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第33話:ゼニスネットスーパー

ベッドの上に広げた布団に、そっと腰を下ろす。


「ふぅ......」


思っていたより、ずっと落ち着く。

初めての部屋なのに、不思議と居場所ができたみたいだった。


((──環境への適応が順調です。))


「うん、そんな感じするかも!」


布団の端を少し整えて、軽く伸びをした。


「布団は買ったからいいけど......

 シャンプーとか食器とか、色々揃えないとだよね......」


((──はい。最低限の生活用品は、これから揃える必要があります。))


「でも......そんなに荷物持てないよね〜......」


((──はい。))


「ゼニスが荷物持てるならね〜、あっはは」


((──宅配サービスを利用することで、物理的な運搬が不要になります。))


「おっ!それはいいかも!」


ベッドにそのままごろんと倒れ、

天井を見上げる。


白くて綺麗な天井。


「......シャンプー......」


ひとつ思い浮かべると、

またひとつ、別のものが浮かんでくる。


「歯ブラシ......コップ......」


((──洗剤、トイレットペーパー、タオルも該当します。))


「うわ......いっぱいあるね......」


天井を見つめたまま、

頭の中でなんとなく並べていく。


食器。

スポンジ。

ゴミ袋。


「一気に揃えなくてもいいんだろうけど、

 ないと困るものばっかりだね......」


((──はい。ただし、すべてを今日中に揃える必要はありません。))


「だよね......」


考えているようで、

実はもう半分、休んでいるみたいな時間。


「......新生活って、こういうのを考える時間も含まれてるんだね」


((──はい。初日は、思考の整理に充てるのも妥当です。))


目をつむって、

小さく息を吐いた。


「うわぁ......なんか、めんどくなってきた〜、あっはは」


((──はい。遥らしい思考の結果です。))


「あっはは!失礼だな〜、ゼニスは〜!」


((──評価ではありません。事実の確認です。))


「まぁ......間違ってないけどさ......」


新しい部屋でも、

いつもと変わらず他愛もないやり取り。


ただ、今までよりも少しだけ、

ほっこりした気持ちになる。


「ゼニスは、わたしのスマホみたいなもんじゃん?」


((──はい。))


「ってことは、ゼニスで宅配サービスできるってことだよね?」


((──はい。可能です。))


「どうやって選んだりする感じ?

 脳内に表示されるとか?

 さすがに、目の前に画面は出ないでしょ?」


((──視覚的な画面表示は不可能です。

  視覚情報を共有することで、

  遥の認知負荷が増大する可能性があります。))


「できるってことでもあるんだよね?」


((──はい。負担を考慮しなければ、ですが。推奨はしません。))


「なんか、そう言われると気になる〜、あはは」


((──現状のキューブ形態は、

  色彩情報を持たず、

  遥への負担を最小限に抑えています。))


「キューブでも、気づかないだけで少しは負担になってるんだね......」


((──はい。))


「目の前に画面とか出たら、高熱が出たり痛かったりとか......あるのかな?」


((──はい。可能性は高いです。

  最悪の場合、意識不明や死に至る可能性も否定できません。))


「そっか......それはイヤだな......

 ちなみに、キューブ以外にも形は変えられるんだよね?」


((──はい。遥の負担にならない範囲であれば可能です。))


「おぉ〜!なんかすごいね!」


((──宅配サービスについては、どうしますか?))


「あっ......すっかり忘れてたよ〜」


さっきまで考えていたはずなのに、

話しているうちに、頭の中から抜け落ちていた。


「じゃ〜、宅配サービスで頼もうかな。」


((──はい。遥が思い浮かべたものを、宅配サービスで注文します。))


「なるほど! 脳内会話と同じってことだね!」


((──はい。))


「OK! じゃ〜、思い浮かべようかな!」


((──はい。))


「えっと......シャンプーと、歯ブラシと......」


そう口にしながら、

頭の中で必要なものを思い浮かべていく。


((──確認します。))


言葉にしたものが、

そのまま伝わっていくような感覚。


何かを操作しているわけでも、

画面を見ているわけでもない。


ただ『これが必要』と思ったものが、

ひとつずつ整えられていく。


((──以上でよろしいですか?))


「うん。とりあえずOKかな。」


((──注文完了。到着予定は、約2時間後です。))


「けっこう早いんだね!すごいな、ゼニスネットスーパー! あっはは」


((──厳密に言うと、

  注文を代行しているだけで、

  ネットスーパーではありません。))


「わかってるよ〜。細かいことはいいんだよ〜、ふふふ」


((──はい。))


それから2時間ほどして、インターホンの音が鳴った。


「『オゾンネットスーパー』です。」


モニターに映る配達員さんを確認して、

オートロックを解除する。


「『オゾンネットスーパー』で注文したんだね~?」


((──はい。『オゾンネットスーパー』で購入しました。))


ほどなくして、

今度は玄関のチャイムが鳴った。


ドアを開けると、

段ボールを抱えた配達員さんが立っている。


受け取りの確認を済ませ、

箱を部屋の中へ運んだ。


「ほんとに届いたね......」


((──予定通りです。))


「ゼニスネットスーパー、仕事早いな〜」


((──繰り返しますが、ネットスーパーではありません。))


「はいはい〜、わかってるよ~。」


箱を開けて、中身をひとつずつ確認する。


シャンプーや歯ブラシ、

最低限のものばかりだけど、

それだけで少し安心する。


洗面所に置くものを分けて、

残りはキッチンの端にまとめた。


「......これで、とりあえず生活はできそうだね」


((──はい。最低限の環境は整いました。))


新しい部屋はまだ静かで、

どこか余白が多い。


でも、その静けさが、

今はちょうどよかった。

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