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戦闘舞踏 第一部 ―封印された島国―  作者: 真北理奈
謎の島の中の大迷宮
8/13

Strategy7:黒の眼差し

 ハワードを倒し、リーフ・グリーンを抜けようと歩いていた。

 不気味さがなくなり、前のような静寂が戻ってきた森の中を歩いていると、周りが明るくなっていくのが分かった。

「もうすぐリーフ・グリーンを抜けるといったところか。何かいいな」

 そう言ったレイザは立ち止まり、上を見上げた。

 不気味さのない穏やかな森を歩くのはなかなか気持ち良かった。改めてハワードを倒すことに意味があったと彼は感じたのだ。

「気が抜けてるよー。そんなゆっくり歩いてさ……」

 いつもなら大抵逆の構図だが今回はディールが呆れ気味にレイザに向かって小言を言ったのだ。

「別にいいじゃないか、偶には。俺だって急ぎたくない時だってあるんだよ」

「意味分からないから!」

 レイザの気まぐれな返事にすかさずツッコミを入れ、前を向いて歩いた時だった。

「……?」

 人が立っているのが遠くから見える。

「……あれ?」

 気になったディールは歩くスピードを速めた。

「あ、待てよ。いったいどうしたって言うんだ」

 ディールが突然早足で歩くのだからレイザが驚かない筈がない。しかしディールは「早く歩いてよ、レイザ」と、やや焦りながら言ってまた歩き出した。

 仕方なくそのスピードに合わせて歩いていると、レイザは漸く彼が焦っていたのが分かった。

「あれは……」

 遠くからなのでまだ判別できないが、あれは間違いなく探していた人物であった。

「多分、ゼーウェルさんだと思うよ」

 ディールもまだ確信はしていない様子だったが、そうではないかという疑いは持っていたようだ。

「早くしないと見失っちゃうね……!」

 そう言うとディールはますます歩く足を速め、レイザも後ろをついて行く。

 リーフ・グリーンを抜ける一歩手前、達成した喜びを味わう暇もなく突如現れたゼーウェルの後を追う羽目になったのである。

 暫くして、長かった森を抜けたレイザ達は太陽の光を真っ向から受け止めながらひたすら進んだ。しかし、最悪なことに何とかして捉えていた彼の姿を完全に見失ってしまったのだ。

「……なかなか早くて追い付けないよ」

「こんなに足速かったか? パッと現れてパッと消えたみたいだな」

「じょ、冗談じゃないよ! それ本当に怖いから! ハワードはもういないんだから本当にやめてくれよ!」

 真剣な口調で訴えるディールに若干の戸惑いを覚えたのだが、それはすぐに苦笑に変わった。

 ディールは余程リーフ・グリーンにいたハワードに害されたのだろう。

 幽霊にも色々あると言ったところで彼が納得できるとも思えず、喚かせて置くことにした。

「本当にお化けと暗いところを甘く見ちゃいけないよ……」

 散々喚いた後、恨めしそうな目で恨み言を発したディールの表情。

 あまりにも普段の彼と釣り合わず、それがおかしくて二度目の苦笑を浮かべた。

「……もういいよ、レイザ」

 拗ねるようにして彼から視線を外し、前を向いた時だった。

 顔から血の気が引いていくような、体温が奪われるような冷たさを覚えたのは。

 ちらりと、隣を歩くレイザを見たが彼は気付いていないようだった。

(き、気のせいなのかな。でも……)

 そう、彼が見たのは紛れもなく追跡していた人物。

 しかし、彼が同時に見たのは、その人物が本来持たないであろう能力だった。

 ふわふわと浮いていたような気がするのは気のせいか。

(実は、僕らがくるのを待ってるのかも)

 そう思ったら足は早く動き出した。真っ直ぐと、迷うことなく。

 ディールが走り出したことにまたしても一瞬だけ戸惑いを見せたレイザだが直ぐに目的を思い出した。そして何も言わず彼の後に続くようにして走った。


****


「ここ、どこだろう」

 道なりに進んできた彼らの視界に映るのは崩れた建物がちらほらと並ぶ景色だった。

 元々、ここは町だったのかもしれない。

「人はいないみたいだね……レイザ」

 先にたどり着いたディールが不安げに呟いたが、レイザは特に何も言わなかった。

 いや、正しくは何かしら妙な違和感を覚えたのだ。

(作りもののような気がする)

