第20話:規則的すぎる街の気配
くろいわベーカリーの袋を手に、
大通りへと足を向けた。
信号が、
青から黄へ、そして赤へと、
決められた順番だけを静かになぞっていく。
((ゼニス、メロンパン楽しみだね。))
((──はい。甘味の選択は良い傾向です。))
((4個も買っちゃったしね〜......ふふっ。))
((──摂取カロリーについては......))
((はいはい、わかってるよ~......ふふ))
信号が赤に変わる。
足を止めたそのすぐ隣に、
ふっと影がひとつ並んだ。
見た目は、どこにでもいるような
スーツ姿のサラリーマン。
横顔は動かず、
目線はずっと前だけに固定されていて、
まばたきの気配すら感じられない。
その人の表情だけはまるで
時間から切り離されているみたいに静かだった。
((ゼニス......隣にいる人......まばたきしてなくない?))
((──視線の固定は、集中状態で発生することがあります。))
((集中って......あんなに動かないもの?))
((──個人差があります。))
ふと、その人の肩がわずかに上下したように見えた。
呼吸なのか、それとも違う動きなのか、
判断できないほど静かな揺れ。
信号が青へ変わる。
隣の人は、
やっぱり前だけを見たまま、
一定の速度で歩き出した。
((ゼニス......さっきの見た?))
((──視線の固定については把握しています。))
「めっちゃ、怖いんですけど~......あはは」
思わず声にだして笑ってしまう。
((──遥。声量にご注意を。))
((ごめんごめん......でも、まばたきしないとか普通に怖いでしょ......))
((──遥。まばたきの頻度には個人差があります。
集中時に減少する例も報告されています。))
((そうなのか~......でも、怖いよね......ふふふ))
歩き出した隣の人は、
一定の速度のまま前だけを見て、
足音すら不自然に均一だった。
((そういえば、この前しもむら行った時も、
そんな感じの人いたような気がするな......
久しぶりのショッピングで、わくわくしてて
気にしてなかったけど......))
((──遥。そういう人もいるというだけのことです。))
((うん、今までそんなの気にしたことなかったな......))
((──遥を取り巻く状況が変化しているので、
些細な刺激に過敏になる可能性はあります。))
((だよね~......気にしても仕方ないね......ふふ))
信号を渡り切り、
大通りの反対側、ひより医科大学付属病院の前へと足が戻った。
少し前を歩いていた
まばたきをしないサラリーマンは、
こちらを振り返ることもなく、
ただ一直線に歩道を進んでいく。
速度も、姿勢も、
何ひとつ揺れることなく——
作られた映像のように歩いていった。
((めっちゃ商談のこととか......色々考えてたんだよね、あの人。))
((──集中状態だったと推測できます。))
((だよね~......仕事って大変だもんね!))
((──はい。そうした負荷が行動に影響する場合もあります。))
横断歩道を渡り切って、
そのままホテルのあるほうへ歩き出す。
大通りは車の量が多いはずなのに、
『ブーン......』『ブウン......』
『プップー......』といった街の音が、
なぜか同じ間隔で繰り返されているように聞こえた。
リズムを刻むみたいに、
一定のテンポで街が動いている感じ。
((車の走ってる音とかも、
なんか一定のリズムに聞こえるよね......))
((──環境音そのものが変化しているわけではありません。
遥の注意が細部に向いているため、
規則的に感じられている可能性が高いです。))
((そっか......そういうもんかもね......))
((──はい。状況の変化により、
感覚が鋭くなるのは自然な反応です。))
ゼニスの言葉に軽くうなずきながら、
ホテルのほうへ歩みを進める。
規則的に聞こえている街の音は、
そのまま一定のリズムを刻み続けているように感じられた。
歩きながらふと周囲を見渡すと、
駅前の繁華街なのに、人とすれ違うことが、
少ないような気がする......
((時間帯のせいかな?))
((──はい。人通りは時間帯で大きく変動します。
珍しい状況ではありません。))
ゼニスの返答に、
わたしは思わず小さく息を吐いた。
((そっか......だよね......気にしすぎかも......))
((──緊張状態が続いているため、
些細なことに注意が向きやすくなっています。))
((......うん......そだね......))
((──遥。好物のメロンパンを摂取すれば
幸福度は大幅に回復する見込みです。))
((ゼニス......元気だしてって言ってくれてるんだよね?))
((──はい。遥の幸福度は、
優先して把握すべき情報です。))
((ゼニスらしいな......ふふふ))
ホテルの入口に着くと、
自動ドアが静かに開いた。
ロビーは明るいのに、
人の気配はほとんどなくて、
受付のスタッフも無言でパソコンに向かっている。
軽く会釈しながらフロント横を通り過ぎ、
エレベーターに乗り込む。
((今日は......なんか色々あった気がするな......))
((──客観的には、移動と買い物のみです。))
((そうなんだけどさ......ふふっ))
エレベーターが静かに上昇し、
いつもと同じ階に到着する。
廊下を歩いてカードキーをかざすと、
電子錠が短く鳴いてドアが開いた。
部屋に入ると、
静かな空気がゆっくりと迎えてくれた。




