Strategy6:夢魔の囁き
「とりあえずあいつらの悲鳴はうるさいです」
正に森を抜けるといったところに、得体の知れない物体が浮いている。
「この私の領域を越えようなんて」
恐らくレイザ達のことだろう。
先程から苛立ちを見せ、全身を黒で覆っている存在の特徴ともいえる金切り声。
「全く! あの闇魔術師にもコケにされるなんて! ちょっと酷いと思いませんか!?」
その金切り声は隣にいた仮面をつけた者に向けられる。
所謂アンデッドという種族が多く出没するリーフグリーンには似合わない人工的な甲冑と鉄仮面。
「返答はなしですか! もういい! 早く奴らを排除しなさい!」
どうやら短気らしい。普通に聞いてても頭痛を引き起こしそうな金切り声は更に高いものとなる。
「……心得ました」
仮面をつけているためか内に籠もったような声を発した後、颯爽と森の中へ駆けていく。
「フフフ、頼みましたよ……」
先程とは一転して気分をよくしたのか、含み笑いをしながら仮面の男を見送った。
****
ただでさえ薄暗いこの森を進めば進むほど薄暗くなり、悲鳴のような声と這うような音がずっと共鳴し続けた。
カサカサッ!
「ひいっ……」
恐怖心からくる緊張からか葉の揺れる音だけでディールは怯えた。その拍子にレイザの服の裾をグイッと引っ張る。
「ぐえっ!」
首の方に襟刳りがきたため、レイザは思わず喉を締め付けられたような声を出す。
「あ、ごめん……」
レイザの苦しそうな呻き声を聞いたディールが慌てて裾から手を放す。
「いちいち怯えるなよ……」
仕方ないとは思いつつ、あまりの怯みっ振りに溜め息をつかずにはいられなかった。
取り敢えずディールを後ろにつかせたレイザは慎重に動く。
(また、あんな目に遭うのはゴメンだ)
気味の悪い悲鳴と何かが這いずる音。それを思い出しただけでも気分が悪くなる。
慎重に慎重を重ねて進もうと決意したレイザは足音を忍ばせて歩いた。
相変わらず薄暗く気味悪さが漂う森の中を延々と歩くのは精神的につらいものがある。
同じ景色ばかりを見ると飽きるとはよく言ったもので、映る景色に少しの変化も見られないことに二人はうんざりとしていた。
せめて何か変わればよいのだが、そんなことはないようで疲労感は増す一方である。
「……」
こんな不気味なぐらい静かな森を歩いていてもぎゃあぎゃあと喚くディールが黙っている。
声を発するのも億劫なのだろう、歩くのがやっとといった様子である。
しかし、先頭を歩くレイザはディールよりも早く疲労感がやって来ていた。
更に先頭を歩くためか敵に見つかった時、真っ先に攻撃される。よって少しも気を抜くことが出来ず、既に限界を越えていた。
そんなレイザを申し訳なさと心配からか、ディールは休息する場所を探し始める。そう言えばリーフグリーンに入ってからまともに体を休めた記憶がないことに気付いた。
出口を探すために必死に歩いたためか、休んでいないことに気づくと体の中にある疲労をさらに強く感じてしまった。
キョロキョロと辺りを見回すディールの視界に銅像のようなものが目に映る。
「……あ、あれ」
鮮やかな橙の宝玉を掲げる女神像である。
ジュピターではたくさんの女神像があったが、宝玉を掲げる女神像には不思議な力があるのか不穏な気配が一切感じられなかったことを思い出す。
つまり、ここは休憩場所だ。
「レイザ、ここで休憩しようよ」
ディールは嬉しそうな声でレイザにそう言った。
「ああ」
レイザの返答した時の声もどことなく嬉しそうなもので、張り詰めていた神経が落ち着きを取り戻しつつある。
これも女神像の成せる技なのかと思うと、決して心神深くない彼らだが、この時ばかりは神聖な気持ちになった。
「……よし、休むか」
恵みを与えてくれた神に感謝しつつ、二人はここで休息をとることにした。
****
「ふう、準備出来た?」
疲労感のあまり声も出せなかったディールはすっかりいつもの元気を取り戻しつつあった。
喋っていれば腹立たしくなる時もあるのだが、彼の明るさがなければ寂しい時もある。
「ああ、出来たよ」
レイザも本調子に戻り、ディールの前を歩き始める。
女神像から一歩前に踏み出すと視界が急に開けた。
「ここからは真っ直ぐ行けば間違いなく出口にたどり着く」
そうレイザが言った通り、一本道が見えている。
思えば前までは浮遊物みたいなのが行く手を遮っていたように思う。
しかし、問題なのはジュピターの最終地点でラルクが待ち受けていたように、ここの最終地点でも何者かが待ち構えているという点だ。
(ラルクみたいに変なことはしないだろうからな)
大剣を構えるのが精一杯だったラルクだが、剣を持たせたら恐ろしいぐらい強い。そして彼が得意とするのは短剣である。
ラルクが単純だったからこそ逃れた難であるが、次はそう簡単にはいかないだろう。
「レイザ、前、前に!」
ラルクからもらった黒メガネをつけたディールが悲鳴を上げる。
「……」
