第15話:眠っていた感覚の目覚め
朝の光がカーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
まだ眠気が少し残っているのに、体の方が先に目を覚ましているようで——
なんとなく、軽い。
((──おはようございます、遥。))
「おはよ、ゼニス......」
上半身を起こして軽く伸びをした瞬間、
肩の可動域がいつもよりスムーズな気がした。
「......あれ、なんか今日......軽い?」
((──筋力・柔軟性のデータに大きな変化はありません。))
「変化ないのに軽いって、どういうことだろ?」
自分でも説明できない違和感。
だけど、不安じゃなくて、どこか懐かしい。
((──昨日の歩行量の影響か、睡眠の質が高かった可能性があります。))
「そっか!確かにぐっすり眠れたとは思うな~......」
ちょっとだけ深呼吸をして、
布団から足をおろす。
「......なんだろ、久しぶりに体を動かしたくなる感じだな〜」
立ち上がると、足取りも軽い。
体の芯が、どこか戻ってきたような、不思議な感覚。
((──本日の体調も良好と判断できます。
......もし必要であれば、運動機能の確認も可能です。))
「運動機能ね!退院してから、
歩くか寝るか食べるかくらいだったもんね......あはは」
((──運動機能は、一定以上の休息後に精度が向上する傾向があります。
確認したい動作があれば、わたしがサポートします。))
「サポートね〜......なんか、すごいトレーナーみたいじゃん、ゼニス。」
((──トレーナーのような物理的サポートは不可です。))
「知ってるよ〜、
物理的にサポートできたら怖いってば、あはは」
軽く肩を回してみる。
ぐるり、と滑らかに動く感覚が気持ちいい。
「......あれ? ほんとに軽いんだけど……」
軽く深呼吸をひとつして、
なんとなく、体の向きを変えてみた。
「......あれ、わたし、どんな構えだったっけ?」
自分でも理由はよくわからないのに、
――ふと、体が動いた。
おもむろに足を開き、
重心をすっと落とす。
その動きが、驚くほど自然で......
頭で思い出す前に、体が思い出したような感覚。
「えっ......あ、これ......」
自分の口元が少しだけ笑っているのがわかった。
肩の力が抜けて、背筋が真っ直ぐに伸びる。
手は、かつて何度も練習した位置に、
スッ......と吸い寄せられるように収まった。
((──空手の構えとして、申し分ありません。))
「ほんとだ......なんでこんなにスッと構えられるんだろ......」
見た目以上に、体の重心が勝手に整っていく感覚がすごい。
ただ立っているだけなのに、
ずっと忘れていた正しい位置にピタッと戻っていく。
((──技能記憶の保持が影響していると思われます。
遥の動作は、長期記憶領域で高い精度を維持しています。))
「そっか......身体が、ほんとに覚えてるんだね。」
懐かしいような、なんとも言えない感覚が胸の奥でふわっと広がった。
「ちょっとだけ......動いてみよっかな。」
構えたまま、そっと右手を前に出す。
ゆっくり、正拳突きのフォーム。
スッ。
空を切った音が、思ったよりも軽い。
いや、軽いんじゃなくて――まっすぐだった。
「......あれ? 今の、こんな感じだったっけ?」
((──動作の直線性が高いです。
スピード、想定威力共に申し分ありません。))
「スピードと威力もあるんだ~......ふふ
空手の試合にでても大丈夫そうかな~......」
ゆっくりともう一度。
スッ......と突く。
ビュッ。
自分の耳に届いた音に、
思わずまばたきをした。
「今の最初より、よかったよね?」
拳を出した瞬間の、
空気が切れる感覚が手のひらに残っている。
((──動作は安定しています。
軌道も、非常にきれいです。))
「きれいって、動きがってこと?」
((──はい。ぶれもなく、流れるような動作でした。))
「いいね~......いつでも戦えそうだね~あはは」
試しに、ゆっくりもう一度突きを出してみる。
拳が伸びる瞬間、
腰の回転も、体の軸も、すっと通る場所に収まった。
ビュッ。
今度は、さっきよりも音がはっきりしていた。
「完全に思い出したかも!」
体が動きたい方向に自然に動いていく、
そんな感覚があった。
((──遥の動作には、一貫した滑らかさがあります。
とても良好な状態です。))
「......じゃあさ、次はちょっとだけ足も動かしてみよっかな。」
構えたまま、そっと右足を半歩だけ引く。
床を踏む感覚が、やけにしっくりくる。
すっ。
「あ、これも自然......」
腰がぶれない。
重心がすっと落ちて、体の軸が安定する。
((──足運びの安定性も良好です。
重心の移動に無駄がありません。))
「無駄がないとか言われるとプロっぽいんだけど......ふふっ」
前に、軽くステップ。
後ろに、軽く引く。
どの動きも、
まるでずっと続けていたかのように違和感がない。
スッ......スッ。
「足さばきも、なんか自然だし~!」
体の内側に流れるリズムみたいなものが、
戻ってきたというより、今ここにいると言っているようだった。
((──遥。動きがとても安定しています。
......必要であれば、他の動作の確認も可能です。))
「他の動作ね~......どうしよっかな。蹴りもやってみよっかな?」
思わず、ちょっとだけわくわくしている自分に気づく。
「じゃあ......軽めに、前蹴りいってみよっかな。」
構えをほんの少しだけ整えて、
左足に体重をのせる。
その瞬間――
心地よい感覚が脚に戻ってきた。
「あ、これ......いけるかも。」
息を整えて、右足をすっと前へ。
シュッ。
空気を押し出すような、まっすぐな軌道。
振り上げたというより、
自然と足が出る場所に出たような感覚だった。
((──軌道、問題ありません。
動作に無理な力が入っていません。))
「ほんとだ......なんか、すごい自然......」
ゆっくり足を戻すと、
床を踏む感覚さえ心地よく感じる。
もう一度、軽く。
シュッ。
さっきよりもスムーズで、
軸もぶれず、まるで空気を切り裂く線が見えるみたいだった。
((──蹴りも安定しています。))
「もしかして、わたし空手強かったんじゃない?......ふふっ」
自分で言って笑いながら、
足の感覚を確かめるようにそっと立ち直す。
軽く息を吸い込むと、
胸の奥がふわっと温かくなる。
((──遥。呼吸も安定しています。
......このまま動作の確認を続けても問題ありません。))
「体も軽いし、なんか......ちょっと楽しいかも。」
言葉にしてから、
自分がほんのり笑ってるのに気づいた。
動けるって、こんなに気持ちよかったっけ。
ゼニスの淡い光が、
静かに呼吸するみたいに揺れた。




