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戦闘舞踏 第一部 ―封印された島国―  作者: 真北理奈
謎の島の中の大迷宮
12/13

Startegy11:暗雲漂う迷宮内

 敵の本拠地とも思われるハーディストタワーの中をひたすら前進するレイザとディール。

 その道中、彼らは傷だらけのゼーウェルと再会したが、余韻に浸ることはできず、再び彼と別れた。

 せっかく会えたのに、どうしてまた離れ離れになってしまうのだろう。

 今まで冷静を装っていたレイザは敵やフィーノ、セティやゼーウェルの話やミディアの死を受け、展開が読めない不安に押し潰されそうになっていた。

 傷だらけの彼を放って先に行くことはしたくなかった。出来なかった。

 でも、今、此処で立ち止まってゼーウェルと一緒にいたら、彼を始めとする多くの厚意を無にしてしまうと考えて、先に進もうと決意したのだ。


 ディールもそう考えたのか、ゼーウェルがセティのことを話しても彼からは一切話題に出したりせず、先に進んだ。

 久々に握った剣は、本体の重さと刃から放たれる輝きと神秘的だと感じられる装飾の数々で目眩がしそうだ。

 この剣は、一体何なのだろうか。

 少なくとも、自分よりはフィリカのことを知っているディールに聞いてみた。

 すると、彼は首を傾げた後、申し訳ないと言った表情でレイザを見上げる。

「ゼーウェルさんが言ってた本なら一度読んだことあるけど、こんな剣知らないよ。まあ、最後まで読まなかったから知らないだけかもしれないし」

「そ、そうなのか……知っていると、思ったんだが」 思わず落胆の声を洩らすレイザにディールは申し訳なさそうに俯いた。

 しかし、ディールの返答にはある程度予想がついていたのか、レイザは首を左右に振って歩き出す。

「まあいいか。ゼーウェルを助けに行かないといけないからな」

 聞いてどうするのか。

 知ろうが知らなかろうがやるべきことはただ一つ。

 薄ら明るい蝋燭の火を頼りに進むのみだった。

 揺らぎそうになる決意を奮わそうと首を振れば難しい顔をしたディールがいた。

「……どうしたんだ」

 いつものような調子のよい彼のものではない。

 思い詰め、何かを考えるような彼の表情がそこにある。

「どうしたんだ、ディール」

 いよいよ不安になったレイザはいてもたってもいられず、縋るような声でディールに問う。

 すると、どこか悲しげな表情でレイザを見るディールの瞳とかち合う。

「……ねえ、レイザ」

「なんだ」

 その剣を見て、ディールは一つの答えを見出してしまったのだ。

「それ、もしかして……ゼーウェルさんには必要不可欠だったんじゃないかな。その所有者がレイザに移るっていうことはね……」

「……ディール?」

 話を聞こうと待つレイザだが、ディールは首を振って、前を向く。

「いや、まだ分からないんだ。ゼーウェルさんなら、確実なことを知ってるし。考え込んでごめんね。早く進もう」

 不安を振り払うように、振り切るように、一歩ずつ前進するディールの後を追うようにレイザもまた進んで行く。


****


「セティを連れてきたか」

 ハーディストタワーを繋ぐ広間で響くヴァンの声。

「リデルは取り逃がしたが奴は間接的に我らが主の降臨に一役買って出た。しかし、リデルが余計な真似をしないように見張っておけ」

「畏まりました」

 ヴァンの前に跪く嘗ての親友達を見て、セティは胸を痛める。

 しかし、真実を二人に告げたところで受け入れるとも思えないことは目に見えている。


 ――フィリカのことさえ知らなければ、調べなければ……。


 後ろ手に縛られた手では顔を覆うことが出来ない。

 ヴァンを見まいと顔を伏せるのが精一杯だった。

 彼もまた、エルヴィスによってフィリカの持つ力に魅入られてしまった犠牲者だと考えている。

 目を閉じれば、思い浮かぶ。

(――ゼーウェル……あの時、止めていれば良かったんだ。そうしていれば、ゼーウェルがあんなことにはならなかったのに)

