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第4話:目に見える姿とは?

「ふわぁ~……って起きるの、久しぶりだよね……ふふっ」


ただ目を開けただけなのに、

なんだか胸の奥がじんわり温かくなった。


起きられること自体が、

こんなにも嬉しいなんて——

少し不思議な気持ち。


カーテン越しの朝の光は柔らかく、

病室の空気は静かで、

今日が検査の日だということを

そっと思い出させてくれる。


((——おはようございます。体調は安定しているようです。))


「……ん、おはよ。

 体調が安定してるとかもわかるの?

 めっちゃ監視されてるみたいなんですけど~

 ......あはは、でも、ありがと」


((——監視ではありません。

  安全のための、必要最小限のモニタリングです。))


「はいはい、そういうことにしておきますよ~」


軽く笑いながら上体を起こすと、

まだ少しだけ腕にだるさが残っていた。


しばらくして届いた朝食は、

ほとんど米の粒が残っていないようなお粥と、具材のない味噌汁。


「あぁ~、さすがに固形物はないんだね......」


手術後かよっ、とツッコミを入れたかったが、

病院の配慮に感謝した。


それよりも、

お粥の器をそっと手に持って、

自分でスプーンを口まで運べること。


——その当たり前みたいな動作が、

胸の奥にじん……と来た。


((——食事動作も問題なさそうです。

  手の震えもありません。))


「……ほんと細かいところまで見てるよね……

 地味に恥ずかしいんだけど……でも、ありがと」


温かいものが胃に落ちていく感覚に、

ほっと息が漏れた。


しばらくぼーっとしていると、

ふと、頭の中で響くゼニスの声が

思っていた以上に近いことに気づく。


「……ねぇ」


((——はい。何でしょう。))


「脳内で直接会話するのってさ……

 地味に疲れるんだけど。

 いや、別に嫌じゃないんだけどさ……

 常に内側に声がするって、慣れないというか……」


自分で言いながら、

なんとなく頬が熱くなった。


((——疲労軽減のための補助方法があります。))


「補助方法?」


((——視覚投影による外部具現化モードが使用可能です。

  視神経に干渉し、

  実際に目の前に存在するように見えるで

  わたしを表示できます。))


「え……そんなの、できるの?」


((——はい。必要であれば。))


「いや、必要っちゃ必要なんだけど……

 ていうか姿ってあるの?

 その……なんか……人型とか?」


数秒の沈黙。


((——人型は非推奨です。

  情報量が多いため、脳負荷が高まります。))


「……じゃあ、どんな感じなの?」


((——立方体での表示が最適です。))


「立方体……って……

 それってわたしがよく触ってた、

 ルービックキューブみたいなやつ……?」


((——形状としては類似しますが、単一色です。))


「単色ルービックキューブって揃えようないじゃん。

 つまんないね、それ」


((——パズル機能は不要です。))


「いや知ってるよ!?

 遊び心とか……あるじゃん……」


((——必要であれば、検討します。))


「絶対わかってない返しだよそれ……」


思わず苦笑したそのタイミングで、

病室の光が少しだけ揺れたように見えた。


((——では、表示しますか?))


「……え、ちょっと待って。

 表示したとしても、声は脳内で聞こえるんだよね?」


((——はい。声の伝達経路は変わりません。

  ただし視覚情報により、脳負荷は一定量軽減されます。))


「なるほどね……

 とりあえず、検査終わってからにしない?

 なんか今だと落ち着かないし」


((——承知しました。))


その返事を最後に、

脳内の声はふっと静かになった。


そこへ、タイミングを見計らったように

病室の扉がノックされる。


「七瀬さん、これから検査にいきましょう。」


白衣の看護師がにこやかに顔をのぞかせ、

そのまま車椅子の準備を整えてくれる。


そこから先は、

流れるように時間が過ぎていった。


血液検査、CT、神経反射。

どれも大げさなものじゃないけれど、

何度か立ったり座ったりするだけで

自分の体が少しずつ自分に戻っていくのを感じた。


検査の後は、落ち着いた優しい声の医師から

明日の退院についての説明があり、

看護師から必要な手続きの案内を受けた。


気づけば、もう外は夕方だった。


病室に戻ると、

ほんのり橙色の光がカーテン越しに差し込んでいる。


そして——


病院生活最後の夜になった。


照明を落とした病室は静かで、

昼間の慌ただしさが嘘のようだ。


ひとつ息を吐くと、

胸の中にまだ少し残っている緊張が

ゆらりと揺れた。


明日で、ここを出る。


その事実が、嬉しいような、

少しだけ怖いような……

そんな不思議な気持ちを連れてくる。


ベッドに腰を下ろしながら、

ふと思い出した。


「……ねぇ。

 さっきの表示って……今、できる?」


落ち着いた声で問いかけたつもりなのに、

胸の奥がふわりと跳ねた。


((——はい。可能です。))


「じゃあ……お願い。

 ちょっと、見てみたい」


返事は短く、静かだった。


病室の空気が——

ほんのわずかに震えた気がした。


照明を落とした薄暗い部屋の中、

視界の隅がゆっくりと光を帯びる。


最初は、

弱い残像のような淡い光。


それが少しずつ形を持ち始め、

輪郭が固まっていく。


やがて——

手のひらほどの立方体が、ふわりと浮かび上がった。


単色の、

どこまでも均一な色をまとったキューブ。


表面はかすかに光を反射し、

呼吸しているみたいに微かに揺れている。


「……ほんとに、立方体なんだ……

 なんだろ、ルービックキューブの……親戚?」


((——形状の安定性が高く、

  視神経への負荷が最も低い形式です。))


「単色なのは……やっぱり、つまんないけどね」


((——パズル機能は不要です。))


「その返し……ブレないんだね……あはは」


思わず笑ってしまう。

こんな姿なのに、

なぜかそこに確かに存在を感じた。


キューブは、

視線に反応するように

ゆっくりと角度を変えた。


なんだろう……

初めてなのに、不思議と怖くない。


むしろ——

ずっと前から、この部屋にいたみたいな安心感。


((——表示を続けますか。))


「うん……

 今日は……そのまま、いて」


キューブは、静かに光を揺らした。


まるで((了解))と言ったように。

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