第10話:記憶の空白と幸せな時間
「スマホの機能は、
ぜんぶゼニスが代用かな?......してくれるからいいとして......」
退院時に荷物を入れた
うさぎのキャラクター入りバッグを見ながら、
疑問に感じていることを口にした。
「バッグのセンスはね......アレだけど、
荷物少なすぎない?誰が持ってきたんだろう?」
ゼニスの光は特に変化もなく、
平常運転といった様子。
バッグを膝の上に乗せ、
中身を確認しながら、
「......なんかさ......荷物、少なすぎない?」
パーカー、下着、財布。
本当にそれだけしか入ってない。
「ホントに誰が病院に持ってきてくれたんだろ?」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
((──......その件については不明です。))
「やっぱり......そうだよね......」
ゼニスが、いつからわたしの脳と接続状態にあるのか?
そもそも、どの段階で、わたしと一緒にいることになったのか?
考えてみれば......疑問も多い。
入院したときにゼニスがいなかったのなら、
荷物のことを知らないのも、当然だよね。
そう思ったほうが、むしろ自然かな。
......優等生みたいな答えばかりだけど、
今はそれで納得しておいたほうが、気持ちは楽だと思った。
ゼニスが何かを隠しているなんて、そんなふうには考えたくない......。
疑った瞬間、この世界のどこかが壊れてしまいそうだから。
......信じない理由なんて、どこにもないはずだから。
((──現時点で関連データは存在しません。
ゆえに、推測は不可能です。))
((──遥の体温は正常値で、わたしのシステムも問題ありません。
そこから冷た──))
「あ~もう!ストップストップ!わかったって!」
思わず手を振って制止する。
「ホント冗談通じないんだから、ゼニスは〜......ふふっ」
真面目に考えてたのが、なんだかバカらしく思えてきて、
ふっと笑いがこみ上げた。
((──遥の冗談は、まだ十分な情報が──))
「ちょっ、真面目かよっ!そこ拾うの!?」
思わずツッコミが口から漏れた。
笑ったあと、
ふと胸の奥が静かに落ち着いていくのを感じた。
......そういえば。
わたし、覚えてないこと......けっこう多いんだよね。
家の住所。
働いていた会社の住所。
家族や友達、同僚......
挙げればキリがないくらい、ぽっかり抜けてる。
思い出そうとすると、
あの不快なノイズが走るのがわかっているから......
どこかで、怖がっているのかもしれない。
「......まぁ、今は考えなくていいか。
いつか思い出すかもだし......」
そうつぶやくと、胸の奥のざわつきが
ゆっくりと静かに沈んでいくのがわかった。
しばらく間を置いてから、ふと思い立つ。
「ちなみに、ゼニスは......
わたしのこと、どのくらい知ってるの?」
((──遥の生体データ、行動履歴、現在の状態については把握しています。
しかし、過去の詳細な記憶データは保持していません。))
「だよね......聞いたわたしがバカだった......あはは」
口に出したことで、
ゼニスがわたしの過去について知らないってこともわかったし......
うん、聞いてよかったのかも。
「そういえばさ、わたし今着てるパーカーとデニムの他に、
もう一枚しか服ないんだけど」
((──現在の所持衣類は、その三点で間違いありません。))
「いやいや、そうじゃなくて!
いちおう、女の子だよわたし……着替え少なすぎでしょ!
そう思わないゼニス?」
((──衣類の枚数と性別の関連性は......不明です。))
「いやそこ!そこ重要なんだけど!?」
思わず身を乗り出して言い返してしまう。
「買い物に行くことを要求します!」
そう言いながら、なぜか自分でも笑えるくらい......
キリッとした顔をしてしまった。
((──要求を受理。外出計画を作成します。))
「が......が......外出計画!?
そんな大事なの?」
((──はい。遥の安全を考慮し、
綿密な計画を立てる必要があります。))
「えっ......そこまですんの?」
((──はい、必要です。))
「なんか外出るのも大変だな〜......」
((──はい。冗談です。))
「うわぁ〜......笑えないんですけど〜......あはは」
((──冗談の最適化を開始します。))
「やめて!?なんか怖いから!!」
((──最適化プロセスを停止します。))
「ホントに冗談を最適化しようとしてたわけ?」
((──いえ、冗談です。))
ゼニスも......わたしに合わせて冗談を言ってくれるなんて。
なんか、それだけでちょっと嬉しくなった。
「ゼニスさ、冗談のセンスもっと磨きなよ」
((──はい、精進します。))
「もう......真面目なんだから」
((──冗談です。))
「......でも、こうして話せるの、ちょっと楽しいね」
((──遥が楽しそうなことは伝わっています。
わたしに幸福という感情はありませんが......
この状態は、悪くありません。))
ゼニスは変わらない調子なのに、
なんでだろう......胸の奥がすこしだけ軽くなった。
こうして話してる時間が、
わたしにとっても 悪くない のかもしれない。