休んでいた際にメガネをつけることを忘れていたレイザ。
これでは攻撃が出来ない。
「それっ!」
普通ならば見えない敵だがラルクからもらった黒メガネのおかげで正体を見破れる。
ディールは真横から攻撃を繰り出した。
真っ直ぐと拳をついた攻撃だが当たればかなりの痛手を受ける。
「ふう……レイザ、大丈夫?」
ふわりと消えた敵を見て、ディールは声をかける。
「ああ、助かった。すっかり忘れてたな……このメガネ」
浮遊物の正体を見抜けるなかなか便利なメガネだが、レイザはこの存在をすっかり忘れていたという。
これではディールも苦笑した。
「ラルクにまた恨まれるよー」
せっかくラルクがくれたのに、それを忘れるとは何たること。
「今度は忘れないようにかけておいた」
メガネをつけたことをディールに確認させ、彼が頷いたのを見たレイザはまた歩き出す。
そう、リーフグリーンにいる敵、即ち霊体というのだが正体が見破れない故に物理的な攻撃が一切通用しないのが大きな特徴である。
そして厄介なのは多くが魔法にも耐性があるということだ。
何故そうなったのかは知らないが、とにかくそういうことらしい。
しかし、正体を見破れば物理的な攻撃は有効となる。
「ひいい……でもなんか気持ちが……」
その話を聞いていたディールがまた震え出す。
「お前、冷静に攻撃してただろ」
身震いをするディールに呆れるレイザ。
攻撃されそうなレイザを助けたディールは嘘みたいに冷静だった。
「でも、霊体がうようよしてるってことは……」
リーフグリーンを見ていた限り、本来は穏やかな空気が流れる神秘の森なのだろう。
「最終で待ち構えてるやつが操ってると考えろ」「ひぃぃ……」
ディールにとっては飛んだ災難であるが、そんなことに構っていられないレイザは先へ先へと進んで行く。
「わあ! 置いていかないでくれよう!」
あまりにも五月蝿い声にレイザが頭を抱えたのは言うまでもない。
ゴールにたどり着くまでまだまだ時間が掛かりそうであった。
****
森を包み込む闇が深くなってきた頃、何の変哲もない通路で悠然として構えている者があった。
動きやすいよう、殆どの防具が軽装には見えるが、顔を覆う仮面が全体の雰囲気と合わないため、かなり特徴的ともいえる。
容姿も男性にしては手足がスラリと長く全体的に細身であり、女性にしては肩などの骨格や筋肉がしっかりしているようにも見える。
その者は一言も発しないが正面をじっと見つめている。
――まるで、そこに敵がくることを知っているかのように。
「……ゼーウェルの、パートナーですか」
木の葉の揺れる音にかき消されそうなほど小さな声。
「……もうすぐ、彼らが来るな」
仮面越しに話す男の声は籠もったようなものだったかと思った瞬間、彼は素早く闇に紛れた。
「ディール、とにかくお前の声はうるさいんだよ!」
「レイザの声だって十分うるさいよ」
「なんだと!」
敵地だろうがお構いなく言い争う二人。
端から見ればライバルが鉢合わせしたような光景だが、これも二人にとっては意味のあるやり取りなのだ。
「それにしてもレイザって肺活量すごいよね、あんな……わっ!」
レイザの横にいたディールに向かって飛んできたのは黒い電撃だった。
「俺によっかかるな!」
咄嗟に避けようとディールはレイザを突き飛ばす形で伏せたため、彼まで巻き添えとなった。
「痛い痛い!」
忘れてはいけないが、ここにいる敵は霊体が殆どである。
ガリガリとレイザの腕を執拗に引っ掻き回され傷が増えていく。
「それっ!」
レイザによって自由になったディールは背後から忍び寄り一撃を喰らわす。
「もういっちょ」
今度はレイザの前面にいた敵に手刀を加える。
「さあー次いっくよー」
「お前……」
そう言い掛けたところでレイザはハッとする。
黒いめがねを掛ければ敵が見えるようになるのだ。つまり攻撃も通用する。
「俺って……」
さっさと倒せばこんな傷も負わずに済んだのにと思うと溜め息をつく。
そうやって落ち込んでいる間もディールは鼻歌を歌いながら歩いていく。
ディールは確かに強い。しかし、薄暗く身を隠す場所も豊富にあることを知っているレイザは慌てて追いかける。
「ディール、先々歩く……」
制止しようとしたところ、レイザの目の前にはキラリと光る糸が張り巡らされている。
「あなたがレイザですか。確かゼーウェルの……」
どこからともなく、それこそ木の葉が揺れ、重なり合う音に紛れるようなほど小さな声。
「誰だ!」
レイザは姿見えぬ敵に吼えた。
凛とした、曇りのない声。
「やはり勇ましいですね、恐れるものなど何一つ存在しない。あなたの声はそういう風に聞こえますよ、レイザ」
そう言いながら地に着地した男。
仮面を身に着け、この空間に溶け込むような黒を全身に纏っている。
「私の役目はあくまでも勇敢なあなたの足止めですよ、フフフ……」
やはりかき消されそうなほどの小さな声。
「……!」
しかし、危険を感じ取ったレイザは咄嗟に後退した。
ピシッ!
