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戦闘舞踏 第一部 ―封印された島国―  作者: 真北理奈
謎の島の中の大迷宮
2/13

Strategy1:旅立ちの島、冒険の始まり

 空は青く、太陽は眩しい位に輝いている。

 レイザとディールはよれよれになりながら港町に向かって歩いていた。理由は勿論朝まで勉強をしていたからである。ディールの勉強は真夜中を越えて早朝まで及び、全くと言っていいほど眠れていない。目の下には黒い隈が出来ており、最早綺麗な顔も台無し状態である。

「眠いよー腹減ったよータルいよー疲れたよー」

「てめえの勉強に付き合わされていた俺が言いたいわ……ああーっ! 太陽の光が眩しいー……っ!」

 最低限、外に出る事が出来る程度に整えたら良いだろうという判断のもと、普段はゼーウェルの部下として着ていた礼服は身につけず、普段の旅着であった。それだけなら良いが、寝巻のまま出てきたディールは最早論外である。

 眠気のあまりあちらこちらにぶつかる二人をじろじろと通り過ぎる人もあったが、レイザが充血しきった目で睨み付けると周りの人はゴキブリ並みの速さで逃げ出したのである。

 それを見たディールはトロンとした目でレイザに向かって欠伸をしながら言った。

「レーザー眼力ありすぎだろ……流石にそんな目で睨み付けられたら逃げるぜ……ファアアァ~!」

「うるせええええええええ……」

 レイザの発した叫び声も辺りに虚しく響き渡るだけだった。道中では時折よろけたり、足が縺れたりして大変な事になりそうになったが、何とか港町まで辿り着いた。

 この港町、名前をアエタイトと言うのだが、此処は大都市であり様々な催しがあり、異国からも違う地方からも人々が来るようだ。普段なら屋台に真っ先に喰いつくレイザとディールだが、今回はそんな余裕はなく、一目散に宿屋に向かった。

 このままルキアに向かったらいけないと思ったのだろうか、まずは夕方まで体を休めることにしたのである。

 本当のところは一刻も早く爆睡したかっただけなのだ。

 猛烈なスピードで宿屋に入る二人。

「いらっしゃいませ~!」

 と出迎えたのは若い女性だった。

 いつものディールなら鼻の下を伸ばしているところをレイザに殴られるのがオチなのだが、そこは寝不足であろう。今の彼には若い女性のミニスカも太ももの見え具合も腹チラも見る余裕など皆無である。

「大人二名!」

 そう言ってレイザは宿屋代を机に置き、物凄い形相で睨む。因みにディールは規定に定められた年齢ではないので、此処では大人と言う位置に属する。

 ただ単に寝不足なだけだが、その形相は女性を震え上がるには十分な威力である。二人に対してすっかり怯えを見せた女性は警戒しながら部屋まで案内した。

「ごゆっくりどうぞ」

 目的の部屋に二人を案内し終えた彼女は物凄い速さで逃げ出した。しかし、壮絶な眠気のあまり、女性に構っていられないレイザとディールは急いで部屋に入り、鍵を閉め、靴を脱ぎ捨てて一直線にベッドに向かって走り、飛び付いた。

 ベッドはツインになっており、レイザとディールはそれぞれのベッドに横たわると凄まじいいびきをかいてすぐに眠りに落ちた。

 レイザは腹を丸出しにし、足を大きく広げて口も大きく開きながら眠っていた。その隣にいるディールも枕に抱き付き、片足を上げて眠っていた。

 どうやら寝相の悪さはディールを遥かに上回るレイザである。

 余程疲れているのだろう。寝言一つ発することなく心地良く眠っていた二人であった。


****

 ドサッ!


