Strategy4:大剣士の攻撃陣
レイザとディールは遺跡の中に立っていた。
どうやら、ジュピターは自然に囲まれた場所であり、森の中に遺跡があるといったところだろう。
「暗いね……。あと、何か聞こえるんだけど……」
怯えたような声色でぶつぶつと言うディールに少し驚いたレイザは首を傾げながらディールに問いかける。
「ディール、大丈夫か?」
自分に問いかけるレイザがいたって落ち着いていることにディールは不安を覚えた。
「大丈夫じゃないよー……何でレイザは平然としていられるんだよう……」
今までの呑気なディールはどこへいったのか。ぶるぶると震える彼を暫し見つめていたレイザだが、やがて納得したように頷き、ディールに答えを言った。
「お前、暗いところが嫌いなんだな」
「え、ええっ!?」
ディールの反応からレイザは確証を得ることが出来た。
ジュピターは鬱蒼とした森の中にある遺跡だ。よって全くというわけではないが、殆ど光が届かないと言ってもいいだろう。
「まあここを突破するしかないからな。我慢しろ」
どこまで続くのかは分からないが、この森を抜けない限り遺跡に辿り着く事は出来ない。
これからこんな暗い道を歩かなければならないのかと思うと溜め息をつきながらディールは隣を歩くレイザを見ていた。
****
鬱蒼とする森の中を延々と歩き、時には自分達の足の長さぐらいある雑草を振り払いながら、ただひたすら歩いていた。
この森の終わりがいつまで経っても見えず、暗いところが苦手なディールの不安は頂点に達していた。それは普段は何があっても動じないレイザも同じなのだが。
「まだかな……何か出そうだよ……」
今まで隣を歩いていたディールがレイザの服の裾を掴みながら歩いている。
「今のところ、敵の気配は感じないぞ……? ただ、さっきの奴らは気配を消すのが得意だから細心の注意を払わなければならないのは確かだがな」
そう言いながらレイザはちらりとディールを見た。その不安げな面持ちから、服の裾を掴むディールの手を敢えて振り払うことはしなかった。
単純にディールの不安を自分が払拭しなければと思ったからである。
「……うん、分かった」
レイザの警告から数分経ってディールの返事をする声が届いた。
ディールの返事の声がした後は暫く無音に近かった。時折ガサガサと葉が風によって揺れる音が聞こえるだけで、他には何の音も聞こえない。
ただ、長い間の無音の状態が逆に二人の不安感をいっそう掻き立てる要因になったのだが。
――グルルル……。
二人の耳に獣の唸る声が聞こえてきた。
「れ、レイザ……」
レイザの着ているシャツの裾を持つ手がいっそう強くなる。
「……ディール、構えろ」
前を歩くレイザが何らかの気配を感じ取ったらしく、ディールに身構えるよう指示をした。
ガサッ!
草を掻き分け現れたのは、見た目は山猫のような獣だった。
「素早いやつだな」
見た目からして動きの速そうなやつだと判断したレイザは一気に距離を詰め寄るべくそれに向かって一直線に走った。
向かってくるレイザを攻撃しようと獣のほうも走り出す。
「くらえっ!」
獣よりも先に足による攻撃を繰り出したレイザ。相手もレイザに向かって一直線に走ったためか、彼の攻撃を真っ向から受けることとなった。
断末魔の悲鳴のあと、獣は息絶え、そこに倒れていた。 レイザはディールの腕を引っ張り、その道を早歩きで進む。
「……行くぞ」
彼から発せられた淡々とした声の中にディールを気遣っている様子が含まれていた。
単純ではあるがレイザの気遣いがディールにはとても嬉しかった。
まだ血を見ることに慣れない自分に情けなさを覚えたもののレイザをサポートしようという意気込みをディールは密かに持っていた。
****
それから暫くは不気味なほど静かな森を二人は黙って歩き続けた。
自然とほぼ一体である遺跡を歩くということはとても厄介だという一言につきる。
さっきのように草村を歩いていただけならまだしも、今は木の枝が無数に転がっており時には大きな岩が彼らの前に立ちふさがっていた。
基本的に邪魔な障害物は全て排除しようと思っていたが、現れた敵のように無差別に攻撃することが出来ない。
