第40話:覚えていない確認作業
眠っていたはずの意識が、
いつの間にか、
目を覚ます準備を始めていた。
――そういえば、
昨日はゼニスと
ずいぶんたくさん話した気がする。
幸福度とか、指標とか......
今までよりも深く、
真面目な話をした。
そのことが、
どこか心地よく残っていた。
((──おはようございます、遥。))
「ふわぁ......
おはよ、ゼニス。
今日も天気よさそうだね~。」
((──はい。
過ごしやすい気温と湿度です。))
「いいね~。
今日は、何しようかな......」
カーテンを開け、
朝の光を、そのまま受け止める。
「顔、洗ってくるか~。」
((──はい。))
手早く顔を洗い、
寝ぼけていた意識が、
少しずつ戻ってくる。
くろいわベーカリーの袋から、
総菜パンを取り出し、かじりつく。
「総菜パンも、
買っておいてよかったね。」
((──はい。
朝食になりましたね。))
「レンジでチンしてから、
食べればよかったかも......」
食べかけのパンを、
電子レンジで軽く温める。
「やっぱり、
温かい方がおいしいかも。」
((──はい。))
「朝ごはんも食べたし、
ぶらぶら散歩でもしよっか?」
((──はい。
歩行は、
遥の身体機能の維持に有効です。))
「そだね。」
そう言って、
ワンピースに着替え、
外に出る準備を整えた。
サンダルを履き、
玄関を開けて、外へ出る。
通勤時間帯より少し遅いため、
北口へ向かう人の流れは、
いくらか落ち着いていた。
「とりあえず、
この辺を散歩しよっかな。」
((──はい。))
北口に向かって歩き、
サンクチュアリ27の手前で、
コンビニのある方へ曲がる。
コンビニを通りすぎ、
そのまま少し歩いていると、
小さな公園があることに気づいた。
「へぇ~、こんなとこに公園あるんだね。」
((──住宅街にある、
小規模な公園のようです。))
「そだね~。
少しだけど遊具もあるし、
子供たちが遊ぶにはよさそう。」
((──はい。))
「ベンチもきれいだし、
新しい公園なのかな?」
((──住宅街自体が新しいため、
公園も比較的新しい可能性があります。))
「なんか、公園って、
ゆったりしてていいよね。」
((──はい。))
「......あ、
飲み物、買ってくればよかったな。」
((──公園の入口付近に、
自動販売機がありました。))
「いいね。
自販機で買ってこよう。」
((──はい。))
自動販売機まで歩き、
缶コーヒーを買って、
ベンチに腰を下ろす。
「ふぅ……」
コーヒーを飲んで、
一息つく。
「ひより緑地公園より静かだね。
やっぱり、こんな時間だからだよね。ふふ」
((──はい。
この時間帯は、
人の利用が少ない傾向にあります。))
コーヒーを片手に、
しばらくぼんやりしていると、
公園に、深くキャップを被った男性が入ってきた。
周囲を少し気にするような素振りを見せながら、
ゆっくりと歩いてくる。
それに合わせるように、
パトカーが公園の脇に止まった。
警察官が降り、
男性に声をかける。
男性は、
警察官の言葉に、
小さくうなずいているように見えた。
警察官が、
男性の左手の甲に、
何かの機器を軽く当てる。
男性は、
抵抗する様子もなく、
そのまま後部座席に乗せられた。
ドアが閉まり、
パトカーは、
静かに走り去っていく。
「今の......なんだったんだろ?」
((──職務質問のみで、
同行を求められることは、
あまり一般的ではありません。
ただし、任意同行であれば、
その可能性はあります。))
「ふぅ~ん、そうなんだね。
そういえば、コンビニの万引き?の時もそうだったけど、
パトカーに乗る前に、
手に何か当ててるよね?
あれ......なんなんだろう......」
((──公的な場面では、
そういった確認が行われることもあります。
特別なものではありません。))
「公的な場面で確認......
市役所とかでの確認も、
あんな感じってこと?」
((──はい。
公的な場面では、
本人確認が行われることがあります。))
「......えっ......
じゃあ、わたしも、
あんな感じで確認されてたってことかな?」
((──はい。
一般的な手続きです。
遥も、確認を受けた経験はあるはずです。))
「そうなのかな......
ぜんぜん覚えてないよ。あっはは」
((──事故の影響で、
遥自身に近い記憶が欠落しています。
そのため、
日常的な記憶にも影響が生じており、
確認作業を含めて様々なことを覚えていないのは、
自然なことです。
気にする必要はありません。))
「初めて見たような気がしたから、
気になっただけだしさ......
でも、覚えてないなら仕方ないし、
気にしてないから大丈夫だよ。
心配してくれて、ありがと。」
((──はい。))
「自分のこと以外も、
覚えてないんだね~......
これからも、覚えてないこと、
いろいろ出てきそうだね。ふふ」
((──その可能性はあります。))
「うん、そだね。」
((──過度に意識する必要はありません。))
「うん。
ほんと、気にしてないから大丈夫。」
((──了解しました。
遥の幸福度は、重要な指標です。))
「だね。」
缶コーヒーをひと口飲んで、
ゆっくりと息を吐く。
視線を上げると、
いつもと変わらない空が、
静かに広がっていた。