 魔術師達の間でフィリカのことは瞬く間に広まっていく。

 フィリカは強大な力を持つ夢の中にある島国。

 フィリカを具現化させる呪文を唱えればフィリカは貴方の夢に島国は現れ、神が降り、願いは叶うだろう。

 誘惑に目が眩んだ者、縋る思いでフィリカの伝説にのめり込む者、誰もがフィリカを肯定していた中で異論を唱えるゼーウェルは疎ましい存在だった。

 そして、可笑しくなる魔術師達を立て直そうとエルヴィスの居宅に侵入し、フィリカの伝説と……具現化するための呪文を記した本を無きものにしようとした時――。

 もう、取り返しのつかないことになっていた。

 ゼーウェルを狙おうとしたエルヴィスは、彼に仕向けた化け物に抹殺される。

 ゼーウェルを退かせようと偶々傍にいた自分も巻き込まれる。

 そして、彼は――彼も一度は抹殺されたのだ。

 しかし、自分がいた時にはゼーウェルが倒れていて。

 明確に覚えている記憶なのに、一部は抜け落ちている。

 いつだって忘れたことのない記憶なのに、そこだけが綺麗に抜け落ちている。

 苦笑しながらヴァンを見上げるセティに、その場にいた者達は無言を装いつつ戸惑っていた。

 今だけは、口が塞がれていて良かったと思う。

 この口が自由に動けば、きっと真実を問い詰めるだろう。

 それだけは避けたい。

 敵ではあるが元は親友であり、同期であり、先輩でもある。

 敵ではあるが、彼らの希望を絶つようなことは出来なかった。

 ゼーウェルも、きっとそうだろう。

 だから何も言わない。

 ふと、セティはルキリスの方に視線を向ける。

 ルキリスもまた、セティに視線を向ける。

 中には知っている者もいるだろう。

 しかし、一度進めば後に戻ることは出来ないのだろうか。

 気丈に隠しながらも、時折泣きそうな瞳をセティに向けるルキリス。

 でも、自分は何も答えられない。

 再び床に視線を向け、ヴァンの侮辱の言葉を待っていた。

「そう言えば、お前とゼーウェルだけだな? 皆、偉大な力を手に入れたいと願っているのに。否、欲を剥き出しにしていたのに」

 吐き出されたヴァンの声は不思議だと言わんばかりのもので、セティは眉根を寄せる。

「ヴァン様……もうやめた方が……」

 慌てて割り込むルキリスにヴァンは嘲笑うような視線を向ける。

「ほう、セティを庇うのか? そう言えばお前達とセティは親友だと聞く」

「……いえ」

 ハッと気付いたルキリスは引き下がり、ルディアスにもたれ掛かる。

 何が起こるのか。

 ヴァンは人差し指をセティの額に当てると笑みを向ける。

「喰われるがよい」

 目を伏せるルキリス達を余所に、赤い光がセティを包んでいく。

「……セティ」

 光は弱まり、ゆらりと立ち上がるセティにルキリスは泣きそうな視線をルディアスに向けるが、どうすることも出来ない。

「あとはメーデルとルディアス達に任せよう。直に『ゼーウェル卿』も最上階に来られる。奴らの相手をしたいとのことだからな?」

「……ヴァン」

 一瞬だけ彼の名前を呼んだルキリスだが、何を言っても無駄だと悟り、ルディアスとともに黙って立ち去った。

 二人の後ろ姿を悠然と見送るヴァンの顔に翳りが見える。

「誰だって、力は欲しいさ。誰だって生きたいさ。お前たちだってそう思っているくせに……」

 ぽつりと呟くヴァンの声や本音は誰にも聞かれることなく消えていく。


****


 その頃、レイザ達はひたすら塔を登って行た。

 ひたすら部屋を見て回り、階段を登る。

 部屋の扉は簡素なため、開けるのは容易だったが、特に何もない。

 敵に知られないよう進むが、知られた時には戦って倒す。

 そうして、彼等はまた先に進んで行く。

 身体は傷つくばかりだが、変化のない単調な戦いに欠伸さえ催すところだった。

 不謹慎だ、こんな風に感じるのは。

 この怠惰が敵につけ込まれると、分かっているのに。

 分かっているのに、無限に続く戦いに嫌気が差してくる。その理由はよく知っていた。

 ゼーウェルから明確に説明されたようで、まだ不明確な部分が残っている。

 そんな気がしてならない。

 ゼーウェルは、何のためにフィリカに行ったのだろう?

