表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/49

第18話:大きくなる小さな違和感

「ん~......知ってるはずの場所なのに......なんだろう?」


気になっていたことが、ふと口からこぼれた。


((──遥。何か気になりますか?))


「知ってる公園、知ってる街なのに......

 なんで、違和感を感じてしまうのかなって?」


((──認知のゆらぎは、環境要因でも起こり得ます。))


「そっか......そういうこともあるよね......

 気にしすぎかもね......ふふっ。」


((──判断は慎重に行います。

  ですが、現時点で異常は特定されていません。))


「だよね~!うん、ホント天気いいね~!」


明らかに話題を切り替えるみたいに、

声のトーンをぱっと明るくしてみせた。


((──はい。天候は安定しています。))


「ね?気持ちいいよね~。

 こういう日は散歩が一番だよ、うんうん!」


((──良い傾向です。))


「でしょ~?ふふっ」


表面上は明るく言い換えたけれど、

胸の奥に残った小さなざわつきは、

まだ完全には消えないままだった——。


「ゼニス、ちょっと公園の中、歩いてみよっか?」


((──はい。散策再開を確認。))


数歩、ゆっくり歩きだした瞬間だった。


「あれっ......?」


無意識に足が止まる。

止まった理由は、すぐに視界が教えてくれた。


公園の中央広場の手前——

赤い自販機が置いてあったはずの場所。


毎回使っていたわけじゃない。

でも、のどが渇いた時や、休憩したい時に、

何度か利用した記憶がちゃんとある。


その場所には、

自販機の影どころか、

最初から何もなかったみたいに芝生が広がっていた。


「......え? ここ、自販機......あったよね......?」


自分の声が、自分の耳に薄く響く。


((──遥。該当位置に、自販機の設置記録は存在しません。))


「まさか、入院している間に撤去されたとか......?」


自分に言い聞かせるように言葉を継ぐ。

でも、その常識的な言い訳が、

胸のざわつきを完全には消せなかった。


「そういえば......こんな天気よくて散歩日和なのに......

 誰もいないのも変じゃない、ゼニス?」


((──現在、周囲に人の観測データはありません。))


「え、ゼロ......? そんなことある......?」


((──はい。異常はありません。))


「う......ん、ゼニスが、そういうなら異常ではないんだね......」


((──はい。))


「こんな散歩日和に公園貸し切りとかラッキーじゃん!」


((──はい。確率的には相当低いと推測されます。))


「ホントのラッキーなんだ......あはは」


笑ってみせたものの、

胸の奥では、

本当にラッキーなのかな......?という小さな影が、

まだ消えずに残っていた。


「じゃ〜せっかくだから、無人の公園を堪能しようかゼニス?」


((──はい。公園内の散策ルートを再設定します。))


「ふふ、散策ルートって......貸し切りなんだから好きに歩けばいいのに〜。」


((──環境情報の整理は、遥の行動最適化に有効です。))


「行動最適化って......相変わらず真面目だなゼニスは......」


ゼニスの静かな光が、

ふわりと明度を上げた。


((──では、このまま遊歩道沿いに進みましょう。

  遥の選択に合わせて、サポートを行います。))


「うん......」


ゆっくり踏み出した足が、

舗装された遊歩道の上で軽く音を立てる。

その音が、公園全体に薄く溶けていくように感じられた。


数歩歩いたところで、

ふと違和感がまた胸をかすめる。


「......あれ?」


思わず足が止まる。

視線の先にまっすぐ伸びる遊歩道。


「ここってさ......

 もっと、こう......緩やかに曲がってた気がするんだけど......」


((──遊歩道の形状に変更履歴はありません。))


「遊歩道なんて変えないよね......きっと勘違いなんだね......」


声に出したものの、

胸の奥で揺れた記憶の輪郭は

まだ落ち着きを取り戻さない。


ゆっくり歩き始めた遊歩道は、

どこまでもまっすぐ伸びているように見えた。

足音だけが一定のリズムで続いていく。


((──歩行速度、安定しています。))


「うん......ありがと。大丈夫だよ。」


無理に気持ちを整えるように返事をしながら、

そのまま道沿いを進んでいく。


ほんの数分歩いただけのはずなのに、

胸の奥のざわつきは消えないどころか、

ゆっくりと沈んでいくように感じられた。


やがて——

視界の端に、さっき座っていたベンチが見えた。


「あれ......もう戻ってきちゃった?」


((──はい。遊歩道は円形に配置されています。))


「まっすぐにしか歩いてなかったような気が......

 考えごとしてたから、気がつかなかったのかな?」


言い聞かせるように口にしながら、

ゆっくりと視線をベンチに向ける。


((──遥。先ほどから、思考処理が通常より複雑化しています。

  その影響で周囲認識に軽微な揺らぎが生じた可能性があります。))


「......そんなに考えこんでた?」


((──はい。入院後の負荷、環境変化、

  そして現在の違和感の蓄積が要因と推定されます。))


「違和感の......蓄積......か......ふふっ」


思わずつぶやいて、

そして小さく笑ってみせた。


「そっか......考えすぎて、記憶のほうがブレちゃっただけだよね。」


((──遥の認識の揺れは、過度な異常とは判断しません。))


「それなら大丈夫だね......でも、少し疲れたかも......」


((──遥。ホテルへ戻り休息することを推奨します。))


「うん、そだね、帰ろっかホテルに。」


((──遥。メロンパンはどうしますか?))


「大事なこと忘れるとこだったね!」


((──非常に良いものです。))


「ゼニスは、メロンパン気に入ったんだね......うふふ」


ゼニスの光が、

どこかほんのり明るくなったように見えた。


((──はい。遥が好むものは、わたしにとっても重要です。))


「そんな言い方されたら......買いに行かないわけないよね。」


小さな違和感はまだ胸の奥で揺れていたけれど、

それでも――このやり取りだけは、

いつもと変わらない日常なんだ。


「よし、じゃあ行こっか。メロンパン買いに。」


((──目的地設定完了。))

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