 ベッドに乗っていた身体が放り出され、レイザは目が覚めた。

「いってえな……あれ? もう夕方なのか。確か来た時は昼前だったのにもう夕方かよ」

 此処に来た時にあった目の下の隈はすっかり消え失せており、目の充血も収まっていた。余程眠たかったのだろう。

 ただ、自分の寝相の悪さには気がつかなかったらしく、何故床の上にいるのかは分かっていなかった。

「何で俺は床の上にいるんだよ……あ、そうだ!」

 隣に寝ているディールの事を思い出し、慌てて彼を起こす。

「おい! ディール、起きろ」

 ベッドで気持ちよさそうに眠っているディールを叩き起こすレイザだが、彼は一向に起きない。それどころか、鬱陶しそうに耳を塞いでいる。

「……いい加減にしろ!! もう夕方だぞ」

 我慢の限界と言いたげにレイザはディールの布団を剥ぎ、止めを刺す。

「いい加減にしろーっ! このっ、出来損ない!!」

 この大音量では流石のディールも目が覚めるのだ。

「寒いよう……レイザの鬼……」

 布団を取られ、レイザを睨みつける。しかし、この時点で少し気になった事がある。

「……レイザ、今って何時なの?」

 そう、此処はアエタイト。港町だけあって船が出ているのだが、船が出航する時間は決まっている。

「夕方だよ、もう」

 呆れたように言うレイザの言葉にハッとしてディールは起き上がる。

「まずい! ルキアへ行く船は夕方が最後なんだ!」

「ええ!?」

 バッと起き上がり、そう言ったディールに対してレイザも素っ頓狂な声を上げる。此処で乗らなかったら、ただでさえ高値である宿代をもう一回払わないといけないからだ。

「い、急ぐぞ!」

「飯も食えねえのかよっ!」

 そう言えば朝からアエタイトまで行くのに必死だったため、何も食べていないのだ。

恨めしそうな表情でぶつぶつと呟くレイザと彼を急かしているディールが宿泊していた二階から下りてきた。

「まあ、あの二人また怖い表情してるわ、片方泣いてるけど何かあったのかしら」

 ディールに引っ張られるレイザに唖然とした様子で眺める宿屋の客人達の姿があった。

「いってらっしゃいませ」

 それにも特に反応せず、主人はレイザ達に声を掛けたのであった。しかし、今は周りの変な視線も気にしている場合ではない。相変わらず恨めしそうな表情のレイザとひたすら走るディール。目的地は勿論、乗船券の売り場だ。

走って、走って、走って、ひたすら走る。

「おい、早くしろ!」

「大体レイザがもっと早く起こしてくれたら良かったんだよ!」

「自分の失敗を人のせいにするな!」

「ぶう……」

「ウダウダ言うな! 走るぞ!」

 すっかり勢いを取り戻したレイザと文句を言うディール。いつもの光景であるが、今の彼らには乗船券の売り場に行く事が最も大事なのである。

 ダダダダダと走るレイザとディール。ただ、そこにあるのはルキア行きの船に乗る事だけだった。

「よっし、このまま突っ走れば……!」

 その後は乗船券売り場へ行く為、先程よりもスピードを上げる。走れ、走れ、走れと足を懸命に動かす。全てはルキアへ行く為だ。

「レイザ、着いたよ! 見て見て!」

「お、おお……」

 乗船券売り場が直ぐ近くにあり、店員も手を振っている。それを見たレイザとディールは猛ダッシュで向かう。

 そして……。

「はあ、はあ、お、大人二名お願いします……!」

 乗船券売り場にたどり着くなり窓口に乗船券二枚分の金を店員に叩きつけた。店員も彼らが間に合った事に対して少しホッとしているようだ。

「はい、次からは余裕を持ってこいよ」

 安堵した後、少し呆れたような口調で言った店員から察するにどうやら本当に出航ギリギリの時間だったらしい。間一髪といったところだろう。乗船券を受け取った二人は急いで船に乗る。

「さあて、行くぜレーザー! 船に乗れば飯にありつけるからな」

「そうだな!」

 朝から何も食べていない上に、宿での昼食も食べ損ねたレイザは目の色を変えて猛スピードで走り出した。勿論、空腹なのはディールも同じなので、彼に負けまいと後を追うように船に乗り込んだ。因みに船に乗る前にある壁の張り紙に『駆け込み乗船はおやめ下さい』と書いてある事には気がつかないようだ。

「おーい、走るなよ」

 親切に注意する店員の声すらレイザとディールには全く聞こえない。今の彼等には食べ物を食べると言うことしか考えていないようだった……。

(漸く飯にあり付けるぜ。ああ、長かったよ……昨日の夜から何も食べてないんだからな。それもこれも……)

