第64話:異質な雰囲気の鳥籠の中で
「ねぇ、
職員の人さ、戻って行っちゃったけど......
どのタイミングでリングに入るのかわかんなくない?」
((──中央の大型モニターに
リングインのタイミングが、
表示されるから大丈夫だよ。))
「そうなんだ、
モニターに表示されるから見逃すな、
とか言ってくれたらわかりやすかったのにね~。
ホント不親切だわ~、あっはは」
((──うん。そうだね。))
大型モニターには、
『整理番号3301、身長166cm、体重58㎏』
『調停人X、身長171cm、体重63㎏』
対戦者のデータが表示されている。
「あれ、上はわたしのデータだね、ふふ」
((──うん。))
「いつの間に身長とか体重計ったんだろ?」
((──基本的にはチップに健康データも含めて、
あらゆる個人情報が凝縮されているんだ。))
「なるほど~、ガチガチに監視されてんじゃん、あはは」
((──うん。そうなるね。))
大型モニターの表示がパッと切り替わり、
『0:30』『1:00』『1:30』と時間表示の横に
赤文字が点滅しながら『1.3』『2.7』と数値が変化している。
「わたしのオッズはどうなるのかな~?」
((──現時点では、
『1:00』が一番人気みたいだね。))
「そっか、そっか......
みんな、わたしが1分しか持たないって思ってんのね。」
((──うん。そうだね。))
「もう少し持つと思うけどな~、ふふ」
((──うん。))
さらに表示が切り替わり、
黒い画面に白字で『ENTER RING』と表示された。
同時に観客席の照明が落とされ、
リングまでの通路が照らされる。
「リングに行けってことだよね?」
((──うん。))
照らされた通路の先、
金網に囲まれたリングは
まるで巨大な鳥籠のように見えた。
「よし!行こっか、ゼニス!」
((──OKだよ、遥。
五感の同期率、正常。心拍数、やや上昇。
アドレナリンの分泌量の上昇確認。))
通路を一歩踏み出すたびに、
真新しいウェアの布地が肌に擦れる。
観客席は闇に沈んでいるけれど、
無数の視線が突き刺さるのがわかる。
それは応援じゃなく、
獲物の末路を見届けようとする冷たい視線だ。
リングサイドの入口に辿り着くと、
そこには反対側から既に入場していた『執行担当X』がいた。
――デカい。
身長差はわずか5センチのはずなのに、
そこには数値以上に圧倒的な暴力の塊のような気配がある。
漆黒のセパレートタイプのウェアを身に纏い、
こちらを氷のように冷たい視線で見ている女性だった。
その拳は、何度も誰かの顔面を砕いてきたのか、
グローブ越しでもわかるほど硬く重そうだ。
((──遥。Xの視線に飲まれないで。
今の彼女の心拍数は45。信じられないほど落ち着いているよ。))
((うん、大丈夫。
わたしも、ビックリするくらい落ち着いているから。))
フェンスをくぐり、
血の匂いが微かに残るマットを裸足で踏み締めた。
リングの中央まで歩を進めると、
同時にXも中央に歩み寄る。
((あれっ?レフリーっていないの?))
((──レフリーは居ないよ。
代わりにドローンが調停の続行を判断するんだ。))
((そうなんだ......))
((──うん。))
((でもさ、ドローンじゃ調停を止められなくない?
って言うより、止めるの絶対遅くなるよね?))
((──うん。そこも含めて調停なんだよね。
一般的な試合と違い、
罰則を与えるという側面もあるから。))
((そっか......そりゃそうか。))
リング上をホバリングしていたドローンが、
赤いライトを点滅させながら旋回を始める。
((──遥、そろそろ始まるよ。))
赤く点滅していたライトが青に変わったと同時に、
ブーと電子音も鳴った。
その瞬間Xが一気に距離を詰め踏み込みながら、
右拳を引いている。
((ヤバっ......))
咄嗟に両腕でガードし、
顔面への被弾を避けることに成功した。
そのまま後ろに下がり、
Xとの間合いを確保する。
((めっちゃ重いなパンチ。))
((──うん。直撃は避けた方がいいね。))
間合いが離れても、
お構いなしにXは踏み込んできた。
さっきと同じ軌道を描いて飛んでくるパンチを
上半身を反対方向に捻り躱す。
((当たったらヤバいけど、
これくらいなら躱せるね。))
((──うん。))
パンチを躱されたXは、
少し態勢が崩れたように見える。
((──遥、上段蹴り。))
ゼニスに呼応するよう、
自然に身体が動き上段蹴りを放つ。
Xは崩れた態勢のままガード、
リングに片膝をついた。
それを見逃さず、
後ろ回し蹴りを炸裂させる。
態勢の低くなっていたXの顔面を
しっかり捉えた。
Xは表情を変えることはなかったが、
鼻が曲がり血が顎を伝っている。
((完璧に入ったと思うけど......まだなんだ。))
((──うん。戦意喪失はしていないみたいだね。))
Xは曲がった鼻を自身で元に戻し、
流れ出た血をグローブで拭った。
少し距離を取ったXから、
先ほどまでと異なる雰囲気が漂っている。
((なんだろ、雰囲気変わったよね。))
((──遥にパンチが通用しないことを前提に、
攻め方を変えてくる確率98%。
片足タックルでくる確率86%。))
((OK。))
Xは両手を広げた体勢から、
低空で突進してくる。
突進に合わせて自然に、
右膝を合わせた。
ゴキッと、鈍い音と共に
Xはそのまま崩れ落ちる。
リング上を旋回しながら
様子を伺っていたドローンが、
Xに近づきホバリング。
ライトが赤く点滅し、
ビィー、ビィーと電子音が鳴り始めた。
観客席は変わらず静まり返っている。
((......終わった、のかな?))
ゼニスに問いかけたその時、
倒れたXの指先が痙攣するようにマットを叩いた。




