第63話:調停のリングへ
閉じていた目をパッと開き、
深く息を吸い込みゆっくり吐き出す。
「ゼニス、まだ時間あるのかな?」
((──調停まで1時間あるよ。))
「もう少しだね......
ちなみにさ、わたし私服で調停に参加なの?」
((──それは大丈夫だよ。
職員が調停用の衣装を持ってくるはずだからね。))
「調停用の衣装?」
((──うん。調停はあくまでも調停なんだけれど、
公営ギャンブルであり、エンターテインメントでもあるから、
一般的な格闘技大会と同じような衣装が用意されるんだ。))
「なるほど、見栄えも大事にしてるんだね、あっはは」
((──うん。))
「確かに前に観戦した時は、
両方とも格闘技の衣装みたいな見た目だったもんね。」
((──うん。そうだったね。))
テーブルのチョコレートに手を伸ばした。
「チョコ食べたら幸福度上がるから、
Xさんには悪いけど倒しちゃうよ、ふふふっ」
((──うん。))
コン、コン、コン、とドアをノックする音が聞こえ、
その後にガチャ、っとドアが開いた。
女性職員が、
黒い袋を手に持ち部屋へと入ってくる。
「こちら、調停用の衣装となりますので、
着用して時間までお待ちください。」
袋をテーブルの上に置き
振り返ることもなく部屋を出て行った。
「今度は、ちゃんと説明してくれたね、ふふっ」
((──うん。説明しないと着用しない可能性もあるからだね。))
「そだね、袋だけ置いていっても見ないかもだしね。」
((──うん。))
「じゃ~、どんな衣装なのか着てみよっかな。」
袋を開けて中を確認すると、
鮮烈な赤を基調にしたセパレートタイプのウェアが、
入っていた。
身体のラインを際立たせるタイトなスポーツブラと、
太ももを締め付けるスパッツ型のショーツ。
随所に施された黒い幾何学的なラインが、
まるで回路図のようにも、鋭い斬撃の跡のようにも見える。
軽く指先で触れると、
驚くほど滑らかで、かつ強靭な弾力があった。
「へぇ~、予想してたよりカッコいいね!
なんか、やる気出てきた~!」
((──うん。遥に似合いそうだね。))
「えへへ、ありがと。」
支給された衣装に着替えてみると、
身体へのフィット感が高く動きやすかった。
「この部屋、鏡ないから確認できないもんな......」
((──そうだね。確認ができないね。
でも、遥の身体データを分析する限り、
フィット感などには問題がないみたいだよ。))
「うん、それは大丈夫そうだね。」
((──衣装データを元にシミュレーションしたところ、
遥に似合っている点も間違いないよ。))
「ゼニスが、そう言うならいっか、ふふっ」
部屋の中央に移動し、
構えから正拳突きや蹴りなど一連の動作を確認。
「うん、問題はなさそうね。」
((──うん。))
「あとは、試合......
調停前にグローブとマウスピースつければOKかな。」
((──そうだね。))
「Xさんって、どんな人だろうね......」
((──執行担当のXは、
総合格闘家だけどパンチが得意みたいだよ。
調停のデータを見る限りでは、
3分以内に相手を倒していて
顔面ばかり殴り続けるタイプかな。))
「なかなか、バイオレンスな人なのかな。」
((──うん。))
「意識なくなるまで殴り続ける感じなの?」
((──そうだね。意識なくなって、レフリーが止める形かな。))
「ほぼ無抵抗で殴られてるんだもんね?」
((──そうだね。))
「格闘経験ないなら厳しいよね......」
((──うん。))
「わたしが、普通に蹴りとか出したらビックリしたりしてね。」
((──執行担当はエキスパート揃いだから、
攻撃するだけでは驚かないかもね。))
「そっか、勝率100%のエキスパートだもんね。」
((──うん。))
「でも、わたしにはゼニスが居るかならな~。」
((──うん。))
「サポートよろしくね、ゼニス。」
((──安心して任せて。))
そんな会話をしていると、
ノックと同時にドアが開き女性職員が告げる。
「時間になりましたので、
調停会場へと移動をお願いします。」
「はい。」
彼女の後に続き、
部屋を後にした。
待機室から薄暗い通路を歩いていると、
眩しい光に包まれた会場が見えてくる。
「調停時間まで、こちらで待機になります。」
彼女はそれだけ伝えると、
歩いてきた通路を戻って行った。
((なんか、試合、いや調停か、
してるのにさ、ホント歓声もなくて異様だよね。))
((──うん。そうだね。))
((普通の試合なら盛り上がるはず......
だから、逆に静かすぎて怖いよね、ふふ))
((──調停の独特な雰囲気だね。))
((うんうん、ホント異様な雰囲気......))
((──うん。))
前の調停が終わり、
執行担当と対戦した男性が担架に乗せられて運ばれていく。
目の周りが腫れ上がり、
腕が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
((あの人は......かなりやられた感じだね。))
((──うん。))
フェンスで仕切られた調停のリングは、
傍から見ても逃げ場がない。
観客はリング上の
大型モニターとスマホばかり見ている。
歓声は一切なく、
スマホの操作音が聞こえてきそうだった。