細くしなやかで透明に輝く糸が地に打ち付けられる。
見た目とは裏腹に地にくっきりと跡を残していた。
「前進していたらあなたの腕は千切れてましたよ。さあ、どうしますか?」
仮面を身に着けた者が使っているのはワイヤー。
男によって地を打つワイヤーを見る限り切れ味は良好といったところだろう。
(畜生……)
しかも辺りにワイヤーが張り巡らされていて容易に進ませてはくれない。
「打つ手なしといったところですね。切るものでも使えたら私は不利ですが」
余裕綽々といった様子で悠然と立っている。
(そうだ、そう……そういう手だって)
いつでも突撃すればいいものではない。
――時には退くことも作戦だ!
そう思ったレイザは敵から少しずつ後退していく。
「おや、後退ですか?」
相変わらず余裕綽々な様子でワイヤーを持ちながら問い掛ける。
こういう時、挑発に乗ってはいけないとレイザは敵を見据えながら一歩ずつ後退していく。
「フフフ、勝ち目がなければ別の場所から行くということですか」
すたっと砂を踏みしめる音とともに歩き始める。
「そうはいきませんよ、レイザ」
語調を強め、走っていく男を見たレイザは背を向けて一気に森を駆け抜ける。
兎に角この不利な状況から一刻も早く抜け出すのが先決だ。
「ああそうか。そういうことですか」
レイザの後を追う刺客の声が不気味に響き渡り、彼の恐怖心を煽る。
相手はワイヤーを手にして追いかけているので何時背後から狙われるか分からなかった。
ただ、刺客の目的は自分を確実に仕留めるということは分かっており、こうして動き回ることで相手も追いかけるだろう。
「……無駄ですよ、レイザ。浅はかな真似はやめなさい」
低い声とともにワイヤーをレイザに向かって放つ音が聞こえた。
「……! くそっ、動かねえ……畜生……」
ワイヤーがレイザの腕に絡まって締め上げる。
「立ち向かおうが逃げようが末路は同じ。さて、来てもらいますよ」
悔しさに顔を歪めたレイザだが、今は大人しくしたほうがいいと考えた。
(こんな時、ディールがいたら……)
一人では限界があると、レイザは今になって漸く思い知ったのである。
****
その後レイザは目隠しをされ歩かされていた。
ただでさえ視界が暗いというのに目隠しをされては参ってしまいそうだった。
「ま、まだ、か……?」
頭痛と吐き気が同時に襲い掛かってきてうまく声が出せないがそれでも聞いた。
今、自分の立ち位置を知っているのは刺客だけだ。
「ふふ、そんなに気になりますか……レイザ。もう目的地にはついていますよ」
瞬間、目隠しを取られ、レイザは目を覆った。
封じられていた視界に入ってきた光で目が痛かったからだ。
その姿を見た刺客は挑発するように彼に向かって言い放つ
「さぞや眩しいでしょうね? ああ、忘れていた……」
何かを思い出すように言うと前に向き直った。
「ハワード様、レイザをお連れしました。これでいいですか?」
「……前から……」
レイザ達の前に黒い光が現れ、光は徐々に物体として目の前に現れていく。
「……ほう、この者が」
「そうです、ハワード様。この者こそ我らにとって脅威となる者です」
知らないうちに話を進められ、レイザは二人を睨む。
(脅威? 俺が? 俺は何も知らない。何も何も知らない。なのにこいつらは勝手なことばかり)
ラルクといいハワード達といい何故勝手に話を進めるのか。
「ハワード様、後はお任せしましたよ……私はちょろまかと動き回るもう一匹のネズミ取りに行ってきますゆえ」
「! まさか……」
先ほどの話からディールはまだ捕まっていないとみえる。
レイザは急いでディールの元へ向かおうとしたがハワードに遮られた。
「残念だが君は此処からは抜け出せない……君の影にいるからね……ふふふ……」
「畜生……」
不敵に笑うハワードに歯軋りをするレイザ。
何度動こうともハワードからは離れられないようだ。
「こうなったら……」
レイザの影に溶け込むハワードを排除しない限り此処から脱することはできないようだ。
「こうなったらお前を排除するまでだ!」
ハワードに向かって木の枝を投げつけたと同時に身構えた。
「ふん……なるほど。ならば君には黙ってもらわないと。ふふふ……!」
ハワードは手を翳し、レイザに向かって光を発する。
「……! くっ……」
眩しい光が辺りを包んだ。
強烈な光にレイザは目を覆ってやり過ごしたが、すぐに光は消えた。
「残念だが君とはまだ戦えないんだよ。さあ、私のかわいい子どもたち!」
ハワードの不敵な笑みとともに現れたのは彼の家来達だろう。
家来達はすぐさまリーフグリーンの奥へ向かっていく。
「え、どういう……ま、まさか!」
あの家来達は先に進むディールを狙いに行ったということだろう。
「君を排除するには膨大な力がいる。それにディールを始末した方が都合がいいからね、レイザ君? 早く行かないとまずいことになるよ。フフフ……」
楽しそうに笑いながらハワードは闇に溶けていった。