 流石はアエタイトと言うべきか、軽食の販売を行っている。ルキアまでそう遠くないとは言うものの、退屈なのだろう。本来なら高い金を出してでも宿屋で昼食を取りたかったのに、猛烈な眠気に襲われて、ランチタイムサービスは終了したのである。

(それもこれも……)

「レイザ、どうかしたの?」

 早速軽食を買うディールを恨めしそうに見ているレイザ。彼からすればとんだとばっちりを受けたようなものだ。

「お前のせいだ!!」

 その数分後にはディールに対してくどくどと文句を言うレイザと、痛い痛いと喚くディールの騒がしい声が聞こえたのであった。


****

「あー満腹満腹」

 軽く食事を取って船から海を見るディールとレイザ。それにしても、ルキアはそれ程遠い所ではないのに、何故このような船が走っているのか。するとディールが説明をする。

「ルキアは、フィリカに繋がる唯一の島で、最近は『サッグ』とか言うやつが頻繁に出入りしてるからじゃないのかなあ。フィリカには必ずルキアから行かないといけないみたいだし」

「へえ、そうなのか」

 それは初耳であると言ったような表情で見るレイザ。そもそもゼーウェルが関わっていなければフィリカに対して興味すら湧かなかったのだから、知らなくても当然と言えば当然ではある。

「ルキアにある小船だけがフィリカに入れるんだって。不思議だよなあ。そう言えばちょっとしか話してなかったけどさ、ルキアには俺の知り合いがいるって言うのはレイザに話しただろ?」

「ああ、それは聞いたな」

 確か、ゼーウェルがいなくなった直ぐ後の話だった。どうやってフィリカに行くのかと考えていた所で、ディールが自分には当てがあると言っていた。

「実はさ、そのフィリカに入れる小船を管理しているのが俺の知り合いなんだ」

「ええ!?」

 これには流石のレイザも驚くより他はなかった。

「それって、結構な重役じゃないか……」

 あまりフィリカに関する内容には詳しくないが、ディールの話からフィリカへと向かう小船を管理している人間は相当な重役であると考えた。

 どう言う事だろう、ディールは何者なのだろう。

「まあまあ、もしかしたらゼーウェルさんの行方も知ってるような気がするし。行ってみる価値はあるだろ?」

 そう、ディールの言う通りである。今回、フィリカへ行くのはゼーウェルの行方を追うのが目的である。そこで考えるべきなのは、どうすれば彼がフィリカへ行く理由を探れるのか、自分達はどうやってフィリカへ行くのかということだ。

 この二点を考えると、やはりディールの提案したルキアへ行く事が最重要である。

「そうするしかないよな……」

 レイザも頷き、ディールに返事をした。

「お、レイザ! 見てみろよ」

 そう言えばルキアの事について深刻に話していただけに、船から見える青く澄んだ海や空を今まで見ていなかった。ディールは感動のあまり声を上げる。

「レーザー! すげぇ……うーみーはーひろいなーおーきいなー!」

 これも感動のうちなのだろうか、ディールが突然大きな声で歌い出した。本人は気が付いていないが、お世辞にも上手いとは言えなかった。寧ろ、レイザの耳に対して大きなダメージを与える程の強烈な威力である。例えるとするならば、テラーボイスだろう。

「ああああ……耳が壊れるー……」

 いつもの強気なレイザもこれには敵わない。手で耳を塞ぎ、懸命にディールの声を遮ろうとするが、その程度では防げなかった。そして、これ以上ディールが歌っていればルキアに着く前に倒れてしまう。

