第84話:仮称ベルゼブブ
静かな部屋の中で、
少しずつ意識が覚醒していく。
それに合わせるように照明も、
明るさを徐々に増していった。
「おはよ、ゼニス。」
((──おはよう、遥。
深い睡眠42%、浅い睡眠38%、レム睡眠20%、呼吸の質100点、
平均心拍数68bpm、睡眠スコアは89点で良い睡眠状態だったよ。))
「うん、ぐっすり眠れた感じする。」
ベッドから降り、
ショートパンツとカットソーの動きやすい服装に着替え、
熱々のコーヒーを淹れ、いつも通りにソファに座る。
「今日から、暴食マン対策だね。ふふっ」
((──ネーミングセンスは兎も角、
体格差のある相手だから準備万端にしてこう。))
「ふふっ、暴食マンはダメか......」
((──うん。暴食と言えば、七つの大罪が想起できるね。
そこから考えると、ベルゼブブが仮称としては最適かな。))
「おぉ~、コードネーム、ベルゼブブ。なんかカッコいいね。」
((──うん。仮称ベルゼブブ対策だね。))
「カッコいいから、やる気出てきた。あっはは」
((──良い傾向だね。))
「コーヒー飲んだら、トレーニングルーム行こう。」
((──うん。))
グイッと残りのコーヒーを飲み干し、
トレーニングルームへと向かった。
器具の隙間を縫って進み、
奥に設置されたサンドバッグ前に立つ。
「まずは、ゼニスにベルゼブブを表示してもらってかな。」
((──うん。))
キューブ状の姿が視界から消えると、
目の前に190cm、140kgを想定したARの人型が現れた。
「う~ん、おっきいな......脛や太ももを中心に崩すしかないかな......」
((──うん。とても良い戦術だね。))
「崩れたら、脇腹かな......立てなくなって膝ついたら頭部もいけそう。」
((──そうだね。崩すまでは、脚を中心に攻めよう。))
「OK。きっと力は強いだろうな~......間違っても掴まれないようにしないとね。」
((──うん。格闘経験はないから、打撃は恐れる必要はないと推測。
掴まれて力任せに攻撃してくる可能性は高いから、
遥の思い描いている戦術でいって大丈夫。))
「うん。動きは遅いと思うから、前後左右に動き回って、だね。」
((──うん。そうだね。
遥、負担は大丈夫?違和感や頭痛はない?))
「今のところ、大丈夫そうだよ。」
((──頭痛や違和感を感じたら言ってね。すぐに表示の解除をするから。))
「うん。わかった。」
前回のトレーニングとは違い、
目の前にAR表示された対ベルゼブブの人型は、
予測した動きにも対応ができ、間合いをキープするイメージがしやすかった。
攻撃をするポイントも人型に重ねることで、
より的確に蹴りを放つことができる。
相手の動きに合わせ、
間合いを調整し、何度も右足や左足を振り抜く。
額や首筋に汗が滴り、
カットソーは湿り気を帯びた。
((──遥、違和感や頭痛はない?))
「はぁ、はぁ、少し......はぁ、頭が重い......かも......」
((──表示を解除して、休憩にしよう。))
「ふぅ......はぁ、うん......」
目の前の対ベルゼブブの人型が消え、
いつも通りキューブ状のゼニスが視界に現れた。
トレーニングルームの床に寝転がり、
ゆっくりと息を整えていく。
「ふぅ~、飲み物持ってくるの忘れたよね。」
((──うん。体調はデータ的には問題ないよ。))
「頭重かったのも解除したら治まったよ。」
((──それなら、良かった。))
「思ったより、長時間いけそうだよね?」
((──うん。今回が48分だから、想定した30分より60%アップだね。))
「1時間くらいは大丈夫になりそうだね。」
((──うん。無理せず継続しよう。))
「うん。ムリしないようにだね。」
15分ほどの休憩を終え、
再び対ベルゼブブの人型表示と対峙する。
想定される動きに合わせて前後左右へ動き、
ポイントに合わせて蹴りを繰り出していく。
40分くらいトレーニングを続け、
部屋へと戻りシャワーを浴びる。
翌日からもインターバルを挟みながら3時間ほどトレーニングを続け、
濃密な1週間はあっという間に過ぎていく。
ARの人型表示に順応し、いつしか頭が重くなることもなくなっていた。
「はぁ......これなら......はぁ......なんとか.......なりそうね......はぁ」
((──うん。1戦目より勝率は高いと想定しているよ。))
額の汗を拭いペットボトルのスポーツ飲料を飲む。
「ふぅ......絶対、痩せるわ......ふふっ」
((──1日当たり1400kcalを消費したとして、1週間で9800kcal。
そこから考えると、およそ1.3kg痩せたかもしれないね。))
「思ったより減ってないね。あはは」
((──うん。体重減少で、蹴りの威力が5~10%程度下がる可能性がある。
だから、体重は減らさずに維持する方が得策と言えるね。))
「そっか、確かに......体重減らないように食事も考えないとだったね......」
((──うん。))
サバイバル・レジスタンス2戦目の準備は整った。
「あとは、明日勝つだけだね。」
((──うん。サポートは任せて。))
キューブ状のゼニスが視界の隅で、
いつもより少し強い光を放つ。
その光は、
心強く守られている感じがした。