「……あの野郎消えやがって……次はただじゃおかねえからな」
完全にコケにされたレイザは悔しさで顔を真っ赤にしてぶつぶつと呟くが時間は限られている。
「とにかくディールを見つけることが先決だな。まだ遠くには行ってないはずだ」
ハワード達から逃れたディールを追うべく、レイザはリーフグリーンの奥へと進んでいくのであった。
****
リーフグリーンの森の奥地とも言うべきなのだろうか。奥地ということはもう後少しでリーフグリーンを抜けるという意味でもある。
(ディールはどうしているんだろう。まだ逃げ切っているのか、それとも……もう)
幸運とも奇跡とも言えるのだろうか。ディールはハワードたちを振り切って逃げたのだからレイザとしては安堵と不安が入り交じる。
ディールがハワードたちに捕まれば消されるという単純な理由からなる不安ではあるが、同時にゼーウェルの所へ辿り着けなくなるという不安もある。
(兎に角早く行かなければ。ディールが捕まってしまう前に)
先ずは目の前にある物事を解決するのが大事だ。不安に駆られて全てが失敗しては本末転倒である。
迷いや不安を振り払い、レイザは一人果敢に森の奥へ進んでいく。
時折聞こえる悲鳴や雄叫び、甲高い笑い声や喘ぐような声は恐怖心を煽るに十分なもので、姿が見えないということが更なる恐怖に繋がる。
延々と続く声に一歩進むごとに何かいないかを確認してしまう。
何処へ行ってもフィリカに張られたバリアにより魔法に対する耐性もかき消され、防具も粉々に砕かれたため、防ぐ手立てがないレイザ達には少しの魔法でも瀕死の傷を負う場合がある。
「いつまで続くんだ? このまま進めば……」
このまま進めば間違いなく体力は減っていく上に攻撃を受ける可能性も上がっていくだろう。
「無限回路なら突破する方法が……あ、そうだ!」
リーフグリーンに来るまで特に情報はなかったが、まだフィリカに行く少し前にゼーウェルが可笑しなことを言っていたのを思い出した。
『押してダメなら引け。進んでダメなら後退してみろ。そうすれば答えが見つかる』
何かの迷路を解いていた時にもらったヒントだと聞いた。
(もしかしたら通用するかも!)
希望を得たレイザは今まで進んで来た道とは逆の方向へ進んでいく。
暫く進んでいるとレイザの目の前に十字路が現れる。それは今まで進んでいた時にはなかった状況だ。
「壁伝いに歩いてみるか」
リーフグリーンにある木に触れるのは何となく怖いが、壁伝いに歩けば道は開けるというのはよく聞く話だ。
木に触れた瞬間、何かが姿を現し、進むレイザのほうへと向かっていく。
『此処から先へは進めない……此処から先へは進めない……』
鳴き声とは違い、何度も何度も声が反芻しては消えていく。
『此処から先へは進めない……此処から先へは進めない……』
何度も何度もそこへ行こうとするレイザを遮るように声は警告する。
『此処から先へは進めない……』
「……無駄だな。何か必要なのかもしれない」
正しい道へ行くための何かが。果たしてそれは物なのか、それとも……。
「別ルートへ行くか」
時には諦めることも大事な選択であることを知っているレイザはそこから退き、別の道へ進んでいった。
****
一方、レイザと離れ離れになり、身を縮めて向かうのはディールである。
「……うう、レイザと離れちまった……」 何故か知らないが、何時の間にかレイザと離れていたディールは木で埋め尽くされている不気味な道を一人で歩く羽目になっていたのだ。
「何なんだよ……乱入しやがって……あいつさえいなきゃ……」
「あいつって?」
「そうだよ……いきなり前に出てきた……ん?」
ディールはそこでおかしいことに気付いた。
自分だけなのに、何故か質問するような声が聞こえたのである。
「……!」
サッと後ろへ飛び退き、ディールは身構える。こんな時でも彼の直感は反応するようで、此処は危険だと脳が告げている。
「お、お前がレイザを連れ去ったんだな!?」
自分を押しのけてレイザを捕らえようとする姿を彼は見ていたのだ。
「おやおや、気付いたのか。でも、君はただ怯えていただけじゃないか。それに此処は自然が織り成す巨大な迷宮、君にレイザは救えるかな」
暗闇の中から透き通るような糸がディールに向かって飛んでくる。
スパン!
鞭のようにしなやかさと固さを持つ糸が地を打ち付けた。
「いってえ……」
間一髪でかわしたものの砂の粒が皮膚に直撃し、針が刺さったような痛さが走る。
「ワイヤー……か」
「綺麗な糸でしょう?」
シュルシュルと蛇のように蠢く音……まるでワイヤーが生き物のように感じる。
「生憎……」
恐らく近寄れる場所全てにワイヤーを張り巡らしているため、近寄ることも容易ではない。
ビシッ!
その間にもワイヤーが激しく地面を打ちつけたり、絡み付こうとしているため困り果てていた。
バシン!
突如、鞭のようにしなやかなワイヤーがディールの真上に見えたかと思い、彼は慌てて真横に避けた。
バシッ!
