第7話 どっちもどっち!【屋上】爆弾魔と〝死にたがり〟交渉人
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午前10時30分。
MRPD 24分署から、ジャクセルは馬の後ろに舞矢を乗せ、港湾地区を貫くオール通り、サガノ・ツインタワービルへ向かっていた。
舞矢は、激しく揺れる馬の上、ジャクセルのベルトをしっかり握っている。
「グルドルフさんから聞いたんですけど」
ジャクセルは空を見上げた。
冬の空、黒い雲が足早だ。
「何をだ」
風も妙に生温かく、クリスマス前とは思えない。降りだすとしたら、雨だろう。
「ジャクセルさんは、死にたがりだって」
通りに入ると、スーツ姿のビジネスマンが多い。遠くでは交通整理の警笛が鳴り、あちこちで苛立った声が上がっている。
ジャクセルは、馬の手綱をわずかに緩め、長いまつ毛を下向けた。
「しかし。分からんね、お前さんたちは」
「なにがです?」
「仲良くする気はねぇって言ったくせに、他人のプライベートに首を突っ込みたがる」
「そりゃ……課長さんと約束したからですよ」
ジャクセルは問題児。24分署のマッチ箱。なんでもない書類仕事を大火災に発展させる。課長はそう言っていた。
「でも、前はそうじゃなかったって……」
ジャクセルは、馬車の間をすり抜ける隙間も無く渋滞した道の先へと、視線を戻した。
「そうだよ。この一年、ずっとそうさ」
舞矢は、ジャクセルの肩越しに前方のサガノ・ツインタワービルを見た。
10階建て、鏡張りのビルが2棟、向かい合わせに立っている。
それぞれの略称はサガノ東塔と西塔。壁面に雨雲を映し込んでいる。
ジャクセルが、西塔の屋上に人影を見つけたようだ。
「あれか。爆弾を仕掛けた男ってのは」
近づくにつれ、屋上には、作業着の男が見えてきた。
中庭を取り囲むように野次馬が人垣を作っている。
その手前までジャクセルがウマを寄せる。
屋上の犯人の顔は、舞矢が思っていたよりも若かった。
20歳と少し、と言ったところだろうか。
屋上を取り囲む鉄柵の外側に立ち、震えているように見える。
ジャクセルは、見上げた鼻で風の匂いを嗅ぐ。
「……しかしよ、飛び降りなら、もっと高いビルを選べばいいのにな」
舞矢は初め、彼が何を言っているのかがわからなかった。
「どういう意味です?」
「ん? あそこはせいぜい45メートル。飛んでも下手すりゃ死に損なうぞって話さ」
舞矢は、思わず顔をしかめた。
◇
サガノビルの東塔と西塔の間には、ちょうどサッカーコートほどの広さをした芝生の中庭が見える。
人垣の頭越しに馬上の舞矢には、それが見えた。
中庭の周囲には黒と黄色の縞模様のリボンテープが張り巡らせてある。
「ありゃあ規制線テープって言ってな。立ち入り禁止を意味してんだ」ジャクセルが言いながら、その手前でサガノ西塔に向けて望遠レンズを付けた大型カメラを構えている男に目配せをした。
「あれは新聞社のカメラマンだ。今はおとなしく規制線の手前に居るが、内側に入り込む気で満々だ」
彼らカメラマンも含め野次馬たちの目は、一様に西塔の屋上へ向いている。
馬上の舞矢にも、その方向に、男の姿がはっきり見えた。
グレーの作業着に、泣き出しそうな顔。左手には小さな黒い箱が覗いている。
ジャクセルも見上げながら言った。
「情報どおり、何か持ってやがるな」
舞矢も、屋上へとさらに目を凝らした。
「……起爆箱ですか」
「おそらくな。お前さんたちの世界じゃ、リモコンっていうんだよな」
「よくご存知ですね」
「まあな。で、あの箱に合言葉を詠唱すると、仕掛けた先で魔法爆弾がボーンってわけなんだが」
舞矢は、馬上でバランスを取りながら、背筋に寒気を感じた。
「でも……魔法爆弾の仕掛け先って、あの男が立っている西塔の下ですよね?」
「らしいね。どんな考えがあるのか聞いてみたいもんだ」
言いながらジャクセルは馬上で振り返った。
「よし。舞矢、降りろ。ここからは歩きだ」
降り方が分からず戸惑う舞矢に、彼は顔を小さく振りながら手を貸し、駆け寄ってきた若いドワーフの警官にウマを預けた。
「ご苦労様だな。応援かい? 24分署 殺人課のジャクセルだ。こっちはお荷物の舞矢」
ドワーフの若い警官は17分署のパウエルと名乗った。ジャクセルは尋ねた。
「状況は?」
