの『マニュアル』を読み込んでいた。


 ・フェリクス殿下の出没時間。

 ・好きな食べ物:辛いものは苦手。甘党。

 ・弱点:雷が鳴ると少し震える。


「すごい…………」


 殿下が震える声で呟いた。


「俺の好みが甘党であることなど、王族の極秘事項だぞ? なぜ、お前が知っているのだ? いや、まさか、ゴミ箱の中まで調べていたのか……?」

(調べてないし! ゲームの設定資料集に書いてあったのよ!)


「雷が苦手……これは幼少期のトラウマだ。誰にも言ったことがないのに……お、お前は俺の過去まで包み込んでくれていたのか……」

(違うの! 雷の日にデートイベントが発生するから警戒してただけ!)


「視線が合ったら3秒で逸らす……なるほど。見つめ合うと理性が保てないから、あえて逸らしていたのか。いじらしい奴め」

(魅了スキル対策よ!!)


 殿下の解釈は、全てポジティブな方向へと暴走していた。私の必死の回避努力は『深すぎる愛ゆえの行動』として、上書き保存されていく。


「リリアナ」


 殿下は粉まみれの手で私の頬を包んだ。

 その瞳には狂気じみた感動の涙が浮かんでいる。


「これほどまでに愛されているとは知らなかった。すまない、俺の察しが悪かった……」

「あの、殿下、これは誤解で……」

「恥ずかしがらなくていい。このマニュアル……いや、『愛の観察日記』は俺たちが結婚した後、王家の宝物庫に永久保存しよう」

「やめてええええ! それはただの黒歴史ですからぁぁぁっ!」


 私の悲鳴は殿下の熱い口づけによって封じられた。

 壁に大穴が空いた部屋で、粉塵にまみれながらのファーストキス。ロマンチックのかけらもないが、殿下だけは、「この壁の穴も俺たちの情熱の証だな」と、満足げだった。


 ◇


 翌日、卒業パーティーの会場に、私は連行された。

 逃げ出さないように、殿下に腰をガッチリとホールドされながら。


「皆、聞いてくれ!」


 殿下が高らかに宣言する。


「私の婚約者リリアナは、私の全てを知り尽くし、陰ながら支えてくれていたんだ!」

(……いや、物理的に逃げていただけです)


「彼女以上の妃はいない! よって、ここに結婚を宣言する!」


 会場中がどよめき、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 ヒロインの男爵令嬢も、「おめでとうございます! リリアナ様、いつも王子のことを見てましたもんね!」と祝福してくれた。

 私は監視的な意味で見てただけだが、引きつった笑顔で手を振るしかなかった。


 心の中で、「違う、そうじゃないの!」と叫びながら。


 ◇


 あれから数ヶ月。

 私は王太子妃として、城の離宮で暮らしている。

 いや、暮らしているというより、飼われているに近いかもしれない。

 この離宮は殿下の指示によって改築された。

 壁という壁が鋼鉄入りの強化コンクリートで補強されているのだ。


「これなら俺がまた壁ドンしても穴は空かないし、リリアナがトンネルを掘って逃げることもできない。完璧だな」


 殿下は満足そうに壁を叩いた。

 

「殿下……私、別に逃げませんよ。もう諦めましたから」

「諦めた? なぜ、そんな悲しいことを言う。そこは『愛に降伏した』と言ってくれ」


 殿下は後ろから私を抱きしめ、首筋にキスを落とす。


「ああ、そうだ。リリアナ、新しいマニュアルを作っておいたぞ」

「はい?」


 殿下が差し出したのは分厚い革張りの手帳。

 表紙には、『リリアナとの愛のスケジュール』と書かれている。


 ・07:00:起床のキス。

 ・08:00:朝食あーん

 ・12:00:公務の合間にリリアナ成分補給(15分)

 ・20:00~就寝:朝まで離さない。


 中身は分刻みで私とのイチャイチャ予定が書き込まれていた。

 かつて私が作った回避マニュアルの完全なる逆バージョン。


「これからは俺がお前を観察し、記録する番だ。覚悟しておけよ、俺の愛しいストーカーよ」


 殿下は極上の笑みを浮かべると、私は観念して、手帳を受け取った。

 壁に穴を開けてしまった、あの日。

 私の逃走ルートは完全に塞がれ、代わりに底なしの溺愛ルートが開通してしまったようだ。

 

 まあ、悪くはない。

 この暑苦しいほどの愛に慣れてしまえば、案外快適な監獄生活かもしれない……なんて、最近思い始めている自分が一番怖いのだが。

お読みいただきありがとうございました!

他にも↓投稿してますので、ぜひ見てくださいませ。


【短編】辺境の城に生贄として捨てられた令嬢ですが、そこは至高のグルメ天国でした

https://ncode.syosetu.com/n9067lm/


【短編】効率厨の悪役令嬢は婚約破棄RTA記録を更新する。「お前を愛することはない」は、チュートリアルなのでスキップします

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ブックマークと、↓【★★★★★】の評価をお恵みくださいませ! それではまた( ´∀`)ノ

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― 新着の感想 ―
嫌だこんな人の話聞かない男w 処刑フラグが無くてもお断りだろこんなの
見事な勘違いストーリーに笑いました。 うん。他人事だから笑えるんですよね。 これが我が身であれば……サイコホラーかな?(|||゜Д゜)
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