第75話:サバイバル・レジスタンス開幕まで3日
ソファに座り、
天井を見上げボーっとしていると
聞き覚えのない電子音が、
ピロッ、ピロッ、と2回鳴った。
テーブルの上に置いた端末に視線を落とすと、
画面に『調停のお知らせ』と記載されたメッセージ。
「ついに、日程が決まったみたいだね。」
((──うん。そうみたいだね。))
端末を手元に引き寄せ、
指でタップしメッセージを開く。
「えっと、なるほど~......3日後かぁ......」
((──うん。当日、最後の調停だから、
メインイベントって位置づけみたいだね。))
「サバイバル・レジスタンスね、あっはは」
((──うん。))
「管理官も気合入ってるのかな?」
((──調停を盛り上げたいって言ってたから、
今までとは異なる演出を考えている可能性が高いね。))
「入場の音楽とか?照明が派手になったり?」
((──うん。一般的な調停とは一線を画すと予測できるよ。))
「確かに、『あり得ないコトガ起きるト、面白いト思いマセンカ。』
って管理官も言ってたしね、ふふっ」
((──......))
「あれっ、似てなかった?ふふ」
((──うん。似てなかった。))
「えっ~、特徴は捉えてると思うけどな~、あはは」
((──......))
「ごめん、似てないね。ふふっ」
((──うん。))
「容赦ないなゼニスのダメ出し。」
((──似てないけれど、
遥がリラックスしている事が伝わってくるから、
とても良い傾向なのは間違いないよ。))
「うん、プレッシャーはないかな。」
端末の画面を指でなぞり、
メッセージの内容を確認していく。
「えっと......相手の情報は......」
ソファに深く座り直し、
再度、画面に視線を落とす。
「ねぇ、これって......」
((──うん。ボクシング経験者だね。))
「しかも、男性なのね......」
((──うん。暴行が理由の調停だから、
相手は犯罪区分という事になるね。))
「初戦からハードじゃん......」
((──そうだね。))
「腕力とか違い過ぎない?」
((──身長161cm、体重55㎏、ここから推測するとリーチは約168cm。
細身の男で、アマチュアと仮定すれば階級はバンタム級。
どの程度の経験者か不明だけれど、スピードには気をつける必要があるね。))
「ボクシングの階級とかわかんないけど......
経験者ならスピードには気をつけろってことだね。」
((──うん。パンチのリーチで考えると75~85cm。
対して遥のキックリーチは140~155cm。
距離さえ見誤らなければ、十分に対応可能な相手だよ。))
「わたしの間合いを守りさえすればってことだね。」
((──うん。そうなるね。))
「まさか、経験者で男性とは思わなかったね。」
((──うん。でも、執行担当よりは勝率は高いはず。))
「それはそうだけどさ......管理官もひどいね。ふふっ」
端末をテーブルに戻し、
立ち上がり冷蔵庫の前に行く。
冷蔵庫を開けケーキの箱を手に取り、
ソファに再び腰を下ろす。
ケーキの箱を開け、
ザッハトルテに舌鼓を打つ。
「ゼニスの選んだケーキ美味しいね。」
((──うん。非常に良いものだね。))
「サバイバル・レジスタンス勝ち抜かないとね。」
((──うん。))
翌日からの生活は一変した。
朝起きて、コーヒーを飲み、
すぐに1階のトレーニングルームへ向かう。
以前のような軽いウォーミングアップでは終わらない。
一日の大半をトレーニングルームで過ごすようになった。
ゼニスの声と計算だけを頼りに、孤独な特訓を繰り返す。
((──遥。相手の腕がこの位置にあると想定して。
そこから踏み込み、外側にステップ。キックの軌道は、ここだ。))
キューブ形態のゼニスは、
視界の隅から消え空間にポイントを指し示す。
ゼニスが示すポイントを目がけて、
何度も、何度も、右足を振り抜いた。
「ハァ......ハァ......。この、あたり?」
((──うん。今の角度なら、相手のガードをすり抜ける。完璧だよ。))
目に見えない相手を想像し、空を切る蹴り。
USA-DE-PPONのパーカーの袖は、
額の汗をぬぐうたびに湿り、重くなっていく。
食事、睡眠、そして一点を射抜くような集中。
サバイバル・レジスタンスという、
どこか他人事だった言葉が、
滴る汗と共に遥の身体に現実味を帯びて染み込んでいった。
そして、あっという間に当日を迎える。
「やれることはやったよね?」
((──うん。))
いつも通り視界の隅にはキューブ形態のゼニスが、
淡い光を放ちぷかぷかと浮かんでいる。
サバイバル・レジスタンス用の衣装を身に纏い、
リングに向かう通路に力強く立った。