「はい。西塔の足もとに飛び降り防止の大型エアマットが搬入される予定です」
ドワーフの若い警官はそう言うと、背伸びして野次馬の人垣の向こうを指差した。
「その規制線テープが第一規制線。ツインタワービルの敷地をぐるりと一周、取り囲んでいます。中庭内側には西塔の足もとのエアマット展開予定地の周囲と、中庭のちょうど中央に、退避用の規制円を敷いています」
「防御魔法の魔法陣か」
「はい。直径30メートル。魔法課のEODが円周に沿って防壁魔法を展開中です」
「セオリー通りだな」
舞矢が首を突っ込んだ。
「あのう……」
ジャクセルは即座に言った。
「憶えなくてもいいぜ 。EOD、爆発物対処班《Explosive Ordnance Disposal》だ」
その作業着姿の彼らが、中庭の中央に規制線テープで魔法陣を作っている。
万が一の際、そこが中庭で活動せざるを得ない関係者たちの待避所になる。
「ありがとな。ウマを頼むぜ。行こう。舞矢」
ジャクセルは、ドワーフ警官のパウエルに敬礼し、人垣に向かって歩きはじめた。
「いくって、どこへです?」
このまま進めば、人垣にぶつかるのは明らかだ。舞矢は肩をすくめた。
けれどジャクセルは振り向きもせず足を進める。
「おめぇ、さては自分が何者だか忘れてやがるな」
舞矢は、胸の銀のバッジを見た。MRPDの制服だ。
「……あ。そうか。わたしお巡りさんだった」
ジャクセルが人垣を割り、規制線を跨いで通る。
舞矢も、その毒蜂色のテープの下をくぐって中庭の芝生を踏む。
規制線の内側では、数人の警官が規制線沿いに並んで侵入者を警戒しており、中でも猫科人間の女性警官が、ふたりに気づいたのか、振り返って笑顔で手を挙げた。
ジャクセルは、舞矢に囁いた。
「あいつはサラ。気のいいやつだ」
艶やかな黒い毛並み。ドレッドヘアが揺れている。市警の制服の胸にMRPDのバッジが光っており、腰には細身のレイピアを下げているのが見えた。
「やあ、サラ。メリークリスマス」
「おかえりなさい、バウ。古巣はどう?」
彼の愛称なのだろう。課長もそうジャクセルを呼んでいた。
ジャクセルは、そんなサラに微笑み返した。
「どうもなにも、無理やりコブ付きにされたよ。仲良くしてやってくれ。こいつは退職予定の新人。舞矢ってんだ」
舞矢は、差し出された手を《《片手で》》握った。温かくて柔らかい肉球の感触がした。
「サラ・バステト。同じ24分署の殺人課よ。入職日に退職って、あなたって、すごくクールね」
彼女は、柔らかい眼差しをし、ジャクセルに言った。
「でも、ジャクセル……よくよく日本人と縁があるわね」
舞矢が尋ねた。
「どういうこと……ですか」
「あら。聞いてないの」
目をまるくしたサラに、ジャクセルが鼻を鳴らした。
「サラ。余計なことを言うな。それよか案内を頼むぜ」
「OK。屋上の犯人の名前はピエトロ。十五年前に転移してきた異世界人よ」
歩きながらサラは、屋上の男について説明を始めた。
「犯歴は無し。西門地区で溶接工をしているそうだけれど、三か月前に工場は閉鎖。ただし、人質の男は名指しで指名したから、面識はあるのかも」
「ふうん。じゃあ怨恨の線もあるな」
言いながらジャクセルは、何かに気付いたようにサラを見た。
「って、おまえ、今、人質をオトコって言ったか?」
「そ。残念ね。被害に遭うエルフはいつも女性とは限らないの。しかも、人質の名前が傑作よ。あのユルゲン・シュタールベルクなの」
歩きながら、ジャクセルは顔を仰かせた。
「まいったな。おれもう帰ろうかな……」
舞矢が口を挟む。
「誰です、それって」
「……ああ、エルフの実業家だ。あくどい商売をする奴でな」
ジャクセルは、頭が痛むかのように耳を掻きながら続けた。
「性懲りも無くまた市長選に出るらしい。ここで木っ端微塵にしておくのが功徳ってヤツかもしれねぇ」
「功徳? ……それって善い行いって意味ですよね? そんなに悪い奴なんですか」
サラが小さく吹き出した。
「市警察のトップはね、市長なのよ。つまりユルゲンは来年度、私達のボスになるかもしれないわけ。……それに、ね?」
彼女はジャクセルを見た。
ジャクセルは、不服なのか鼻を鳴らした。
「このバウとは色々、犬猿の仲なのよ」
舞矢は、小さく何度もうなずいた。
サラは、中庭の中央、円を描くように張られた規制線テープまでたどり着くと、足を止めた。