 そして彼はハッとしたのだ。

 この違和感は初めてフィリカに来た時から感じていたことに。

 最も、当初はアイーダが言っていたフィリカに張られたバリアのせいだと思っていたのだが。

「ディール……」

「どうかしたの?」

 直ぐに反応したディールを目の当たりにするとレイザは何も言えなかった。

「……いや、何でもない。悪かった」

 フィーノの『此処は誰も踏み入れることのできない聖域』という話を思い出し、サッグの連中がフィリカに入って来たことも思い出し、もしかしたらディールは何か知っているのではないかと思ったのだ。

「大丈夫? レイザ」

 珍しく顔色が悪いレイザにディールは不安を抱いた。単純に、こんな神妙な顔をしているレイザを滅多に見ないからだ。

 ディールに心配をかけ尚且つ不安に思ったレイザは耐えきれず、思い切って彼に話すことにした。

「さっき、お前が、言ってたじゃないか。此処は無限の力が手に入るって……俺、似たようなことをリーフ・グリーンで聞いたんだ」

「……ああ、此処には神様がいるって話だろ? 最初は御伽噺だと思ってたんだけどね」

 どこか小馬鹿にしたような口調で返したディールだがレイザにはどうしても腑に落ちないことがある。

「サッグは、此処を支配したいのか? 無限の力が手に入るなら……第一、あいつらはもう此処の大部分を支配しているだろうし」

 事実、ジュピターとリーフ・グリーンは敵によって支配されていたことは明白だ。

「……レイザ、先ずはゼーウェルさんを追うのが先決じゃないかな。あれ……?」

 ディールは急に声を潜め、強張った顔で辺りを見始めた。

「ど、どうかしたのか?」

 ディールの異変に気づいたレイザが問いかけると、彼は表情を引きつらせたまま言った。

「今、誰かが、俺たちを見ていたような、視線を感じたんだ……」

「……? 誰も見当たらないぞ。少なくとも俺には感じられない」

「そ、そう? 気のせいかな」

 ディールは首を傾げながら先に進んだ。

(……俺が前を歩いているからなのかな。もしかしたらそうかもね)

