八、荒野の命泥棒「その四、水、持ってきた」
話は駅のところに戻る。
ダムに爆薬を仕掛けたニノッチが、水を入れるために樽まで行くと、残ったヨーコが火の精霊を呼び出した。マリモのような体からひょろりと細い手足が伸びている、白い口ひげをたくわえたその老人の精霊は、ヨーコを見ると、バカにしたような目で実際バカにした。
「なに用じゃ? ふん、おぬしのような魔力の弱い者の願いなど聞けるかい。ほか当たっとくれ」
「そこをなんとか。私たちがあとで町の方角から空に向かって銃を撃って合図しますので、あなたは、それが見えたら、この火薬に火をつけてくださればよいのです。造作もないことでございましょう?」
「プライドの問題じゃ。じゃが、まあ」とヨーコの真剣な目を見て、「その合図とやらを、ここまで届けたら、やってやらんこともない」
はるか遠くからダムのところまで弾丸を届けるなど、無理難題もいいところだったが、相手が頑固すぎて飲むしかなかった。本当は誰かがここに残って火をつければいいのだが、人手がない。それに、この手はバレたときのための最終手段で、できれば使いたくなかった。
ヨーコは、そうならないことをひそかに祈ったが、いざ逃走が始まると、あれよあれよと、そうなってしまったのだった。
それでも樽に登るニノッチとユーリを見て、彼女は一途の可能性に賭けた。
(うまくいって)(いや、絶対うまくいく!)
ヨーコは毅然とした顔で二人を見上げた。
(きっとできる)(なんせあいつは、キラー・ニノッチなんだから……!)
抜けるような青空に小さく現れた点を見て、火の精霊の目は笑った。
(なんじゃ、あんなところまでしか届かんとは)(とても、やる気なぞおきんわ――んんっ?!)
いきなりぎょっとして目を見張った。
点の向こうになにかがある。それも途方もない不穏の塊だ。すさまじい情念の渦が、こっちに向かって、にらむようなオーラを放っている。
それは二つの目玉だった。大空のまんなかに、丸いぎょろ目が浮かび、奇怪な双子の月のように彼を見下ろしている。天地を返すほどの壮絶な憤怒と激情が、今にも爆発しそうに膨らみ、その視線で彼を刺し貫いた。それはまさに、地獄の現出であった。彼にはそれは、あまりにも恐ろしい神の怒りに見えた。
「うわわわああー! すいませんでしたああー!」
恐怖におののいた精霊はひれ伏して叫び、ただちに起きて両手をあげ、空に浮かぶ点を渾身の力で引き寄せた。弾丸は滑るようにカーブを描いて空をすっ飛んで、ダムに突っ込できた。「ひいいい、くわばら、くわばら!」と頭を抱えて精霊が端に引っ込んだ直後、積み上げられた爆薬に弾が命中し、大爆発した。
ダムは轟音を立てて決壊し、湖のおびただしい水が荒野に一斉に放たれた。町の方向が低地になっていたせいで、湖水のほとんどが流れ出し、大洪水になったのだった。
「に、逃げろおおおー!」
ドン・セレスはあわてて叫んだが、遅かった。彼と部下全員が押し寄せる波の壁に飲まれ、汽車も飲まれて、樽が流された。すでにニノッチたちは樽に乗り上げていて、そのまま水上を滑っていく樽の縁になんとかつかまった。
「やったわね! ユーリのおかげよ!」
ニノッチは左腕で隣の少女の肩を抱き、満面の笑みで叫んだ。
「やっぱり、あなたは最高よ、ユーリ!」
ユーリは抱かれながら赤くなっていた。てれてれ。
(まさか、本当に届くなんて)
隣でヨーコが、驚きに口があいたままだった。絶対にできる、なんて思ったものの、内心ではやはり信じきれずにいた。よもやユーリのせいで妖精の爺さんが心変わりしたとは、知る由もなかった。
さらにその隣では、フラウが縁につかまったまま飛ばされそうになり、両足で空を蹴って叫んでいた。
ミレッソ・タウンの町長は、住民の騒ぎで表に出て目を疑った。バウル湖の方角から、ここまで土用波レベルの高波が壁になって押し寄せてくるのだ。
最前の波の上に巨大な樽が乗っていて、その上に立つ一人の黒ずくめのカウガールが、帽子を振ってこっちに叫んだ。
「みんなー! 水、持ってきたわよー!」
(キラー・ニノッチ?!)(なに考えとるんだ?!)
驚愕した町長は、あわてて住民を避難させようとしたが、波は町の入口でかろうじて止まった。
町のすぐ前に巨大な海が横たわったかのようになり、住民たちは大喜びで飛び込んで泳いだり、桶や樽に水を詰めだした。一杯の水を飲むことすら我慢していたのである。輝く水滴を浴び、彼らは命を取り戻したようだった。
こうして死にかけていた町は、一人の無茶苦茶な女のおかげでよみがえった。




