第12話 うてるわけないじゃん…【指令】「ジャクセルを撃て」
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舞矢が、サガノ・ツインタワービルの東塔、一階の正面からロビーに駆け込むと、その先でホールは、まるで音を奪われたかのように静まり返っていた。
吹き抜けの天井に、荘厳なクリスマスツリーのモミの木がそびえ立ち、その足もとには、あわてて飛び出して行った人たちから脱げた靴や帽子が落ちている。
つい数時間前まで賑わっていたはずの場所に、人の気配が微塵もないのだ。
外気よりも、そこは寒々としていた。
テーブルの上で冷めたコーヒーカップ。
読みかけの雑誌。
死んだセミのように、ひっくり返ったままの赤いミニカー。
中庭に面した大きなガラス窓から光だけが、床のタイルに水面のような揺らめく模様を動かしていた。
舞矢は千代伽羅を手に、エレベーターに駆け寄って、ボタンを何度も叩くが、反応がない。
手の中で、その和弓が、まばたきをした。
『この世界のエレベーターは魔力で動いているんだ。動力室から係の人が避難しちゃったのかも』
舞矢は唇をかんだ。
「そういうことか。階段しかないわけか……」
舞矢は、ホールを見回した。北面の壁際に、非常扉がぽつんと見えた。
彼女は意を固め、小走りした。
「10階建てかぁ。ひきこもりにはこたえそうだなぁ……」
肩で、重い防火扉を押し開ける。階段室も無人で、淀んだ空気のにおいが冷ややかに鼻を刺した。
千代伽羅を担ぎ、舞矢は屈伸をする。そして、
「──よし。いくよ、ひきこもりの、なまってるとこ見せてやるっての!」
二段飛ばしで階段を蹴り上がる。
階ごとのフロア扉はすべて開け放たれ、オフィス内には散乱した書類など、あわただしい避難の痕跡が生々しくどの階にも残っていた。
時が止まったかのような静寂の中、階段を駆け上がる。
足音だけが、上下階へとこだまする。
とは言え、最初の勢いはどこへやら、舞矢の肺は焼けるように痛んだ。
吸っても吸っても、酸素が足りない。口の中も鉄の味がして、脚は鉛のように重たい。
それでも──止まるわけにはいかない。
舞矢は螺旋状に昇っていく階段の先を覗き込んだ。
「ね、千代伽羅、今、何階……」
「まだ半分だよー」千代伽羅が揺れながら言った。
舌を出しながら舞矢が、手すりを引き寄せる。
そのとき、左肩の通信結晶が鳴動した。
「……ま、舞矢です」
目を上げると、現在地は5階の踊り場。壁にもたれながら荒い息を整える。
『グルドルフだ。どうだ舞矢。屋上から射線は確保できそうかね』
「……いま、現場向かいの東塔、階段で、屋上に向かっています。エレベーターが止まっていて、なかなかに、なかなかです……」
『それはご苦労。初日なのにすまんな』
「なので……射線のほうは、なんとも。上がってみないと」
返事の息遣いに、疲労を隠せない。
通信の向こうで、くぐもった笑いが漏れる。
『よければジムを紹介するぞ。体力は警官の資本だからな』
「結構です……今日で辞めるかもしれないんで」
一瞬の間ののち、課長は声を少し低くした。
『それは残念だ。しかし定時まではMRPDの一員だ。頑張ってもらわないとな。さて、問い合わせの件だが、市警本部から返事が来た』
屋上からスキルを使って狙撃が可能。だが、誰の、どこを狙うのか。
グルドルフは本部へ指示を仰いでいた。
舞矢は通信結晶を叩いた。
「本部は何と」
それに対する答えは──。
『狙撃対象はピエトロだ。起爆箱を保持しており、即時爆破の恐れがある。人質の安全を最優先し、致死射撃を許可するそうだ』
舞矢は息をのんだが、グルドルフは構わず続けた。
『ただし、ジャクセル巡査長が阻害要因となった場合は、同様にこれを排除対象とする。意味は分かるか?』
舞矢の動きが止まった。
耳が熱くなる。喉が動かない。
「ちょっと待ってください、それって、ジャクセルが犯人をかばった場合、彼ごと撃って構わないって意味ですか」
通信結晶からの言葉が途切れた。息を呑む気配が階段室に満ちる。
『そうだ。ジャクセルが邪魔をすれば、ジャクセルごとピエトロを射抜け』
あくまでグルドルフは冷静だった。
舞矢は壁から背中を離した。