 レイザは後ろに気を遣っており、自分が前方に気を遣っている。

 それに先ほどまで薄暗い森の中を歩いていたから、まだそわそわしているだけなのかも知れない。

 胸の内に広がる微かな不安を抱きながら、二人は道なりに進んでいく。


****


 先頭を歩いているディールの発言から脳裏に不安が過ぎりながら進むレイザの目の前に現れたのは崩れ落ちた建物の数々。

 ふと、足元を見ると建物の一部であった破片が散らばっている。

「リーフ・グリーンから道なりに進んだだけなのだが、ここはどこなんだろうな」

 辺りを見回しながら疑問をぶつけるのだが、そもそもフィリカの内部をあまり知らないディールも推測できる範囲で答えるしかない。

「さあ、何ていう場所なんだろうね。見た限り元々此処は村だったんだろうね。今や廃墟しかないけど」

 ディールはフィリカの地理に精通していると思ったのだが、彼の表情を見る限り何も知らないと悟ったレイザは残念そうに俯いた。

「ごめんね、レイザ」

 いつもならそこで強引に話を変えるディールが申し訳なさそうに言った様子を見てレイザは思わず彼の顔を二度見してしまった。

「レイザ、どうかしたの?」

「……ん? いや、何でもない。まあ、とりあえず先に進めば何かあるか」

「そうだよー。ついでに探索もしようよ。きっといいものが見つかるかも知れないし」

「……お前なあ。もし、敵がいきなり現れたらどうするんだ」

「だ、大丈夫だって! ほら、もう行くよー早くここを突破しないと何か落ち着かないんだよー」

 もうリーフ・グリーンを抜けたというのに落ち着かない様子のディールに引っ張られるようにして廃墟の建物が並ぶ場所を歩いていく。

「どんどん廃墟の建物が見えてきたね。元は立派な村だったんだろうね」

 ゆっくりと歩きながら建物を見渡すと、殆ど崩れ落ちていて基礎が辛うじて残っている程度の残骸ばかりが目に入る。

「ああ、そうだな。でも、ここが村だとしたら、何で滅んだんだ?」

 素朴な疑問だった。単純に理由を知りたかっただけなのだ。

「さあ、何でだろ。俺らに関係あるような気もするし……」

 ディールも気になるのだろう。歯切れの悪い返事をした瞬間だった。

「……!?」

「レイザ、どうかしたの?」

 今度はレイザが強張った表情でじっと前を見ていた。

「……レイザ?」

「……ディール、気をつけろ」

 それはあまりにも突然のことで一瞬ついて行けなかった。そんなディールの戸惑いに気付いたレイザが再度警告した。

「……俺達を見てた、誰かは分からないが……兎に角気をつけろ」

 彼の発見から漸く把握したディールはいつでも対応できるよう身構えながら進んでいく。

「……何か見えたんだね」

「……ああ」

 気になったディールが聞くと彼は絞り出すような声を出して頷いた。

 リーフ・グリーンで見たゼーウェルらしき人物なのだろうか。

(……何だろ、何か、落ち着かない)

 此処にいる所為なのか、それともレイザが見た何者かの所為なのか。

 先に進まなければならないのに進みたくない。

(レイザも落ち着かない様子だけど……)

 いつの間にかディールの隣を歩いていたレイザの表情にはいつものような自信に満ちたものではなかった。

 今の彼は驚愕な表情を露わにしており、間違いないとディールは確信した。

「ゼーウェル卿が、何故此処に……?」

 絞り出すような声を出したレイザの口からはゼーウェルの名前が出て来たのだった。


****


 一際大きな建物の残骸の側に立っているのは黒い衣装を身に付け、フードを被った男。

 袖から出る僅かな肌の露出からでも分かるくらい青白い。

 行く手を阻むだろう男の目はただ一点を見つめている。

「……あれが」

 すぐ近くに脅威が潜んでいることを彼らは気付いていないのか。

 地を這うような、纏わりついて離れない男の笑い声が無人の場所に響く。

「……俺の邪魔はさせない。お前達がカイザーを倒すこと自体、あってはならないのだ。カイザーを倒し、力を得るのは俺だ……俺の邪魔をさせない、絶対に」

 一直線に歩く二人を見る男の瞳には明確な敵意がはっきりと見えた。

(邪魔はさせぬ、決してさせぬ……!)

