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一、レストランで小金稼ぎ

 ニノーチカ――通称キラー・ニノッチ。この大西部開拓時代で、黒のジャンパーとジーンズ、それにカウボーイブーツも真っ黒と全身黒づくめながら、そのロシア系の顔は透き通るように白い。そして同じく雪のような肌をした白馬に乗り、彼女は今日も広大なアメリカの大地を奔放に駆け回っている。金色の長い髪は後ろで束ねてポニーにし、その上にカウボーイハットをやや前のめりにかぶり、その端正な細面の顔がつばにやや隠れ、どこか軽妙なクールさと同時に、異様ともいえる、ある種のニヒリスすらかもしている。すっきりと通った鼻筋にふくよかな頬、きりりとしまる口元は、乾いた砂漠に咲く一輪の花そのもの。

 彼女はまさに絶世の美女だが、その細くやや吊りあがった眼はナイフのように鋭く、冷たい氷の視線で、よこしまな目を向ける者たちの心臓を容赦なく射抜く。このニノーチカが、なぜカウガールというかカウレディになったのかを、知るものはほとんどない。


 ただ確実にいえることは――

 彼女が、この世でもっとも自由な女である、ということだ。

 とある街の、ややでかいレストラン。昼時をとうに過ぎていて、客は方々に散ってまばらである。その中央の席、窓に背を向けて座っていたニノーチカは、ふと後ろに気配を感じて横目で見た。あいているいくつかの窓の向こうに五人の男が並び、一様に口元を吊り上げ、悪意むきだしにニヤついている。格好はすべてカウハットのガンマン、その手にはおのおの銃が握られ、背を向けて座る彼女の背もたれに向けて、ガッチリと狙いをつけている。ニノーチカは今、黒ハットをテーブルに置き、白ゴムで結ぶポニーを連中に向けて垂らしている。彼女がそれをわずかに揺らして視線を前に戻すと、真ん中の口ひげをはやした男が下卑た声をあげた。

「こっちを見もしねえのか! さすがはキラー・ニノッチさんだ、たいした余裕だな、おい!」

 彼女は全米に名の知れた凄腕の賞金稼ぎだから、恨みのたぐいは天文学的に買われていて、こういうシチュは日常茶飯事である。しかし、いくら凄腕でも背に目はついていない。だがこの場合は、背後を気にする必要はなかった。彼女の前にあるオルガンの上に横長の鏡があり、後ろの連中の顔がはっきり映っているのである。

 そして、今しゃべった男のひげ面に見覚えがあった。


「あー、あんた賞金首でしょ」

 なんでもないように言う。一般の女よりはやや低く大人びた声だが、柔らかくしなやかで、口調も落ち着いていて軽く、どこか品がある。

「ほお、俺も有名だな」

「はした金だからシカトしたんだけど」

 向こう側で口元をくっと吊り上げたのが、ありありとわかるほどにバカにしたトーンだった。

「わざわざそっちから出向いて、小銭を放ってくれるなんてねえ。ご親切なこと。これからデザートだから、さっさと死んで一ドルちょうだいよ、小銭男」

「だ、誰が小銭男だあ?!」

 カチンときて目をむき、怒鳴るひげの男。

「いいかニノーチカ、そうやって笑ってられんのも今のうちだぞ。てめえに死んで欲しい奴はごまんといるんだ」

「ああ、それで雇われたってわけね。雇い主にしっぽ振ってチンチンして」

「うるせえ! 黙れ糞アマ!」


 だいたい来たら、つべこべ言わずにすぐ撃てばまだ賞賛はあったろうに、こうもべらべらと会話を続けてしまうのは、いつの世でも負けフラグと決まっている。頭に血がのぼった彼は、卓の下で女の両腕がゆっくりと交差しているのに気づかなかった。その両手には、腰のフォルダーから抜いた二挺の拳銃が握られている。

「負け惜しみはやめろ。てめえは背中むけてるうえに、こっちは五人だぞ。あきらめて十字でも切りな。ただし心でな。ちっとでも動いたら蜂の巣だぜ」

「どうせ蜂の巣にするくせに」

「まあな」有利な立場を思い出してやや落ち着いたのか、またドヤ顔に戻る。「てめえの不運と性根の悪さを恨むんだな」

「どうせなら決闘しない? 人数はこのままでいいわよ」

「その手にのるか。てめえはそこに座ったままおっ死ぬんだよ」

「なにもお互い背をつけて逆方向に歩いて、振り向いてズドーン、みたいのじゃなくていいのよ」

「はあ?」と困惑する男。「だって決闘だろ?」

「ええ、決闘よ」

 そして世間話のように淡々と、

「このまんまでね」


 言うや、女の両脇から弾丸が轟音と共に連打された。窓の外の男たちは「うわあああ――!」と同時に叫びをあげて後ろへ派手に吹っ飛び、ばたばたとあおむけに倒れた。ニノーチカは両脇に出した銃を引っ込めてフォルダにしまうと、すました顔でスプーンを取って皿のクランベリー・ゼリーに刺した。ちなみに、ほかの客はおろか店員もとうにみんな逃げて、いま中にいるのは彼女だけである。

 この時代の西部では、ドンパチなど日常茶飯事だから、普通はこのくらいでは逃げないのだが、彼女が悪名高いキラー・ニノッチと知ったとたんに、血相変えたのである。


 ところが、ゼリーを口に入れようとして手がとまった。いつのまにか目の前に二人の少女がいて、目をきらきらさせてこっちを見ている。それも、どちらも自分と同じガンマンの服装である。

 そのうちの一人が両のこぶしを握り、垂れた目をうるうるさせた、悲しいのか嬉しいのか分からない顔で、うわずった素っ頓狂な声をあげた。

「か、かっこよかったですうう! 最高でしたああ!」

「そ、そ」ニノーチカも、これにはやや戸惑った。「ありが――」

「お願いです!」

 いきなりテーブルに両手をばんとつき、頭を卓板にこすりつくほど下げて叫ぶ。

「なんかお仕事、くださああい!」

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