ふと気が付けば自然そのものの道を歩いたことによる疲労感と、いつ敵が襲い掛かってくるのか分からないという極度の緊張感から全身の筋肉が強張り続けていた。特にディールは慣れない緊張感からくる疲れに耐えるかのように歯を食いしばって歩いている様子が見られる。
「ディール、ひとまず休むか? 間違いなく長丁場になるからな」
そんなディールの様子を見ていたレイザが彼に向かって問い掛ける。
「うん……ありがと……」
レイザの案に対するディールの返答からそれを言うのが精一杯であることが分かる。
やはり休憩を提案して良かったとレイザは心の中で安堵した。
休憩する場所まで少しばかり歩いていると女神像が二体見えてきた。恐らくここで休憩していても敵が手を出してくることはないのだろう。
「たどり着いたか」
女神像のあるところまで歩いていると何かの広場なのだろうか。とにかくそこで休憩をとることが可能だろう。
二人はゆっくりと腰を下ろし、ぼんやりと天を見上げた。
****
昼なのか、夜なのか、それともまだ夕暮れなのか。
森の中にいるようでは全くわからない。天を見上げても無数の葉が視界を埋め尽くすだけだった。
「レイザ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」
不意にディールがレイザに向かってこんなことを言ってきた。
「ああ、お前がそんな前置きをするなんて珍しいな」
ディールらしからぬ話の前置きに内心では彼を心配したレイザは頷き、話の続きを促す。
「うん、レイザはゼーウェルさんのことをどう思ってるのかなあって。ゼーウェルさん、あまり自分のことを話さないでしょ? それに対してレイザはどう思ってるのかなあって」
ディールが聞きたかったのはゼーウェルのことだった。いつもなら強気に答えるレイザもこれには困ってしまった。
「……うーん、ゼーウェル卿のことか……」
なかなか答えないレイザにディールはしまったと思った。
多分、彼はゼーウェルのことに関してはあまり言いたくないのだろう。レイザがあれほどゼーウェルを信頼しているからてっきり良い主人だと断言すると思っていた。
こんなに悩む彼をディールは初めて見たのかもしれない。
謝罪の言葉を言おうとしたディールに対し、レイザは小さく首を振って話し始めた。
「……そこは言葉に詰まるところなのだが、ゼーウェル卿は冷めてると言えば伝わるか。冷静とか冷徹とか冷淡とか、そういう種類とはまた違うものだな。うまく言葉に出来ないのだが」
レイザの表情を見る限り、どこか寂しいといった思いもそこに含まれていたような気がした。
「……ゼーウェルさんってレイザには何も言わないよね。それを寂しいと思ったことはあるの?」
ディールのストレートな疑問はレイザの心をグサリと突いた。
――結局、寂しいのかもしれない。
自分はゼーウェルの下についた。彼に出会い、彼に救われた恩義だけで下についたわけではない。
自分は彼の人柄に惹かれているのだ。それをはっきりと自覚したのは今になってからだった。「やっぱり寂しいよね、すぐ近くにいながら頼ってくれないっていうのは」
ゼーウェルに対するレイザの思いを代弁するようにディールがしみじみと言ったが、彼なりにレイザを気遣っているのだろうか。
「大丈夫だよ、ゼーウェルさんはレイザをとても大切に思ってるよ。不器用だからうまく伝えられないだけで」
ゼーウェルのことがいまいち見えていないのだろう。落ち込むレイザにディールは必死に彼に伝えた。
「ゼーウェルさんはレイザをとても大切に思ってるから。それだけは信じてもいいと思うんだ」
どこか自信ありげな言葉にレイザは首を傾げながらも頷いた。
「さあて、もう少し休んだら出発しようね!」
すっかり元気を取り戻したディールの言葉にレイザは強く頷いた。
少しだけ、周りが明るくなったような気がした。きっともうすぐ夜が明けるのだろう。
****
またしても鬱蒼と茂る草を掻き分けながら進んでいく。
徐々に足場が悪くなってきたのか、歩くのにも一苦労である。そして草が足に当たって不快感を催した。
ガサガサ!
