Startegy12:曇天の向こうに
此処に確かな光はない。湿気を帯びた狭い牢獄で息を潜める二人。
ゼーウェルは溜め息を一つ吐いて天井を見上げた。
こうすれば、また気が滅入るだけで意味がないのだが、恐らくなにもすることがなく、考えるだけなので体が鈍り、膨大にある時間を無駄に消費していた。
焦らなければならないが変なことに暇をもて余していたのだ。
隣にいたディールもそうらしい。どこか落ち着かない様子でいたようだ。
しかし、思ったより疲れは見えず、少年らしい元気な様子が見れて安堵した。
今頃、一人になったレイザはどうしているのか。
心配なのはそれだけだ。
意外と律儀で忠誠を誓った相手のことは信じる性格である。
あの健気な性格を踏みにじっているのは自分が原因なのだ。彼を心配する資格もないのだが。
後悔したところでどうにもならないので、早く此処から出る方法を探さなければならない。
いや、ここで投げ遣りになってどうするのか。レイザと合流する機会を見出ださなければなるまい。
ゼーウェルはもう一度ディールを見て今度は話しかけようとした時だった。
「ゼーウェルさん、今の見た?」
ずっと天井を見上げていたディールが話しかけたのだ。それも、不安気な面持ちで。
「どうかしたのか? 何かあったのか?」
敵なのかと問い掛けるゼーウェルにディールは首を横に振った。
「気になることがあって……ただ、おかしいんだ。どうして、壁が揺れるのかなあーって」
ディールの疑問にゼーウェルは上を見たが、目に写るのは湿気臭い天井だけである。暗順応しきれてないだけなのかもしれない。
だが、ここはフィリカだ。有り得ない現象も平気で起こる幻の地。
「ディール、もう一度見てくれないか? 動いた場所を指差してくれ」
もしかしたら罠かも知れない。ディールの考えを闇雲に否定すれば簡単に落とされるかもしれない。
息を呑み、静かに見守っている。
よく考えたら牢番もいないし、鍵穴らしきものも見当たらない。
「……あれは!」
ゼーウェルが天井のある一点を見て驚きの声を上げる。ディールの言う通り、確かに揺れ動いていた。
もしかしたら、これこそがこの場を脱出する手段かもしれない。
「ゼーウェルさん、何かくるんだけど!」
ディールが怯えながら声を上げるとゼーウェルは宥めるように彼に言ったのだ。
「多分ここから脱出するにはあれに引きずり込まれるしかない……耐えろ」
「そんな無茶苦茶な!」
ある意味冷酷なゼーウェルの言葉にディールは怒鳴りたくなったが、空間から出てくる黒い手から逃げる手段はない。
抵抗しても無駄であることを悟ったディールはゼーウェルと同じく身を委ねる事にした。
気持ち悪さは相変わらずだが。
「こんなの、やだよ……」
「私だって同じだ……」
「そう言いながら何で冷静なんだよーっ!」
ゼーウェルが無表情なことに納得のいかないディールは突っ込みを入れたがゼーウェルには答えられなかった。
ディール程ではないが気持ち悪さに引いているのは彼も一緒である。
喚いている間にも身体にまとわりつく手によって空間に誘われる。
「どうにでもなれよ、もう……」
少年の投げ遣りな声だけが牢屋に響いたのだった。
目まぐるしく変わる景色に頭がついていかない。
赤だったり、黒だったり、はたまた言葉にできないほどの色だったり。
ここでは声もあげられないのだろうか。でも、しっかりと感覚はある。妙だった。
「うわっ!」
よろけそうになったが、手を掴んでくれたのがわかる。
「ゼーウェルさん、冷静だね……」
顔色一つ変えず、進む用意ができているゼーウェルを唖然として見つめる。もうついていけない。
この人は動揺するという言葉を知らないのだろうか。無表情で事を対処する彼にディールは驚きと呆れの入り交じる視線を送る。
「ディール、そろそろ進むぞ。此処から真っ直ぐ進めば最上階まで抜けられる」
何故知っていたのかと再び目を白黒しているとゼーウェルはディールから目を逸らした。苦痛に顔を歪めながらもゆっくりと歩を進める。
