Voice.3 助けてくれてありがとう
「お兄ちゃん!?」
そう呼ばれた店員は、イタズラっぽく笑った。
「よっ、朝陽」
「なんでお兄ちゃんがこんなところに居るの!?」
「前からここでバイトしてるんだよ。朝陽には黙ってたけどな」
話の状況がつかめなくて、俺は首をかしげる。
「あの、もしかして2人って兄妹なの?」
篠原は俺のほうを見て言った。
「あ、ごめんね! 話し込んじゃって。そうなの。この人、私のお兄ちゃん」
お兄ちゃんと言われた男性は俺に挨拶をする。
「朝陽の兄の篠原光太です。大学3年生です」
篠原のお兄さんは、篠原と同じ黒色のストレートの髪で、明るそうな人だ。
「瀬尾拓夜です。妹さんとは同じ高校のクラスメイトです」
俺が挨拶をすると、篠原のお兄さんは気さくに話しかけた。
「俺、君のこと覚えてるよ。小さい頃よくマンガ読んでたたっくんだろ?」
「はい」
「やっぱり。真宵ちゃんと同じ苗字だから思い出した」
真宵というのは俺の姉ちゃんの名前だ。
「姉ちゃんのこと知ってるんですか?」
「俺達も小さい頃朝陽達と同じように遊んでたからな。今は大学の同級生なんだ。同じ講義とることあるからよく話すよ」
「そうなんですね」
「うん。柚木真奈ちゃん好きなの?」
「はい。中1の時からファンです」
「そっか。俺も高1の時から柚木真奈ちゃんのファンなんだ。ファンクラブ入ってるくらい」
「俺もファンクラブ入ってます」
篠原のお兄さんは、話しながら篠原の持っているCDを受け取って、それをレジに通す。
「1点で3300円になります。メイトの会員証はお持ちですか?」
「会員証ってなんですか?」
「メイトの会員になって会員証を提示すると、メイトで商品を買う時に金額に応じてポイントが貯まるんです。貯まったポイントは次に商品を買う時の値引きに使えたり、ポイント景品と交換できたりします」
「へー。じゃあ、会員証持ってないので作ります」
「かしこまりました」
篠原はメイトの会員証を作ってCDを買う。
篠原のお兄さんはCDと一緒に特典を手渡した。
「こちら、商品とメイト特典のクリアファイルとイベント応募券です。ありがとうございました」
篠原の会計が終わり、俺もCDを買って、2人でCD売場を後にする。
「まさかお兄ちゃんが居るなんて思わなかったよ」
「俺もびっくりした。でも、篠原のお兄さん明るいな。メイトの会員証の説明もばっちりだったし」
「そうだね。たしかにお兄ちゃんって人と話すの好きだから接客業向いてるかも」
エレベーターが来るのを待っているあいだにフロアガイドを眺めていると、3階に画材売場があることを思い出した。
「あ、3階寄ってもいい?」
「いいよ」
「ありがとう」
エレベーターに乗って3階で降りてから、画材売り場に向かう。
そこには、最新の液晶ペンタブレットの実機が置かれていて、試し描きができるようになっていた。
ペンを手にとって、モニターを見ながら線をひいてみる。
描き味が紙と変わらないことに驚いて、感動した。
篠原が聞く。
「たっくんって液タブ持ってるの?」
「持ってない。欲しいけど高くて買えないから」
俺がそう言うと、篠原は商品のところに置いてある値札を見て驚いた顔をした。
「こ、これはさすがに私達のおこづかいじゃ買えないね……」
「だろ?」
話しながら、俺は柚木真奈さんが演じたキャラのイラストを描く。
篠原は声をあげた。
「あ! このキャラ知ってる! 『SNOW ALBUM』の小方里奈ちゃんでしょ?」
「篠原よく知ってるな。『SNOW ALBUM』って男性向けの恋愛ゲームなのに」
『SNOW ALBUM』というのは俺達が小さい頃に発売されたPCゲームだ。
男性向けの恋愛アドベンチャーゲームで、柚木真奈さんは堀川雪ちゃんとの二大ヒロインになっている、小方里奈ちゃんを演じている。
劇中歌やBGMなどの音楽のクオリティーが高く、また話の展開がすごいと話題になったことでゲーム発売と同時に人気を博し、ファンのあいだでは『スノルバ』と略され、発売から数年たった年にはアニメ化して、そのオープニング曲を柚木真奈さんが歌っている。
今は続編の『SNOW ALBUM2』が出るほどの人気作だ。
「私スノルバ好きだもん。中学の時アニメ放送してたのを観てハマって、アニメのブルーレイ全巻そろえてゲームも買ったくらい。もちろん真奈ちゃんが歌ってるアニメのオープニング曲のCDも持ってるよ」
「篠原って本当に真奈さんが好きなんだな。まさかスノルバも知ってるとは思わなかった」
「私、真奈ちゃんが出てるものならどんなものでも全部知っておきたいんだ」
篠原の真奈さんに対する想いがすごい。
それだけ好きなんだろうな。
俺は小方里奈ちゃんの隣にもう1人キャラクターを描く。
「じゃあこのキャラわかる?」
「魔法少女リリカルこのはのケイトちゃん!」
「正解」
「それにしても、たっくんって昔から絵上手いよね」
「小さい頃マンガ読んでオタクになってから、ずっと絵ばっかり描いてたからな」
「そっか。私は絵苦手だからうらやましいな」
篠原はそう言って画材を眺める。
そんな姿を見ながら、俺は小さい頃の記憶を思い出した。
はっきり覚えてる。
あの時、絵が上手くなりたいと思ったきっかけは――。
「たっくん、どうかした?」
気がつくと、篠原が俺の顔を覗き込んでいた。
篠原に見つめられているのが恥ずかしくなってうつむく。
「な、なんでもない」
メイトの中を2人でまわっていろいろ見て、買いものをしてから店を出た。
池袋の通りを歩きながら、篠原に聞く。
「次どこ行く?」
「はい! 私、カラオケ行きたい!」
「いいよ。じゃあこの近くの――」
篠原の希望でカラオケ店に移動しようとした時。
反対側から制服を着たクラスメイト達が歩いてくるのが見えた。
まだ俺達には気がついていない。
俺はとっさに篠原の手を握る。
「篠原、走るぞ」
「え?」
そのまま一緒にクラスメイト達とは反対方向に走った。
「いいから早く!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
近くのカラオケ店の前まで走る。
クラスメイトの姿が見えなくなったのを確認して、俺は息をついた。
「危なかったー……」
「いきなりどうしたの? 何かあった?」
「反対側からクラスメイトが歩いてくるのが見えたから走った」
「え!? ぜんぜん気づかなかったよ」
「遠目からだったけどたしかにうちの高校の制服だったから、あのままだったら鉢合わせしてたな」
篠原は顔を赤らめてうつむく。
「そうだったんだ。でも、その……手はそろそろ離してもいいかな?」
そう言われて、俺は篠原の手をずっと握っていたことに気がついた。
あわてて手を離す。
「ご、ごめん! 走った時とっさに手握ってそのままになってた。嫌だったよな」
「ううん、謝ることないよ。助けてくれてありがとう」
篠原はそう言って笑顔をみせる。
篠原に嫌われたんじゃないんだな。
俺が安心すると、篠原は明るく言う。
「よし! じゃあ気持ち切り替えてカラオケ楽しもう!」
俺達は一緒にカラオケ店に入った。