 獣の唸り声が低く響き渡り、そこから発せられる振動が空気を動かせるのだが。

 唸り声から起こった振動は一瞬で収まり、この一帯に広がるのは静寂だけだった。

 そして、いつの間にか一人佇んでいた男の姿は跡形もなく消え、突き刺すような殺意も刺々しい気配もなくなっていたのだった。


****


 一方、ほぼ一直線の道をひたすら歩く二人。

 状況が特に変わったわけでもなく、建物の残骸をゆっくりと歩いていた。

「レイザ、何かさ、人の気配を感じない?」

「うーん……そうだな……」

 ゆっくりと口を開いたディールの顔はどこか青白い。人の気配にはレイザも薄々気付いていたがディールほど敏感ではなかった。

「ただ、視線を感じる。それに変に静かだし」

「やっぱりそうなんだ。俺の場合はさ、誰かがこの先に待ち構えているような気がしてならないんだよ。さっきの見ただろ?」

「……ああ」

 一瞬だけ見えた、ゼーウェルらしき姿。待ち構えているのは彼なのだろうか。

「……?」

「どうしたの?」

 強張ったレイザの顔に不安を覚えながら返答を返すディールの真上からだろうか。

「……ディール!」 突如レイザが大声で叫びながらディールを引き寄せた。

 その後直ぐに刃のように鋭い銀色の光がディールの立っていたところに墜ちたのだ。

 レイザが気づかなければ彼は光の餌食になっていただろう。

「い、いったい、誰が!」

 ハワードのように突然現れたほうが幾分かやりやすいのだが先ほどの攻撃は姿も見えず、今の二人の間にあるのは不安だけである。

「誰なんだ!」

 不安と恐怖に耐えきれず叫んだディールに答えるかのように彼らの前方の空間が揺れ動くのが見える。

『……ああ、気づかなければ、見なければ、死なずに済んだものを』

「……その声は」 忘れるはずもないその声の主。

『気付いた以上は仕方ない。二人には死んでもらおう!』

 揺れ動いた空間から徐々に姿が具現化されてゆくのは黒を身に纏う男。

「……ゼーウェル卿」

 間違いなく、二人の目の前にいるのは行方を追っていたゼーウェルその人である。

 しかし、現れた彼は明確な敵意を剥き出しにし、射るような視線を二人に向けている。

「……何故、あなたが」

 信じられないと言った様子のレイザにゼーウェルは何も答えず、動揺する二人を嘲笑うようにしてこう言った。

「私が此処にいるのは不思議なのかな? レイザ、お前にしては珍しい。滅多なことでは動揺しないお前の困惑した表情を見れるとは思ってもみなかったぞ」

「……ゼーウェル卿」

「しかし、私にとってお前は敵。災厄でしかない、ゆえに私はお前を……お前とディールを始末せねばならぬ。災いは芽のうちに摘むべきだからな……。お前たちにはどうしても死んでもらわねばならぬ、覚悟したまえ」