「うあっ!」
しなやかな鞭がディールの腕に直撃したのだ。
あまりの痛さにディールは腕を押さえたが、直ぐに立ち直り、男を見る。
シュルシュルと蛇のようにうねる鞭は絡みつこうと蠢いている様子を見たディールは青ざめ、思わず後退してしまった。
「残念でした、ディール君」
いったいどこにいたのか、そしてどこから聞こえたのか、ディールは青ざめながら周りを見渡した。
「……お、おまえ! ……うう、こ、これは……」
暗いせいでよく見えず、どこにいるのかも分からない。そして、襲い掛かる凄まじい眠気。
(れ、レイザ……気をつけて……!)
未だどこにいるのかも分からないもう一人の相棒を案じながらディールは意識を失った。
****
「どこにいるんだ、ディールは……」
最早どこが出口なのかも分からないぐらい無限回路を走り回ったような気がした。
しかし、少し前には確かに先へ行く道を見つけたはずなのだ。
その証拠に『此処から先へは進めない』と言った謎の声で遮られたのだから。
「はあ、疲れた……」
どこまで歩いても景色は変わらず、謎の人物やハワード達と遭遇してからはディールがいなくなったというだけで何ら進展はしなかった。それに敵も存在せず、幸いと言ったところなのだがハワード達が襲い掛かることを考えたら安心もできない。
「全く、ハワード達はどこにいるのかわからないしディールとは離れてしまうしここがどこかもわからないしどうしたらいいんだ……せめて案内人がいればいいのに」
普段なら絶対に不安感を抱かない自信家だったレイザが、今ではこんなことを吐き出していた。
「ゼーウェルの手掛かりもないし、ラルクのバカは何も知らないし……いや、知ってても教えたりしないだろうけど」
と、挙げ句の果てには頭を抱えて悩み出した。
「……キミ、キミ」
どこからか声がし、更に何かが服の裾を掴んでいるような感覚。
「……ん? 気のせいか、どうせ風が虫だろ。森の中にもいるからな。あー、吐き出してすっきりしたなあ。もう一度歩くか」
と言って歩き出したレイザ。
「ああっ、ちょっと待ってよう! 風でもないし虫でもないよ! それに歩くの速い!」
そう言ったかと思うといきなり“それ”はレイザの前に現れた。
「待ちな、ポニーテール! 歩くの速いんだよ!」「あ? お前誰っていうか、何? それに俺はレイザっていう名前があるんだよ。断じてポニーテールじゃない!」
目の前に現れた“それ”にポニーテール呼ばわりされ、レイザはカッとなって反論した。
ただでさえ自分の髪型がポニーテールであることを快く思っていないのに面と向かって言われてしまうと腹立たしさを倍増させる。
顔を真っ赤にして睨みつけるレイザを軽く受け流した“それ”は続きを話す。
「ま、どうでもいーや。そんなことよりアンタもしかしてハワード追ってる?」
「ああ、確かにハワードを追っているが、それがどうかしたのか」
もしかしてさっきの話を聞いていたのか“それ”の態度はガラリと変わった。
「ああっ! やっぱりなんだ! 実はさー、ハワードのやつ、リーフグリーンに幽霊放ったり闇の気を撒き散らしたりしてるからさ、倒そうと思ったんだけど、クールな茶髪に邪魔されて倒せなかったんだよ!」
「……クールな、茶髪?」
クールな茶髪という言葉にレイザは目見開いて“それ”を見た。
「うん、お前たちの出る幕じゃないとか言ってさ、気がついたらこの辺に倒れてて、どうしようか迷ってたらアンタが来たわけなんだよ。うん、ついさっきの話だよ?」
“それ”は小さな羽をパタパタさせながらふわふわと浮いている。それを見ながら今度はレイザが話し始めた。
「……お前、ここの住人か?」
「うん! そうだよー。あ、さっき話聞いたんだけど、もしかしてハワードの張った結界に阻まれて先に行けなかったんじゃない? 何ならアタシ達が知ってる秘密のルートがあるから案内するよ。ただし」
ただし、という言葉にレイザは身構えた。せっかく協力してくれるのだ。それに住人ともあればリーフグリーンにも詳しいはずだった。
「ハワードを倒すことと、秘密のルートに行く間はその黒メガネつけないでね。みんな怯えて襲い掛かるから。いい?」
「あ、ああ、これか」
レイザはそう言って額の上にあった黒メガネを出した。
「うん、リーフグリーンにいるみんなは滅多に危害を加えないんだけどハワードが来てから異様に黒に反応しちゃって……ま、サポートするから安心してネ。あ、アタシはフィーノっていうの」
「ああ、わかったよ。妖精さん」
最後の言葉を軽く聞き流したレイザがそう言ったのを聞いたフィーノは顔を真っ赤にした。
