第27話:甘い余韻と静かな夜
自動ドアが静かに開き、
外の空気がふわりと肌に触れた。
((久しぶりのヒヨリナ......すっごく楽しかったな!))
((──ショッピングのサポートができ、非常によい時間でした。))
両手にはワンピースとサンダルの入ったショップバッグとケーキの箱。
足元のスニーカーが軽く地面を踏むたび、
増えた荷物の重さよりも、それ以上に充実した時間を感じられた。
((さすがに両手もふさがってるし、ホテル戻ろっかゼニス?))
((──はい。荷物を持つサポートはできないので、
ホテルに戻るのは賢明な判断と言えます。))
((ゼニスが荷物持ってくれるなら、
もう少しショッピングしてもよかったよね......ふふ))
((──前向きに善処します。))
((善処って......ムリでしょ〜。))
((──はい。不可能です。))
((面白いなゼニスは〜......ふふふ))
((──幸福度の向上は重要です。))
くだらないやり取りを脳内で続けながら歩き、
いつもの大通りを進んで、しもむらの前を通り過ぎる。
気づけばホテルの前まで戻ってきていた。
((ついたね〜我が家......いやホテルだけど......ふふっ))
((──厳密にはホテルですが、
我が家のように安心できる場所と感じるのは、
環境への適応度が高まっている証拠であり、妥当な感覚です。))
((そだね〜、ゼニスの言う通りだね。))
いつものように軽く会釈しながらフロント横を通り過ぎ、
エレベーターに乗り込む。
静かな上昇音と共に数字がひとつずつ切り替わっていく。
ドアが開き、廊下の柔らかい照明が目に入る。
いつもの見慣れた廊下。
決して我が家ではないけれど、それでも帰ってきたと思える場所。
安心できる空間であることは、間違いなかった。
「たっだいま〜!」
((──お帰りなさい、遥。))
「ゼニスもお帰り〜。」
ケーキの箱をテーブルに置き、
ショップバッグを手にしたままスニーカーを脱ぎ捨て、
そのままベッドへダイブした。
「ホント楽しかった! でも、ケーキ大丈夫かな?」
((──保冷材も入っており、
時間経過を考慮しても問題ないと推測できます。))
「ゼニスが大丈夫って言うなら心配ないね。」
((──念のため、確認しておきますか?))
「食べるときでいいんじゃない?......うふふ」
ゆっくり上体を起こし、
指先で髪をとかしながら、小さくひとつため息をつく。
「ふぅ......シャワー浴びてこないとだね〜。」
((──衛生管理は重要事項です。))
「うんうん、そりゃそうだ......あはは」
立ち上がり、タオルを手に取ってバスルームへ向かう。
──シャワーを浴び終え、湯気の残るバスルームから戻ってくる。
髪を軽く拭きながら部屋へ入ると、
この場所の空気が、自然と心を落ち着かせてくれるのがわかった。
「よしっ! シャワー浴びてさっぱりしたし、
ゼニスが構造が美しいと絶賛したケーキ食べよっか!」
テーブルの上に置いた箱を見つめるだけで、
ふたを開ける前から、甘い時間が始まる気がした。
((──絶賛したという表現は事実とは異なります。
しかし、構造が美しいのは事実です。))
「ま〜どっちでもいいよ、あっはは〜」
箱を開け、
そっとケーキを取り出してテーブルの中央へ置く。
いちごがたっぷり乗ったタルトと、
しっとり濃厚そうなガトーショコラ。
どちらも、照明を受けてほんのり輝いて見えた。
「ゼニスはガトーショコラのどの辺が、
構造が美しいと思ったの?」
((──表面の焼成パターンが均一で、
粉砂糖の分布が高い精度で整っていました。
また、全体の形状にゆがみがなく、
構造として非常に安定している点も評価できます。))
「おぉ~......びっくりするくらい評価がしっかりしてる......あはは」
箱に添えられていた使い捨てスプーンを取り出し、
ガトーショコラにそっと差し入れる。
しっとりと抵抗なく沈んでいく感触が、指に伝わった。
「なんか、すっごい濃厚そうだね。」
ひと口すくって口に運ぶ。
「ふわぁ〜、これすごいね! めっちゃ濃厚! どうゼニス?」
((──カカオ含有率の高さ、
焼成時の水分保持が均一で、
内部の気泡分布が非常に細かく、
密度の高い構造が形成されています。
そのため、内部構造が安定しており、
濃厚という感覚につながっていると推測できます。))
「おぉ〜......なんかよくわかんないけど、美味しいってことね?」
((──はい。非常に良いものです。))
「ゼニスって説明したがりだよね? ふふ」
((──否定できません。))
ガトーショコラの余韻がまだ口に残っているのに、
視線はもう、隣に並んだイチゴたっぷりタルトに吸い寄せられていた。
「イチゴたっぷりタルトも食べてみよ〜!」
そっとスプーンをタルトへ向ける。
艶のある赤い苺が、美味しそうに見えた。
苺をひとつ、ぱくりと口に運ぶ。
「少し酸味あるけど、めっちゃ甘い! 」
((──糖度と酸度のバランスが適切で、
鮮度も高く、果汁の含有量も申し分ありません。))
「ゼニスの評価、なんかプロのバイヤーみたいだよね......ふふ」
((──バイヤーに転職します。))
「転職って......それ、わたしがバイヤーになるってことじゃん!」
((──はい。遥とバイヤーになります。))
「いやいや、なんないわ!」
((──冗談です。))
「でた〜、ゼニスジョーク!」
くすくす笑いながら、
タルトの苺をもう一口すくって口へ運ぶ。
甘さとほんのりした酸味が混ざって、
ガトーショコラとはまた違う幸せが広がった。
そのままスプーンを進めていくと、
気づけばタルトもガトーショコラも、
綺麗に食べ終えてしまっていた。
「はぁ〜......美味しかった〜!」
((──非常に良いものでした。))
箱や使い終わったスプーンをまとめてゴミ箱へ片づけ、
ベッドに腰を下ろす。
ケーキの甘さと、買い物の楽しさがまだ胸の奥にじんわり残っていて、
その余韻のまま、静かな部屋に溶け込んでいった。