 台詞とともに風が渦を巻き始め、ゼーウェルが目を見開いた瞬間に竜巻が発生する。

「喰らえっ!」

 とてつもない轟音は真っ直ぐと先頭にいたレイザに迫ってくる。

「……レイザ!」

 いち早く気付いたディールが唖然とするレイザの腕を掴んで真横に引き寄せた。

「……」

 ふと見てみるとレイザがいたところを竜巻が通り過ぎたのが見えた。ディールが動かなければレイザは竜巻に巻き込まれていただろう。

「……悪い、ディール」

 我に返ったレイザがディールに謝罪の言葉を漏らし、目の前にいたゼーウェルを見据える。

「ゼーウェル卿……いや、ゼーウェル、生憎だが、お前に阻まれるわけにはいかない」

 言うが早くレイザは身構えた。

 此方から向かってもまた竜巻を発生させられたらひとたまりもないだろう。しかも相手は魔法をまるで道具か何かのような感覚で使っている。

 此処は攻撃するチャンスがくるまで防御し、少しずつ近づくのが得策だと二人は考えた。

 何故ならば、彼が使う魔法は相手と間合いが取れていてこそのものだと感じたからである。

「ほう、正々堂々と戦いを挑む者には応えてやらねばな」

 嘲笑う声とともに彼は黒い刃を作り出すとそれを真上に振り上げた。

「来たれ……この者共に裁きを下すのだ!」

 声とともに降り注ぐのは粒子だった。

「……ゼーウェル」

 苦痛に顔を歪め、屈み込むレイザを嘲笑いながら彼はただ見下ろしていた。

 その顔には明確な敵意と狂喜が浮かび上がり、二人を戦慄させるには十分だったのだが。

 しかし、レイザの知るゼーウェルは人を苦しめるのを極端に恐れ、言葉こそ少なかれど優しさに満ち溢れた人物だった。

「……違う」 粒子によって視界を阻まれながらもはっきりとした口調でレイザは目の前にいる人物に向かって言い放った。

「……違う、お前は、ゼーウェルじゃない……」

「レイザ……!」

 漸く粒子を振り払い、ゼーウェルを見据えるレイザを庇おうと駆けつけたディールだったが。

「黙れ!」

 突如、怒れるままに叫んだゼーウェルが自ら生み出した刃を持ってレイザに斬り掛かってきた。

 真っ直ぐに振り下ろされる刃をかわし、レイザはゼーウェルに向かって足払いをかけ、体勢を崩した隙を見て彼の手にあった刃を手で粉砕したのだ。

 自ら生み出した刃は強い衝撃を与えると粉砕できることを彼は何となく知っていたのだ。

「……ほう、勝ったつもりか? ならばこれでどうだ!」

「レイザ、離れて!」

 青い閃光が一直線にレイザに向かっていくのが見えたディールの悲鳴に気づく前に、レイザは直ぐに屈み込んだ。

 それと同時にゼーウェルの懐に飛び込んだディールが目にも止まらぬ速さで彼に攻撃していたのが見えた。

 レイザの攻撃はゼーウェルにはほぼ通用しなかったのに、ディールの攻撃は何故通用したのか。

「貴様、私の……」

「うるさい! ゼーウェルさんは何処なんだ、何処に行ったんだ!」

 ディールの悲鳴のような声に反応したレイザはゼーウェルの姿に、黒い物体が重なって見えたのだ。

「離れろ!」

 叫び返したゼーウェルが突風を巻き起こし、ディールを吹き飛ばしたのを見たレイザは素早く起き上がり、ゼーウェルに向かって再び体当たりを入れたのだ。

「お前の姿は見切れているんだ」

 今度は攻撃を与えたという感触が確かにあった。

 体当たりを受けた拍子に体勢を崩したゼーウェルに向かって真っ直ぐと拳を突いた。

「レイザ、貴様……」

 ゼーウェルの姿がバラバラと崩れ落ちるのが見えた二人だが。

「それでも勝ったつもりか!」

 怒声が響いたと同時に油断していた二人は咄嗟の防御をする暇もなく地に伏せてしまった。

「……ディール、大丈夫か?」 彼が次に繰り出すであろう攻撃からディールを庇うようにして立とうとするレイザの目の前に、ゼーウェルが笑みを浮かべて刃を突き付けている。