チョロチョロと何かが通りかかったような気がして、ディールはピクリと反応する。
「何なんだよー……」
ぶるりと震えながら辺りをキョロキョロと見回す様子にレイザは呆れずにはいられなかった。
「どうせ野鼠か何かだろう。さっき『チュー!』って鳴き声が聞こえたからな」
ケラケラと笑いながら言ったレイザにディールは益々全身を震わせた。
「冗談じゃないよ……全長二十センチぐらいあるんじゃないの? だって敵がどこに潜んでるのかも分からないし!」
仕舞いにはまくし立てるようにして言ったディールの必死な形相を見たレイザは笑いを堪えきれず、ケラケラと笑った。
「チュー!」
「!?」
先程レイザが言っていた野鼠だろうか。ディールはビクリとして硬直する。
「おー……結構でかいなあ……」
全長二十センチぐらいは軽くあるだろう。灰色の毛並みをした野鼠が二匹、レイザの前に襲来した。
「怖がりだな、ディールは」
後ろで硬直しているディールにレイザは苦笑し、飛びかかってきた一匹目の野鼠を素手で殴り、後ろについてきたもう一匹には蹴りを入れた。
「さて、気絶してるうちに行くぞ。大群で押し寄せられたら困る」
このぐらい何てことないのだろう。下で伸びている野鼠の大きさに飛び上がってしまったディールは終始落ち着きがなかった。
再び警戒心を持って薄暗い森の中を歩く二人の耳にざわざわと風に揺られて無数の葉が動いている音が聞こえた。
不意に視界に入ったのは漸く『葉』という形になった新しいものばかりだった。まだ葉に成り立てで木にしっかりとくっついている。
鬱蒼としている森の中だが、若葉の色が織り成す明るい緑色のおかげで不気味な雰囲気はしない。
もちろん、夜の森は若葉の木々が並んでいようがなんだろうが怖いことに変わりないのだが。
「そう言えば、お前気づいたか?」
弾かれたように顔を上げ、ディールに問い掛けたレイザ。一方、それを見ていたディールは少し驚いてしまった。
「な、なん――」
全ての神経を敵の気配がないかどうかと警戒していた時に、いきなり質問したレイザに対して抗議をしようと思ったその時だった。
「バレバレなんだよ。特に後ろの小さい奴」
背後から急に声がしてディールは驚き、小さく悲鳴を上げた。
「隣にいる奴は随分呑気に構えているようだが」
声から察するにどうやら何人かがレイザ達を取り囲んでいるようで、四方八方から人の声がした。
「雇い主様の命令だからな、此処でくたばれ」
やはりと言ったレイザに顔を強ばらせるディール。
(誰かが此処を支配しているわけか)
どうやら雇い主からするとレイザとディールは邪魔な存在のようだ。
「くるぞ!」
ディールの真上を飛ぶようにしてやってきた敵の一人。
「……!」
隣にいたレイザがディールとともに地に伏せ、身を縮めた。
敵は三人、そのうち二人は木の上に待機していたのだろう。
飛び上がったのを見たレイザが咄嗟にディールとともに地に伏せたため無事だった。
「ラルク様のライバル――……!」
そこでハッとして口を手で覆ったバンダナを巻いた男。どうやらこの者達はラルクが差し向けた刺客らしい。
「レイザ! さっさといくよ!」
「もちろんだ!」
レイザは前に、ディールは後ろにつき、攻撃の体勢を整える。
「ラルク様の命令だ、大人しくしてもらうぜ」
そう言って、剣を前方に突き出し、真っ直ぐとレイザに向かって来る。もう一人はディールを斬ろうと狙いを定める。
「大人しくしてもらうのはお前たちのほうだ!」
一向に動かないレイザに油断したのか、走る速さを遅めたのが運のつきだった。隙が出来た途端にレイザが一気に駆け寄り、右側面から敵に向かってと蹴りを入れる。
両手で剣を持ち、左下から振り上げようとしたため、右側が完全に無防備になった。片手で剣を持つレイザからしたら目の前の敵を倒すのは容易い事だったのだ。
「畜生、レイザは倒せない……」
ディールの後ろにある木から状況を見守っていたもう一人は弓を構え、矢を射ろうとする。
鋭い矢の先が輝いたのを見たレイザは走りながら叫ぶ。
「足元だ! ディール、足元を狙え!」
「!」
もう一人と戦っていたディールはレイザの声に気付かない。自分に向かってくる敵と戦うのが精一杯なのだろう。
そして、彼は今、敵に押されていた。
「畜生……!」
周りが見えなくなるディールに苛立ちを覚え、レイザは咄嗟に彼の覚束ない足元に向かって近くにあった石を投げる。
「わっ!」
ディールは反射的にその場から離れ、後退した形になった。
ヒュン!