 フィリカに向かって、彼は何をしようとしたのだろう?

 ――三年前、彼は何を知ったのだろう。

 何も語らないゼーウェルに対して募る不安と疑問に押し潰されそうになる。

「レイザ、大丈夫?」

 具合の悪い表情を見せるレイザを心配したディールは気遣うように声をかけた。

 まだ、あどけなさの抜け切らない大きな瞳が揺れている。

 数分間立ち止まり、ディールの瞳をじっと見つめる。

 気丈に振る舞いながらも不安でいっぱいのようで、焦点が定まらない瞳。

 そこで初めて、レイザはディールに向かって笑顔を見せた。

「大丈夫だ、心配するな。早く行こう!」

 剣を再び握り直し、潜むようにして歩いていく。

 蝋燭の数が段々少なくなっていき、暗闇の中で息が詰まりそうになる。

 この塔、一体どこまで続いているのだろうか――。

「……待て、レイザ」

 どこかで聞いたことのある声が響く。

 辺りを見回すと朧気ながら広間のような感じがした。

「ここから先へは行かせないぞ!」

 警告とともに釘のような物がレイザの真横を掠める。

 幸い、直ぐに反応したために傷を負わずに済んだ。

 凶器となった釘は甲高い音を立て、床に落ちた。

「ふん、次は外さないぞ」

 ヒュッと、小刀のような刃が空気を切る音がした。

 周りを取り囲む蝋燭の火が一斉に灯り、立ちはだかる者の顔を露わにする。

「やあ、レイザ。ジュピターではみっともない姿を曝したな。まあ、ジュピターであのやり取りをしている間に少し仕事はさせてもらったんだよ――ゼーウェル卿にな。いい機会だからお前達が来る前に何があったか、話してやろう」

 そこで、レイザはハッと気付いた。

 幾ら深く考えないラルク言えど剣に長けている彼が大剣でふらつくことはない。

「俺がジュピターでお前達を相手にしている間、他の奴らがセティを捕らえた。そう、フィリカに来たのはゼーウェルだけじゃない。彼の同期であるセティ・ブライア、ミディア・オールコット、そして――もう一人、既に闇に呑まれた小娘。ミディアは最初から消えてもらう手筈だった。あの女は魔術師でありながらフィリカの力を否定した。一方、セティは否定するゼーウェルやミディアを宥め、間接的に我々に協力してくれたから生かしてやっている。ゼーウェルは――ふふっ、それは本人の口から聞くんだな。まあ、あのお方に接触したら、どうなることやら……」

「じゃあ、セティは……ゼーウェルさんは……」

 慌てるのはディールの方だ。

 ラルクの話が本当なら、セティはあの時ジュピターにいることになる。

 悔やむレイザをせせら笑うようにラルクが詳細を説明する。

「おかしいだろ。セティやミディアがタイミング良く現れるなんてさ。あいつらはゼーウェルを先に行かせるために俺達を引き付けていた。でも、俺とハワードで手間取らせたらタワーに残っているメーデル達で食い止められるし、ロックレンブレムにはヴァン達も待機していた。リデルが反旗を翻したのは吃驚したがな。そう、あとはお前たちを始末したらいいだけ。分かったか?」

