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三、必殺邪眼スリンガー・ユーリ

 普通に考えれば、おびえるほど強くなることなどありえない。恐怖は人間のあらゆる行動の足を引っ張り、妨げるものだからだ。勝負ごとでは、落ち着きと冷静さが必要である。度を失っていてはとうぜん行動に正確さを欠くから、戦ってもまず勝てない。人は恐れがあると判断を誤り、失敗する。それが普通だ。

 それなのに、その不安やおびえが強いほど技の正確さが増して勝てる、などというのは、まるで地球以外のすべてが地球で、その反対に、地球だけがぽつんと宇宙であるようなものだ。本末転倒である。


 だからニノーチカは、冷静になると「これは彼女に悪霊でも憑いていて、手助けでもしているんじゃないか」と思った。

 だが、もしそうだったとしても、フラウと縁を切るという選択肢はなかった。

(彼女は悪い奴には見えないし、何か憑いているとしても、あんがい守護霊みたいな良いものじゃないか)

 そう気楽に考えた。

(まあ、とんでもない凶事をしょいこむようなことになっても……)(なんとかなるだろう)

 冷徹さの塊みたいに思われるニノーチカだが、お気楽さもまた彼女の大きな特徴で、これによりつらい時期も彼女なりに楽しくやってこれたのだ。




 追っ手のもう一人は、剣使いのあまりのすごさに恐れをなしたのか、店の裏に逃げていた。しかしトンズラは出来なかった。先回りされていたのである。

 が、彼は現れた奴を見てむしろ余裕の笑いを浮かべた。さっきの和服の化け物ではない、ガンマンルックでグラサンではあるが、どう見ても十代の少女だ。

 二人は距離をおいて、しばし対峙した。

(なんだこのガキ、決闘する気か)(上等じゃねえか、相手してやる)と男の目は語っていた。

(ただしお遊びじゃねえ)(あんのか知らねえが、そのおっぱいに血の花が咲くぜ……)

 だが、むろん向こうは見えないから目で語りようもなく、固くとじた口元から、立ったまま微動だにしない手足から、その全てが無表情で、何も読み取れるものはない。男にとりあえずわかることは、まあ巨乳ではなさそうだな、ということぐらいだった。

 彼は両手をゆっくりと腰の両側にさす拳銃に近づけた。少女の左手が動いたので抜きかけたが、相手は撃つ気はなかった。その手はグラサンの柄をつかみ、ゆっくりと顔から引き抜いた。

 男の目が見開いた。

 直後、少女の右手がすばやくコルトを抜き、銃口が火を吹いた。一瞬で終わった。男は両手に銃を持ったまま後ろへバタッと倒れ、両足がいったん浮いてから地に落ちた。



 ユーリはグラサンをかけなおし、銃口の硝煙をふっと吹くと腰のフォルダーにしまった。そして振り向くと、いつの間にか後ろに来ていたニノーチカに気づき、向き直った。

 しばしの沈黙ののち、少女はいつものようにゆっくりと口をひらいた。が、ニノーチカにはその声のトーンが、心なしか神妙に聞こえた。

「……終わりました」

「グラサンはずしたとき、そいつ驚いてたわね」

「……はい」

 異様なことをしたのに、なんでもないように言うので、ニノッチは興味がわいた。

「あなたは目で敵を倒すの?」

「……そうとも言えるし、ちがうとも言えます」

 ユーリはあおむけに倒れている男を眺めて続けた。

「……私ほど目つきが悪い奴はいません。でも、それだけでやすやすと撃たれるお人よしはいない。こいつも私の目を見たとき、普通に『げえっ』となっただけでしょう」

「じゃあ、やっぱりあなたの腕のおかげね」


 それを聞いて、背を向けたまま、また少し沈黙した。そして急に口をあいたが、それはわずかに押し殺すような声になっていた。

「……私、自分の目が大嫌い。いっそ、えぐりたいと何度も何度も思った。でも、それだとこの世界では生きるのが難しい。だから残した」

 今度は声が、わずかに震えているような気がした。

「……毎日、鏡を見ては、気持ち悪くて、苦しくて、ヘドが出そうになる。とくに人に目を見せたときは、恥ずかしくてもう嫌で嫌で、絶望して、今すぐ自分の胸を撃ち抜いて死にたくなる」

「……」

「でも一年前、そうして誰かに目を見せると、銃が百発百中になるとわかった。なぜかは分からない。たぶん私は自分の目を嫌えば嫌うほどに集中力が増し、狙いが正確になるんだと思う。不快になればなるほど銃の腕が上がるんだから、使わなきゃ損」

 あまりの話に、ニノーチカはただ黙って聞いていた。

「……目を見せた相手に引かれて、死ぬほど嫌な思いをすることで、そいつを一発で地獄に送れる。私は死ぬことで人を殺す。そのかわり……味わう苦しみは、ダンテの地獄篇よりひどい」

 そしてゆっくりと女を向きながら、サングラスをはずした。ニノーチカの目はわずかに見開いたが、それだけだった。その端正な丸顔のまんなかにある二つの目は、鋭いとは思ったが、確かに相手が倒れるほどにおぞましいわけではなかった。

「私とあんまり変わらないわね」と少し目が笑う。「でも、あなたにとっては地獄なんでしょう?」

「……そうです」と、ふたたび眼鏡で目を隠す。




「とりあえず」と腕組みするニノーチカ。「あんたら二人を雇うわ。でかい仕事があるんで、腕のたつ奴を探してたのよ」

「……では、合格でよろしいのですか」

「あったりまえでしょ!」と肩をポンとたたく。「来なさい。フラウも呼んで、飯でもおごるわ」


 そして背を向けて歩き出したが、ふと「ユーリ」と立ち止まった。そして振り向き、うれしそうに言った。

「あなたは最高よ」

 少女の無表情な顔が、きょとんとなった。

「グラサンをはずしただけで敵を倒す奴なんて、まずいないからね」

 そしてウィンクし、またご機嫌な足取りで歩いていった。うつむきながらついていくユーリの顔は、わずかに赤みをさしていた。

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