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第38話:深まる心の距離

「退院してから、

 くろいわベーカリーに来るのも3回目だね。」


((──はい。))


「だって、メロンパン、おいしいもんね。」


((──はい。非常に良いものです。))


ゼニスと会話をしながら、

横断歩道を渡り、

大通りの反対側へ向かった。


「今日は、

 ゼニスのチョココロネも買っていこ。」


((──はい。

  チョコレートは幸福度を高めてくれます。))


「ゼニス、うんちく絶好調だな。あはは」


((──はい。遥の幸福度を高めています。))


「すっごい言うようになったじゃん。」


((──はい。))


そんなやり取りをしながら、

くろいわベーカリーの前まで来た。


店内に入り、

お気に入りのメロンパンと、

ゼニスのチョココロネを、

トレーに乗せる。


((ほかに、なにか気になるものはある?))


((──はい。唐揚げの乗った総菜パンがあります。))


((ほんと、唐揚げ好きだね。ふふ))


トレーに追加で、

唐揚げパンやコロッケパンといった

総菜パンも乗せた。


((これで、大丈夫かな?))


((──はい。))


レジへ向かい、

トレーを店員さんに手渡す。


「お願いします。」


「いらっしゃいませ。

 お預かりしますね。」


店員さんは機械的に、

パンを1つずつビニール袋に入れていく。


もう見慣れた光景で、

以前のような違和感は感じない。


ほどなくして、

袋詰めも終わり、

会計を済ませて、

くろいわベーカリーを後にした。


「おやつ、ゲットだね。」


((──はい。))


「ホテルに戻るわけじゃないから、

 反対側に渡らなくてもいいね。」


((──はい。))


大通りの交差点を渡り、

そのまま真っすぐ、

ヒヨリナを目指した。


「ヒヨリナでも寄ってく?」


((──はい。遥にお任せします。))


「なんか、必要なものあるっけ?」


((──早急に必要なものは、ないかと思います。))


「わたしも、そう思う......

 じゃあ、聞くなよって思った? ふふ」


((──はい。

  いいえ、そのようには思っていません。))


「紛らわしいな、最初の『はい』が......あはは」


((──今後、不要な場合は『はい』を省きます。))


「うんうん、それがいいね~。」


話しているうちに、

いつの間にかヒヨリナの入口に着いていた。


「ヒヨリナは、いつ来ても人がたくさんいるね。」


((──はい。

  駅直結の商業施設のため、人流は多いです。))


「相変わらず、

 わたしの独り言には、

 無関心みたいだけどね......ふふふ」


((──そこまで、

  大きな声を出していないため、

  周囲が気づいていないと推測できます。))


「まぁ......そうなんだろうね。

 ぶつぶつ話してて、変なやつって思われないから

 気楽でいいけどね。」


((──はい。))


世界の音がどこか、

こもっているように聞こえたり、

人の動きが、

一定のリズムで流れているように見えたり......


そんな違和感は、

退院してからずっとあるけれど、

今となっては、

何ひとつ気にならなくなっていた。


「ほんと、慣れってすごいよね。」


((──はい。

  人間は環境に適応し、

  やがてそれを当たり前として受け入れていく生き物です。

  その適応力の高さが、

  人間が繁栄してきた要因の一つだと言えるでしょう。))


「だよね~。」


周囲を気にすることもなく、

独り言のように話しながら、

ヒヨリナを抜け、

気づけば北口まで戻ってきていた。


「北口の広場にも、ベンチあるじゃん。

 ちょっと人間観察しながら、休憩しようかな。」


((──はい。))


広場に設置されているベンチに腰を下ろす。


「ゼニス的に言えば、人流かな。

 北口はやっぱり少ないよね。」


((──はい。

  通勤や通学の時間帯を外れると、

  比較的人流は落ち着いています。))


「南口が、表って感じだしね。」


((──はい。))


「ぼーっとして、

 人の動きを見てるとさ、

 ほんと一定のリズムで

 動いてるようにしか見えないよね。」


((──はい。

  時間や社会の枠組みに沿って生活しているのは、

  人間の特徴のひとつです。

  そのため、

  一定のリズムで動いているように見えるのだと推測できます。))


「ふぅ~ん、

 そうかもしれないね......

 きっと、わたしも仕事してたとしたら、

 一定のリズムで動いていたのかもね......ふふふ」


((──はい。その可能性はあります。))


「でもな~......

 わたしに限ってはそんなこともないような

 気がするんだよね。あはは」


((──遥の傾向から判断すると、

  社会の一歯車として均質に機能していた可能性は、

  低かったかもしれません。))


「う~ん、

 なんか失礼なこと言われてるような気がするぞ~。」


((──いいえ。遥の個性が強く、

  画一的な枠に収まりにくいという意味でした。))


「そっか。それ、ほめられてるのかな?」


((──はい。))


「話変わるけど......

 ゼニスって、わたしのことよく見てるよね。」


((──はい。))


「ゼニスって話し方?......まぁ、話し方でいいのかな。

 最初に比べて変わったよね?」


((──はい。遥に合わせて調整はしています。))


「へぇ~、そうなんだ。

 このまま話し続けてたらさ、

 友達みたいな感じになったりするのかな?」


((──はい。

  遥の希望があれば、そのように調整します。))


「うん。なんか丁寧すぎる感じより、

 そっちのほうがいいかもね。」


((──わかりました。

  遥の希望に沿って、調整していきます。))



「ゼニスと話してばっかで、

 人間観察、ほとんどしてないね。ふふふ」


((──はい。))


「そろそろ帰ろっか。

 わたしとゼニスの家に。」


((──はい。))


ベンチから腰を上げ、

アパートへ向かって

歩き始めた。


手には、

くろいわベーカリーの袋。


その中には、

わたしとゼニスの好物、

メロンパンが入っている。

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