勢いよく飛んできた矢が木に突き刺さる。
「おい、退くぞ。このままではレイザに負ける」
一歩先まで読んでいたレイザにこのままでは状況を変えられると悟ったのか、男たちは退散していく。
「……そんな……」
ディールは俯き、拳を握り締めていた。
「ディール!」
そんな彼に気付かずやって来たレイザ。
しんと静まり返った森の中、レイザはディールが無事であることに安堵し、黙って前に進んでいった。
****
またしても若葉が風に揺れる音が響く森の中を歩く二人。
今まではディールの鼻歌と生意気な物言いがそこにあった。
しかし、今はどうだろう。
ディールは唇を固く結び、言葉一つ発しない。一方のレイザもディールには何も言うことが出来なかった。
ふと、空を見上げるとひしめく葉の隙間から暗い空が見える。隙間からも雲一つないことがよく分かる。
「ディール、休むか」
ここで始めてレイザがディールに向かって声を掛けた。
「レイザ……」
それに対して返ってディールの声は普段とは比べものにならないぐらい小さなものだった。どうやら先ほどのことでかなりショックを受けたらしい。
「ん? 気分でも悪いのか?」
レイザにしては珍しく穏やかな口調で聞いてくるものだからディールは戸惑った。
「……」
「何かあったら早めに言ったほうがいいぞ」
レイザの口調から察するに、彼はどうやらディールを気遣っているようだ。
根は素直なのか不意打ちで攻撃されたことをかなり反省しているようだった。周りを見ながら攻撃を行えとレイザは散々言っていたのを思い出したディールは何も言えなかった。
「あんまり悩むなよ? ディールが悩んだところで解決したことはないからな」
一言多いとツッコミを入れられそうなレイザの発言。いつものディールなら間違いなくレイザの発言に対してツッコミを入れてくるが、今回はしなかった。
「……分かってるよ、レイザ」
歯切れの悪いディールの返しにレイザは「全く……」と半ば呆れた声を出し、落ち着かない様子で頭を何度も掻いている。
(もしかしたら)
ディールはちらりとレイザを見た。
何かを必死で考えているものの、なかなかないので焦っているようだった。何かを言いたくても言い出せないでいるレイザはいつもこんな感じだった。
そんな彼を見ていると今まで考えていたことがどうでもよくなってしまう。
(いつものレイザでなくちゃね)
いつものレイザ――ディールを小馬鹿にしたり、突っかかれば直ぐに反撃したりする彼。
――それがいつもの彼じゃないか。
いつもの会話が堪らなく楽しかった。だからこそ、暗いままなのはよくないと考え、歩くようになった。
だから、いつものレイザがいなくなるのは嫌だった。たった一瞬でもいつもの彼が崩れてしまうのは嫌で嫌で仕方なかった。
「レイザー、何て顔してるんだよー」
つんつんと彼の服の裾を軽く引っ張るが、レイザは考え事に夢中なのか何の反応も示さない。
「ねえ聞いてるー?」
面白くて何度も裾を引っ張る。
最初は弱く引っ張っていたが、回数を重ねるごとに裾を引っ張る力が強くなってきた。
「ねえ、レイザ聞いてるー? ねえってばー」
しかし、レイザは全く反応を示さない。だが、無反応なのは些か面白くないので、頭の上でギュッと結び、ぶら下がっている髪の毛の束を思い切り引っ張った。
――こいつは。
またしてもディールはレイザの怒りを買ってしまったようだ。
「びよーんびよーん」
レイザの怒りが頂点に達していることにも気付かず、彼はレイザの髪の毛の束を下に引っ張っている。
――人がせっかく……。
ズゴゴゴ……と、怒りの炎が燃え上がる寸前だった。
「はははは、レイザの髪の毛おもしろーい! びよーんびよーん」
プチン。
何かが切れたような音がした。それと同時にレイザが振り向いた。
「……ディール……」
やけに低い声でディールの名前を呼ぶレイザ。もしかしなくても彼は怒っている。
「れ、レイザ、ちょっと待って、ちょっと待ってって」
ぶんぶんと首を横に振るディールを無視してレイザはポキポキと指を鳴らす。
「ディール君、覚悟しろよ?」
不敵に笑うレイザの顔がやけに怖かったのは言うまでもない。
「いだだだだだだだっ! いだいよーーっ!」
数分後、ディールのうるさい悲鳴が静かな森に響き渡った。
****
夜が明け、レイザとディールは森の中を歩き始めた。鬱蒼と茂る草やひしめき合う若葉が続いていたが、少しずつ様子が変わっていったような気がした。
「……何か落ちてるね」
ディールが地面を指差しした場所には何かの破片が落ちていた。それもたくさんの数の破片が。
「何だろうな」
ディールが指差した先にある破片が何なのかを見極めようとしているレイザ。
「もうすぐ敵の本拠地かも知れないな」
雰囲気が変わりつつあることを示している。
先ほどと同じように鬱蒼としている森の中を歩いているのだが、進めば進むほど何かが粉々に砕けたようなものが足元にあった。
「それにしても、何だろうね、これは」
きらきらと輝いているため、いやでも目に止まるらしく、ディールは首を傾げながらズンズンと前に進んだ。
“いたぞ!”