「ええい五月蝿い!!」

 何の躊躇いもなく、レイザはディールの頭を叩いた。

「いてっ!何するんだよー! 俺の美し過ぎる歌声が迷惑って言うのかよー!」

「勘違いも甚だしい! お前の声は五月蝿いんだよっ!」

 レイザにすっぱり言われたディールだが、これで怯む彼ではない。仕返しと言わんばかりにディールは更に大きい声で歌い始めた。

「うーみーはーひろいなーおーきいなー! つきはのぼるしひがしずむー!」

「うるさい、いい加減に黙れ!」

 もう一度ディールの頭を叩いた。今度はバチーンと鋭い音が響き渡る。

「いってぇ……!」

 更に喚こうとするディールの口をレイザは素早く手で塞いだ。

「お前の声は五月蝿いんだよ、相変わらず」

 今度は極めて静かな声だった。その様子からどうやらレイザは何か考え事をしているらしいと察し流石のディールも黙る。

「……ごめんなさい」

 海を見ながら、物思いに耽るレイザを見て流石に悪いと思ったディールは謝罪の言葉を口にする。

ディールが大人しく謝るのが珍しい。そう感じたレイザは思わず笑った。

「なんだ、お前もそんな風にできるのか」

 如何にも馬鹿にしたような物言いである。

「やっぱりレイザに謝るんじゃなかった!」

「ああ? お前それどういう事だよ」

「そのままの意味だろっ!」

「ほう?」

 ハッと気付いた時にはもう遅かった。

「いででででででっ!」

 彼は容赦なくディールの頬を抓る。力を込めている上に爪が食い込んでとても痛かったが、レイザは気の済むまでそれをやめなかった。

「痛いぞレイザ!」

 すっかり赤くなった頬を擦りながら悔しそうに歯ぎしりをするディールと勝ち誇ったように笑うレイザ。

 そんな言い争いをしながらも、もうすぐルキアにつくのではないか思った二人は荷物を持って降りる準備をした。

「早く準備しろよ」

「はーい……」

 レイザの指示に対してディールの気だるい返事が甲板から聞こえてきた。


****

 船はルキアに着き、船長に軽く挨拶をした後、船を降りた。船着き場を出ると穏やかな空気の流れる港町だった。此処がルキアとアエタイトを繋ぐ場所なのだろう。良く見るとアエタイトと比べれば人もまばらである。

「ここから少し歩けば小さい船着き場があるんだ、そこにフィリカへ行く小船はあるんだよ」

「へえ、そうなのか。そう言えば、その小船を管理しているのは誰なんだ。俺は聞いたことないぞ」

 そう言えば先程説明をディールから受けたのに、肝心の名前を聞くのを忘れていた事をレイザは思い出した。

「ああ、俺も言ってなかったよ。悪い悪い」

 頭を掻きながら笑うディールに対してレイザは溜息をついた。

「おい……」

「まあまあ。そう、アイーダって言って俺より一つ年上の女だ。勿論、アイーダだけでは管理ができないから姉のルイズやミディアも一緒にいるよ」

 ディールの話を聞いて漸く納得した。知り合いであり重役でもある彼女達にフィリカへ行く小船を貸すよう要望するのは彼にも何か目的があるのだろう。しかし、敢えてレイザは何も言わなかった。単純に聞く必要がないと思ったからだ。

 彼女たちの所まで向かうディールは先頭を歩き、レイザは黙ってその後を追う。

 辺り一面に生い茂る草と雑木林かと思ってしまうような木々の数。いつ何が飛び出してくるか分からないのか、人の気配すら感じない。

「おい、何か気味が悪い程静かじゃないか?」

 流石に気味が悪くなり、ディールに問い掛けた。

「アエタイトから普通に行けるだろ?それなのにどうしてあの港町から離れると誰もいないのか」

「……うーん、どうしてかは俺にも分からないなあ。そう言えば港町も変に静かだったな」

「え……」

「まあ気にする事はないんじゃないか」

「あ、ああ」

(こんな深刻な話をするだけムダだった、さっさとアイーダという人物に会ってフィリカに行かないといけない)

 そう、忘れてはいけない。

 ディールは周りの雰囲気に無頓着なのである。それに、もしかしたらアイーダ達のいるところが人里離れた場所で、関係者以外はあまり用事がないのかもしれない。そう考えたレイザはこれ以上何も言わなかった。