「ちゃんと名前で呼べよ! ま、いっか。それではしゅっぱーつ!」
怒ったり笑ったりからかったりとコロコロ変わるため、付き合うだけで体力が消費していくと思ったレイザであった。
****
「……こんな入り組んだ道を歩くなんて……草は絡まるし蔦はうねうねと動くし……」
小さな妖精フィーノによってリーフグリーンの秘密の道を歩くレイザだが、絡もうとする蔦と纏わりついてくる葉や茎を振り払うのに精一杯だった。
「見たところ腕のいい剣士っぽいはずなんだけど、このぐらいでへばってちゃハワードにも勝てるのかしらネ」
げんなりとするレイザを見たフィーノが呆れたようにため息をついた。
当たり前ではあるがフィーノには羽があるため蔦に絡まれることもなければ茎に触れることもない。
「どの面が言ってるんだ……。そこまで言うなら地面を歩いてみろよ……」
「早く行くのよー」
(……肝心なことだけは避けてるな)
いきなり話題を切ったフィーノに今度はレイザが呆れる番だった。
フィーノが案内する秘密のルートは大木が並んでいた。その大木の幹に絡まる蔦と風もなく左右に揺れるカラフルな花とくねくねと動く細長い葉が密集していた。
本当の意味で自然の道だったのだ。
「でもね、サッグとかいうわけの分からない奴らが来てからフィリカはおかしくなったわ。広がった闇の気のせいで此処にあった空気は濁るし、皆嘆いてるわ。そういや、アンタってフィリカに伝わる伝説を知らないのかしら」
フィーノの問いにレイザは頷いた。元々興味がなかったのだから知るわけない。
それを見たフィーノはゴホンと咳払いをし、話し始めた。
「そう、なら話すわね」
フィリカ内で語られる伝説はこうあった。
『昔、此処は生きているうちは誰も立ち入れない楽園だったという。
その楽園を作ったのがカイザーという神だった。
この楽園に来る者は罪を犯して死した者や、志半ばに命を絶った者。そう、此処は死者の楽園だった。
無論、カイザーも死を司る存在で、生きている人間は立ち入れないとした。
ある時、神はこう言った。
「私は眠る。眠らねばならぬ。その間、何人足りとも導いてはならぬ」
それを聞いた者たちはこの島の存在を封印し、全てを隠し通してきた』
ここまで話すとレイザはフィーノを見て言った。
「でもただの御伽噺だろ? 事実、サッグとかいう奴らが入って来てるんだからな」
それを聞いたフィーノはいきなり怒り始めた。
「そうでなくても元々他の世界の奴らは一歩たりとも入ることができない聖域だったのよ、ここは。それなのに最近来た妙な集団――ああ、サッグっていう名前だっけ。そいつらが突然フィリカにやって来て此処を荒らしたのよ。おまけに変な気を撒き散らしてるし、妙な結界張るし、大迷惑よ。あ、そこで思い出したんだけど」
「うん? 何なんだよ」 いきなり話を切ったため、レイザは怪訝そうな表情でフィーノに聞いた。
彼女は難しそうな顔をしながら、首を傾げながら言ったのである。
「不思議なことがあるんだけどフィリカっていう名前が広がったのも三年前ぐらいじゃなかったっけ」
そう言ってまたフィーノは話を切り、数分間首を傾げていたが、やがて何かを思い出したように顔を上げてもう一度話し出した。
「そうよ、確か……何とかラビアっていう人が来たのがきっかけよ。神になるとか何とか言ってふざけた人が来てからおかしくなったのよ。アンタ知らない? 何とかラビアっていう人」
フィーノの問いにレイザはまたしても首を傾げた。
「知らないなあ。それに神になるなんて夢みたいな話、出来るわけないからな。でも、そいつが来てからかあ……」 そもそも自分達がいた世界から少し離れ、辿り着いた先が異世界ということ自体驚かずにはいられないのに壮大すぎる話を聞かされ目眩を起こしそうだった。
しかし、もしかしたら聞いたこともあるのではないかとレイザはもう一度考えることにした。
(……あれ? そう言えば)
三年前と言えばゼーウェルと出会った日じゃないかとレイザは思った。(……ゼーウェルの名前が広がったのも三年前じゃないか? 昔は魔術師を志した奴が名前で、でも殆どのやつが知っているのは名前だけで、詳細も何も分からないっていう)
そう、三年前と言えばゼーウェルと出会った時ではないか、彼の噂を本格的に聞いたのもこの時期と重なる。
(まあ、それは偶然だろ)
今の話とゼーウェルは関係ないではないか。多分……そう、多分関係ない。
今までのフィーノの話は心に留めておくといった程度でいいだろう。
そう考えるととてもすっきりした。