遠くからではあるが叫ぶような声がしたのでレイザとディールは急いで走る。
「まずいよ……どうしよう」
「とにかく走れ!」
レイザの声とともに二人は走り出した。
どうやら二人は敵の本拠地となる部分に到着したようだ。 走っただけでも分かるが、女神像などの銅像が立っており、やっと一人前になった若葉が視界を埋めていた森が一変している。
視界を埋め尽くすのは深緑の葉と銅像と、その周りを飛ぶ蝶だった。
二人が走る道はある程度整えられており、少し前まで歩いていた道より大分歩きやすくなっていた。
「待て!」
「……っ」
走る二人の前に現れたのは海賊の身形をした者達だった。人数は自分達と同じく二人、油断しなければいけるだろう。
「ラルク様の命令だ、悪く思うなよ」
「ラルク……」
レイザは眉間に皺を寄せながらも二人を見据え、周りの気配を感じ取ろうと集中力を高める。
しかし、ディールはレイザの前を颯爽と飛び出して二人に向かっていく。
腕を大きく振り、地面を蹴り上げて立ち向かう。レイザの制止する声を余所にディールは走ってくる一人に向かって拳を勢いよく突き出した。
それを見ていたレイザは終始ハラハラしていた。
ディールは攻撃ばかりに集中して防御することをすっかり忘れていた。
「くっそ……」
今は勢いに乗っているディールだが彼の予想していなかったことが起これば一気に押されるだろう。
この前は向かってくる敵に集中しすぎたあまり、背後からにいる敵には顧みていなかった。
危なっかしいディールを見ていられなくなったレイザは勢いよく駆け出した。
****
ディールは二人の敵を相手に頑張って戦っていた。相手を攻撃しようとパンチを繰り出すが易々と避けられてしまう。
一方、相手が繰り出す蹴りに対しては後ろに退いてやり過ごした。攻撃がなかなか当たらないことに苛立ちと焦りを感じ始めた彼は次の瞬間、とんでもない行動に出た。
「喰らえっ!」
再び攻撃を繰り出そうとする相手に向かって体当たりをしたのだ。
ドン!
ディールに体当たりされた拍子に相手は受け身を取れず、突き飛ばされた。
ガッ!
起き上がろうとした相手に向かって拳を真横に振る。体当たりによる攻撃が功を奏したのか、防御をとる間もなく一人は倒れた。
「もう一人も!」
体当たりが決定打となったことを知ったディールは続けて攻撃に出ようと駆け出した。
「ふふふ、ここでくたばれ」
後ろにいた相手が駆けてくるディールに向かって人差し指を突き出した。
(ま、まずい)
いち早く相手の動きに気づいたレイザは走るスピードを速めながらディールに向かって叫んだ。
「ディール、伏せろ!」
レイザの悲鳴を聞いたディールは「えっ!?」という声を上げながらも反射的に身を屈めた。
ヒュン!