「でも、だって、彼は課長からしたら息子みたいなものなんじゃないんですか」
『そうだ。だが。しかたがない』
「何故です、起爆箱を持っているのはピエトロの方でしょう!」
声が階段の壁に反響した。
不思議なことに、千代伽羅はもとの単なる和弓に戻っている。そのことに舞矢は気づいたが、今はそれどころではなかった。
課長の声は冷静だった。
『……次期市長に恩を売りたい議員がな、圧力をかけてきたのだ』
「だからって警官ごと撃てなんて、正気じゃないでしょう!」
『いや。ジャクセルも悪いのだ』
「どうしてです!」
『奴は犯人を煽って、ユルゲンを手土産に人生へと幕を引く気だ』
通信の向こう、やめたはずの煙草に火を着ける音がした。
『ユルゲンが金に加えて、市長の椅子も手に入れたら、不逮捕特権が生じている内に、長命種優遇法案を通すだろうからな』
舞矢の目に、〝功徳〟と言いながら微笑したジャクセルの横顔が通り過ぎた。
グルドルフは、ため息をもらした。
『──まったく、できすぎた息子だよ』
舞矢は壁を拳で叩いた。
「ミハラってところは……上から下まで!」
その怒りに、課長は微かに笑った。
『……そのうち慣れる』
そして彼は、再び声が引き締めた。
『ともかく、射撃位置を確保したら再度連絡してくれ。以上だ』
「待ってください!」
『なんだね。泣き言は聞かんぞ』
舞矢は、階段を再び駆け上りだした。
「彼を殺さずに済む方法があるんです!」
それを発案した千代伽羅は、背中で静かなままだ。
6階、7階と駆け上がる。
「狙うのはジャクセルでもピエトロでもなく、起爆箱です!」
距離は120メートル。強風の吹く屋上。人間の力では不可能な話だ。それはスライムのグルドルフも承知の声色だった。
『気持ちは嬉しいが、舞矢。それは無理だ。矢は届きもしない。仮にキミのスキルは本当にウェポンウィスパラーだったとしても、まだその手もとの和弓では友好度が足りん。対岸に届けるのがやっとなはずだ』
8階の踊り場、段ボール箱を蹴飛ばして突き進む。
「千代伽羅が、できるって言ってるんです!」
息を切らしながら叫ぶ。
「わたしとの友好度なら、限界突破ができるって!」
グルドルフが、一瞬、沈黙した。
そして舞矢が息を切らし、九階に達したとき、通信が返ってきた。
『……わかった。だが命令は変わらん。ジャクセルを狙え』
しかし、その直後彼は、舞矢の言葉をさえぎった。
『ただしだ、いいか舞矢。矢が外れて起爆箱が壊れたとしても、それはクリスマスの不可抗力。誰の責任でもない。単なる奇跡だ』
そう告げて、終話音がした。
まるで無言の信頼を残すような口ぶりに、舞矢の足取りが淀んだ。
けれども舞矢は、その場で、肩を上下させながら──小さく気を吐いた。
「……よしッ」
最後の踊り場に駆け出た。屋上につながる建屋のドアを見上げる。
千代伽羅を肩から前に回す。
「聞いた?! 千代伽羅!」胸当てを整えようとしたが、今日は無い。「まいったなぁ。でも、仕方ないよなぁ。痛いんだろうなぁ……」
建屋までの最後の階段を駆け上る。
冷たい金属扉へ背中をつけた。
千代伽羅は、目をひらいて大きく伸びをした。
『……んん〜。みどりのおっちゃんのおはなし、おわった?』
「うん。計画通り、起爆箱を撃ち抜くわ。力を貸してね」
『いいよ! じゃ、いっちょ二人でカッコいいとこ、あの狼男に見せちゃおう』
背中の矢筒に矢を選ぶ。
鳥の舌が良さそうだと千代伽羅が言う。
最も鋭くて最も細く、空気抵抗が少ない形状をしたヤジリだ。
緊張しているのに、なぜか笑みが漏れる。
でも、心の裏側は、退職する気で満々だ。
「矛盾してるよね」舞矢は鼻先をこすりあげた。
「よし、千代伽羅、行くよ!」
顔を上げる。
ドアを薄く開き、舞矢は、覗いた先に誰もいない事を確かめ、
「南無……八幡ッ!」
屋上に飛び出すなり、曇天の下、千代伽羅に弓をつがえながら大きく足幅を取って、射位を、向かいの屋上に向けた。
そして通信結晶を叩く。
「こちら舞矢。射撃位置を確保。課長、指示を願いします」
冷気が頬を切った。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