「随分仲間思いだな、レイザは。先ほどまでの勢いはどこにいったのかな? ふふ、その傷ではもう立てないだろう。お前とディールはゆっくりと料理してやる」

 この上なく悦に入った笑みで言い放った台詞に顔をしかめるレイザの真上から刃が振り下ろされる瞬間だった。

「……待ちなさい!」

 威勢の良い女性の声だろうか。

 未だ立ち上がれないでいるレイザの目にはうっすらとではあるがゼーウェルに向かって駆けてくる姿が見えた。

「ほう、誰かと思ったら……」

 ゼーウェルからすれば突然の敵の襲来であるが不思議なことに彼が慌てる様子にはなく、寧ろ最初から予測できていたような余裕さえ見せている。

「……奴がかばったことで逃れられたのかな?」

 どこか馬鹿にしたような様子で問い掛けてくるゼーウェルの元に漸く辿り着いた女性は息を切らせながらも顔を真っ赤にして反論をする。

「あら、私がやられるとでも思ったのかしら! コメットアロー!」

 剣を振り上げるように手を振り上げた瞬間、小さな矢がゼーウェルに向かって降り注ぐのが見えた。

 決定打には欠けるがゼーウェルが攻撃を繰り出す時間を遅らせることはできるようだ。

 コメットアローを何度も放ちながら彼女は漸く立ち上がった二人を見て言った。

「レイザ、ディール、行きなさい!」

「な、なんで、知ってるんだ……」

 レイザが質問するが彼女は答えず、ただ彼らに向かって微笑みながら言ったのだ。

「……セティって奴に会ったら言ってくれない? 負けないでって」

「……!」

 ディールが目を見開いたのをレイザは見逃さなかったが、今は彼女の言う通りにすべきと考えた。

「……分かった」

 レイザが返答したのを聞いた彼女は満足そうに微笑みながら言ったのだ。

「私、ミディアっていうの。ふふ……」

 コメットアローが止んだ瞬間、ゼーウェルが不敵に笑うのが見えた。

「貴様には用はない。だが、俺の邪魔をするのであれば死んでもらうまで!」

 空間が歪み始め、引き込まれそうだと感じた瞬間、一度逃げようとしていた二人がミディアを連れて後退したのである。

「……まあいい。貴様等には何れ会う。今は取り敢えず退くとしよう」

 歪んだ空間から発せられる暴発したエネルギーを受け、眩んでいく視界にゼーウェルが姿を消すのが微かに見えた。


****


「う、うう……」

 呻くような声を上げるレイザとディールに付き添うミディア。

 逃げろと言ったのに逃げず、自分を攻撃から守ってくれた二人の様子を不安げに見守っていた。

「大丈夫かな……」

 ゼーウェルが去り際に放った攻撃は空間を歪ませて吸い込み、異次元に誘う攻撃だったがそれを拒むと尖った硝子のようなものが無数に飛んでくる攻撃に変わる。

 硝子の破片を避けようと攻撃の範囲外に逃れた二人は揺れる振動によって踏ん張りきれず、衝撃波を受けて気絶したのだった。

「悔しいけど回復魔法は使えないのよね、此処では」

 二人の傷自体は大きくなさそうだがゼーウェルの攻撃によって受けた衝撃で目覚めないのはうなされている声からでも分かる。

 恐らくまだ混乱していて整理がつかないのだろうが、あまり時間がないということで彼女はかなり焦っていた。

「ど、どうしよう……」

 一向に意識が戻らない二人に対してミディアは途方に暮れていたその時だった。

「……う、ううん……」

 身じろぎをした後、ディールがゆっくりと目を開く。

「ああ、ディール! 目を覚ましたのね!」

「み、ミディア、ど、どうしたの」

 感激したような声を上げるミディアに戸惑うディールだが、直ぐに彼女が今までずっと付き添ってくれていたことに気付いたのだ。

「お、俺は大丈夫だよ。でも前にいたレイザは……」

 そう言ってレイザの方に視線を向けたディールだが、既に彼も目を覚ましていたようでミディアの方に近寄って来ていた。

「流石にあれは堪えたな、離れていてもここまでくるとは……。しかしミディアさん……だよな? とにかく助かった」

 ミディアがゼーウェルを止めていなければ彼の攻撃の餌食となっていただろう。

 今の自分たちで勝てるような相手ではなく、正に間一髪といったところだったのだ。

 レイザの物言いからミディアが思っている程大事に至ってないことを知って安堵もしたのだが、やはり長い間落ち着かない様子で動いていた自分からすると小言の一つや二つぐらい言いたくなるのだ。

「ふう、ちょっと最悪なことも含めて色々考えてしまったじゃない。目が覚めているならもっと早く言いなさいよ」

「ああ……それは悪かったよ。いや、本当に真面目なんだね、ミディアは。それより此処は何処なの?」

「全く、ディールってば……まあいいわ。此処はハルパスっていうの、周りを見渡してみると街だと思うけど……」

「そうか、此処はやはり街なのか。でも廃墟、だよな」

 後ろからレイザが割り込むようにして呟いた。

 此処が街なら、どうして誰もいないのか。

 いつもなら特に気にしないレイザも何故か気になってミディアに問いかけたが。

「……よく分からないの」

 彼女は申し訳なさそうに返しただけである。それを見たレイザは苦笑しながらうなだれる。

「そうか、悪かったな……あと、この先は何があるんだ?」

 手探りで此処まで進んできたものの、そろそろ限界を感じ始めていた二人にとってフィリカのことを知っていそうなミディアの存在は心強かった。

「この先は『ロック・レンブレム』っていう雪山なんだけど……とても険しいわよ。それにこの山を登った先に『ハーディスト・タワー』があるし」

「……本拠地だな」

 レイザの問いに彼女は頷き、更に続けた。

「ただ、ハーディスト・タワーに行くにはリデルが守備をしている砦から行く必要があるの。ロック・レンブレムに多分その砦に侵入できる手段があるんだけど……」

 そこでミディアは顔を曇らせながら二人を窺っている。

 彼女の様子からその手段はあまり薦められるものではないことが分かったのだが、同時にハーディスト・タワーに行くにはそれを使うしかなさそうだということも何となく把握できた。

「よし、悩んでも仕方ない。ロック・レンブレムに行くか」

 レイザの声にミディアは大きく首を縦に振った。

「ええ、そうしましょう」

「ミディアがいるなら心強いね!」

 ディールは嬉しそうに言って走り出した。

「あ、おい待て!」

 慌ててレイザも後を追い、更にその後をミディアが追いかける。

 こうして、ミディアを加えたレイザ達は険しい雪山ロック・レンブレムに向かって歩き出したのだった。

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