ディールが身を屈めたと同時に青白い閃光が一直線に駆け抜けた。
「ちっ、外したか。だが、次は――」
そう言ってもう一度ディールに攻撃を仕掛けようとした。
「そうはさせない!」 いきなり木の上から飛び降り、攻撃を仕掛けようとした敵に体当たりを喰らわした。
「レイザ!」
何時の間に木の上にいたのだろうとディールは驚きの声を上げる。
さっと地面に着地した彼はにっこりと笑ってこう言ったのである。
「もう少し周りの気配を感じ取らないとな」
伸びている二人を見ながらレイザは歩いていく。
「はあい……」
またしてもレイザに助けられてしまった。
そのことについて少しだけ肩を落とすディールだった。
****
二人の刺客に襲われた以降の周りの景色はがらりと変わっていた。
明るい緑が特徴的だった葉は深緑に変わり、幹なども焦げたような茶色になっている。
葉の色と木の幹の色だけで全体の雰囲気が変わるとは不思議なことだと二人は首を傾げた。
特にディールはずっと感激しているのか、上ばかり見ている。
「そんなにこんな景色が珍しいのか?」
緑で埋め尽くされた場所を見ながら歩いているディールに対してレイザが聞いてくる。
すると、ディールは若干惚けたような声で返事をした。
「誰かが前に教えてくれたんだ……。自然は生きてて、人間と同じように感情があるんだ、ってね」
ディールからは想像も出来ないぐらい深い意味のある言葉だったので、レイザは目を見開いて彼を見た。
「ゼーウェルさんが言ってくれたんだよ。レイザは物凄く心配してるみたいだけどね、多分、あの人は大丈夫だよ」
一聞すれば繋がりのない台詞。しかし、その言葉は彼の何かを揺り動かし、直ちに彼を躍動させるきっかけとなった。
「ディール、ひたすら歩けばいい。ただ純粋に歩けば、道は開ける。そうだろ?」
「うん。早くゼーウェルさんに会いたいね!」
レイザの表情に活力が漲ったのを見たディールはにっこりと笑った。
そのまま、彼らは先へ先へと進んだ。
****
かなり歩いたのだろうかと二人は思った。
ふと、空を見上げると夜が更け始めていることに気付いたが、二人は構わず歩いた。
「レイザー、憶測でしかないんだけどねー、多分、ジュピターを越えるまであと少しぐらいなんだろうねー」
間抜けな声を発したディールにレイザは静かに答える。
「ああ、多分そうだろうな」
周りを見てみると森の様子がまたしても一変していたからだ。
緑色の広葉樹が並んでいたが、今は見る影もない。様々な色の葉が視界に広がっており、地面も枯れ葉で埋め尽くされていた。
二人が歩く度にガシャガシャと枯れ葉を踏む音が聞こえ、内心穏やかではなかった。
「もう少し歩いたら休もうよ」
直ぐに休みたがるのはディールの悪い癖だとレイザは無言で彼を睨んだ。
「わ、悪かったよ」
恐らくこのまま言うとレイザを怒らせる火種になりかねない。ディールは詫びを入れ、引き続き歩いていく。
目が暗い闇に慣れはじめた頃、立ち並ぶ木々の数が少なくなっていたことに気付き、やがて四つの女神像が立ち並ぶ広場に辿り着いた。
「何だろ、此処は。何か不思議な場所だね」
太陽を遮っていた森は日が昇っていてもどこか暗かったが、此処だけは明るい。ディールの言う通り、不思議な空間だった。
前を歩こうとしたディールの腕をレイザは強く引っ張った。
「……?」
レイザの行動にポカンとしたディールだったが、彼の表情は強張っていた。
「ディール……気を付けた方がいい」
絞り出すような声を出した後、レイザは何故か身構える。
「え、え、いったい」
レイザが何故戦闘体勢でいるのかを理解できず混乱するディール。そんな彼を嘲笑うような声がどこからともなく降ってきた。
「なんだよっ! レイザはすぐに気付いたのかあ、案外つまらねえなあ」
降ってきたのは活気のある元気な声。
若い男の声だと二人は直ぐに判断出来たが、どこにいるのかが分からない。
「ふん、そんなにオロオロしていたら痛い目を見るぜ」
不敵な台詞とともに真上から石のようなものが降ってくる。
「くっ!」
ディールは後ろに避け、レイザは左に避けてやり過ごした。
「おりゃあ!」
勢いのある叫び声とともに真上から降ってくる。
「ディール!」
ラルクはディールの真上にいたことに漸く気づいたレイザは悲鳴を上げた。
