第68話:サバイバル・レジスタンス
天井の照明が、
まるで朝日を模倣するように、
時間をかけてゆっくりと明るさを増していく。
窓はないのに、
部屋の中だけは完璧な朝が演出されていた。
「ふぁ......今、何時だろ?」
((──おはよう、遥。午前8時ちょうどだよ。))
部屋の空気は、
寝る前と少しも変わらない。
視界の端で、
ゼニスがいつものように淡い光を灯しながら揺れている。
「この部屋、照明が自動で変わるんだね......」
((──うん。窓がないけれど、
カーテンから差し込む光を演出しているんだね。))
「すごいね。
でも、もっと寝たい時には迷惑な機能だよね、あはは」
((──そうだね。でも、自動照明をOFFにすれば、
明るくなることもないよ。))
「そんな機能あるんだ。」
((──うん。))
部屋に備え付けられたコーヒーマシンのボタンを押すと、
豆を挽く音すらせずに熱いコーヒーが出てきた。
『完璧なコーヒー』を思わせる香りが立ち、
いつもの缶コーヒーが愛おしく感じる。
カップから立ち上る湯気を眺めながら、
最後の一口を飲み干す。
「......うん。味は最高だけど......
やっぱり、わたしは缶コーヒー派かな。あはは」
((──いつもの日常に戻るためには、
管理官に不利にならないように交渉しないとね、遥。))
「うん、そだね。頼りにしてるよ、ゼニス。」
((──うん。))
ソファから立ち上がり、
バスローブから着替える。
着替え終わったタイミングで、
部屋のチャイムが無機質な音で鳴り響いた。
「迎えかな?」
((──うん。そうだね。))
ドアを開けると、
案内してくれた女性職員が立っていた。
「七瀬様、ご準備は整っておりますか?」
「はい、大丈夫です。」
「では、監理官室へとお願いします。
私の後についてきてください。」
「わかりました。」
女性職員は通路に向きを変え歩き始める。
((いこっか、ゼニス。))
((──うん。))
昨日と同じ、
階数表示のないエレベーターで
管理官室のあるフロアへ。
「七瀬様、到着いたしました。
管理官がお待ちです。」
「はい。」
彼女に軽く会釈をして、
エレベーターを降りる。
監理官室の前まで行き、
黒い扉をノックすると音もなく開く。
管理官は、ソファに脚を組んだまま、
こちらを見ることもなく言葉を発した。
「オハヨウゴザイマス、七瀬サン。
サテ、良い夢ハ見レマシタカ?」
「いえ、夢は見てないと思います......」
「ソウデスカ、グッスリ眠れたナラ幸いデス。」
「はい、お陰さまで、よく眠れました。」
「グッド。昨日ノ提案ニツイテ考えてイタダケマシタカ?」
「はい、じっくり考えました。」
管理官は脚を組み換え、
体をこちらに向ける。
「ソレデハ、早速デスガ答えヲオ聞きシマショウカ。」
「はい、よく考えてみたのですが......」
管理官は話を遮るように、
言葉をぶつけてきた。
「七瀬サン、答えヲ誤るコトノナイヨウニシテクダサイネ。」
((えっ、断るのバレてる?))
((──可能性は高いね。))
((断って大丈夫だよね?))
((──うん。断ってから、
管理官の出方を見て対応を考えよう。))
((OK。))
「考えた結果ですが、執行担当はお断りしようと思います。」
「ウ~ン、予想通りノ答えデスネ。」
管理官の表情は、
眉の一つも動かない。
「ソウナルト、損失ノ話ヲシナケレバナリマセンネ。」
「損害賠償的なことでしょうか?」
「簡単ニ言えバ、ソウナリマスネ。」
「どのくらいでしょうか?」
「ウ~ン、七瀬サンデハ支払えナイクライデスカネ。」
「では、どうすればいいですか?」
「私共ハ、損失サエ補填デキレバイイノデ、
執行担当デハナクテモ、調停ニ貢献シテイタダケルナラ不問とシマショウカ。」
「調停に貢献ですか?」
管理官は、
モニターを指さし続ける。
「調停ハ、一方的ナ粛清ガ目的デスネ。」
「はい......」
「ソレデハ、見テイテ面白くハナイデスネ。」
「......はい。」
「モット盛り上がりガアレバ、熱ヲ帯びて掛け金モ増えるデショウ。」
「そうなんですか......」
「ハイ、熱ガアレバモットモット収益ガ増えマス。
七瀬サンガ、Xヲ倒した時ハ空気感ガ変わりマシタネ。
あり得ないコトガ起きるト、面白いト思いマセンカ。」
「そうかもしれないですけど......
わたしにできることなんて、ないと思いますけど。」
管理官は、
顔の前で指を左右に動かしながら続けた。
「七瀬サンハ、ココデリングニ立ちサエスレバイイノデス。
ソウ、昨日ノ損失以上ノ働きヲ見セテ欲しい。
アナタヲ見テ、閃いたノデス。」
「わたしを見て思いついた?」
「ソウデス。従来、執行スルコトガ目的ナノデ、
執行サレル側ハNOチャンスデスネ。
デハ、執行サレル側同志ナラドウデショウカ。
チャンスガ生まれマスネ。
無慈悲ナ執行担当ヨリ、チャンスガアルデショウ。」
「チャンスがある......それって......
わたしと戦う相手が、勝てば無罪になるとかってことですか?」
管理官は、
満足げに口角をわずかに上げた。
「サスガ、理解ガ早イ。ソウデス、勝者ニハ特赦ヲ、
敗者ニハ従来通りノ罰ヲ。
ソレヲ、私ハ『サバイバル・レジスタンス』ト名付けマシタ。
七瀬サン、アナタハソノ主役、ダークヒロインニナルノデス。」
「えっ......『サバイバル・レジスタンス』ですか......」
「ソウデス。生き延びるタメノ抵抗。
生存ヲカケテ調停ニ抵抗スル。
生ヲ燃やすコトデ生まれる美しさト言ったトコロデショウカ。」
「それって、執行担当と変わらなくないですか?」
「イエイエ、決定的ナ違いガアリマス。
執行担当ハ、アクマデ仕事デスガ、
コレハ生存競争ナノデス。
選ぶ権利ハ、今ノアナタニハナイノデスヨ。」
((ねぇ、ゼニス......どうすればいいの?))
((──......))
((ねぇ、ゼニス......))
ゼニスは沈黙したまま、
いつも以上に光が淡く見える。
考えこんでいるような、
そんな雰囲気があった。