まるで、来いとでも言っているかのような耳鳴りが止まない。
「ゼーウェルさん、大丈夫? あまり無理はしないで……」
幾ら耐えても呼吸音まで隠すことはできなかったらしく、気配で察したディールを不安にしてしまったようだ。
彼は振り向かなかったが、後ろを歩くディールには、彼が微笑んだように思えた。
何となく、雰囲気が和らいだのだ。
****
異空間に招かれた二人の耳に入るのは怨念と憎悪の混じった悲鳴。
これがフィリカに異変をもたらしているのだろうか。
するとゼーウェルはディールの疑問に答えるように口を開いた。
「今のようにフィリカは外部の人間を受け入れなかった。襲われる者もいた。考えてみれば当然なのだがら気が付かなかった」
「フィリカを知った魔術師達を侵略者と見なしたからかな」
そもそも願いを叶えてもらうためにフィリカを力ずくで支配しようとしたのだ。
それに対してフィリカにいた者達が対抗するのは当然だ。
だが、彼らの中にはフィリカに立ち入ることに少々戸惑う者もいた。
ディールは顔を歪め、思わず名前を呼んだ。
「セティ……」
彼は自分と関わることを恐れていた。どうしてだろう。
彼と、話がしたかったのにとディールはぼやいた。
「あいつは素直じゃないからな」
自分と同じで、と、ゼーウェルはディールの肩をポンポンと叩いて励ました。
そもそもセティはプライドの高い奴だった。
自分の力で人を認めさせなければ意味がないとさえ言うほどだから相当だろう。
そんな彼が初めて慕ったのはエルヴィスだった。
しかし、彼自身が尊敬するエルヴィスがフィリカにのめり込み、力を欲し始めたのを見た時から彼の心は壊れたのかもしれない。
エルヴィスを殺したのは自分だと、彼は今でも責めている。
だからディールとは分かち合えないと勝手に結論付けたのだ。
そこでゼーウェルは話をするのをやめた。とにかく今でもセティはディールに一連の流れをあまり話したくないのだ。
恥ずべきことだと思っているのかもしれない。
自分のことを棚に上げながらゼーウェルは苦笑しているとディールが今度は口を開いた。
「セティ、俺をかばってルディアスらに立ち向かったんだ。セティ、無事かなあ、無事だよね?」
彼は本気でセティを心配しているようだ。意地でも父を失ったディールの憎まれ役を演じたセティをゼーウェルはすごいと思う。
それに比べて自分は何をしてきただろうか。
セティを苦笑する資格さえないというのに。
薄暗い空間に敷かれた一直線の道を歩き、ディールも後を追って歩き出した。
****
一方、倒れたメーデルの警告と助言を胸に進んでいると燃えるような赤い羽根が特徴的な鳥が現れた。
「フレイアね。召喚されたに違いないわ。レイザ、下がって! アクアライン!」
レイザが下がると同時に真っ直ぐと水の刃を浴びせる。
フレイアは呻きながらも翼を羽ばたかせ風を巻き起こした。
「エアスパイラルね! 伏せて!」
フィーノの指示に従い、レイザは大幅に後退し、伏せた。
「風を遮れ、マジックフォース!」
淡く輝く薄い壁が現れ、フレイアの攻撃を遮ったが、パリーンと甲高い音を響かせてバリアは壊れる。
レイザが駆け付ける前にフィーノは体勢を立て直した。凄まじい勢いで羽ばたくフレイアにフィーノは必死で水を浴びせるが紙一重でかわされ、決定打にはならない。
フレイアは高く舞い上がり、急降下をしながらフィーノを狙う。
「危ないわねっ!」
不満を洩らしながら避けようとするが発生した風に吹き飛ばされる。
「い、いったあ……」
ゆっくりと起き上がり、前を見るとレイザがフレイアと戦っている。
攻撃を巧みにかわし、華麗な剣捌きで確実にフレイアを追い詰めている。
「レイザ! 助かったわ!」
フィーノが加勢し、手をフレイアに向ける。
「止めよ! レインアロー!」
無数の刃が降り注ぎ、フレイアは呻き声を上げながら光となって消えていく。