しかし、ディールは素早く気配を感じ取り、既に身構えていた。
「ふん、案外やるんだな。お前も」
パンパンと服についた汚れを手で払い、身構えるディールとラルクを睨みつけるレイザを、彼は交互に見ていた。
「お前ら、どうやってフィリカに来たんだ? あ、もしかして、ルイズとアイーダの力を借りて此処に来たとか」
元気のよい声が質問を投げかける。これだけを見ればラルクが悪い人間には到底見えないのだが、二人は答えなかった。
「まあいいや。俺もレイザと戦うのは初めてでワクワクしてるんだ。しかも、そこにいるチビとも戦えるなんてこれ以上嬉しいことはねえからな」
一瞬、人の良い笑顔を浮かべたが次の瞬間、ラルクは険しい表情を浮かべて二人を見据える。
「全力でいくぞ! レイザ!」
ラルクは下げていた剣を前に突き出し、ディールとレイザに襲い掛かった。
****
金属のぶつかり合うような音が静かな森に響き渡る。
ラルクは闇雲に剣を振り下ろして二人に攻撃しようとするが、彼の発する激しい気を感じ取り、攻撃を避けることが出来た。
しかし、激しい気を発しながらもラルクの体力が消耗した様子は一切見えない。
「お前、大剣を扱うのは慣れてないだろ」
レイザは呆れたようにラルクに言い放った。
元々ラルクは剣――剣といっても細い剣を扱うことが多かった。理由は動きやすいからとのことだった。そのため、大剣は訓練の時に振るっていただけだったのをレイザは僅かな記憶から引き出した。
事実、ラルクは大剣を上手く扱えておらず、振り下ろすのが精一杯であることが、眉間に皺を寄せる表情から容易に想像出来る。
唯一幸いと言える。今までの単調な攻撃では、彼の体力があまり消耗されていないということだ。しかし、大剣を駆使した技を使えば話は別だ。
「もう一度!」
ラルクは剣を振り下ろし、今度は前にいるディールを狙った。
「無駄だよ」
速さだけならレイザを上回るディールは呆気なくラルクの攻撃を屈んで避け、そのまま彼の足元を狙って攻撃を繰り出した。
「!?」
大剣を持つのが精一杯で足元が狂ったラルクはよろけた。その隙にディールは震えるラルク目掛けて体当たりを繰り出した。
「うわあああ!」
均等なバランスを取るのが精一杯だったのか、体当たりだけでラルクは倒れた。
「全く……無茶をするよな」
溜め息をつくレイザは肩で大きく息をしているラルクに駆け寄った。
****
「畜生、大剣を使えばレイザを倒せたかもしれないのによー……」
拗ねたように発言するラルクに対してレイザは呆れるばかりだった。
「確かに大剣は重さがあるから威力が高いとは思うが、慣れない武器で戦うのはよくないのはお前も分かってるだろ」
レイザにそう言われてはかなわないとラルクは苦笑いをした。
「ああ、そうかもしれねえなあ。ま、どういう理由であれ俺が負けたのは事実だ。だから一つだけ教えてやる」
頭を掻きながらラルクは言った。
「ゼーウェル卿は『ロックレンブレム』にいるんじゃないか? 俺の勘が間違いでなければな」
あくまでもラルクの勘らしいが、貴重な情報を得た二人にとっては目標が定まったともいえる。
「ま、俺が言えるのはここまでだ。あとはお前らで何とかしな。この先は『ゴース・グリーン』だからこれでも掛けて警戒しておくんだな。あばよ!」
ラルクはスッと立ち上がると黒いメガネを二つ投げ捨てて、走り出した。
その姿は徐々に小さくなり、やがて彼方へと消えていった。
****
「……何なんだろうね」
ひたすら森を歩く二人。広場を抜けると、またしても鬱蒼と立ち並ぶ木々の数々だった。
唯一、今までと違うのは、風もないのに葉が揺れ、時折甲高い悲鳴が聞こえることだった。
「もう行きたくないよー……」
ディールは震えながらレイザにぴったりとくっ付いて歩いていた。
それを見たレイザはラルクから貰った黒いメガネをディールにつけた。
「まあ見てみろよ」
レイザは笑いながらディールに言ったが、彼には意味が分からなかった。
「え、え、俺、視力はいいよ?」
そう言ってディールはキョロキョロとしながら辺りを見た。
ふと、彼の目に映るのは黒い髪をばっさりと下ろし、血塗れの女が立っている姿だった。
「だろ? いちいち気を失っていたら先に進めないからしっかりしろよ」
硬直するディールをよそにレイザはスタスタと歩いた。