 彼の得意武器である小刀と鋭い針を構えた。

「ディール……くるぞ!」

「うん、いくよっ、レイザ!」

 二人は身構え、針を投げるラルクに備えた。

「ディール……」

 かわしながらレイザはディールに目で指示を送る。

 身軽な上に道具を巧みに使いこなすラルクに真正面から立ち向かっても攻撃できない。

 二手に分かれて彼を追い込むしかないと考えた。

 正面から向かうレイザに走り出すディール。

 ラルクはレイザを狙っているため、回り込むディールにまで注意を向けることができないのだ。

「二人って便利だよな、レイザ」

 サッと動き出したラルクは防御を考えず、小刀をディールに向かって投げつけた後、正面からレイザに突進する。

「!?」

 もしもレイザが剣を持っていればラルクは間違いなく刺さるだろう。

 あまりにも無茶な行動に備えきれなかったレイザはバランスを崩し、床に倒れ込む。

「俺に勝ち目はない。なら、何だってしてやる!」

「……ラルク!」

 体勢を立て直し足払いを掛ける。

 ラルクはよろけるが足を踏ん張り、立ち上がろうとしたレイザに再び捨て身の体当たりを繰り出した。

「……おい、ディール君。何を怯んでる……」

 体当たりをすればラルクの身体にも影響がある。

 レイザが咄嗟に繰り出した反撃を受け、ラルクは息を切らしながらディールに問いかける。

「やめろ、ラルク!」

「止めるな、ゼーウェルの味方をしたお前を排除するのが俺の使命なんだ!」

 無茶な行動を止めようとしたレイザの手を振り払い、手元にあった小刀を振り回した。

「くそっ……近寄れない……」

 ラルクに接近すれば彼が振り回す小刀の餌食になる。

 それに、彼の威嚇が尋常ではなく、思わず足が怯んだ。

 がむしゃらに行動を起こした相手ほど厄介な者はないと、レイザは彼から距離を置いたと同時にディールが走るのが見えた。

「レイザ……っ、危ないっ!」

 ラルクに構わず近寄ったディールに突き飛ばされ、仰け反るレイザだが……。

「……悪いわね、レイザ」

 起き上がったレイザが見たのは両手を拘束されたディールと……彼を抑えつける二人。

「ハーディストタワーの主、私にとっても主であるお方がレイザとお話したいとのこと。部外者は離れてほしいとのこと。ディールは私達が預かるわ……ラルク、連れて行きなさい」

 闇雲に攻撃する彼を叱りつけるような口調にラルクは俯いて、恐る恐る謝罪の言葉を口にする。

「……メーデル、悪いな」

 命を落とし兼ねないほどがむしゃらな行動を思い出したのだろう。

 ラルクは申し訳無さそうに顔を伏せながら手際良く拘束されたディールを連れて行く。

「……レイザ、次の階でお手合わせ願いたい」

 突如現れた者は表情一つ変えずレイザに告げると身を翻して去ってゆく。

 彼はうなだれた。

 ゼーウェルもディールも連れて行かれてしまう。

 もしかしたら、どこにもいなくなってしまうかもしれない。

 庇われてばかりいるのが悔しくて、悲しくて、決意を固める。

 大切なものは失いたくない。 彼らにも欲しいものがあるように、自分にも大切なものを失いたくないという想いがある。

「……もう迷わない。俺はゼーウェルを信じている……」

 改めて固まった決意を新たに彼女の後ろ姿を追いながら先に進んでゆく。

 一歩、また一歩と歩くべき道を歩いていく。


****


 レイザが進んでいる頃、ゼーウェルはぼんやりと牢獄と石壁が並んでいる殺風景を見て、鉄格子や床の冷たい感触に触れて、水が滴り落ちる音すら無い無音に虚しく感じて……。

 ただ生かされているだけだ。

 生かされて、考えて、悲しくなって、疲れる。

 その中でも目的や想いを見失わないのはどうしてか。

 レイザなら出来ると思っているからだろうか。

 今、思い起こせば、本当に良く分からない。

 本当は、あの剣を持つことが自分にもできたのに。

 しかし、彼はどうしてもこれだけはレイザに渡したかった。

 ……何もない、空っぽな自分を、始めて助けてくれたからだろうか。

『あ、あなたは?』

 初めて出会ったのは水簿らしい青年が森の中を一心不乱にさまよい歩く。

 今までの憂鬱な暗さはどこへやら、何時の間にか彼の腕を掴んでいた。

『大丈夫か?』

『……大丈夫、です』

 今みたいに自然なやり取りではなかった。

 ただ、彼は眩しい物でも見るかのように本棚を見て、自分が見せたちっぽけな炎を見て、感嘆の声を上げる。

 当時の自分は御世辞にも魔術師とは言えず、彼に見せた炎は蝋燭の火にも見劣りする。

 それに憧れるレイザ。彼を見るうちに彼の中にある目的を見出した。

 誰かに認められたいという強い感情。

 強くなって認めさせたいという感情。

 同じことは二度と繰り返してはいけないと、昔は言えなかった言葉をレイザに話した。

 野蛮そうに見えて案外きちんとしている性格なのか、耳を傾けて聞いていた。

 ……少しずつ芽生えるもの。

 本当はレイザが自分の元へ来るように仕組んだもので、何もかも筋書き通り。

 でも、感情は変わるもの。

「……ここで、死ぬかもしれない」

 絶望感は、こんな状況に追い込まれたとは言え、不思議なことに全くなかった。

 レイザと出会って良かったと思える。どんな結末が待ち受けていたとしても、出会って良かったと思えたのだ。

「そこにいろ、ディール・クラヴィア」

 もう一人、マイペースなディールが登場するまでは。

(……さて、抜ける方法探さなくちゃ)