「ほう、レイザ。お初にお目にかかる。ゼーウェルよりは勇ましいな」
「ヴァン!」
「おや? 初めてではなかったかな?」
優雅に現れたヴァンにレイザは顔を歪ませる。アルディの中でも権力を持っていたことは知っていた。
「お前がルディアスたちも加担させたのか」
「ああ、ルディアスの後輩だったか? では話を聞かせてやろう。ここは死者を受け入れる楽園フィリカ。死後は皆、ここに招かれる。だが、中には志半ばで無念を残しながら死んだ者もいた。しかし、神と戦い、神を我々の手中に収めればまた甦る。神を認めさせるにはな、その剣の使い手が必要だった。最初、その剣の持ち主はゼーウェルだった。しかし!」
ヴァンは語気を荒げ、レイザを睨む。
「お前に情を入れ込んだゼーウェルは我々をあっさりと裏切った。レイザも哀れだな、ゼーウェルの下にさえ着かなければこんな目に遭わずに済んだのに。ルディアスたちもレイザを心配しているようだ。さあ、レイザ。その剣を渡し、ここから立ち去るのだ」
レイザはその時、初めてゼーウェルがフィリカに行った理由を悟ったのだ。
彼は一人でヴァン達と戦うつもりだったのかと、レイザは剣を握る。
「悪いな、ヴァン。警告は有り難いが俺はゼーウェルに従うつもりだし離れる意思もない」
剣を構え、切っ先をヴァンに向ける。
「残念だ、ルディアス達の想いを踏みにじるとは」
ヴァンも剣を構え、真上に上げた。
「唸れ、光よ!」
勢い良く振り下ろすと雷撃が一直線に走る。
巻き起こる砂煙、ひびの入った床。
立て続けに光を帯びた剣を振るい、レイザを攻撃する。
「こうなったら!」
「君の魔法の対策もばっちりさせてもらった」
淡々と告げ、バリアで攻撃する。
ガラスの破片のような矢がフィーノに向かって真っ直ぐと飛んでくるが今度は飛んでかわすことができたが。
「きゃあっ! く、苦しい…畜生……」
「フィーノ!」
ヴァンの懐に果敢に斬り込もうと身構えていたレイザがその場を離れ、蔦によって締め上げられるフィーノに呼び掛けた。
暴れまわるフィーノを笑うように眺めながらレイザに向かって手を翳す。
「邪魔はさせぬ。エックスライダー!」
赤い閃光が直線上に走り、遅れて発生した閃光はレイザの視界に急に現れた。
「ちっ……」
直接傷を与えるものではなかったが絶妙なタイミングで現れた閃光はレイザの動きを阻む。
「ソーンブレイド!」
「させるか、切り裂け! 真空剣!」
レイザを捕らえようとした蔦を彼は刃の力を使って切り裂いた。
飛び散った風が蔦を切り裂き、フィーノを解放した。
「隙あり! エアスラッシュ!」
妖精であるフィーノは風の力を使える。
風は白い刃を作り出し、ヴァンに直撃する。
「……少し、甘く見ていたか……。だがここで終わらせぬぞ……炎よ、裁きを……っ!」
そこでヴァンは詠唱を止めた。
「……畏まりました。では、私はここで退きましょう」
「逃がすか!」
続けて攻撃を繰り出そうとしたレイザに向かってヴァンは笑いながら消え去った。
「待て!」
「レイザ、深追いは危険よ!」
ヴァンを追いかけようとしたレイザをフィーノは慌てて引き止める。
「……ヴァンに話しかける人がいたわ。とても強大な力を持ってる……」
「……そいつが、サッグの?」
レイザの問いにフィーノは分からないと言うだけだった。言われてみれば確かに空気が重たい。
これがヴァンに指示をした者が放つ気配だとしたら、レイザはゼーウェル達が無事なのかと不安になる。
「慎重に、先に進みましょう……」
「ああ、そうだな」
不安をかき消すようにレイザは剣を握り直した。
****
一方、ゼーウェル達は異空間を歩いている。
キラキラと光る床と自分達の姿を映す鏡が壁となっていた。
この鏡には意味があるのだろうか。
「ゼーウェルさん、ここは何なの?」
何となく。ほぼ、ディールの直感である。
「ここ、長い間歩いていたらおかしくなりそうだよ……」
「……そうだな、頭に響く……」