 船でのやり取りが嘘のように静かになり、二人は一切声を発しなくなった。まだ着かないのかと内心思ったレイザだが、此処はグッと堪える事にし、ひたすら歩いた。

 何分位歩いたのだろうか、小さな小屋のようなものが見えてきた。

「あれか?」

 レイザがディールに聞くと、彼は頷いた。

「うん、あそこがそうだよ」

 ディールが肯定した事でレイザは安堵し、走り出した。

「そうと決まれば早く行くぞ。時間は早ければ早いほどいいからな」

「せっかちだよー」

 せっかちなレイザに溜息をつくディールだが、彼の言う事は最もである。一刻も早くフィリカに行かなければゼーウェルを見失ってしまう。

 そう考えた二人は見えてきた小屋に向かって走り出した。


****

 二人が走った先にあった木造建ての小さな小屋。此処にどうやって小船を置いているのか、レイザには不思議で堪らなかった。疑問ばかりが浮かぶレイザを余所にディールは叫ぶようにして言った。

「おーい、アイーダ。いるかー?」

 返事はすぐに帰って来た。

「はーい、どちらさまでしょう」

 パタパタという足音と共に現れたのは紫色の髪を束ねた女性である。

「よ、アイーダ。相変わらず髪長いなあ」

 そう、アイーダと呼ばれた女性の髪の長さは背中を覆うほどである。彼女自身その髪が邪魔なのかそれを上で結んでいる。

「五月蝿いわね、ディール。あ! それより」

 ディールの隣にいるレイザを見た瞬間、アイーダの目は輝いていた。

「あ、あの! お、お名前は……!」

 アイーダは目を輝かせながら名前を聞いてくる。流石のレイザもアイーダの態度には少々困ってしまった。

「初めまして、アイーダ殿、突然押し掛けてしまい申し訳ない。私はレイザと申します」

 そう言ってアイーダに一礼した。

「まあ! 貴方がレイザ様? ゼーウェル様から貴方の事を度々伺うものだから一度お会いしたかった。それにしても格好良い!」

「おい、アイーダ……」

 アイーダのあまりのテンションの上がり様にディールは呆れるよりほかなかった。目を輝かせながら話しかけられる彼女に対してレイザもたじたじである。

(レイザが困ってるだろ……)

 しかし、忘れてはいけない。今回は明確な目的があるのだ。

「申し訳ありません、アイーダ殿。実は貴女に御願いがあって此処に来たのです」

 彼女の話を遮り、レイザは早速切り出した。これ以上アイーダの話を聞いていたら用件を言う事が出来ない。それに今回はとても急いでいるのだ。

「あら、何でしょうか? レイザ様の為ですもの、私にできる事なら何なりと!」

 アイーダはレイザに対してこう答えた。どうやら自分達にとても好意的と感じたレイザは早速此処に来た用件を彼女に伝えた。

「有難う御座います。実はディールから伺ったのですが、此処からフィリカに行く船を管理しているのは貴女だとお聞きしました。此方が無理を言っているのは百も承知です。しかし、どうしても貴女の力が必要なのです」

 すると、今まで黙っていたディールも口を開く。

「お願い、アイーダ! 小船を貸してくれない? あれがないとフィリカに行けないんだ、頼む!」

 真剣な二人の様子を黙って見ていたアイーダ。もしや承諾してくれないのではないかとレイザもディールも考えていた。そう、フィリカに行く事が出来るのは一部の人間だけであり、自分達は彼女からすれば一般の人間とそう変りない。少なくともレイザはそう思っていた。