 自分の状況を把握し、それに抗おうとする少年に会うまでは。

「ゼーウェルさんも協力してよね」

「……ディール」

 しかし、これは鉄格子。魔力も使い果たし、殆ど残っていない。

「……チャンスがあるまで待つよ」

 微笑んだ彼に頷いたのは言うまでもなかった。

 思わず、頷いてしまった。

 チャンスが出来るまで、じっと待った。

 ――レイザの身を案じながら。

 あれから、無人となった空間でゼーウェルは少しずつ話し始めた。

 その話の出だしはこうだった。

「ラルクから、聞いたのだろう?」

「……うん。ラルクの動きがおかしくて……でも、あの時は気付きもしなかった」

「無理もない……ラルクはセティをずっと食い止めていた。お前たちの到着の速さが予想外だったのだろう。元々ジュピターは足止め出来れば良いと考えていた場所……配置されていた敵数を考えたら納得もいく。それに気付かなかった」

「……迂闊、だったんだよね」

 迂闊だった――その一言にどれだけの思いが込められているのかが分かる。

 何も言えず、ゼーウェルはディールから目を逸らした。

 ディールも俯きながら、そして疑問に思っていたことを口にする。

「……ゼーウェルさん、あの剣は……父さんの話が間違いなければあれは『鍵』なんだよね」

 フィリカに住まう神に会うための鍵。

 記憶が繋がらなくて上手く覚えていないが、最後の頁辺りで『フィリカに住まう神に会いたければ鍵を持って来い』といった内容が書かれていたような気がする。

「あれは、ゼーウェルさんにとってとても重要な物、なんでしょう?」

 いつものような無邪気な彼とは明らかに一線を画している。

 彼の瞳をまともに見れなかった。

「……レイザに持たせた方がいい。私のそばにはいたくないと、剣が言っている気がしたんだ。あれは、担い手を自らが選ぶ」

 あの剣が自分にとってどのような意味を持つのか。その理由を曖昧に話しただけで、それ以上は言わなかった。

「……レイザはゼーウェルさんを慕ってるよ」

 それだけを言うとディールは顔を伏せ、沈黙した。

「……そうだと、いいけどな」

 ゼーウェルも悲しそうに呟き、そして黙って前を見つめた。

 湿気臭いこの狭い空間。

 重たい沈黙だけが広がった……。


****


 その頃、一人になってしまったレイザは塔の中をさ迷っていた。

 恐らく、次はメーデルと戦闘を交える。

 ラルク達までは退けられることが出来たが、メーデルを一人で相手にするのは難しいだろう。

 それに、彼女は抜かりがない。レイザはいよいよ溜め息をついた。

 ゼーウェルは結局何も話してはくれなかった。彼はどうしてここまでしてフィリカに向かうのだろう。

 ルディアスの話を聞いて、一瞬だけゼーウェルを恨めしく思ったのも事実。

 まだ、迷いが消えていないのだろうか。

 ただ、メーデルは迷ったままの相手と戦うことを良しとしないだろう。

 何度か目の溜め息をついた頃だった。

「あ、待ってええええ! レイザー、待ってー」

 間抜けで耳障りな声が響いた。

「あ、誰だよ……こんな時に……」

 何故制止されなければならないのかと半ば憤りながら振り向くと。

「ちょっと、止まって止まって! レイザってば歩くのが早いのネ。追って来ちゃった」

 甲高くて五月蝿い声はレイザにとって忘れられないものだった。まさか、此処で再開するとは思っていなかったのだが。

「はあ……はあ……。リーフ・グリーンが元に戻ったから、お礼をしようと思ってここまで飛んできたのネ。ここがハーディストタワー? 不気味なところよネー……」