どうやらゼーウェルもディールと同じく不快感を露にして呟いた。
時折頭を抱え小さく悲鳴を上げるディールに気づき、落ち着かせようとして背中を軽く撫でる。
「大丈夫か……?」
勿論ゼーウェルも謎の頭痛に苛まされているが、ディールのように呻くほどではない。
「あん、大丈夫……なんか、ガンガン響いて……何でかな」
みるみるうちに真っ青になるディールの顔色にゼーウェルは少し考え込み、それから思い付いた。
「ディール、絶対に私から離れるな」
「あ、うん……分かった」
ゼーウェルの真横を歩き始めた途端に妙な頭痛は治まった。
「あ、何か少し軽くなった……原因わかってた?」
自分でも分かるほど早く治まり、歩けるようにまでなった。
「最上階に近いからな。多分、奴がお前に何か歌でも聞かせていたんじゃないか? もしそうなら、あれは死の詩……詠むだけで人を死に導ける……フィリカを再生させる詩でもあるから悪いものではないが」
「そうなんだ……それをかき消すのが剣の力?」
「ああ、そうだ。よく分かったな。レイザが持ってる剣には死の詩をかき消す力があるが、君の父が教えてくれたものがあって……」
そこでゼーウェルはディールに向かって微笑んだ。
「確かに君の父さん、エルヴィス様はフィリカを見つけてしまい、隠していた世界を現してしまった。でも最後は、奴が手に入れた死の詩を遮る方法を教えてくれた、それだけじゃない。それがなかったらハーディストタワーまで導いてくれなかった」
「ゼーウェルさん……父さんの研究は無駄じゃなかったんだ」
今までディールは人知れず気にしていたことがあった。
「フィリカの神に会えば願いが叶う。譫言のように父さんは言ってた。だから皆……」
「まあ、そう気に止むな。止めるだけさ……そうだろう?」
再び父の様子を思い起こしたディールは泣きそうになった。誰にも、ゼーウェルにも話すことはなかった。話すわけにはいかなかった。
「そうだよね、止められるよね」
落ち込んでばかりはいられない。
先に進もうと決意したディールの声を切り裂くように別の声が低く、呻くように囁いた。
「ここから先には通さぬ! フィリカは我らの世界なり!」
「ディール、伏せろ!」
ゼーウェルはディールを抱き抱えるようにして倒れ込んだ。
鏡が一斉に輝き、破片が次々と二人を狙い撃ちする。
「どうやら、ここから出るにはあの鏡を壊すしかないな」
ゼーウェルが冷静に呟くと粉のようになった破片を振り払いつつディールは突っ込んだ。
「どれも光ってるし、こんな大量の鏡なんか壊せないよ!」
悲鳴を上げているとまた破片が降り注いだ。
「取り敢えず行き止まりのところまで走るぞ!」
ゼーウェルはディールの手を引っ張って走り出した。
大小様々な破片が二人の行く手を阻むように凶器の雨となって降り注ぐ。
「プロテクター!」
光の壁を表し、そのまま突っ切るように、ひたすらに走り出した。
「行かせぬ!」
声はだんだん近付き、エコーが掛かる。
「この空間を作り出している装置がある、それを破壊すればハーディストタワーの最上階に先回りできる!」
ゼーウェルはヒビの入ったバリアを見ながら勇気づけつつ走り出した。
「行かせぬ、行かせぬ、行かせぬ!」
声はだんだんと大きくなり、近付いていることがわかる。
走れば走るほど鏡は行く手を阻み、粉雪のように吹き荒れる硝子の破片。
プロテクターも殆ど壊され、腕を盾に進む。
「あ、あれだ!」
ゼーウェルが指を指す先。
中央に巨大な鏡が置かれている。
「あの鏡を壊せばここから出られるんだね!」
「しかし、あれは鏡だ、気を付けろ!」
走り出そうとしたディールにゼーウェルが忠告した途端に鏡は鈍い光を放つ。
「何人足りともここから出すわけには行かぬ! ソニックアロー!」
銀に輝く刃が無数に降り荒れる。
「ディール、あの矢は私が何とかする。早く走るんだ」
「分かった、任せてよ!」