しかし、レイザの百面相を見て訝しむのはフィーノである。
「ちょっとポニーテール! 知らないなら無理に考えなくていいわよ。傍から見るとかなり不気味だから。そうそう、それよりちょっと気になるんだけど」
ポニーテール呼ばわりされ少し気分を害したレイザだがもう反論する気にもならないようでフィーノに話を続けるよう促した。
「うん、アンタって不思議よネ。腕のいい剣士だからかなあと思ったんだけど何か異質な力を感じるのよネ、何でだろー」
不思議そうに首を傾げるフィーノにレイザは全く以てわけが分からず、淡々と答えた。
「そうか? 俺にはさっぱり分からないな。まあ、腕には自信があるがな」
さり気なくそうアピールしたがフィーノは見向きもせず、前方を指差した。
「あ、とりあえず出口が見えてきたわ!」
「お、おい!」
「あれ、どうしたのよ」
自分のアピールを無視され、レイザは反論したがフィーノはポカンとしていた。
「あ、ああ……あれがそうなのか」
確かに、よく見ると少し先には光が見える。
するとフィーノは残念そうに舌打ちをしながら言った。
「あららー、アタシこの先には進めないのよネ。ポニーとまだ一緒に行きたかったんだけどネー。まあ、何とかラビアっていう人、見つけたらぶっ飛ばしておいて。絶対悪い奴に決まってるわよ」
そう言って足早に去っていくフィーノの後ろ姿を暫く黙って見ていたが。
「……最後までトルネードみたいな奴だったよな……」
一方的に色々なことを話され、消化も出来ないまま放り出され、最早唖然とする気も失せてしまった。
****
「……ただの言い伝えだろ。そんな異世界な話ないに決まってる、そうだろ?」
誰に同意を求めているでもなく呟いた。すると……。
「いたぞ! あいつがレイザだ」
「逃がすな、必ず捕らえろ!」
待ち伏せしていたのは藍色のローブを身に着けた魔術師達だった。彼らの周りには白い筋のようなものが浮かんでいる。
恐らく彼らが召喚した悪霊と思われる。
「くそっ、奴らだけなら蹴散らせるがあの物体……」
いくら姿は見えても実体がない以上、こちらの攻撃は通用しないだろう。
「行け、我が僕たちよ」
声高々と号令した瞬間、悪霊はレイザに向かって襲い掛かってくる。
「ちっ……!」
サッと飛び退いて攻撃をかわすが、空中を徘徊する悪霊は自由自在に動き回る。
「……触れるのは危険だな……」
触れたら取り憑かれてしまうだろう。いくら下級魔術師が召喚したとはいえ、怨念を持った者が相手である。
操っている魔術師を何とかするしかないようだ。
「喰らえっ、ブラスト!」
瞬間、レイザめがけて青白い稲光が落とされる。
バーン!
耳を塞ぎたくなるような音と迸る光、その後は彼らの掌から火球が放たれた。
見かけは赤く小さな球だが、地面に消える度に草一つ残らないぐらい辺りを焼き尽くす。
「くそっ……」
間髪入れずに放たれる火球を避け、悪霊による攻撃に耐えるが、こちらが攻撃をするチャンスはことごとく遮られた。
「そこまでよ! ホワイトレイン!」
レイザの背後から甲高い声とともに光の雨が降り注ぎ、悪霊たちに向かって降り注ぐ。
雨が地面に打ちつける。
この雨が持つ聖なる力に悪霊たちは耐えきれず、白い霧となって消えていった。
「あんたが格闘士だったのを忘れていたわ、ポニー。加勢してあげる」
「お前……」
そう、彼の前に現れたのは嵐を巻き起こしたフィーノである。
「あと、魔法以外はあまり得意じゃないからあいつらへの攻撃は任せたわよ」
瞬間、彼女に向かって黒い球のようなものが飛んでくる。
「レジスト! 私に魔法は通用しないの」
薄く張られた光の壁が猛烈な勢いで向かってくる黒い球をいとも簡単にかき消した。しかし光の壁もレイザまで守備できるわけではなく、全体に及ぶ雷で突撃が遮られている。
「我々を遮る者は纏めて地獄へ落ちるがいい!」
吼えるような叫び声とともに彼らは指で印を描いた。
「お前たちは苦しみもがき、死んでゆく――」
印が完成し、術が発動しようとした時。
「レイザ、走って!」
放っていた雷光は消え、彼女の指示が下される。レイザの速さなら攻撃が下せると思ったのだろう。
「奴らの魔術を遮れ、ホワイトレイン!」
印を遮ろうと彼女は聖なる雨を再び降らせた。
彼女が引きつけている間にレイザは範囲に入っていない方向に向かって走り出した。
「まずは目障りなそのバリアを打ち消してやる」
フィーノを守っているバリアが邪魔して攻撃が通用しない。
忌々しく吐き捨てるとフィーノに向かって指を指した。
パリーン!
