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九、荒野の命泥棒「その五、決闘」

 セレス団の連中はほとんどが溺れて死体が浜に打ち上げられたが、ドンとリーボックは泳いで悪運強く助かった。浜に着いた樽から降りたニノッチに、町長は最初顔をしかめて「樽一杯でよかったのに、いったい、なんてことをしてくれたんだ!」と怒ったが、町民が集まって彼女を擁護し、また湖畔で喜ぶ姿を見て、すぐあきらめた。町のすぐ前が海岸のようになってしまっては、もう元には戻せない。


 だが、水から上がってきた奴を見て、その顔は蒼ざめた。ずぶぬれだがぴんぴんしたドン・セレスは、ニノッチを見るや銃を抜いたが、「ちっ、湿気(しけ)ってダメだ!」と放った。隣でリーボックは「もう、あきらめたほうがよろしいようで」と脱いだ上着をしぼったりした。水中にいたというのに、舞踏会眼鏡とマスクは取れていなかったが、スペアを持っていたようである。


「まあ、私も水でダメだし」とニノッチも銃を放り、「こうなっちゃ、管理なんて無理でしょ。魔法使いの言うとおりにして国に帰ったら?」

「そうはいくか!」

 両拳を握り歯ぎしりするドン。

「このままじゃ収まらん! 決闘だ、キラー・ニノッチ!」


「そうね、ここで決着つけないと、あとが面倒そうだし」と保安官に二丁もらい、ドンに投げてよこす。だが魔法使いが来て言った。

「ドンはあれでも、全米射撃選手権で金メダルを十個も取っている、かなりの名手ですよ? あなたでも相当ヤバいかと」

 ニノッチはビクともしない、というふうに無表情で「だから?」と言った。

 ただし、三秒後に、である。

(なによ、今の間は?!)とヨーコは驚いた。(思いっくそ動揺してない?!)

 ただ彼女の動揺などろくに見たことがないので、驚きはしたが、同時に不謹慎ながら新鮮でもあった。といって、むろん面白がっている場合ではない。



 ドン・セレスとキラー・ニノッチは、五メートルほど離れて対峙した。両者、銃を右手にさげてにらみ合い、いつでも抜ける状態である。周りの観衆は固唾をのみ、ヨーコは彼女の表情と動きから、やはりかなりの緊張を感じ取った。ひるがえって、それまでただの悪いおっさんにしか見えなかったドン・セレスが、鋭い眼光で凄腕ガンマンのまがまがしいオーラを全身から発しているのに気づき、ぞっとした。これはマジでヤバいかもしれない。


 ドンの方も、相手がかなりのやり手なのは知っていたので、最初は内心ビビった。が、すぐに軍配はこっちに上がったと確信した。

 ニノッチの後ろ、数メートル先に転がっていた部下がもぞもぞと動き、顔をわずかにあげて周囲をうかがった。すぐに状況を把握し、右手をそっと懐に入れると、それを引きだした。きらりと白く光るそれに、ドンは有頂天になったが、顔にはいっさい出さなかった。


 まだ生きていたこの部下こそ、彼の腹心で最も腕の立つ男、通称「ナイフ投げのジョージ」だった。ただし、それは刃物の扱いのほうの話で、銃はたいしたことがなかったが、この場合は、これ以上ないほどに好都合であった。どうせ銃は濡れて使えないだろうし、彼のナイフの腕でこの距離なら、完璧に奴を仕留められる。なんせ背後にいて、気づかれる可能性はゼロなのだ。

(ふふふ、キラー・ニノッチよ、ついに年貢の納め時だ)(後ろから刺されて死ね!)

 たとえこっちがやられようと、奴も終わる。内心ほくそ笑み、女をにらむ。双方、期をうかがった。


 一瞬女の右手が動き、ドンもほぼ同時に動いた。

 だが、そこへとんでもない番狂わせが起きた。ニノッチが死ぬと思って恐怖にかられたフラウが、日本刀を抜いて二人のあいだに飛び込んだのだ。刀は飛んできたドンの弾をまっぷたつにし、ニノッチには、その銀の刃面に、自分の背後にいる者の黒い影が映るのが見えた。彼女は両足を前後に開くや、右手の銃をドンに向けて発射、同時に左手で腰のホルダーから抜いたもう一丁を、後ろに向けて撃った。ナイフ投げのジョージは、刃を握ったまま頭を撃たれてがくんと沈み、ドン・セレスは胸に風穴があき、「ぐほおおっ!」と血を吐くと、うつぶせに倒れた。


「二つもらっといて、よかったわ」

 ニノッチはそう言うと前後の銃を引き寄せ、一丁ずつ銃口の硝煙を吹くと、腰のホルダーにしまった。そしてわなわな震えているフラウをぎゅっと抱くと、肩をぽんと叩いた。

「ありがとう、助かったわ」

「ずずずずいばぜん、よよよけいなことを……」

「いいえ、あなたがいなかったら、ドンは倒せても死んでたわ」

 なだめるように言われてフラウの震えはとまったが、どっと悔悟の念がわいてきた。人を殺すたびに罪悪感にさいなまれる。この場合は弾を切っただけだが、今日はそれ以前にずいぶんの数を斬ってきたのに、お祈りもしていない。そのことを一気に思い出してしまった。


 彼女は、暗くつらい声で言った。

「私は人殺しです。またビビりで、多くの人をあやめてしまいました」

 するとニノッチは離れ、満面の笑みで言った。

「あなたのビビリは、殺人のためだけじゃない。ほら、こうして人の命を救えたじゃない」と自分を指す。


 感極まってぼろぼろ泣く侍を、ニノッチはまたやさしく抱きしめた。町民から歓声があがる。拍手がおき、それは恵みの雨のように、広大な湖に響き渡った。最初に叩きだしたのは町長であった。



 叩いていない者もいた。リーボックはとうにずらかっていたので彼ではない。ヨーコである。決闘のとき、ニノッチがいったいどうやって背後の敵の存在を知ったのかわからず、感動よりも、むしろ怖さを感じてしまったからだ。

 今までに何度となく浮かんだある思いが、また彼女を襲った。このままこいつと付き合っていたら、自分はいつか絶対に死ぬ。最初から裏稼業で生きてきたし、覚悟はそれなりにあったが、別に進んで死にたいわけではない。

 ここいらが潮時ではないか。いつの間にか消えたリーボックのように、自分もただの雇われ魔術師として、黙って去るべきではないのか。


 だがそう思っても、すぐに顔が自然に笑ってしまうことに気づいた。ここでさよならしようが、どうせまた声をかけられたら、自分は喜んで行ってしまうに決まっている。このニノーチカという女と付き合うのは中毒のようなものだな、と思った。

 キラー・ニノッチは、ただの凄腕ガンマンではない。強烈なドラッグだった。だが、どんなヤクよりも心地よく安全だ。至上の楽しさはあっても、死の危険以外に副作用はないからである。

 そこで気づいた。

(死の危険が、副作用じゃない?)(なに言ってんの、私)

 自分もとうとうイカれたな、と肩をすくめ、ユーリと共にボスの元へ向かった。思えば、このメンツは自分を含め、全員がイカレている。もちろん、中で一番クレイジーなのが、キラー・ニノッチだ。


 ニノーチカは報酬の三分の一しか受け取らなかった。ドン・セレスの首にも多額の賞金がかけられていたからである。

 その翌日、パーティは解散した。




 また大仕事で全員が集まるまで、この世でもっとも自由な女、キラー・ニノッチは、今日も白馬で荒野を駆ける。(終)

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