ディールの強気な発言にゼーウェルは頷き、壊れかけていたプロテクターを再び張り直す。
「ソニックアロー!」
無数に降り荒れる刃にプロテクターは早くも壊れそうになり、何度も張り直す。
どうやらあの鏡の破壊はディールに任せるしかないようだ。
「ディール、私が引き受ける。中央の鏡に姿が映らないように近付くんだ!」
プロテクターを維持しながらゼーウェルは叫んだ。
「わ、分かった」
鏡を叩き割るには正面から近付くしかないと思ったディールは戸惑いながらも頷き、大きく回って鏡から外れる。
ゼーウェルだけを認識し、彼が近付くにつれ、攻撃は激しさを増してゆく。
だが、鏡から外れたディールには攻撃が向かなかった。
「あ、あれ、光ってる」
鏡の上部に施された装飾の中心に宝玉がある。これを壊せば良いのだ。
「いっくよー!」
ディールは走り出した。
「ゼーウェルさん、俺に向かって風を起こして!」
「あ、ああ、分かった!」
走り出したディールが叫び、ゼーウェルはすぐに頷く。
「ウィングウェーブ!」
プロテクターを維持するのを中断し、すぐさま突風を巻き起こすとディールが風に乗って宝玉めがけて拳を降り下ろす。
「寸断拳!」
宝玉に傷がつき、降り注ぐ雨が弱まった。
「ディール、そのまま進め!」
ゼーウェルが急いで駆け寄るとディールとともに直進した。
「サンダースラッシュ!」
鋭い稲妻が宝玉に直撃し、高い音を響かせて粉後に砕ける。
続いて鏡が粉々に砕ける。
「ディール……っ!」
「ちょ、何が、何が起こって……!」
二人の目の前に発生した渦。流れに逆らうことも敵わず、二人の身体は巨大な渦に呑まれていく。
****
「いたたた……」
「これは、なかなか、効いたな……」
よく見ると粉がついている。刺さらないように振り払い、二人は辺りを見回した。
「こ、ここ、ハーディストタワーだよ! やった、抜けられたんだ!」
仄かに明るく照らす焔、漆黒の壁。
「ハーディストタワー……確かに」
ゼーウェルは一歩遅れ、漸く牢屋から逃げ出すことができたのだ。
「ディール、些細な変化を見逃さなかったから出られた……感謝する」
ゼーウェルが丁寧に礼を述べるとディールは少しポカンと口を開け、そしてみるみるうちに顔を赤らめた。
「何か照れますよ! もう、顔を上げてくださいってば。俺こういうの苦手なんですからっ!」
そこでディールは不意に下を覗く。
ぐるりと周りを囲むように通路が出来、下の階を覗けることに気が付いた。
「ゼーウェルさん、あれ! レイザだ! 誰かいるよ」
遠くからでも分かる。あれはレイザ、そして。
「何か小さい妖精がいるよ、ゼーウェルさん」
「どこだ?」
「あれ、あれだよ!」
ゼーウェルが身を乗り出し、確認すると確かにレイザと隣に何かがいるのが分かる。
「……ディール、急ぐぞ!」
今度はゼーウェルが顔を真っ青にし、ディールを急かした。
「あ、待って!」
慌てながらもディールはレイザの身に危機が迫っていることを知り、急いで走り出した。
****
ハーディストタワーの内部を見ながらレイザは此処が頂上であることを把握した。
「……剣が、輝いてる?」
刃の輝きに気付いたレイザの呟きにフィーノは直ぐに声をかけた。
「レイザ、その光は危険だわ、しまうのよ」
「え、お前」
フィーノが流暢に話し、レイザから剣を奪おうと阻む。
「どうしたんだ!」
「その剣の光は危険なの! 兎に角捨てるの!」
フィーノの叫びに戸惑い、レイザはフィーノを落ち着かせようと宥める。
「レイザ、剣を翳せ!」
叫んだのは息を切らし、駆けつけたゼーウェルだった。
「そいつから、離れろ!」
レイザは戸惑いながらもゼーウェルの元に行き、剣をフィーノに向けた。
「な、なにを、な、なにを、する!」
目映く光がフィーノを包み、光が止むと漆黒の黒衣が現れた。
「……なあんだ、バレたんだ。ゼーウェル……いや、兄上」
姿を現したのはゼーウェルと同じ姿。右目が血のように紅く、妖しげに微笑む容姿。
