第30話:新しい場所を求めて②
サンクチュアリ27から道路沿いに少し歩くと、
真新しい建物が見えた。
佐藤さんが歩みをゆるめ、
正面の建物を示す。
「こちらが、《ヒヨリ北レジデンス》になります。」
白を基調とした外壁に、
淡いグレーのアクセントが入った三階建ての新築。
賃貸アパートにしては、どこか上品な雰囲気があった。
「おぉ〜......これすごいけど......高いんじゃない?」
思わず心の声が漏れ出たけど、
佐藤さんの反応はなかった。
((......佐藤さんには、聞こえてなかったのかな......))
((──はい。その可能性はあります。))
((まぁ......いつものことだしいっか......))
((──はい。))
「それでは、お部屋へご案内いたしますね。」
「はい、お願いします。」
建物へ入っていく佐藤さんの後を追う。
オートロックの電子音が鳴り、
開いたエントランスを通って中へ入る。
エントランスを抜けると、
まだ新しい香りが残る共用廊下が続いていた。
佐藤さんが先を歩き、
左手のドアの前で立ち止まる。
「こちらが、101号室になります。」
鍵を取り出し、
静かに差し込んで回す。
カチリ、と小さくロックが外れた音が響いた。
「では、どうぞご覧ください。」
ドアがゆっくり押し開かれていく。
玄関でスリッパに履き替え、
一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。
正面にはまっすぐ伸びる廊下。
左手にはドアがひとつ、
その先はゆるやかに明るい空間へと続いている。
((1LDKなんだね......その割には広いよね......))
((──はい。リビングは約12畳。
キッチンスペースも平均より広めです。
間取り全体のゆとりが確保されています。))
((めっちゃいいけど......これお高いんでしょう?......ふふ))
((──家賃は相場と大差なく......))
そこへ、佐藤さんの声が重なった。
「リビングは12畳あり、キッチンスペースも広くゆとりがあります。
バスも1坪タイプとなっており、足を伸ばして入浴することが可能です。」
タブレットを軽く確認しながら説明を添えた。
「こちらの物件は家具家電付きでして、
ベッド、ソファ、ローテーブル、テレビ台、
冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ、
それから照明やカーテンも備え付けとなっています。
入居後すぐ生活できるような仕様です。」
「ホントに素敵な物件ですね!」
思わず声が弾んだ。
けれど——
「では、次の物件に向かいましょうか。」
佐藤さんは、
こちらの言葉が聞こえていなかったかのように、
淡々とタブレットを閉じ、そのまま次へ進む姿勢を取った。
((......えっ、聞こえてなかったのかな?))
((──可能性は高いです。))
((いや、今の距離で聞こえないことある?))
((──佐藤は、効率を優先して行動しているようです。
本日は3件の案内があるため、
次の作業へ早めに移行したと推測されます。))
((......そうかもね~......ゼニス、佐藤『さん』ね......ふふ))
1件目を後にして、
そのまま次の2件も案内してもらった。
どちらも新築で、
条件もほとんど同じだったけれど——
((......ヒヨリ北レジデンスだっけ?最初の物件ね。
あそこがホントによかった気がするんだよね......))
((──はい。設備や間取りに大きな差異はありません。
ただ、遙の反応は、
ヒヨリ北レジデンスのほうに
より好意的な傾向を示していました。))
((うんうん、確かにそうだと思う。))
((──ヒヨリ北レジデンスに決めますか?))
((......だね!決めちゃおうか!))
3件目を退出し、建物を出ると、
佐藤さんが軽くタブレットを確認しながら口を開いた。
「では、一度サンクチュアリ27へ戻りましょう。
お手続きのご案内をいたします。」
((おぉ......もう決める流れになってる......ふふ))
((──はい。そういう段階です。))
((だよね〜、じゃあ戻ろっか。))
「はい、お願いします。」
歩きながら、
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
新しい生活が始まるかもしれない——
そんな予感が、
静かに、でも確かに広がっていく。
サンクチュアリ27に戻ると、
受付の女性が軽く会釈し迎えてくれた。
「お戻りですね。どうぞこちらへ。」
案内された席に腰を下ろすと、
佐藤さんがタブレットと書類をまとめて持ってきた。
「では、先ほどご覧いただいた物件のご説明をさせていただきます。」
((手際がいいな佐藤さん......ふふ))
((──はい。))
「よろしくお願いします。」
佐藤さんはタブレットを操作しながら話を続けた。
「3件とも新築で条件は似ておりますが、
いかがなさいますか?」
「ヒヨリ北レジデンスがいいと思ってます。」
「ヒヨリ北レジデンスですね。承知いたしました。
では、手続きを始めてもよろしいでしょうか?」
((おぉ......考える時間とかないんだね......ふふふ))
((──はい。佐藤は効率重視の傾向があり、
手続きを早めに進める判断をしたと推測されます。))
((佐藤『さん』ね......))
「はい、お願いします。」
「では、こちらの書類に必要事項をご記入ください。」
書類が静かに差し出される。
目を通した瞬間、手が止まった。
((ねぇ......名前と希望入居日しか記載するとこないんだけど......いいのかな?))
((──はい。サンクチュアリ27では、この形式が採用されています。
必要最低限の情報のみで手続きが完了します。))
((最低限すぎない!?))
佐藤さんは淡々と説明を添える。
「お名前と入居希望日だけご記入いただければ大丈夫です。」
((......普通って、住所とか勤務先とか必要だよね......!?))
((──はい。一般的にはそのような情報が必要ですが、
サンクチュアリ27では必要ないということです。))
((まぁ......勤務先とか住所もわかんないから、ありがたいけどさ~......))
とりあえず......名前と、1週間後の日付で入居希望日を記載し、
佐藤さんへと渡す。
「確認いたしました。問題ございません。では手続きを進めますね。」
((早っ!?))
((──佐藤は処理速度が安定しています。))
((佐藤『さん』ね......))
佐藤さんはタブレットを再び操作し、
数秒だけ画面を確認するとスッと顔を上げた。
「では、明日からご入居いただけます。」
((えっ......そんなすぐ!?))
((──はい。サンクチュアリ27では、即日対応が標準仕様です。))
((サンクチュアリ27......すごいね......))
「わかりました、ありがとうございます。」
佐藤さんは軽く頷き、静かに書類を整えた。
「それでは、明日の午前中にこちらへお越しください。
鍵と、入居に関する簡単なご説明をいたします。」
((ホント......怖いくらいとんとん拍子で決まったね......ふふ))
((──サンクチュアリ27のシステムが優れている証拠です。))
((すごい、不動産屋さんだね、サンクチュアリ27......))
((──はい。))
「明日の午前中ですね、よろしくお願いします。」
そう言って席を立ち、
サンクチュアリ27を後にした。




