第61話:第1特殊調停準備室から待機室へ
黒いスーツの男性職員は口を開くことなく、
ただ視線をこちらに向けた。
そして、テーブルを挟んだ向かい側の椅子を、
顎を引くような予備動作もなく、
スッと指先だけで指し示す。
((座れってことなのかな?))
((──うん。そういうことだね。))
男性職員の意図を汲み、
椅子を引き腰を下ろす。
「整理番号3301、七瀬遥。
第1特殊調停準備室への出頭を
命じられた理由は理解していますか?」
感情は一切なく、
淡々と機械的な声で問いかけてきた。
「はい、ひより北地区調停センターの調停を
すっぽかしたからです。」
「なぜ、出向かなかったのですか?」
彼は端末を見ながら続ける。
「特に意味はありません。」
男性職員は端末に何かを入力している。
「そうですか。」
その投げやりな答えにも、
彼は眉一つ動かさず、
ただ指先で何かを入力していた。
((ねぇ、ゼニス。
これって取り調べ的な感じなの?))
((──言葉の意味は、
取り調べも事情聴取も大差ないよ。
ただ、今回は区分変更とは言え、
任意での事情聴取という事になるかな。))
((強制されてるわけじゃないから?))
((──うん。そうだね。))
「七瀬遥、区分変更により、
ひより市調停センターでの調停となります。」
こちらに顔を向け、
生気の籠っていない目で見ながら、
伝えてきた。
「はい、わかりました。
ちなみに、ここでの調停は、
犯罪記録って形で残ったりするんですか?」
「では、調停の日時は、
本日20:00からとなります。」
質問には一切答えることなく、
視線を端末に向けている。
((なんで、犯罪記録のところスルーしたんだろ?))
((──端末操作で聞いてなかったのかもね。))
((あっ、なるほどね。))
「すいません、
犯罪って形の扱いになるんですか?」
彼は、
こちらに顔もむけず耳も傾けない。
((ねぇ......大丈夫この人?ふふっ))
((──......))
「七瀬遥、調停までの時間は
待機室で準備をしてください。」
それだけ伝えると、
彼は席を立ちドアから出て行く。
その足音は静まり返った室内で、
メトロノームのように正確なリズムを刻んでいた。
「最後までスルーしてたね、あはは」
((──今日は調停が立て込んでいて、
職員も忙しいのかもしれないね。))
「そっか......調停って不定期だもんね。
ある程度、数が増えてからってことなんでしょ?」
((──うん。そうだね。))
「犯罪みたいな記録で残るのかな?」
((──地区の調停に行かなければ、
区分変更にはなるけれど、
犯罪とは違い犯罪歴は残らないよ。))
「そうなんだね~。」
((──ただし、自治体の調停も不参加の場合は、
強制的に執行される事になるから、
犯罪歴が残る事になるね。))
「なるほど~。」
椅子から腰を上げ、
ドアの方に向かう。
「待機室に行けってことだったよね?」
((──うん。
でも、案内の職員が来るはずだよ。))
「待ってればいいのかな?
あの黒スーツの人さ、めっちゃ不親切じゃん。
案内来るなら教えてくれればいいのにね。あっはは」
((──うん。そうだよね。))
テーブルの方に戻り、
椅子に座り直す。
「20:00から調停とか言ってたけど、
どのくらい時間あるのかな?」
((──4時間くらいあるよ。))
「そっかぁ......なんか食べたいよね。ふふ」
((──うん。))
「パンくらい持ってくればよかったね。」
((──職員に伝えれば、
飲食物は注文できるはずだよ。))
「それはラッキー。
腹が減っては戦ができないからね~。
な~んてね。あはは」
((──うん。))
その時だった、
乾いたノックの音が部屋に響き
ガチャリとドアが開く。
黒いスーツを着た女性職員が
中に入ってきた。
「整理番号3301、七瀬遥。
待機室へ移動します。
後に続いてください。」
男性職員同様、
機械的で淡々とした口調。
「はい、わかりました。」
椅子から腰を上げ、
女性職員の後へ続く。
第1特殊調停準備室から、
さらに奥へ通路を進むと
待機室へと辿り着いた。
彼女はこちらを向き、
言葉を発さず指でドアを指し示す。
((ここで待機か......))
((──うん。))
「すいません、
食べ物とか注文したいんですけど。
どうすればいいですか?」
女性職員に問いかけると、
端末を手渡された。
「この端末から注文可能です。」
それだけ伝えると、
彼女は通路を戻って行った。
「すっごい淡々としてるな職員......
なんか、ある意味怖いんですけど~、ふふっ」
((──うん。調停センターの職員は、
事務的だから仕方ないかもね。))
「まっ、そうかもね。
待機室入ってなんか注文しよっか。」
((──うん。))
ドアを開けて中に入ると、
そこは窓一つない、
けれど驚くほど清潔で完璧な空間だった。
「ソファとテーブルしかないじゃん......」
((──うん。そうだね。))
「さっきの準備室と同じ感じだね。」
((──うん。))
「こんななにもない部屋とかさ、
精神に異常をきたしそうだけどな~、あっはは」
((──遥は大丈夫だと思うけどね。))
「確かに~、わたしは大丈夫そう、ってコラ!」
((──遥は大丈夫だよ。))
「うん、そだね。」
ソファに座り、
渡された端末を操作する。
「なに食べようかな?
ゼニスはリクエストある?」
((──遥が好きなもの注文してね。))
「うん、わかった。
コーヒーとかつ丼にしようかな......
あと、チョコも頼もっと。」
((──チョコレートは、とても良いものだよ。))
「うん、
バトル前に幸福度アップしておこうと思ってさ。えっへへ」
((──うん。とても良い傾向だね。))
注文を済ませ、
ソファに深く座り直す。
何もない部屋で視界の隅に
ぷかぷか浮かぶゼニスを見つめた。