ハルパスでレイザを陥れた。
「兄上に会えるなんて嬉しいね。それなのにどういうわけ? 俺は一生懸命兄上のために頑張ったのに、レイザとかいう奴の肩を持つなんて」
彼は微笑み、風を起こした。
「赦さないよ、兄上様?」
無邪気とは言い難い。その目には野心と怒りで濁り、口元は残酷に微笑する。
「力が欲しいと願って、エルヴィスの元に募り、俺を生み出した。いらなくなったら捨てるんだ? 残酷なことをするね。俺はゼーウェルが好きなのに」
「……ダーク、それは違う……」
「何が違うと言うんだ!」
ゼーウェルが首を振るとダークは目を向き、光を放つ。
「……ダーク、赦してくれ……私が目先の利益に捕らわれていた……」
ゼーウェルは抵抗しなかった。光を受け止め、血を流す彼を見たレイザは剣を振るおうとしたが、ダークの張るバリアに弾かれた。
「赦さないよ、兄上様が俺を裏切ってレイザを守る限りね」
そしてダークは殺意を剥き出しにしてレイザを見る。
「兄上様? 見ているといい、兄上様の目の前でレイザを八つ裂きにしてあげるから。そしたらまた兄上様は俺を頼ってくれるから、ね?」
ガシャン! と、バリアは壊れ、ダークは剣を構えるレイザとディールを見据える。
「害虫は排除してあげないと」
****
「シャドーパワー、暴走せよ」
淡々と呟き、ダークの目の前に現れた光が舞い上がり、弾け飛んだ。
「うっ!」
かわすことも剣で受け止めることも出来なかった。
「まだまだだよ、喪流剣!」
黒い剣が生み出され、レイザに降り下ろされる。
鈍い光が飛び散り、それはディールにも直撃した。
「な、なんなの……あ、頭がっ、頭が!」
ディールは苦悶の声を上げ、膝をつく。
「セティと同じように俺の偶像にしてあげる。セティは最後の最後で俺に立ち向かったからね」
「セティ……!」
ダークの言葉でセティが彼の元に堕ちたことが分かった。それを知ったディールは彼の名前を呼び、苦悶と悲しみの声をあげる。
「……ダーク!」
攻撃に押されていたレイザが彼を睨み、剣を振る。
「勝手なことを言うな! ゼーウェルもディールも、サッグも、お前の玩具じゃない!」
レイザは一気に距離を詰め、ダークに斬りかかる。
ダークとレイザの力は互角だが、次第にレイザが押し始める。
鈍く輝く光。ダークの剣から放たれる波動に傷付きながらもレイザは決意を示す。
叩きつけるように、刻むように。
「俺はゼーウェルを、救ってみせる……今度こそ、ゼーウェルを、助けてみせる!」
「……お前に」
ダークの右目が見開く。
「お前に、何が分かる!」
暴発した力がレイザに迫る直前だった。
「……ゼーウェル!!」
****
ダークは右目を抑え、わなわなと震えていた。
何故、彼が目の前にいるのだと、はっきりと示していた。
「……ダーク、これは、罰なんだろうな、きっと……」
後ろにいるレイザとディールを見ながらゼーウェルは真っ直ぐと対峙した。
レイザは座り込み、手で口を抑える。
ディールは眠ったまま動かない。
「私は、ダークを、止めて、みせ……」
血塗れになりながらも立つゼーウェルをダークは哀しげに、憎らしげに見つめ、姿を消した。
「レイザ、私は、お前が……好きだ……だから、だからこそ、忘れる……」
レイザに向かって、微笑み、彼は膝をつき、倒れた。
「……ゼーウェル……ゼーウェル!」
レイザは我を忘れて泣いた。泣き叫んだ。
泣き叫ぶあまり、助けに来た音も呼び掛ける声にも気付かない。
「レイザ、落ち着いて! ゼーウェル様はまだ助かるわ!」
制止しようとしたのは、ルキアにいたアイーダとルイズ。
「仕方ないなあ、サイレント!」
制止しても力任せに暴れるレイザを気絶させるしかなく、呪文を唱えた。
「さあ、一旦離れるぜ。ダークらはまだ生きてるからな」
レイザとディール、ゼーウェルを浮かせ、巨鳥に乗せる。
静寂に包まれていたハーディストタワーに、羽を羽ばたかす音が聞こえ、やがてそれは空に向かって飛び立った。