瞬間、ガラスが砕け散った音が響き渡る。
「あいたたた……バリア壊れちゃった」
フィーノがそう呟いたそんな彼女の表情は余裕綽々といったところだ。
「バリアを破壊した程度でいい気になるんじゃない。邪悪なる存在を切り裂け、セイントカッター!」
白く輝く刃が飛んできて、バリアを破壊した魔術師を切り裂く。
断末魔の雄叫びと鮮血が舞い散って地面に落ちた。
「喰らえっ!」
僅かな動揺を見せた間に追いついたレイザが横に回り込み、跳び蹴りを繰り出した。
これだけでは致命傷に欠け、すぐに起き上がる。
「消え去れ、ホワイトホール!」
白い光が放たれ、サッとレイザが避けたと同時に魔術師は跡形もなく消え去った。
「おのれ……」
印を発動しようとしたと同時にレイザは素早く駆け寄り、蹴りを放った。
白い雨の攻撃を受けた傷もあってか、相当のダメージになったらしい。
それでも尚攻撃を繰り出そうとする魔術師に追撃し、漸く倒したのだった。
一息ついたところでレイザはフィーノに向かって礼を述べる。
「ありがとうな、助かったぜ」
自信家でもあったレイザからこんな言葉を聞けるとは思わなかったのか、フィーノは感心したように言った。
「まあ、意外と素直なところがあるのネー。そうそう、悪霊たちを操ってリーフ・グリーンを荒らしていたのはこいつらだからもう大丈夫だと思うのネ。ここから先にいったらお友達に会えると思うのネー」
「ディールのことか……お前、何で分かるんだ?」
それは最もな疑問である。レイザの疑わしげな視線を受け、フィーノは困ったように笑って「よく聞こえるのよネー」と返した。
「まあいいや、とにかくあのバカをどうにかしないと……じゃあな」
未だ疑わしげな視線を向けていたレイザだが、善は急げと早々に走っていった。
「疑われるなんて心外なのネ……」
心外だと言わんばかりに呟いたが先を急ぐレイザには聞こえないため、これ以上言うのは諦めたのであった。
****
姿なき声がなくなり、静寂を取り戻した森の中を一直線に走った。恐らく森の万人であるフィーノの言っていることが正しければディールがこの先にいるだろう。
しかし、ディールの元へたどり着くまでまだまだ距離があるらしく彼の声は聞こえない。
「どこにいるんだよ、あいつは……ちっ、もしかしたら敵にやられたのか?」
警戒心が足りなかったとしか言い様がない。何時の間にか離れていたのだ。
もっと警戒して先に進めばこんなことにはならなかっただろう。
「事を急ぎすぎたか……俺もまだまだだな……」
何度も舌打ちをしながらひたすら走った。
静寂だけが広がる森の中を真っ直ぐ走る。何も顧みず、ただ純粋に。
数百円メートルぐらい走っただろうか。
「放せよっ! む、無駄だからな!」
「やかましくて目障りな小僧だ」
ディールの叫び声、恐らくハワードに抵抗していると思われる。
「ディール!」
このままではディールの身に危険が及ぶと感じたレイザは足元に落ちていた木の枝を拾って駆けつけた。
「ハワード、なにしてる!」
レイザの怒号に気付いたハワードは振り返ってこう言う。
「おや、レイザか。残念だが覆面男はいない……フフフフ、しかし私は姿なき者。君たちに私が倒せるかな?」
言うが否やハワードは手を翳し、白い光を集めるとレイザ達に向かって放った。
「愚かな者たちに裁きを! 切り裂け、刃光!」
集められた光は銀に輝く刃となって降り注ぐ。
グサリと地に突き刺さった複数の刃が光となってハワードの元へ返ってゆくのを見た。
その攻撃を後退することで辛うじてかわすことができたのである。
「私は近寄れるんですよ、あなたたちのところに」
「!!」
背後から響き渡る声に振り返ってみたがハワードはディールめがけて爪のようなもので引っ掻いた。
「うっ……!」
深く引っ掻いた傷に呻きながらも防御の体勢を取ろうとしたが再度ハワードが引っ掻いた。何度も、鋭く尖った赤い爪で。
「ディール! ……ぐっ、おのれ……」
助けに行こうとしたレイザもハワードの追撃を受けた。
「あ、知っていますか? 私、死霊使いなんですよ。君の動きを遮ることぐらい容易くできるのですよ、おやおや……まだ懲りないね」
「負けるか……っ!」
レイザに向かって火球を放った隙をついて逃れようとしたディールの首を掴んだ。
真紅に光る爪先が見え、彼の首を引き裂こうと動き出した時だった。
「喰らえっ!」
悦に入っていたハワードに近付き、ディールの喉を掻き切ろうとしていた腕目掛けて持っていた木の枝で突き刺した。
レイザ自身、これが凶器になるとは思っていなかった。
また、ハワードの腕に刺さっていたものが先ほど拾った木の枝ではなくて突き刺して攻撃するものに変わっていた。
「こ、これがなくなったら……」
そう言いながらハワードが攻撃を繰り出すのを見たディールが咄嗟に攻撃した。
「……!?」
黒い、光のようなものが彼の手から放たれたのがレイザには見えた。
「……おまえ、は……」
何かを言おうとしたところでハワードの息は途絶えたのだった。
「……ディール」
今のは――と言いかけたところでディールがこう言ったのだ。
「あのね、レイザ。僕、言い忘れてたんだ」
ゼーウェルとは別に、彼もここに来る目的があるのではないかと思ったのだ。
黙っているレイザに向かってディールは話し始める。
「ここに父さんがいるって聞いたからフィリカに行こうと思ってたんだ。ここは、無限の力が手に入る究極の楽園だと父さんは言ってたからね。レイザも誰かから聞いただろ? そんな話」
淡々と話す彼の口調にレイザは言い知れない不安を抱いていたのである。
強張った彼の顔を見たディールはけろりと笑って「大丈夫だよー」と言ったのだ。
「早くゼーウェルさんに会えるといいね!」
先ほどとは打って変わって明るい口調で言ったディールに、何とか笑みを返すレイザであった。
リーフ・グリーンの終わりに差し掛かる場所に一人佇む者がいる。
漆黒を纏う者が。闇と同化している者が。
「……試してみる必要がありそうだ」
だが、その者は気づかない。
出口に現れたレイザ達が驚いていたことも。
ディールがその者に異変を感じていたことも。