 キョロキョロと周りを見やるフィーノにレイザは呆然と立っている。

「あれれ? ワタシが見た時ってほぼ必ずと言ってもいいほどレイザは一人なのよネ。まあいいや。行こう行こう」

 まだ何も言ってないうちからフィーノはレイザを引っ張ろうとする。

 身長差と体格差が激しすぎてレイザを引っ張ることは出来なかったのだが。

「早くついて来てよー。びくともしないじゃないの」

 ジタバタするフィーノを暫く見つめていたが、やがて彼の方から歩き出した。

「あ、歩くなら早く言ってよネ!」

 彼が思っている以上にディールの存在は大きかった。ゼーウェルだけでなく、ディールまで目の前で離れて行ったのは予想していなかったのかも知れない。

 どうして、どうして、メーデルの接近に気付けなかったのか。

 そのことが彼に後悔と沈黙をもたらしている。

 フィーノは少し溜め息をついて、彼には何も話し掛けなかった。

 暫くすれば話してくれるだろうと思ったのだ。

「……暗いんだから」

 何となく、暗い。

 ハーディストタワーの空気がそうさせているのだろうか。

 薄明るい通路を歩きながら、フィーノは無言のままついて行くレイザの姿を確認した。

 通路を歩くうちに彼の表情から険しさは軽減されたが、強張ったままだった。

 敵の姿も見えない。

 良いことなのか悪いことなのか。

 戦わなくても良いのは良いのだが、何か裏があるようにしか見えない。

「そう言えばさ、見つけてくれた?」

 こんなことを何も知らないレイザに聞くのは憚られたが、他に話題も見つからない。

「……ゼーウェルなら知っていると思う」

 淡々と返しただけだった。

「……ゼーウェルって、アナタが探してたヒトよね?」

「ああ」

 やはり返答は淡々としていた。

 フィーノも首を傾げ、先に進むことにした。

 ――どこかで、聴いたことのある名前。

「レイザ、階段だわ……次の階、警戒した方がいいわよ。さっきのアナタ見てたら不安定だったから」

 個室を無視してきた所為なのか、道なりに歩くと階段が見えてきた。

 その先に進もうとして、フィーノの警告が容赦なくレイザに突き刺さる。

 これは、警告ではない。紛れもなく事実なのだと、改めて認識した。

「……気を付ける」

 ゼーウェルもディールも自分を庇って捕まったのだ。自分は二人を助けなければならない。

 動揺し、迷っている暇はない。

「じゃあ、行きましょうかネ」

 鈍く光る剣を構え、フィーノも後を追う。


****


 階段を上がると、そこには各室に繋がるであろう個室も、先に行く扉もない。

 どうなっているのかと迷っていたところ、円を描くように周囲を囲う蝋燭に火が灯る。

「レイザ、ようこそハーディストタワーへ。ここであなたたちが来るのを待っていたわ」

「メーデル……」

 凛と立ち、剣を構える女性。

 すると、フィーノが突然前に出てメーデルを真っ直ぐ見据える。

「あなた達がフィリカに来てから、此処は滅茶苦茶になってしまったわ。フィリカはあなた達の願いを叶える場所でも何でもないのに。何不自由なく生活していたのに、あなた達の身勝手な願いの所為で此処は滅茶苦茶よ。今すぐ立ち去って!」

 今まで舌足らずな話し方をしていたフィーノとはまるで別人だった。

 悲痛な叫びに思わず顔を歪めるレイザに対し、メーデルも負けじと叫び返す。

「申し訳なく思っているわ。でもね、私たちにとって此処は最後の希望なの。私たちだって好きで死んだわけじゃない。生きたかった、生きたかったのに、ある日突然死んだのよ。此処は死の楽園。此処でなら生きられる。そう、聞いたのよ。だから神様にお願いするの」

