Voice.12 私達の部活で歌ってくれないかな?
階段を上がって、屋上のドアを開けた。
夕日に照らされて、誰かが歌っている。
そこに居たのは――。
このあいだ教室で俺達と一緒に音読をした、同じクラスの音海歌織だった。
曲を弾き終わった篠原も合流する。
篠原は目をみはって声をあげた。
「……思い出した!」
篠原は音海に駆け寄る。
目を見て言った。
「私達、カラオケで会ったよね!?」
篠原が笑顔で言う。
音海は驚いたような表情で声を漏らした。
「え?」
「このあいだ私が池袋のカラオケから帰る時、ロビーで落としたハンカチ拾ってくれたでしょ? 私、あの時声聞いてから音海さんのことがずっと気になってたんだ」
「……そ、そう」
そういえば、先週俺と篠原が池袋のカラオケに行った時、篠原が誰かとそんなやり取りしてたような気がする。
少し声聞いただけなのに、篠原はよく覚えてるな。
「もしよかったら、私達の部活で歌ってくれないかな? ゲーム制作部っていうんだけど――」
音海はうつむく。
「……ごめん。カラオケには居たけど、篠原さんと会ったことは覚えてない」
「そっか」
「それに私、歌のレッスンで部活に入ってる暇なんてないから」
、いつもの凛とした声で、少し後ろめたそうにしながら言った。
「悪いけど、音楽やってる人探してるなら他あたって」
そう言って、音海は俺達とすれ違う。
屋上のドアを開けて帰っていった。
「ダメかー……」
ドアが閉まってしばらくした後、俺達は肩を落とす。
メガネが言った。
「せっかく5人目の部活の仲間見つけたと思ったのになー」
「あの感じだと、説得は厳しそうだな」
文豪が言う。
「でも……」
篠原が言った。
「すっごく綺麗な声だったよねー!」
その言葉に、みんなでうなずく。
文豪が言った。
「たしかに、あの歌の上手さをほっとくのはもったいないだろう」
メガネが言った。
「俺は確信した。あの歌があれば、俺達が作りたいゲームに彩りが出る、って」
「じゃあどうするんだ?」
俺が聞くと、メガネは余裕の表情で笑う。
「音海さんに部活に入ってもらうんだよ」
「どうやって?」
「いろいろ考えはあるけど……とりあえず、今日は解散してまた明日集まろうぜ」
――放課後。
学校からの帰り道、メイトに寄り道をして池袋駅に向かっていると、東口に人だかりができていた。
気になって、後ろから見てみる。
スピーカーを横に置いて、私服姿の音海がマイクを使って歌っていた。
曲は誰もが知っている人気のバラードだ。
いろいろな人が通り過ぎたり、立ち止まったりして歌を聴いているのに、音海はまったく動じていない。
音程も正確だし、何より歌に感情がこもっていて、歌詞の意味が伝わってくる。
歌い終わって、音海はありがとうございました、とお辞儀をして、音響機材を片づけ始めた。
周りに人が居なくなる。
「あ」
ふと音海が俺のほうに顔を向けて目が合った。
思わず声が漏れる。
「聴いてたんだ」
屋上のことがあったのにいつもの調子で話しかけられて戸惑う。
「その、たまたま通りかかって」
「そう」
「歌、すごくよかったよ。あんな大勢の前で歌えるのすごいな」
「ありがとう」
音海のそっけない返しに、俺は言葉を探した。
「えっと……音海はなんで仮入部どこにも入ってないんだ? うちの高校音楽系の部活あるのに」
「部活の時間をボイトレのレッスンに当てたほうがいいと思うから」
「そ、そっか。じゃあうちの部活に誘っても無理だよな」
俺がそう言うと、音海はしばらく考えるような仕草をする。
「なんで私が必要なの?」
「え?」
音海は真剣な顔をした。
部活の人数がたりなくて、とか、正直に答えられるような雰囲気じゃない。
「別に私じゃなくても、歌上手い人たくさん居るんだから、その人に頼めばいいと思うんだけど」
確かにそうだ。
でも――。
「えっと……」
言葉に詰まった俺を見て、音海は何も言わずうつむいた。
「ごめん。変なこと聞いて。今日はもう帰る」
「音海」
引き止めようとしたけれど、音海は音響機材と自分のバッグを持って、駅の改札を通って帰っていった。
残された俺は、音海の言葉の意味を考える。
「『なんで私が必要なの?』か……」
どう答えればよかったんだろう。
俺はそんなことを思いながら家に帰った。
「ただいまー」
「おかえりー。拓夜」
――夕方。
俺が学校から帰ってくると、大学から帰っていた姉ちゃんがリビングで出迎えた。
姉ちゃんはリビングのダイニングテーブルにある椅子に座って、女性に人気のカフェのフラペチーノを飲んでいる。
「それ何?」
「モデルの撮影の差し入れでもらったの。季節限定で桜の味するやつ」
「へー」
自分の部屋で制服から私服に着替えてから、篠原にさっきあったことを書いてラインを送る。
篠原から電話がかかってきた。
通話を押して電話に出る。
俺が電話でもう1度説明篠原が言った。
「音海さんをゲーム制作部に誘う理由かー。答えるの難しいね」
「俺が言葉に詰まってたら、音海帰っちゃってさ」
「じゃあ、明日そのことも含めてみんなで集まって考えてみようか」
「ああ」
――次の日の放課後。
俺達は屋上で音海にどうやって部活に入ってもらうかを考えていた。
みんなで首をひねっていると、メガネが声をあげた。
「ダメだー! いい案が全然出てこなーい!」
メガネの言葉に、文豪がため息をつく。
「まあ、無理強いするようなやり方はしたくないよな」
「そうなんだよ! あくまで音海さんがゲーム制作部に入りたいって思ってくれないと意味ないじゃん?」
「なんで俺にあんなこと聞いたのかもわからないままだしな」
俺がそう言うと、篠原が口を開く。
「でも、瀬尾くんにそう聞くってことは断ったけどゲーム制作部に興味はあるってことじゃないかな?」
「たぶんな。迷惑そうな感じじゃなかったし」
「きっと何か理由があるんだよ。部活に入れない理由」
文豪がひらめいたように言った。
「もしかしたら、その問題を解決すれば音海さんは部活に入ってくれるかも」
篠原はうなずく。
「そうだね」
メガネがやる気満々に声をあげる。
「じゃあ、みんなで音海さんに絶対部活に入ってもらうぞ作戦、決行だ!」
――こうして俺達は、音海に部活に入ってもらうための作戦を開始した。