「……ぷっ……」

 すると、アイーダが口を押さえて声を発した。

「アイーダ?」

 二人は思わず顔を上げ、アイーダを見る。

「あはははは!」

 次に彼女は大きな声で笑い出した。

「おい、アイーダ! 俺たちは真剣なんだぞ!」

 一体何処に彼女が笑う部分があったのか、ディールは憤慨するが、アイーダは笑いながらこう言った。

「だって、あまりにも真剣に言うものだから可笑しくて可笑しくて!」

「なんだと……!」

 完全にからかわれている。ディールはアイーダに向かって怒りの視線を向ける。

「あら、ちょっと笑い過ぎたわね」

 ディールの目から、彼が完全に怒っている事を察したアイーダ。彼女は咳払いをし、話を続ける。

「そう言うと思っていましたわ、レイザ様。でも今すぐに出発するのは早すぎると思いますし、何より危険ですわ。お気持ちは分かりますが、今日はひとまず泊まって下さいな」

 アイーダは快くフィリカへ行く事を承諾してくれたが、レイザはあまり納得がいってなかった。そう、事態はとても深刻なのだ。

「レイザ、気持ちは分かるけど、今日は泊まって行こうよー。もう日も暮れたし」

 納得のいかないレイザに対してディールは窓を指差してそう言った。もうすっかり日が沈みかけている。確かにこのままフィリカへ行くのは危険である。

「分かりました……アイーダ殿、感謝する」

「ええ、今日はもうお休み下さいませ!」

「はい……分かりました」

 渋々ではあるが、レイザはアイーダの厚意に甘えることにした。


****

 用意された部屋の布団の上でディールとレイザは寝ていた。最も今日は二人ともなかなか寝付けないらしく、ずっと天井を見ていた。

「ねえ、レイザ。起きてる?」

 そう声を掛けると、レイザから返事が返ってくる。

「ああ。ディール、どうしたんだ? いつものお前ならさっさと寝ている筈なのに」

 いつもと様子が違うとレイザに言われ、ディールは苦笑した。

「うん、ちょっと色々考えていたんだ」

「ほう、お前にも考える事があるのか」

 珍しいとレイザが呟くとディールは苦笑した。

「これでもね」

 そう言ってディールは話し始める。

「ゼーウェルさんがフィリカに行くって言ってからもう三日ぐらい経つんだよなあと思ってさ……。何かとてつもない事が起きているような気がしてさ……レイザはどう思う?」

 ディールの問いかけにレイザはこう答えた。

「俺も、そんな気がしてならないんだ」

 そう言った後、彼は何も言わなかった。どうやらそろそろ眠たくなってきたらしい。それはディールも同じだった

「ごめん。明日は早いからな、もう寝ようっと。お休み、レイザ」

「ああ、お休み」

 そう言うと、ディールは布団を被って目を閉じた。ほぼ同時にレイザも布団を被り、目を閉じた……。


****

 次の日、レイザとディールはさっと起き上がった。昨日の宿屋と違い、快適に寝たので寝起きの悪さも全然感じられない。いつもならレイザに怒鳴られながら出発の準備をするディールも今日は早々に出発の準備を終えていた。

「準備はいいみたいね。小船はフィリカの前にある小さな孤島にあるの。そこに姉がいるわ」

「そうだったのかー。まあ、こんな小さな小屋に船なんかあるわけないかあ」

 よくよく考えてみればそうだ。人が生活するには快適だが、船を管理する場所ではない。それにアエタイトからルキアまでの船で十分生活出来る。

「さあ、出発よ、大丈夫ね。孤島とさっき言ったけど、もうフィリカの中に突入しているから。必ず姉の指示に従ってね。特にディール」

「ええー俺ってそんなに信用ないのかよ」

「アイーダ殿はよく分かっていらっしゃる」

 項垂れるディールに対して、強く頷くレイザ。

「まあ、ディールとの付き合いは長いので!」

 アイーダの返しにディールは頬を膨らませる。しかし、彼に構っている暇はないのである。

「さて、一旦戻りましょうか。エミュータウンからフィリカに行くの」

 エミュータウンとは先程アエタイトが着いた港町である。先程まであそこにいたのだが、どうしてわざわざここまで来させたのか。

「ごめんなさいね、私がいないとルイズ姉さんのところへお連れする事は出来ないの。最も、ゼーウェルさんは違うみたいだけど」

「え、ゼーウェルは此処には来なかったのか!」

 アイーダの口から出たのはゼーウェルの名前である。二人の驚きを見た彼女も不安げな面持ちで話を続ける。

「そうなのよ、普通フィリカに行くには必ず此処に寄らないといけなんだけど……少し心配だわ」

「じゃあ、尚更行かないと! さあ、エミューへ行くぞ!」

「おう!」

 レイザの声に二人は更に大きく頷き、エミュータウンに向かって歩き始めた。

 こうして、フィリカに向かったゼーウェルを追うレイザとディールの冒険が始まりを告げた。彼等は、フィリカにいるルイズの力を借り、本格的にゼーウェルを助けようと動き出していた。

 全ては、彼を助けるため。ただ、それだけだった。

 しかし、この冒険の始まりは、やがて大いなる野望を持った強大な者達との闘いへと発展していくのであった。

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