「間違ってるわ! 神にだって生死を左右する権利なんてない!」

 メーデルの訴えにフィーノは断固として否定する。

「ゼーウェルさんのことを、あなた達は忘れたの? 関係のないゼーウェルさんが巻き込まれて、訳の分からないことになってしまったのに、それも忘れたの?」

 そこでフィーノは隣にいたレイザを見た。

「レイザ……ごめん」

 レイザは不安げな面持ちでメーデルとフィーノを交互に見つめていた。

「……レイザは知らないのね……そうなの……」

 いつもゼーウェルの傍にいた彼だから知っているとばかりにメーデルも思っていた。

 彼が、フィリカについて知らないということはメーデルも意外だったのだろう。言い過ぎたと少し悔やんでいた。

 フィーノは感情的になりすぎて余計なことまで言ってしまい、レイザの不安を煽ってしまったことに慌てていた。

 重苦しい空気が流れ、一歩も踏み出さず、対峙し合っていた。

 先に踏み出したのは何も知らないレイザ自身だった。

「……お前たちのことなんか俺は知らない……。俺が今やるべきことは唯一つ、ゼーウェルやディールを助ける。それを邪魔するなら誰だろうと斬り捨てるまでだ……!」

 メーデルも剣を構え、斬りつけに掛かるレイザの攻撃を受け止める。

「……私たちの願いを邪魔したゼーウェルの味方をするなら私も容赦はしない」

 レイザの一撃を受け止め、跳ね飛ばしたメーデルが斬りつけ、今度は剣で受け止めず右に避ける。

 それでもメーデルはレイザに斬りかかり、攻撃を受け止めるレイザもメーデルに向かって剣を振り下ろす。

「レイザ……」

 二人の気迫に押され、フィーノは攻撃すらままならなかった。

 間に入ることさえ許されない。彼女はそう感じ、メーデルへの攻撃をしなかった。

 剣のぶつかる音と走る音が響き渡るが、二人は互いを傷つけるまでには至らなかった。

 ただ、軽やかに剣を使いこなすメーデルに対し、レイザは受け止め、攻撃を繰り出そうと必死な様子だった。

 表情から見ても、レイザは押されている。今は互角に戦えても、このままではレイザがメーデルに負けてしまうだろう。

 ――レイザが、此処で死んでしまったら、ゼーウェルはどうするのだろう。

 不意にフィーノは最悪の結末まで脳裏に描けるようになった。

「……ついてくるのが精一杯なようですね、レイザ」

 未だ息が上がらず正確に狙う攻撃に対して受け止めるのが精一杯になっていた。少しでも隙を見せればメーデルに一刀両断されてしまう。

「俺は……俺は、負けない……」

 譫言のように踏ん張り、何とか凌いだその時だった。

「……くっ!」

 予想していなかった。

「隙だらけですね」

 メーデルが脚払いを掛けたのだ。それに見事に引っ掛かったレイザ。

 辛うじて剣は落とさなかったが体勢を崩してしまった。

 気がつけばメーデルの剣の切っ先が見えた。

「……俺は、負けない」

 ――倒れるわけには行かない、まだ……。

「俺は、負けない……!」

 突然の兆しだった。

 座ったまま真下から真上まで弧を描くように剣を振るい上げた。

 突撃したメーデルにそれは直撃し、彼女は呆然としながらレイザを見つめた。

「……ど、どうして……ま、まさか、その剣……」

 立ち上がると同時に剣を振り上げたレイザと剣を交互に見やる。

 よく見ると刃が淡く輝いていたのだ。

「……そうか……ゼーウェルは、その剣をレイザに持たせていたのね……どうなるか、知っているのに……」

 血を流し、崩れ落ちるメーデルの元にレイザは駆け寄り、彼女の顔を覗き込む。

「……今の、どういうことなんだ?」

 レイザの問いにメーデルは何も答えなかった。答えるわけには行かなかった。

 その代わり、これだけは伝えておきたかった。

「……レイザ、私たちを束ねているのは、ダーク……。ゼーウェルと、瓜二つの出で立ち……正体は夢魔……。フィリカの存在を知り、復活を食い止めた、ゼーウェルを狙っていた……私たちも、願いを叶えてもらうために協力していた……。とても強くて、私たちが束になっても、勝てない……。だけど、その剣なら、夢魔の変幻を、破れる……お願い、フィリカを元に……夢魔を、封印して、元の世界に……」

 メーデルの姿は光に包まれ、完全に姿を失い、砂のように音を立てて床に流れる。

 彼女の言葉にレイザは暫く立ち尽くしていたが、やがて剣を強く握り、先に進んだ。

「レイザ……」

「行くぞ」

 後ろで待つフィーノに向かって淡々と告げたレイザだが、その声は強い意思に満ちている。

 静寂が広がる部屋に佇む二人の耳に、静かに床が浮き上がる音が響き、浮いた床は塔の最上部に導く。

 もう、後には退けないのだ。

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