「さて。ここから先は爆発に備えての待避所よ」
直径30メートルの円弧の中に、複雑な模様がテープで描かれている。
「ああ。そこで13分署の奴にな。防壁魔法がかかるんだってな」
サラはサガノ・ツインタワービルの西塔を見ながら言った。
「そうなの。見てみて。ツインタワーは東西とも総ガラス張り。もし魔法爆弾が爆発したら、相当量の破片が飛び散る可能性があるわ。だから舞矢、覚えておいて。万が一の時は、この規制線テープの円の中に駆け込むってね」
目には薄っすらとしか見えないが、この魔法陣の中心から半径15メートルの半球状に防壁魔法は展開するらしい。
「だから、この中にいれば、とりあえずガラスの破片くらいは安全ってわけ」
そう言いながら小柄なサラは、ジャクセルに向き直った。
「で、ジャクセル。これからどうする? ピザでも頼む?」
声をかけられて彼は、西塔の屋上を見上げたまま言った。
「交渉人は?」
「こっちに向かっているそうだけど……どうせ待つ気はないんでしょ?」
ジャクセルは小さく笑む。
「ああ。道も渋滞してたしな。マットも遅れるとなりゃ、ピザは二人で食べてくれ」
ジャクセルの視線の先には、ピエトロがいる。
ししてそのピエトロの視線は今、向かいの東塔の壁面ガラスに映り込む自分の姿を見つめている。
今なら足もとにある中庭を駆けて接近してもピエトロには気づかれない。ジャクセルの横顔に、それが読み取れた舞矢は、思わず口にしていた。
「あでも! 普通にダメですよ、だって……」
ジャクセルは舞矢を見た。
「なんでわかった」
課長の〝奴は死にたがりだ〟との言葉が胸をよぎったからだ。
「大丈夫さ。ちょっくら雑談で時間を稼ぐだけだ」
「ダメですって! 屋上へ行くってことですよね? だって交渉の専門家が来てるなら、ここで待ってたら良いじゃないですか」
ジャクセルは、膝を折り曲げて、制服の足周りや、背負った長剣の具合をチェックしている。
「偉いじゃねえの。ちゃんとおれのストッパーの役割を果たそうとしてんじゃん」
「だって、普通に考えて、なにも爆弾のあるビルに入らなくても……」
返事をしない彼に、舞矢は口ごもる。心臓が嫌な鼓動で脈打って、口の中が乾いてきて、顔を上げた。
「サラさんも、何か言ってやってくださいよ……!」
「ん? そうねえ」
サラが何かを言いかけたが、ジャクセルはそこで立ち上がった。
「だがよ、課長から聞いたろ。死にたがりの相手なら、おれのほうが慣れてる」
ジャクセルは、ふたたび屋上の男を見上げ、耳を向けた。
「ま、心配いらねぇ。問題はマット搬入から膨らむまでの間、どう気をそらすかって事なんだ」
それに、マットの面積も限られている。
そう言うと、ジャクセルは、サラを見た。
「じゃ。舞矢を頼む。とりあえず定時まで生かしてやってくれ」
そして、舞矢にも言った。
「いいか、この規制線テープの内側にいろ。絶対に余計な事をするなよ」
「でも、課長さんがジャクセルから離れるなと……」
厳しい目を返して彼は、穏やかな声で言い聞かせた。
「現場ではおれの指示が優先だ」
第一規制線の中をウロついてる連中は、制服を着てりゃ消防でも救急でも警官でも、それは皆、その道のプロだ。
「お前は余計なことをするな。邪魔なだけだ」
返す言葉がなかった。
うなずいた舞矢に、ジャクセルは身を屈め、ツインタワービルの西塔へ向かった。
サラは、舞矢に微笑んで、横並びに彼を見送った。柔らかな尻尾が立っている。
「亡くなった彼の奥さんの話は聞いた?」
黒い毛並みが、冬の陽を受けて艶やかに光る。
舞矢より背が低いのに、彼女は姿勢の良さと曲線美で大きく見える。
舞矢は、小さく頷いた。
「はい。課長から。一年前に、事故だったと……」
そっか。と、サラは手を舐めて耳を撫で付けた。
「グルドルフ課長も、なんて言うか。罪なことをするものね」
舞矢は、彼女へ振り向いた。
「罪?」
サラは、ビルのロビーへと躍り込んでいく人狼警官を見つめながら、つぶやいた。
「あなたによく似ているのよ。彼の奥さん。日本人だったの」
舞矢は、息をのみ、西塔の暗い玄関を見つめた。けれど、そこにジャクセルの背中はもう無かった。
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